最強の遊び人
この世界には、どれだけの価値があるのか、ましてやこの世界に価値など存在するのか。
争い、憎み、蔑み、貶し、浅はかで、醜くく愚か。
弱いものは虐げられ正義もクソもあったものではない。強者に弱者が脅え、脅され踊らされるこの世界が憎い。平凡な顔して呑気に生きている無能が許せない。かつて己が味わった苦痛を絶望を知らない人間が許せない。
どうしようも無いほどにどうしようも無いこの腐った世界。
ーーそう、男は思った。
ならば……
ーー自分がこの世界を作り直せばいい。
だから……
ーー変えていこう。
今持てる最大級で最高級な力をもって、変えていこう。
ーー準備は整った。
「弱者に仇なすのは、常に曲がり腐った正義を振りかざす外道共よ。さぞ思い知れ……己の犯した罪の愚弄さを!」
手始めにこの腐った国からだ。
男に渦巻く邪心は今の尚人知れず燻り混じり続ける。人知れず、ただ人知れず男は、『機会』を狙い続けていた。
◇
平和、秩序、繁栄を約束された大国──クライデント王国。
科学力、軍事力、国土、国民をたてにのし上がり蹴落としもがき苦しんみながらも勝利を上げてきた大国。
ーーそれが、クライデント王国である。
故に他国からは、蔑みの目で見られることも少なくなかった、けれどそれすらも過去の話。
今では、その名に拍車がかかり、発展と繁栄を築き上げ、インシュレデント大陸における最強国家とも呼ばれるようになっていた。
生きている物、命あるものは、変化し続けるのなが常。それをクライデント王国が叡智と武力を持って証明したのだ。時には流れる時間と共に、人の記憶から、歴史からも存在し続けるのは強者のみだということを、弱者など無為な虚像に過ぎないということさえもーー。
つまるところ、時代と共にのし上がり、勝ち進んできた者が正義、結局のところ時代は、人々は、クライデント王国が真の正義だと認めざる負えなかった。
そんなクライデント王国には、近辺の国々さえ畏怖し、絶対的勝者、支配者として百年間君臨し続けており、百年間をの平和を築き上げていた。
一方で、国内では多種多様な種族が多く行き交い、年中多大なる賑いを見せる。
それは、この国が今も尚繁栄を継続している証拠であり、いかなる民をも受け入れる慈愛の精神が国民から支持され続け、ここまで国力を増強出来た要因の一つであろう。
けれど、秩序を乱す者達には一切の慈悲ない。節度を持って行動しなければ、直ちに処罰される……のだが。
そんなことなど露知らず、クライデント王国では一際飛び抜けて騒がしい場所が存在していたりする。それは、王都中央通りから、少しそれた脇道に構えたとある酒場だ。
酒場の名は──『紅い十時亭』。
クライデント王国内に存在する冒険者と言った荒くれ者や傭兵、はたまたゴロツキから呑んだくれまでがこよなく通い多く集う酒場の一つ。
故に店内は、常日頃から喧騒が飛び交っている。
そして、それは今日も今日とて例外ではない。
「「 は、はい!今お伺いしますーー!」」
と、店内から複数鳴り響く、店員達の活気の良い声、忙しなく駆け巡る足音がその証拠だとものがってる。外装は、そこらの民家と大差ないくらいか、それよりも少し大きい程度。特別立派で荘厳ではないが、秀でて小規模でもない。つまり普通である。
強いて違いを言うなれば、外装の塗装が紅みがかっているところぐらいだろう。
そんな『紅い十時亭』の店内は、入ってすぐに幾つもの円盤状のテーブル席がある。
この場にいる多く者は、複数人で飲み食いする者達が多く集う。冒険を終えたばかりの冒険者、はたまた単なる酒好き同士の集い、その範囲は浅く広く、一々数えていたらキリがない。
店内の状況を説明するならば、常に井戸端会議状態である。
くだらない話でゲラゲラ笑い、叫び、楽しむ者共。時には諍いごとも勃発して大変な時もある。
しかし、それを咎める者などこの場にはいない。誰もが自由に気兼ねなく酒や飯を楽しむ憩いの場。
これは、『紅い十時亭』が、定める運営方針の一つであるからだ。だからと言って、許容を超えるような荒事は御法度である。
そして、円盤状のテーブル席を超えた先、つまり店内最奥に当たる場所にカウンター席がある。
色艶綺麗な材木で作られたテーブルは、横長に5メートルほど伸びている。この場にいる多くの者は、個々で酒等を楽しみたい者達が多く集う。
多数で飲み食いは、円盤状のテーブルを。
個人で楽しみたい者は、カウンター席を。
『紅い十時亭』では、こんな感じで区別されている。
そして、今、ここカウンター席にて、一人酒を楽しむ男がいた。
カウンター席の中央に座る男は、四方八方に跳ねるボサボサ髪が特徴的な冴えない中年で、どこにでもいる『遊び人』のような男であった。
頬は微かに赤みを帯び、程よく仕上がっているのが分かる。その時、男の視界の端に、桃色が走った。
「ミランちゃん〜」
と、ボサボサ髪の男は、桃色を追いかけるように視線を動かし、寝惚声を上げた。
「はーい!しばしお待ちください、シーランさん!今行きまからー!」
男の呼び掛けに律儀にもよく通るソプラノ声の少女ーーミランは活気の良い声で返事を返した。
店内は満員。店員は常に注文の嵐に晒されている。
男もその事を理解して、大人しく少女を待つ。
『遊び人』とは言え、許容と礼儀はわきまえている。
男がしばらく待っていると、後方から二つ結びで束ねた桃色の髪を踊させるように男の元へと、一人の少女が駆け寄ってきた。額に張り付く髪や上気する頬からして、かなり急いで来たことがわかる。
「すみませんシーランさん!お待たせしました!」
やはりよく通る綺麗なソプラノ声だと、ボサボサ髪の男ーーシーランは思った。
「いや、全然気にしなくていいよぉ〜。この店が繁盛していると俺も嬉しいからねえ〜」
右手に持つ空のジョッキを天高く突き立て、へらっと笑いながらシーランはそう言った。
「ありがとうございます!」
ミランもシーランの表裏のない言葉に、満面の笑みを浮かべて答える。
シーランは、その笑みにさらに表情を崩し、
「んじゃ、素敵な微笑み頂いたから、もう一杯頼んじゃおっかなぁ〜!」
「もう、シーランさんってばお上手なんですから♪そうやって何にもの女の子達を手玉に取っていることぐらい知っているんですからね!」
「手玉に取っているなんて心外だな〜、偶然だよ偶然。たまたま手を出したらそこに乗っているだけなんだよ」
シーランはおどけて見せる。
ーーでも、と話を続けて、
「でもそれが仕事だから〜」
そう、これが『遊び人』の、シーランの仕事である。シーランの『職業』は生粋の『遊び人』。
時の世をただひたすらにぶらりぶらりと立ち回り、遊んで飲んで呑まれて倒れて堕ちる。
正義もなければ不義もない。
ただ、そこにいるだけの存在。
それが『遊び人』である。
一息いて、だからと、シーランは本腰を入れて口説きにかかる。
一昨昨日出会った女騎士のように、一昨日飲んだ女給のように、昨日共に騒ぎ散らかした淫婦のよう。
ーーしかし、形勢一変。
突如してシーランの体が吹き飛んだのだった。
「ーーぶぇらふぇら!!!!」
と、果敢無い声と共に、後方四メートルほど吹き飛んだシーランは、円盤状のテーブルにめり込んでいた。
ーー何が起きた分からない。いや、わかっていたけども分からなかった。吹き飛んだシーランはそう感じていた。朦朧とする意識を『遊び人魂』とも呼べる気合いで何とか己を繋ぎ止める。
「もう!!シーランさんって本当にお上手なんだから〜♪♪」
前方には、すっかり桃色に染まった頬に両手をあてがい恥じらう乙女がくねくねしている。まさに、誰もが微笑ましく見つめるであろう乙女なそれ。
しかし、シーランは知っていた……と言うよりもこの酒場に通う常連は知っている常識。
( ( ーーーやっぱりこの女やべぇーーー!!! ) )
そう、眼前に照れる彼女は馬鹿力の持ち主だ。
故に、シーランがミランを褒めちぎった際に、ミランが羞恥を隠すため放ったビンタが、シーランの頬にめり込み無惨に吹き飛んだのだった。
常連達なら誰でも知っているこの『紅い十時亭』の常識。その中の一つに、『ミランを煽てるな!』が存在することを常連のシーランも理解していた。
しかし、理解しているだけで、性格上それは辞められないのもまた己の知る常識。だからそれはもう知らない、分からないことと同意であった。
一方店内は唖然と喧騒が舞い踊るカオス状態に陥っていた。
初めて店に詰めかけていた客は、無垢な少女が放つ平手の脅威といってもいい猛威に、全員背中に嫌な汗を覚え、常日頃から見慣れている常連達は、いつもの『紅い十時亭』の光景にゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。
ーーその時だった。
とある五人組の客がシーランに近づいてきたは。
五人とも皆、体躯のよい男達だ。
その中から、ひときわ体躯のよい男がシーランを見下ろして、
「おい、てめぇ!」
と、威圧的な怒声を放った。しかしーー、
「……」
シーランは意識が朦朧としているのかなかなか気づかない。巨漢の男は、気づかないシーランに、沸き立つ苛立ちを抑えきれず、付近にあった円盤状のテーブルを蹴飛ばす。
「おい、てめぇだよ!」
テーブルは、男の重く鋭い蹴りにより、「バキッ!」と鈍音を鳴らし、容易く周囲に砕け落ちる。
その音にようやくシーランは気がつくと、
「……いたたた……あれあれテーブルなんて蹴っちゃってどしたのお兄さん?やたら元気がいいねぇ〜」
と、おちゃらけた口調で話しかける。
その自在不羈な態度や様子からしてまるで現状を把握していないのは瞭然。それに比例するかのように、巨漢の男の額には、太い青筋が浮き立ち、身体にほとばしる怒りのオーラが全身を包み込み有無を言わさず、
「ーーてめぇら!!」
と、周囲に木霊するほどの怒声を上げた。
その声に反応して、巨漢の男の仲間であろう他の四人の男が一斉には暴れ出す。
「 「 「 「 ーー血祭りだ! ! 」 」 」 」
一人また一人と、五人の男達が周囲を巻き込みながら暴れ出す。
まさに一瞬ーー。瞬きをも許さない刹那ーー、『紅い十時亭』は戦場とかした。
その様子を間接的に作り出してしまったミランは、カウンター内に身を屈め、顔だけヒョイっと出すようにして、なわなわと慌てていた。
「あーー!またお店が戦場になっちゃったじゃないですかぁ!」
暴れ回る男達。その姿はまるで見境のない獣。殺られる前に殺れーーまさに戦場だ。
「ったく、本当にどうしようもねぇ奴らだよな〜」
先ほどまで事の中心にいたシーランは、いつとはなしに、ミランのすぐ横、さらに同じ体勢で嘆息していた。さしずめ二人に違いがあるとすれば、余裕があるかないかだけ。
「もう、シーランのせいですかね!ドヤされます!間違いなく女将さんにドヤされ、丸めてポイされます!」
ミランは、頭上に恐々たる悪魔のような女を想像する。
「確かに……それはできれば避けたい……」
シーランも、記憶の片隅に同じような姿を想像して思わず身を縮こまらせた。先日のことだっただろうか。シーランは、その恐怖を己の身をもって経験していた記憶がある。否、焼き付けられていると言った方が明確だった。
因みに先程から曖昧な言葉の真相として、シーラン自身その時の記憶が定かではなかったからだ。
しかし、不思議と体は覚えているような感覚が、謎の恐怖に震える四肢がそう語っている。
我が身ながら全く情けない話だと、しみじみに感じていると、
「シーランさん!」
ミランが横からうるんだ瞳で一瞥してくるのが、視界の端にうつりこむ。その瞳が映すのは恐怖と後悔。
「……ったく、しょうがねぇ」
さも言うシーランも、己の保身とその後の事象についてを天秤にかけていた。そして、ひとしきり悩んだ末に、ヒョイっと体を持ち上げ、カウンター内から酒場の中心、つまり戦場のど真ん中に飛んだ。
フワッと浮き上がっ体は、さも重力など知る由もないように身軽で、淀みがなかった。
言い表すならばーー自然。
あたかもそこにあったように、されどそうでもなかったかのように、気がつくとそこにいる、まさにそんな感覚に近い。
ーー故に誰も気が付かない。だから……
「ぐふぇ!」、「ぐあぇ!」、「ぐはぁ!?」、「だらぁ!?」と一人また一人と惚けた声を上げ、地に伏せていく。見れば、ことの火種を切った五人組の男達の内の四人だった。
「ーーお前らっ!くそっ、一体なにがどうなってやがる!?」
そして、最後に残ったのは、四人のボスと思わしき巨漢の男のみ。しかし、眼前に起こる怪訝な状況に、動揺を隠せていなかった。
だが、巨漢の男は曲がりなにも戦士であった。これまで培ってきた幾千の戦いが、動揺する己の意識に歯止めを効かせると、瞬時に警戒態勢を引き上げ、まだ見ぬ敵に意識を向ける。
「……な……に!?」
ーーだが、既に遅かった。
気がつくと男の脳は揺れていた。倒れる体。己が鍛え上げてきた自慢の肉体。それが今、まるで赤子の手を捻るように意味をなさなかった。
そして、男は微睡みの中に意識を手放した。
「ふぅ、またやってしまった……」
そして、『紅い十時亭』が戦場とかしてから、数分後ーー。
店内には、数十人にも超える男達が転がっていた。
そして、それを見下ろしている一人の男は嘆息する。
今この場において、立っているのは、ボサボサ髪の男のみ。つまりシーランのみ。争いの火種の男達は、もちろんのこと、ミランを含めこの『紅い十時亭』に存在する人間はすべて文字通り意気消沈していた。
店内は、所々破損の形跡が見えるだけで、そこまでの被害は出ていない。不幸中の幸いだ。
あとは、静かにトンズラするだけなのだけれども。
「……こいつは随分なご挨拶だな?なぁ……シーランよ」
聞こえてくる、聞こえてくるではないか。
カツカツカツと小気味不気味な良い足音が。
なでらかでそれでいて冷徹さを感じさせられる美声が。
そして、それはふいに立ち止まる。
「さて、その身を守るに値する自己辯護を聞こうか?」
シーランは静かに振り返った。
気づけば店内から差し込む陽光が消え、代わりに現れたのは太陽のような金髪をした美女。
酷く美しく、まるでこの世の物とは思えない人間離れした美がそこにはあった。
だがしかし、状況は最悪。美は美でも微の方がしっくりくる。眼前に聳え立つ美女の有無を言わせない無言プレッシャーに、ついに耐えかねたシーランは、不敵に笑って腐的に言った。
「もちろん自己満足」
「ーー有罪ーー」
その夜、クライデント王都内には、素敵な悲鳴が響き渡った。
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