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幕間 聖女会議



 英雄と元聖女の二人がクローフの街を発ったのと同じ頃。


アールグレン帝国の城内にて。


 どこを向いても目に入る黄金色の中に、たった一つで家を建てられるほどの巨大な宝石が数多あしらわれたその部屋で、彼女らは集結していた。


民の税金による莫大な富を有する帝国の中で、一際絢爛豪華なその部屋は、聖女たちが集まり話し合うためだけに作られた部屋であり、その日もまた、数少ない役目を果たされんとしていた。



「…………。」



「…………。」



 そんな部屋の中心で静かに座するのは、アールグレン帝国の聖女として名を馳せる、赤髪の女性ローラ。


そして、その正面には、同じく聖女の称号を冠する小柄な女性が退屈そうにしていた。


彼女の名はミーティア・アルスメリア。どこか気品のある黒みがかった青色の髪を腰のあたりまで伸ばす顔立ちの整った女性であった。


美しく神秘的な雰囲気を纏う二人の聖女は、互いに視線を合わせることすらもなく、その広い部屋の中で沈黙を作り出していた。




「揃っていますか?」


 その沈黙を破るように入室してきた、やや歳を重ねた黒髪の女性は、その凛とした声色で室内にいる二人へ問いかける。


 二人の聖女と同じ修道服を纏うその女性は大国アールグレンの聖女の中でも、「筆頭」と呼ばれる女性であった。


 名をアグネス・シュバルブレイ。当代の聖女達の中で唯一、騎士爵を持つ親から生まれた聖女にして、歴代最年長の聖女である。



「いえ、まだ……。」


「フレデリカ様がまだですね。」



 アグネスの問い掛けに対して、ローラが口ごもるように返答に時間をかけていると、その横から青髪の女性が淡々とそう答える。



「何か聞いていますか?」



「特には何も。」


「左に同じく。」



 女性の問いかけに二人が淡々とそう答えていると、それとほぼ同時にその部屋の扉が再び開く。




「あら、私が最後でしたのね。」



 そんな言葉と共に現れた縦ロールのかかった金髪を揺らす女性は、感情の変化も見せることもなく穏やかな表情で入室してくる。



「フレデリカ女史、何かありましたか?」



「ごめんあそばせ。前の会議が少々押してしまいましたわ。」



 そう呼ばれた彼女こそが現在帝国に名を連ねる四人の聖女の最後の一人、フレデリカ・ラ・ジエル。


 彼女は特に悪びれる様子もなくそう答えると、修道服をドレスのスカートのようにつまみ上げて小さく頭を下げる。



「そうですか。それはお疲れ様でした。遅れるようでしたら一声かけてくださいね。」



「ええ、次から気を付けますわ。会議はもう始まっていまして?」



 黒髪の女性の忠告を受け流しながらフレデリカはそんな問いを返す。



「いいえ、これからです。」



「そうですか。それで、今回はどのようなお話を?」



 それを知ったフレデリカは、即座に話題を切り替えてそう問いかける。



「我々の業務と国防についてです。」



「…………国防について?」



 その言葉を聞いて、ローラとフレデリカの二人は不思議そうに首を傾ける。



「一つは魔法師団からの報告です。」



「オスカー副団長からの調査結果ですか?」



 一同の顔色は何かを察し取ったように変化する。



「ええ、先の襲撃事件についてです。」



「ヴィルパーチ村に対する魔物の大規模襲撃、ですか。」



 それは二日ほど前にルシア達が解決した襲撃事件についての話であった。



「それについて一つ、聞き込み調査の結果、魔物の軍勢を退けたのは、金髪の聖女と赤髪の剣士という目撃情報があったそうです。」



「…………。」



 瞬間、その場に長い沈黙と重々しい雰囲気が漂う。



「金髪の聖女、ねえ。」



 目撃情報と同じ特徴を持つフレデリカに視線が集まる。


 しかし、一同はその行為に何の意味もない事は理解していた。



「私は知りませんわ。」



 視線を受けた彼女もまた、当然違うと言わんばかりに首を横に振る。


 そもそも彼女たち帝国お抱えの聖女は自由に城の外になど出られない。このタイミングで金髪の聖女となれば、該当する人物は一名しかいない。



「という事は、彼女の可能性が高いですね。」



「そう考えて間違いはないかと。」



 彼女らの考えは一致する。



「ルシアカトリーナ、ですね。」



 状況的に魔物の襲撃事件を解決できる聖女は、つい四日ほど前に追放されたばかりの彼女しかいない。



「追放されてなお人助けとは、どういった思惑があるのでしょうか。」



「分かりませんが、彼女の行いが神の教えに背かず、帝国の利となるのであれば泳がせておくのが良いでしょう。」



 少なくとも、その存在と行動が不利に働かない以上、下手に妨害をすればどんな反応が返ってくるのか予想できない。


 奇しくもルシアの思惑は上手くいったようであり、果たした行動は抑止力として働いていた。



「しかし今は自由に動かせる兵が少ないそうです。周辺の調査は聖騎士の力をお借りする場合もございますので承知しておいてください。」



 そう言って、アグネスはフレデリカ、ローラに目を向ける。



「ええ、問題ありませんわ。」



「事前に言っていただければ。」



 二人の聖女はそう言って自らの下に着く騎士たちを貸し出すことに同意する。



「それで、もう一つの話というのは?」



「ええ、もう一つの話は、その彼女にも関係しています。」



「……?」


 意味深なアグネスの発言に彼女らは頭に疑問符を浮かべる。


その中でミーティアだけがその答えに辿り着く。



「聖域結界について、ですか?」



「ええ、その通りです。」



 端的かつ即座に出された正解に対して黒髪の聖女は首を縦に振って肯定する。


 聖域結界、それは聖女と呼ばれる彼女たちの特別な魔法の力を用いて発動する魔術であり、同じ人間、別の人種、魔物、天災等のあらゆるものから一定範囲の領域を守護する為のものである。



「これまで一定周期で、我々と彼女・・を含めた五人で展開してきた聖域結界ですが、明日の再展開の際には、それを一人欠いた状況で発動させる必要があります。」



「となると結界の適応範囲を狭めなくてはいけませんね。」



アールグレン帝国はこれまで、五人の聖女の力を同時に重ねることで、結界の範囲や効果、その規模を拡大して発動してきたものの、ルシア・カトリーナが追放されてしまった現在、それを維持するのは困難であることが予想されていた。


 故に導き出された単純な結論であったが、それに対する反応は芳しいものではなかった。




「いいえ、それは出来ません。」




「……何故です?」


 ほぼ即答で帰ってきた答えに、青髪の聖女は眉を顰めながら問いを重ねる。



「殿下からの指示です。」


「……ああ、なるほど。」


 そして、淡々とした声色で返ってくる答えを聞き頭を抱えながら呆れたようにため息をつく。


「しかし、あの範囲を四人われわれの魔力で賄うとなると、全員干乾びてしまうのでは?」



「そうならないために、範囲ではなく、権能を絞ります。」



 一方でローラは実際に範囲を変えずに実施するのは不可能ではないかと問いを投げると、今度は先程よりもわずかに間を開けて黒髪の聖女は答える。



「権能……つまり発動させる効果を限定するのですね。」



「どれを切るんですか?魔物除けや魔力活性は外すわけにはいかないですよね?」


「今は農作物の収穫前です。天候制御も外すわけにはいきませんわ。」




 彼女の発言に対して、他の三人は各々違う形で不安や疑問を口にしていく。



「魔導防衛機構の機能を切ります。」



「「…………!?」」



 瞬間、ローラと青髪の聖女の表情が凍り付き、その場に緊張が走る。



「まあ。外してよろしいのですか?」



「良くないですよね?国防の最終防衛ラインだし。」



 一瞬遅れてフレデリカが緩い雰囲気で問いを投げ掛けると、青髪の聖女は食い気味にそれを否定しながらそれを口にした人間へ視線を送る。


「彼女の除名は既に国民にも伝えています。つまり、他国に伝わるのは時間の問題です。いえ、もう既に伝わっている可能性すらあります。」


「そんな中で、結界の範囲や目に見えてわかる効果を消してしまえば、国の防衛力の低下を他国に示してしまう、ということですか?」



「加えて再展開の周期、タイミングを知られるリスクもあります。」



「ええそうです。そしてそうなれば、帝国は未来永劫、国防における弱点を晒し続けることになります。」



 ルシア・カトリーナの追放、そしてそれに伴う防衛力の低下。そんなものが他国へと知られてしまえば、魔法国家でもあるアールグレンにとっては、致命的な弱点ともなりうる。


 故に実際の効力よりも、周囲からどう見えるかを気にするべき、という考えのもと、最も外部から気付きにくい変化で結界の効力を落とす、という算段であった。



「しかし、周囲からの見え方を気にして中身の一番重要なところを削ってしまうのは本末転倒では?」



「それでも殿下は周囲からの見え方の方を気にしたのです。」



 いかに彼女らがその決定に納得がいっていなくとも、彼女らは帝国お抱えの聖女、主君である皇帝陛下の決定に異議を唱えることは許されてはいなかった。


 だからこそ、彼女らは直ぐに思考を切り替えて、いかにその被害を少なく出来るかについて、脳を回転させる。



「それならば、周辺の警護を騎士団の方々にお任せするのはいかがです?」



「それはすでに申請済みです。」



 そんな中でフレデリカがふとそんな発言を切り出すと、黒髪の聖女はすぐさまそんな言葉を返す。



「だから騎士団の手が足りていなかったんですね。」


 彼女らはその対応の早さに驚きつつも、人員不足の理由に納得する。



「人選はともかくとして、随分と対応が早いですね?」



 その中でミーティアは、人選に対する不満や決定の速さについて、皮肉交じりにそう問いかける。



「警戒するに越したことはないでしょう。ただでさえ守りが薄くなる上に、今は何やら、ネズミが紛れている様子ですから。」



 そんな問いかけに黒髪の聖女の聖女がそう返すと、それを聞いたローラの口角が妖しく綻ぶ。



「ふふっ、ネズミですか。」



 そしてわざとらしくそう呟きながら笑みを浮かべる。



「故に当面の間は騎士団の助力を得ながら結界の維持に努めます。」



「そして、十日後、新たに来る同志を含めた五人で再び完全な形での結界を再展開します。」



 そんな様子など歯牙にもかけず、黒髪の聖女ははっきりとした口調でそう宣言する。



「つまりその間、誰にも防衛機構には触れさせないようにするのですね。」



「ええそうです。」



「我らが帝国のため、ミスは許されません。全員気を引き締め直すように。」



 そうして今後の方針が決定されると、彼女の言葉によって再びその場に緊張感が戻る。



「「了解。」」



「承知しましたぁ。」


次回より新エピソード開始です。

お楽しみに!

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