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「くそ、違和感があると思ったら片目見えてねーじゃんか」


 右へ左へ物理的に二転三転する意外と広い艦内で、しかし武蔵はようやく落ち着くことが出来た。

 ほとんど無人の艦内に、気の利いた明かりなどない。

 腰に吊り下げたLEDライトを点灯すると、古いホラー映画のように煤けた格納庫が目の前に広がった。

 そして気付く。自分の片目が、失明状態であることを。


「まああれだけ振り回したら、そうもなるか」


 先程までは強風や暗さのせいかと思っていた視界不良も、冷静に考えれば身体の内側の異常だ。

 よくよく全身を調べてみれば、右目だけではない。

 頭部の妙に多量な出血も気になるが、右手の指も何本か喪失してた。

 アドレナリンが痛み止めとなり気付かなかったものの、墜落の衝撃で色々と損傷していたらしい。

 手当や止血はしないことにする。手首より上ならともかく、指程度なら勝手に血は止まるのだ。

 頭の方はどうしようもないので、今は無視することとする。


「やられたのが足でなくて良かった、アイツのところまで行けなくなる」


 武蔵がいた空間は、戦艦大和の後方にある水上機格納庫であった。

 大和後部の、カタパルトの下にあるちょっとした空間だ。

 化石のように朽ちた零式水上偵察機を見上げつつ、武蔵は艦内を、転げながらも進むことにした。

 この263メートルの巨大船を虱潰しに探すことは出来ない。

 だが、生身の人間がいるとすれば、その場所はある程度特定出来る。

 何せ、この船は空を飛ぶのだから。

 多くの航空機がそうであるように、コックピット位置は奇をてらった設計でない限りはある程度決まっている。

 機体の重心。ロールしてもエレベータ操作をしても、変に振り回されることのない場所だ。

 つまり、大和の中心部、缶室―――機関室。

 まさかこの出鱈目な戦艦が、蒸気機関で動いているなどとは誰も思っていない。

 よって12本搭載されていた缶、ボイラーは撤去されていると考えるべきだ。

 空いた空間に何を収めるか。

 まさか日本海軍の古いレイアウトに従って、艦橋に指揮官を載せるわけもない。

 CICにあたる、船を統括する区画がそこにあるべきなのだ。

 ならばやはりそこに、コックピットはあるはず

 道順もある程度は問題ない。

 この船はあくまで大和を修繕したもの。残っていた図面から艦内通路はある程度調査済みだ。

 乗り慣れた人間にさえ迷路と形容された通路を、武蔵は這いずるように歩く。


「ーーー戦闘が、終了したのか」


 亡霊戦艦の動きがおさまった。

 だが、亡霊戦艦は健在だ。


「負けた、のか」


 呟いたとき、轟音が船に響き渡った。

 まるで魂を世界を引き剥がすかのような、音や衝撃を超えた次元の波動。

 内側から聞いたのは初めてであったが、戦艦においてそれが何であるかを武蔵も知っている。

 主砲を放ったのだ。それも、一発だけ。

 まるで、それで作戦目標を達したと言わんばかりに。

 誘導弾と比較してなかなか当たらない印象のある戦艦砲だが、そんなものは距離による。

 気圧湿度距離相対速度にコリオリの影響力まで、20以上の測量結果を統合し放たれる砲弾は数キロ程度なら必中で当てる。

 この船は今、何の妨害に阻まれることもなく、悠々と目標を撃ち抜いたのだ。

 亡霊戦艦が何を撃ち抜いたのかはわからない。

 駆動音は船体に響き渡り、未だに飛行を続けているのは間違いない。

 つまるところ―――人はまた、亡霊戦艦に勝てなかったのだ。

 実のところ、想定の範囲内ではある。

 大きなダメージを受けたように見えた亡霊戦艦であっても、それでも尚、轟沈確実というほどではない。

 曰く―――戦艦がそう簡単に沈むはずがない、のだ。

 判っていた。戦艦とは、死にかけてからが長い。


「あー……こんだけやったんだ、沈めよマジで」


 人道も倫理観も国力も、何もかもを費やした作戦であった。

 それでも打倒出来ないというのは、中々に武蔵としてもしんどい。

 だが、リターンがなかったわけでもない。

 武蔵は今、ここにこうしているのだから。

 よたよた歩く武蔵、やがて最深部に辿り着く。

 明らかに素材が異なった壁。その扉はやはり水密扉であったが、第二次世界大戦のものとは意匠は異なっている。

 レバーはロックされておらず、違和感を感じるほどにすんなりと道は開けた。

 嫌に近代的な、いっそ未来的な部屋であった。

 ここまで歩いた道は、大半が整備不良であったり埃に塗れていたりなどしていた。

 だが、ここだけは現代……否、21世紀の技術が残っている。

 LEDの長寿命に甘えるような、やたらあちらこちらで点灯している機材が稼動していることを示す明かり。

 豆電球の信頼性も低い未来世界においては、こういう機材で稼動を示すのは物理スイッチによる赤と緑の塗り分けパターンだ。

 こういったきらびやかなちょっとした部分にも、技術力の差は現れるのである。

 足元に段差を認め、ふと気付く。

 この区画、壁の素材からして異なるここは別のモジュールを後から組み込んだものなのだ。

 なるほど当然だ。戦艦大和に一つ一つ機材を詰め込んでいくより、全ての機材を組み込んだ箱を丸ごと大和に押し込んだ方が楽だ。

 すなわち、こここそ亡霊戦艦のコアモジュールなのだ。

 武蔵はつい、部屋の入り口で電灯のスイッチを探してしまった。

 そうしてしまうほどに、室内は近代的だった。

 手探りで見つけたスイッチを入れると、やたらと明るい照明が室内を照らす。

 部屋の中心に、横たえられたカプセルがあった。

 息を呑み、深呼吸してから近付く武蔵。

 医療用カプセルの内部に収まっていたのは、黒髪の少女。


「ああ、やっと見つけた」


 白露時雨。

 未来に飛ばされているであろう、そう目されつつも発見出来なかった最後の一人であった。

 カプセルは医療用の量産品を改造したものであり、初見の武蔵にも使用法はなんとなくわかった。

 自動車のドアノブのような部分を上に引くと、空気音と共にカプセルが開く。


「時雨、時雨」


 優しく、武蔵自身がその声色に驚くほどに優しく彼は彼女を揺する。

 時雨は目を開いていた。

 目を開いたまま、反応することはなかった。


「やっぱり、駄目なのか」


 アリアや三笠から聞かされていた。時雨が、まともな状態ではないことを。

 武蔵も過去において、心神喪失状態であることを見ている。

 彼女は、その延長でしかないのだ。

 ーーー不意に、艦内の装置がダウンしていく。

 機材から吐き出されるエラー警告。船の操縦が自動となり、システムがロックしていく。

 時雨をカプセルから出したからであることは明らかであった。

 武蔵は悩む。ここから何をすべきか。

 機材を可能な限り調べ、ループに備えるべき。

 そう考えた時、端末の一つからカードが飛び出した。


「―――っ?」


 それを引き抜く武蔵。

 カードは、21世紀ではメジャーなメモリーカードであった。

 どういうことかと思案し、気付いて時雨に目を向ける。


「時雨、これはお前が?」


 返事はない。

 だが、武蔵が成すべきことは決まった。


「まだ、死ねないか」


 わざわざメモリーカードに入れたのだ、短時間で暗記しきれるほどの小さな情報ではない。

 武蔵は生きて、この情報を精査せねばならない。

 駆け足で艦内を進み、零戦のところまで戻る。

 直線距離なら100メートルほどだが、タラップやら回り道やらでうまくいかない。

 なんとか水上機格納庫まで到着し、侵入経路と同じ穴から頭を出す。

 零戦がなくなっていた。


「誰だ係留せずに放置したヤツ!」


 武蔵である。

 脱出を考えていなかったので、風で吹き飛んでしまっていた。

 無論、パラシュートも座席の下だ。

 ここまで来てそれはない、と武蔵は憤った。

 武蔵は手元に何があるかを考え、零式水上偵察機を見上げる。


「……いや、さすがに飛ばないだろ」


 長年海水に使っており、その後サルベージされてからも修繕されたとは思えない。

 他に何か無いものかと木箱を漁ると、大きな布地を発見する。


「なんだこれ、絨毯?」


 やたらに分厚く、巨大な布。

 武蔵にはそれが何か判らなかったが。これは防水布と呼ばれるものであった。

 用途は判らずとも、上部さは間違いない。

 武蔵はその四隅に穴を開け、手頃なロープで繋いだ。

 パラシュート、などと呼ぶのもおこがましい落下傘だ。

 長年水中に浸かっていながら穴一つ空いていない布というのは、逆に分厚すぎてパラシュートとして機能するのか大いに不安であった。

 しかしながら、大破状態どころか全損状態の水上観測機よりはマシに思えたのだ。


「あー。馬鹿なことを考えてる、俺」


 格納庫の開口部から飛び出した武蔵。

 上手い具合に自作パラシュートは風を受け開いたが、減速したようには思えなかった。


「生身よりはマシ、生身よりはマシ……!」


 風で傘が開いている以上、空気抵抗は生じているのだ。

 下が海水なのだから大丈夫、武蔵はそう言い聞かせ空に落ちていった。

 上を見上げれば落下傘の縁から飛び出すように、亡霊戦艦が小さく遠くへ消えていく。

 武蔵の恋人を載せたまま、船はまた手元から離れていった。





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