英雄の力
私の言葉に反応して、ボスと思われる女性は頬杖をつきながら怪しい笑みを浮かべる。
「セイギノミカタ、さんねぇ。私たちに何の御用?」
女性はわざとらしく私の言葉を反芻して問いを投げ掛ける。
「盗まれたもの奪い返しに来たの。あとできれば全員私たちの手で捕まってくれるとありがたいわ。」
私はそんな彼女の様子を無視してそう言い放つ。
「盗まれた?捕まる?私達はただの商人よ?どんな罪で捕まるのかしら?」
またもやわざとらしい、これはもう誤魔化すのではなく煽る事が目的だろう。
それに、何やら周囲に物々しい雰囲気が漂ってる。
「ただの商人、か。ならその殺気しまいなさいよ。」
「あら、バレちゃった。」
私の言葉に反応して、隠していた殺気が完全に露わになる。
同時に発せられる圧力から、この女が相当の実力者であることが分かる。
「状況から察するに、ここの話は彼から聞いたのかしら?」
「ええ、氷の魔法が自慢だったみたいだけど、思ったほどではなかったわ。」
女の言葉に少しばかり驚きながら、私は先程尋問したバイヤーの男の事を思い出して答える。
「彼、相当プライド高いはずなのに、情報を吐き出させたって事は……。」
「ええ、躾直したわ。」
妙に鼻に突く甘ったるい話し方に苛立ちながら、私は見下すような笑顔で答える。
「あら、ひどいことするのね。」
「……思ったよりしっかり部下の管理してるのね。」
私が驚いたのは、この女がその態度以上に下の人間の事をよく見ている事であった。
個人的に気に入っていたのか、あるいはあの男が想像以上に有能な男だったのかは分からなかったが、答えはすぐに女の口から出てくる。
「当然よ。自分の駒の性格くらい把握してないと。」
「…………。」
なるほど、この女、舐めた話し方の割に相当用心深い性格なようだ。
「けどそう、バレたならしょうがないわね。」
「死んでもらおうかしら。」
直後、女の声色がどすの効いた苛烈なものに変化する。
どうやら思ったよりも早く本性を見せてくれたようだ。
瞬間、部屋中にいた彼女の部下と思われる有象無象が武器を構える。
「そういうセリフは小物臭いわよ。」
返す言葉に合わせて、私を守るようにアレスが飛び出す。
「かかれ!」
男達の中で最奥に構える一人の青年が声を張り上げると、他のごろつき達は堰を切ったようにアレスへとなだれ込んでいく。
「……ッ!」
前後左右からそれぞれナイフを構えた男たちが、私やアレスに向かって距離を詰める。
一人一人の動きはそう悪くはないが、連携はあまり取れていないように見える。
私の目にすらそう映ったという事は、当然この男もそれを理解して動く。
「はあぁ!!」
直後、室内に強烈な突風が吹き荒れる。
同時に四方に吹き飛ぶ有象無象の男達。
「……なっ!?」
アレスは四方から襲い来る敵を、たった三振りの斬撃のうちに斬り伏せた。
「……へえ?」
この強さは流石に予想外であったか、女性は大きく目を見開きながらそんな声を上げる。
「が……ぁ。」
「……これで終わりか?」
周囲に転がる男達がもう動けない事を理解すると、アレスは視線を外して最後の一人を見据える。
「……ええ、僕で最後です。」
アレスの言葉に答えるように最後列で構えていた青年が前に出る。
『――翼を縛れ』
直後、短い詠唱と共に青年が小さく指を鳴らすと、アレスの身体を上下に挟むような二つの魔法陣が現れる。
「……っ?」
そして、間を置くことなく魔法陣から複数の鎖が飛び出してアレスの身体を縛り上げる。
「……アレスッ!」
私は思わず声を張り上げてしまうが、当の本人はこちらの想定よりもはるかに落ち着いていた。
「これは、魔術か。」
「ええ、一定範囲内の敵に対して発動する拘束魔術です。」
落ち着いた様子で分析をするアレスに対して、青年は得意げに笑みを浮かべながら答える。
「即時発動という事は、なにか特別な条件があるのか。」
「特別な条件?時間経過で作動するとか?」
「それはないな、だとしたら我々がここに来ることが読まれていたことになる。」
私は咄嗟に口を挟むが、アレスはこちらに振り返ってそれを否定する。
わざわざ目を見て答えてくれるのは感心するが、今はそれどころではないのではないか?
「随分と悠長に構えていますね。これから死ぬというのに。」
敵の方も私と同じ考えであったようだ。
青年は腰に掛けられたナイフを抜きながら、動きを封じられたアレスへゆっくりと歩み寄っていく。
「――ああ、仕組みはもう理解しているからな。」
「……っ!!」
余裕を一切崩さないアレスの言葉に、何かを感じ取ったのか、青年は言葉を返すこともせず構えたナイフを突き立ててアレスへと向かっていく。
しかし、その対処は一歩遅かった。
『わが翼を縛る鎖よ、解の号令を以って弾けよ、天空はわが手にあり』
突き立てられたナイフが喉元にまで迫ったその瞬間、アレスは高速でそんな詠唱を唱える。
「しまっ……!?」
あと一歩分、届かなかった青年の刃は、アレスの剣に受け止められる。
「魔術は、『詠唱』と『必要量の魔力』で発動できる“魔法”に、何らかの『儀式』を加えることで実現する。」
青年と鍔競り合いになりながら、アレスは魔術の基本的な情報を口にする。
彼の言う通り、“魔法”と“魔術”は成り立ちこそ似ているものの、その構成はわずかに違う。
『詠唱』と『魔力』によって成立する“魔法”、そしてそれを“魔術”へと変化させる儀式には様々なものが存在する。
予め設置して発動の引き金とする魔法陣の配置、発動の際に特定の動作や構えを取る舞、掌印など、様々なものが存在する。
「今回行った儀式は複数人での掌印と魔法陣の配置といったところか。」
そしてアレスは青年の使った魔術のカラクリを看破して見せる。
「何故そこまで……。」
ほぼ一瞬の間に看破して見せたアレスのその眼力に青年は動揺して動きが鈍る。
「彼らを斬っている時に見えた。剣術の連携はともかくとして、魔術の連携は流石だな。」
アレスの言葉を聞いて私が周囲を見渡すと、地に伏せる男たちの内の数人が掌の中で円を作るような掌印をしている様子が見えた。
「魔法陣、詠唱、掌印の三つの発動までの手順を先に済ませ、最後に魔力を流し込んだ事で、即座に発動したように見せ掛けることが出来た。違うか?」
大きく剣を振り払い、青年の身体を吹き飛ばすと、アレスは再び剣を構え直しながらそう言い放つ。
「正解です。解の詠唱まで知っていたとは。」
「そういうことだ。悪いな。」
最後に青年の言葉に答えると、アレスの振う剣は青年の身体を袈裟に斬り裂く。
「……っ、ぐっ……!?」
多少の加減をしたのか、ゆっくりと倒れた青年の意識は完全に途切れる事なく、小さなうめき声を上げていた。
その様子を見て、私の中に困惑の感情が芽生える。
「……よくそんなの知ってたわね。」
「原型となった拘束魔法は比較的知名度が高いものだ。儀式の量や順番は違えど、詠唱そのものを変える魔術師はそう多くないからな。」
「だから解除の詠唱も通用した、と。」
先程も思ったが、この男、戦闘に関しては本当に頭が回る。私も知識として相当魔法を勉強したが、この男の知識と技量は私の持つそれを遥かに凌駕している。
これこそが英雄と呼ばれる男の強さか、と思い知らされる。
しかし、そんな英雄を前に、青年はただ敗北を認めるわけではなかった。
「ま、だです。僕は、まだ、負けて……。」
殺してしまわぬように手加減したが故か、青年はふらつきながらも立ち上がり、アレスへ剣を向ける。
そんな彼を止めたのは他でもない背後の玉座に腰掛ける女性の声であった。
「――もういいわ。」
「……ベラ様っ。」
女性がその場から立ち上がり、コツコツとヒールの音を響かせながらこちらに歩み寄ってくる。
低く響き渡る声と共にその場にいる人間の視線が彼女に集まる。
当然私の視線も彼女の方に向くが、影が晴れて現れた女性の顔を見て、私の動きは止まってしまう。
「……っ、貴女、まさか。」
肩まで伸びた赤髪と穏やかな笑みを張り付けた冷たい目を持つその女性の顔を、私はつい昨晩見たばかりであった。
「ようやく気付いた?昨日ぶりね、お嬢さん。」
あちらも当然気付いていたのだろう反応を示す。
「なるほど、通りで聞いた声だと思った。」
私が言うのもなんだが、あの女は相当性格が悪い事が分かる。
「私も驚いたわぁ、けど、まずは……。」
女は私の言葉に話半分に受け流しながら視線を切る。
何事かと思っていると、その答えはすぐに示される。
「使えないゴミを処分していいかしら。」
そんな言葉と共に、女の掌から紫色の煙のような何かが現れる。
そして紫色の煙は、瞬きもしない間にふらつきながら立つ青年の身体に突き刺さる。
「……っ!?」
青年の身体は立ったままビクリと痙攣し、大きく跳ねる。
「スカーレット・ペイン」
ただ一節の詠唱と共に、紫色の煙は青年の肉体から何かを吸い上げていく。
「かっ、あがぁ……。」
青年の身体は紫色の光を放ちながら、徐々に枯れ枝のように萎れていく。
「残念よ、ちょっと顔が良くて才能があったから優しくしてたけど、この程度ならいなくても変わらないわね!」
「これは……。」
状況から見るに生命力を吸い取っているのであろう。となると彼女が使う魔法は恐らく私の良く知っているものであることが予想できた。
「ふんっ!」
そんな思考に割り込むように飛び出したアレスが女の掌から放たれる紫色の煙を両断する。
「……あら、弾かれちゃった。」
赤髪の女は残念そうに言葉を溢しながらアレスから距離を取る。
一瞬遅れて紫色の力に捉えられていた青年の身体が地面に落ちる。
「う、うう…………。」
先程以上に生気を失ってしまっているものの、僅かに息があるようで、アレスも安心したように息を吐き出す。
そしてすぐさま視線の向きを目の前の女に切り替える。
「その力、呪いか。」
その身に浴びて長年苦しめられたが故か、アレスは少ないヒントで私と同じ結論に至る。
「正解、賢いわね、貴方。」
女性はにやりと笑みを浮かべると、殺気を放ちながらその言葉を肯定する。
「貴女も戦うの?」
想定以上に厄介そうな力を持つ女に私は面倒臭さを隠しながら問いを投げ掛ける。
「当然でしょ?上に立つ人間が駒より弱い訳ないじゃない?」
「出来ればそのまま降伏してほしいのだが。」
その意見は私も同意だ。
しかし何だろうか、降伏を勧めるアレスの表情がいつにも増して険しい気がした。
呪いの魔力にあてられて魔王から受けた呪いが活発化してきたか、それともあの一太刀の間に何かを食らってしまったのか、私にはどちらも確認する術はなかったが、それでも私にはわかる、彼の中にある呪いは今ほとんど動いていない。
つまりその表情の理由は決して呪いが原因ではないという事だが、私には他の理由が思いつかない。
しかしそんな考えなど知る由も二人はない私の思考が纏まる前に、話を進めてしまう。
「私を斬ってみるのが早いかも。」
アレスの実力を見せつけられてなおここまで煽るという事は、自身の腕に相当の自身があるという事だろう。
「…………。」
私は咄嗟にアレスへ視線を向ける。
やはりどう考えても表情が良くない。
「……顔色が悪いわよ?大丈夫?」
「……問題ない。」
私は咄嗟に小さな声で問いかけるが、案の定そんな答えが返ってくる。
「祝福はいる?」
素直に「調子が悪いです」などという答えが返ってくるわけもないと理解していた私は、質問の内容を変えて再び声を掛ける。
「……いいや、呪いの問題ではない。」
「問題ない」と言われた上に呪いが原因ではないとなると、私にしてやれることはない。
「……あっそ、なら任せようかしら。」
どう考えても「何か」があるが、私はあえて引き下がって様子を見る事にする。
「あら、二人で来てもいいのよ?」
「運が良ければ寝たきりで済むかも。」
すると、私達の会話が終結するのを待っていた女はここぞとばかりにそんな言葉を投げ掛けてくる。
「そんな力を垂れ流しにしてる貴女が細かな調整なんてできると思えないけど?」
先程から女の掌から現れている紫色の煙は徐々にその範囲を広げている、恐らく寝たきりどころか完全に始末してしまう腹積もりなのであろう。
しかし直後に女の口から聞き捨てならない言葉が飛び込んでくる。
「できるわよ、たくさん練習しましたもの。街の人でね。」
「…………。」
私がじっと視線を向けて黙っていると、女は頼んでもいなのに口を開き語り始める。
「働き盛りの人を狙えば、路頭に迷った家族は盗みをしなきゃ生きていけなくなる。私は呪術の練習ができるし、組織の資金源も潤沢になる、完璧な方程式が出来上がるって訳。」
この口ぶりを聞くに、この女相当やり慣れてる。
「なるほど、街を歩き回ってたのは、次の得物を狙ってたって訳ね。」
「正解、貴女も良く頭が回るわね。」
そしておそらく、あの件もこの女が関わっている事が分かる。
「じゃあクリスのお姉さんをあんなふうにしたのも、貴女って訳ね。」
私が不快感を露わにしながら問いかけると、女は一度その笑みを引っ込めて小さく考えた後に口を開く。
「クリス……ああ、あの両親がいない子ね。そうよ。」
そして何一つ悪びれることなくさも当然のごとく答える。
「…………。」
私は一度大きく息を吐き出すと、数歩前に出ながら口を開く。
「前言撤回よ、アレス、下がってなさい。」
「し、しかし……。」
私が指示を出すと、アレスは少し遅れて言葉を返す。
この感じは本当に集中できていない様子だ。
「顔色が悪くなったのはあの女が出てきた時からだし、さっきのも峰打ちで斬るつもりなかったでしょう?」
「…………。」
図星だったのか、私の言葉に対して、返事は返ってこなかった。
「どうせ女は斬れない、みたいな感じかしら。相性も悪そうだし、無理に戦う必要もないわ。」
呪いが不調の原因では無いのは私の方が良く分かってる、なにより、無理を通してまで戦わせるつもりもない。
故に私が敵の女と向かい合う。
「この外道は、私が黙らせる。」
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