聖女のお手並み
この女は私が黙らせる。
そんな私の言葉に、赤髪の女が返したのは蔑むような視線と嘲笑であった。
「黙らせるって、貴女戦えるの?」
先程私が投げ掛けた問いと全く同じ言葉、分かりやすい挑発だ。
「試してみなさい。」
私はあえて構えを取ることなく挑発を返す。
「……ッ、スカーレットペイン!」
直後に赤髪の女が繰り出したのは魔法の早打ち。目にも止まらぬ速さで呪いの魔法が私のもとに迫る。
しかし、相手が呪いであるのならば、速さも早さも関係ない。
「…………。」
私は待ち構えるように差し出した手を魔法に合わせてゆっくりと振り下ろす。
弾かれた魔法は即座に私の斜め後方で爆ぜる。
「……なっ!?」
「この程度?」
目を見開きながら驚く敵に対して、私は小さく鼻を鳴らして挑発する。
「……ッ、デス・パレード!」
分かりやすく熱くなった女は先程とは比にならない量の魔力を放出しながら魔法の詠唱を行う。
同時に四方八方から紫色をした魔力の衝撃波が迫ってくる。
「…………ッ!!」
直後に私の肉体を中心に激しい爆発が起こる。
しかし、魔法の直撃を受けた私の体には傷一つ付いては居なかった。
「効いてない?」
「あら、終わりかしら?」
私は聖女、神聖魔法の使い手だ。私の肉体に流れる魔力は、呪いに対して絶対的な耐性を持つ。
「これは……神聖魔法?」
当然、ここまで全く攻撃が通用しない様子を見れば、流石にあちらもカラクリに気が付く。
「分かったところでどうしようもないでしょう?」
神聖魔法の呪いに対する優位性は工夫どうこうでひっくり返るものではない。故に私は余裕をもってそんな言葉を投げ掛ける。
「どうしようもない?そんなことないわ。」
赤髪の女は小さく笑みを浮かべる。
そして、彼女の掌に怪しく揺らめく炎が沸き上がる。
「私の魔法は二重適性、使えるのは呪いだけじゃないの。」
二重適性、つまり呪い以外にも炎の魔法にも適性があったということか。
私は女性の余裕な態度に納得がいく。
確かに私が耐性を持つのは呪いに対してのみ、炎に対してはなす術がない。
あくまで私の魔法適性が神聖魔法のみであれば、だが。
「その余裕面、剥がしてあげ――」
立ち尽くす私に対して女性は大きく腕を振り上げる。
けど、あまりにも大振りで、あまりにも遅い。
私はゆっくりと腕を上げて人差し指を突き出す。
「――ラスティ・ネイル」
直後、私の詠唱に合わせて四つの赤みがかった閃光が空を切る。
そして一瞬の間に私の攻撃は女の両掌と片足、脇腹を捉えて貫く。
「…………ッ!?」
瞬間、展開された炎の魔法が弾け、一瞬遅れて女は両膝をついて崩れ落ちる。
「……っ、づぁ!?」
そこまで言ってようやく何が起こったのかを理解すると、女は蹲りながらうめき声を上げる。
「遅すぎるわ。反応すらもね。」
「な、にを……。」
ため息交じりに呟く私とは対照的に、崩れ落ちた女は脂汗の滲む顔を上げて問いを投げ掛けてくる。
「これは、光属性か?」
先に答えに辿り着いたのは、アレスの方であった。
「聖女になる条件、それは神聖魔法の有無だけじゃない。」
「それに加えてもう一つ、賊軍からの襲撃に対する自衛能力を有している事。」
「私の魔法適性は神聖魔法と光属性、二重適性は貴女だけじゃないわ。」
これが私の力、私の魔法だ。
それを聞いた女はようやく私の正体に気が付く。
「……聖女、ね。聞いたことあるわ。他者とは違う赤色の混じった特殊な光魔法を使う聖女。」
「通称燻んだ閃光。貴女だったのね。」
この二つ名、あんまり好きではないのだが、こうやって畏怖されるのは悪くない。
「そういう事、相手が悪かったわね。」
「……ぐっ。」
そんな言葉に対して、彼女の戦意が萎えている様子は見られなかった。
ならばここは徹底的に心を折る必要がある。
私は先程と同様に人差し指を突き出して彼女の動きを牽制する。
「両手と片足を撃ち抜いた。掌印の一つも結べない、走って逃げる事も出来ない、魔法の速度は私の方が速い。」
あの魔法は最速の名を冠する光属性の魔法を、さらに洗練することで、発動までの時間を極限まで短縮している。
早打ちの勝負なら絶対に負けない。
「次は詠唱も出来ないように喉を撃ち抜くわ。……さあ、どうする?」
喉を撃ち抜けば当然その時点で勝負は決する。実質ここで詰みだ。
「……降伏するわ。」
赤髪の女は全身の力を抜いて私から視線を外し、そんな言葉を吐き出す。
少し驚いた、ここまであっさりと引き下がると思わなかった。思い通りの展開過ぎていっそ違和感すらある。
「……よろしい、それじゃあ捕まってもらおうかしら。」
「…………。」
何はともあれ戦意が無いのであれば心変わりする前に拘束する必要がある。
私は近くにあった手頃なロープを拾い上げて女へと歩み寄っていく。
「……ふっ。」
目の前に立った瞬間、彼女は俯きながら小さく笑う。
そして私の違和感はすぐに形となって現れる。
「甘いのよ!馬鹿女!」
彼女は片手に魔法を携えて、喰い掛かるように私に迫る。
「アンバーレイ」
その詠唱と共に、私の体を覆うように半透明の障壁が現れる。
「……なっ!?」
迫りくる豪炎は、私の目の前で停止して弾かれる。
予感はあった、予想もしていた、そしてほぼ予想通りの動きで来た。
「貴女、とことん小物ね。」
もはや一周回って呆れてくる。
「助け――」
「――ローズ・アンブレラ」
すべての策を打ち破られた女は最後に命乞いをするが、それを遮るように私はその顔面に光の魔法を叩き込む。
「……かっ!?」
「大物っぽかったのは最初の態度だけね。」
力なく地面に沈み込む女に背を向けながら、私はそんな言葉を吐き捨てる。
「……ん?……何よ?」
振り返った先でアレスと目が合う。
随分と間の抜けた顔だ。
「主君、戦えたのか。」
私の問い掛けに対して、アレスは目を見開いたまま引き攣った顔で問いを投げ掛けてくる。
なるほど、そう言えばこの男の前でまだ戦ったことはなかった。
「戦えない、なんて言った覚えはないわよ。」
どちらにせよこういう間抜け面を見るのは悪くない気分だ。
「……本当に、貴女は読めない人だ。」
するとアレスは呆れたように笑みを浮かべながら呟く。
「それよりほら、私の修道服探すわよ。手伝いなさい。」
「ああ、分かった。」
私の指示の前にアレスはため息交じりに返事をする。
随分と面倒な相手ではあったが相性が良くて助かった。
何はともあれ、これでようやく修道服が元に戻ってきそうだ。




