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「死んだ! もう死んだ! また死んだ! ふざけやがって!」
命の軽さに身の毛がよだつ。あれだけ入念な準備、何度も繰り返したシミュレーション。
それでも、こんなに簡単に台無しにされた。
各々の思惑こそあれど、それでも友に戦うと誓った戦友は何も果たせず死んだのだ。
―――どうせループすれば生き返る。
その事実すら、むしろ悍しく武蔵には思える。
時を同じくして、同様の大気圏突入装備を搭載した零戦に搭乗していた武蔵。
彼が知った鈴谷の最後は、あまりにあっけなかった。
先陣を切るのは鈴谷であり、武蔵をはじめとする空中勤務者達はその後をついていくように離れて降下している。
鈴谷の自爆攻撃が成功した場合、かなりの距離を取っていなければ巻き込まれる可能性が高い。
よって武蔵から鈴谷の最期は見えない距離だったのだが、ビーコンによってYS―11が撃墜されたことは理解出来た。
「―――なめんな」
それは、果たして無線を通じての声か。
あるいは、彼女の執念がもたらした超常的な声だったのか。
武蔵が確かに聞いたそれは、鈴谷の最期の声であった。
引き裂かれたYS―11。
こうなっては空力も重心もない。ただ、墜落するだけのオブジェクトだ。
だが、幸いにしてこの機にコンピューターなどという気の利いたものはなかった。
どこまでいっても機械式の操縦系。
どれだけ機体が破損しても、繋がっていれば操縦は末端まで届く。
一度スピンしたYS―11は、しかしかろうじて体勢を立て直す。
水平飛行などできようはずもないが、機体はほとんど急降下爆撃のように亡霊戦艦に向かっていた。
上手に落ちるだけならば、鈴谷にも不可能ではなかった。
既に撃墜済みと内部処理されたYS―11の残骸は、亡霊戦艦直上まで辿り着き―――
53000000000000000000000000ワットに至る光が炸裂し、太陽の放つエネルギーの100分の1を超えるジュール数が無造作に海上で開放された。
文字通りに山を一つ吹き飛ばせるエネルギー量。上空での爆発だったというのに、巨大な火球によって直下の海は神話のように水を割られ、海底すらも焼き尽くされた。
僅か300キロしか離れていない天空の橋立は盛大に揺れ、その衝撃波は地球を何周も廻る。
拡散する放射性物質もまた、尋常な量ではない。地球の自浄作用からすれば大したことはないが、それでも地上がほぼ無人だからこそ行える汚染。
当然だ。武蔵は環境汚染について、一切言及していない。どうせどれだけ作戦が順調に進み仮にUNACTを殲滅出来たとしても、人が地上に移住するには10年はかかる。気にするだけ無駄だ。
成層圏すら貫く歪でおぞましい積乱雲が上がり、世界に毒針が穿たれる。
誰もが、光を目撃した者すべてが思った。
想定の範囲内だ。事前の説明通りの攻撃だ。計算通りの結果だ。
だが、これはやってはいけないことだった、と。
科学の時代に生き人工の大地に根ざす世代の彼らは、原子の光の先に神の威光を見た。
太陽神に対する宣戦布告は、まさに禁忌の味がした。
―――だが。
―――だが、それでも。
古の戦船は―――旧き太陽の国の名を冠した戦艦は。
ゆらり、と。
豪炎の、爆陣の中からその巨体を現すのであった。
艤装は吹き飛んでいる。表面は焼けただれている。
あまりに満身創痍に見えるその形相に対し―――外観上、大和は大きなダメージは受けてはいなかった。
戦士達は思い出す。
神々の物語において、彼等天上神は幾度となく異形の怪物に敗北してきたのだ、と。
戦艦だ。
戦艦だ!
戦艦なのだ!!
戦艦と言う名の、無機物の怪獣がそこにいた。
その兵器大系は、子供の夢のようなものだ。
戦艦の目標は、火砲による敵船の破壊に尽きる。
より遠くから、より一方的に勝利する単独兵器。
群による強さではなく、個としての最強という意味の追求。
軍事的な常識である、戦力の集中という言葉の究極形態。
起源を辿れば、その原型は1100年前のローマ帝国が保有した軍艦、デュモロイに辿り着く。
大型のバリスタと原始的な火炎放射器を備えたこの船は、まさしく戦艦の走りといっていい。
やがて一度は技術が衰退するものの、やがて火砲が発明されたことで船の積載量は再び大型兵器の可能性を示す。
時代は中世。キャラックと呼ばれる帆船が主流となった頃、大砲はその甲板へと積み込まれた。
それは戦艦と呼べるほど統一された戦闘システムではなく、輸送船に据え置き型の大砲を詰め込んだだけだが、それでも確かに船は船を破壊する可能性を得たのだ。
そして大砲はより多くを積載され、ガリオン船へと発展する。
沢山撃てばそのうち当たる。そんなシンプルな理屈に則り、船はどれだけ大量な大砲を載せられるかが至上命題となった。甲板上に数門載せられていた大砲は、船の側面に開けた穴に並ぶようになる。
当初は数十門であった大砲は、最終的に120門もの砲身を並べることとなった。
戦列艦、と呼ばれる種の戦艦である。
基本木製の船体に、可能な限り大量の大砲を積んだ船種。
それは帆船に対するアプローチとしては最適解であり、そして限界であったのだ。
蒸気船の時代となると、戦列艦は一気に衰退する。
帆船とは違い丈夫構造物のレイアウトが自由となったことで、強力な大砲を甲板上に配置することが可能となったのだ。
船体の巨大化、機関の高出力化もあって戦艦はより重装甲、大口径化していく。
戦艦の恐竜的進化の始まりであった。
当時の工業技術の限りに、巨大化していく大砲。
当初から変わらない、より遠くから、より一方的に破壊する手段の模索。
それらはイギリスのドレットノート戦艦により、遂に一つの到達点へと至った。
統一された巨大な大砲。圧倒的重装甲。それらを合理的効率的に運用する為のあらゆるシステム。
この瞬間より、大砲と船という異なる存在は繋がったのだ。
―――そして、大艦巨峰主義の最終到着点というべき戦艦へと集約される。
全長263メートル。排水量69000トン。46サンチ砲9門。最大装甲650mm。
大和型戦艦が、産声を上げたのだ。
それは集大成だ。海の戦いの収斂だ。500年間にも及ぶ戦艦の最後の子だ。
戦艦大和、それはまさしく戦艦の女王と呼ぶべき存在なのだ。
戦艦という兵器は、全長数百メートルという『巨体』ではない。
一国家、一軍隊、一民族の国力財力思想叡智、あらゆる力をたった数百メートルに押し固めた『国軍を矮小化した姿』なのだ。
ある種の集合的無意識の具現化であり、故に戦艦は偶像となる。
そんな、そんな人の作り上げた人を超越した怪物が。
今、目の前に堂々たる異様を誇り大気の海を航行し続けていた。
最後の人類の敵としてであっても。
稚拙な夢を醜悪な願望で押し固めた偽りの神であろうとも。
老いた最後にして最強の女王は、そこに君臨していた。
「―――作戦開始だ」
遮光眼鏡を外し、武蔵は裂けるように嗤った。




