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5-17



 時雨はいつから、亡霊戦艦に組み込まれていたのか。

 UNACTが地球に侵攻し、それに対抗した連合艦隊に亡霊戦艦が襲いかかったのが2045年9月だ。

 そして武蔵達が未来に飛ばされる、過去における最終日は2045年7月の夏の大会の日。


 たった2ヶ月。


 他の者が100年かかっているのに、時雨だけあまりに早く動き出している。

 この差はなんなのか。

 あれが本当に時雨なのだと想定すれば、可能性は2つある。

 ORIGINAL UNACTに取り込まれた時雨は即座に脱出し、100年間ずっと亡霊戦艦のシステムとして組み込まれて動いていたか。

 アリアの話では、2周目以降の時雨は精神崩壊状態であったという。

 奇しくも、亡霊戦艦が本格的に出現したのも2周目以降。

 心が砕けた時雨に如何なる利用法があったのか定かではないものの、矛盾はしない。

 あるいは―――そもそもアレは、時雨ではないのか。

 三笠曰く、人の電脳化は出来ない。

 三笠は「適正」があっただけであり、確率で考えれば時雨にも適正があったとは考えにくい。

 三笠は国家機関がようやく探し出した逸材であり、世の大半の人間は脳を電子に移植する適正を持ち合わせていないのだ。

 勿論、その「適正」が時雨にもあったのかもしれない。

 だがやはり、亡霊戦艦には生身の時雨が積み込まれていると考えるべきなのだ。







 だが、相手が生身だとわかったところで、有効は攻撃手段は見つからない。

 戦艦とはかくも頑丈な兵器だ。

 貫通、破砕、衝撃波、熱、あらゆる攻撃をとにかく防ぐ。

 ただひたすらな重装甲。発想がシンプルだからこそ、それは誤魔化しの効かない難攻不落の城となる。

 それを破るにはどうすればいいか。

 攻撃を直撃させられるのならば、まだ可能性はある。一点突破という方向性ならば、重厚長大な鉄城を貫く破城槌がないわけではない。

 だが相手の機動力がそれを許さないならば、取れる手段は二択のみだ。

 なんとかして当てるか、当てずとも通用する攻撃を行うか。

 前回のループは前者を主とした作戦であった。対非装甲攻撃など、戦艦相手に通じるはずがない。

 だがそれでは足りなかった。バイタルパートの貫通が、イコール撃沈に至らなかった。

 内部装甲の貫通は、撃沈の『最低条件』なのだ。

 だが武蔵は万事を尽くす。友人を死地に向かわせ、人体改造を受けさせ、ならば武蔵もまた覚悟せねばならない。

 武蔵が考案した初手、戦艦に対する面攻撃。

 それは、あまりに単純な手。

 超至近距離からの、核攻撃である。







 かつて、亡霊戦艦に対して21世紀の軍隊による核攻撃が行われなかったかといえば、そのようなことはない。

 UNACTと亡霊戦艦の出現による混乱、それに伴う世界の衰退。

 それは、各国首脳に核兵器の使用承認をサインさせるには充分なダメージであった。

 だが、21世紀の核弾頭は亡霊戦艦に通用しなかった。

 民間人への被害を忌避する時勢もあり、核弾頭は小型化が進んでいる。

 例え使用するにしても、優れた誘導装置でピンポイント破壊をすることに特化していたのだ。

 その誘導装置も、基本は固定目標に照準したもの。亜音速で飛び回る航空機を追跡出来るはずがない。

 結論からいってしまえば、かつての核攻撃は亡霊戦艦に微々たるダメージしか与えられなかった。

 ならば武蔵が行おうとしている核攻撃は何が違うのか。

 単純に、威力が違う。




 巨大爆弾だ。

 TNT換算50メガトン級の、超大型核融合爆弾だ。




 鉄の箱というのは、あらゆる攻撃を防ぐ。

 電磁波も受け流す。慣性も衝撃波も防いでしまう。

 それを貫こうと思えば、シンプルに火力を上げるのが一番手っ取り早い。

 よって武蔵が指示し試算させた、現在可能な最大投入火力。

 それが、50メガトン級爆弾であった。

 だがそれもまた、問題がある。

 単純な話だ。威力が高ければ、サイズも重量も大きくなる。

 その法則は、核弾頭であっても変わらない。

 そのような巨大爆弾を、敵の眼前まで運ばねばならない。

 これが、とにかく難儀なのだ。

 そんなに強力なら多少距離があってもいいじゃないかと思うかもしれないが、爆発というものは、派手な見た目の割に殺傷半径は小さい。

 破片によるダメージを期待する爆弾ならともかく、衝撃波で殺傷する核爆弾ともなれば、威力は距離に対して2乗で減退していく。

 有効打を与えたいのなら、とにかく近くで爆発させねばならない。

 巨大な核兵器を搭載し、高速で亡霊戦艦に接近しうるプラットフォーム。

 その答えを、武蔵は過去のループから理解していた。

 YS―11。戦後国産初の旅客機にして、手っ取り早く大規模回収をする余地のある機体。

 これを、宇宙から発進させるのだ。







 大気圏突入と聞いて、誰もが思い浮かべるのが熱せられ赤く燃えながら地球に落ちていく宇宙船の光景であろう。

 大気圏突入には耐熱素材が必要……というのは正しく、そして間違っている。

 たびたび人工衛星のパーツが空から降ってくるように、セラミックやチタンなどハイテク素材がなくとも、条件さえ揃えばローテクのみで大気圏突入は可能である。

 むしろ重要なのは流体力学。スーパーコンピューターでも演算しきれない乱流を正しく制御しきれば、そして一回使い切りならば、どんな素材でも極超音速には耐えられる。

 ならば何故大気圏突入体を製造出来たのが、一部の技術先進国に限られたのか。

 それは空を飛ぶ以上は、耐熱材を薄く軽くせねばならないからだ。

 21世紀の一般的な宇宙機は再利用を想定している為、基本的に自力で大気圏離脱せねばならないし、何度も使用出来る耐久性も求められる。

 耐熱タイルの張替えも世界最初の宇宙往還機、スペースシャトルを財政的に苦しめた要因の一つであり、可能なら再利用可能な結合部品であった方が好ましい。

 飛行可能な軽量であることと、耐久年数まで保つ耐久性を両立する。

 それは完全に人類最高到達点のエンジニアリングであり、一部の国家、一部の企業でしか成し得なかった。

 22世紀の技術で再現出来るはずがないのだ。

 さて、ここから、重量と耐久性を度外視すればどうなるか。

 どうとでもなる、のだ。

 流体力学は経験則を当てはめたコンピューターによる力技ではない。綿密かつ合理的な方程式を当てはめた、完全な学問だ。

 求めるのは近似値ではなく真の値であり、それは意外と簡単な高校数学レベルの数式で求められる。

 問題は、それを現実に当てはめた際の加速度的に煩雑化する変数量であって。

 WW2の戦闘機でさえ設計技師達を苦悩させた数字の山。大気圏突入となれば、乱流一つで突入体はひっくり返りかねない。

 こればかりは一部の天才の仕事ではなく、数多の航空設計技師達の血と汗の結晶、地道な蓄積の結果であり。

 ―――幸いなことに、集積回路を作れなくなったセルフ・アークにも流体力学における資料は残っていた。

 中でどれだけ庶民的な生活を送っていようとも、セルフ・アークは航空技術の結晶である宇宙コロニーなのだ。その手の資料が残っていないはずがない。

 数式さえ残っているならば、『こういうのがほしい』というオーダーに『完成形から逆算した設計上の理想数値』を導き出せるのだ。

 航空機の設計とは、決してコンピューターによる『あらゆる可能性を試して『こういうのがほしい』という要望に近い答えを探し出す』などという荒業ではないのだ。


「―――なんて、綺麗な解答で済むわけではないのが流体力学の闇なのです―――」


 そう、かつて武蔵に語ったのは由良である。

 22世紀でさえ、未だ解明されきっていない流体力学。

 判った部分もあれば、近似値で茶を濁す部分もある。

 本当に力技が必要ないのなら、航空機の設計にスパコンなど必要ない。

 結論を述べるとすれば―――大気圏突入などどうとでもなる、なるが、それでも不確定要素は捨てきれないのだ。


「生きた心地がしないね」


 鈴谷はys―11のコックピットにて、手足を抱え丸まって震えていた。

 眼前には、あまりに巨大な地球がアクリルガラス越しに広がっている。

 遠方からならばあまりに矮小な惑星であるが、こうしてみればやはり巨大だ。

 何千年も、この小さく巨大な箱庭で人は争い生き続けてきたのだ。

 そして、今や箱庭は鈴谷すらも飲み込もうとしている。

 別に恐怖に震えているわけではない。手足を縮めるのは寒さに耐えているのと事故による四肢切断の可能性を減らすためだし、震えているのは寒さに加えて機体そのものがガタガタと振動しているだけだ。

 鈴谷は今、99式宇宙服を着込んでいた。

 ドラム缶なる異名が付けられた、自衛隊の標準宇宙服。

 YS―11は与圧キャビンを有するが、真空など想定していないので与圧は抜かれている。

 こうしなければ機体は内側から弾ける為、現在の機内は真空なのだ。

 よって最小の与圧室である宇宙服を着込んでいるわけだが、99式宇宙服は窮窮式などと呼ばれるだけあって恐ろしく着心地が悪い。

 構造が人体工学に則っていない上に、電熱線の電圧調節が甘いので火傷しそうになってしまう。

 しかも今の鈴谷には操縦など出来ない。事前の計算内で大気に自由落下するだけだ。

 まさしく、生きた心地がしなかった。

 こんなものは飛行ではない。ただかっこつけて落ちているだけである。

 鈴谷に出来るのは、宇宙服の粗末なガラス越しに高度計を睨むことだけ。

 半狂乱のように計器の針が回り、気圧から高度が算出される。

 ややあって、脳天を貫くような加速度は収まり、やがて正方向のG……下に向かって押付けられるような感覚を覚える。

 機体が大気に弾かれ、バウンドしているのだ。

 なぜか勘違いされることが多いが、大気圏再突入においてほとんどの宇宙船はバウンドしながら高度を落としていく。

 これはソユーズを始めとした東側の宇宙船特有の技術、などと紹介されることもあるが、間違いである。

 いかにも大気圏を跳ねそうなスペースシャトルは元より、アポロ宇宙船とて数度のバウンドの後に大気圏に落ちていく。

 頭でっかちで潔癖症な西側の技術者だが、さりとて馬鹿ではないのである。

 今回の降下部隊もまた、そういった手段を踏襲して大気圏に臨んでいた。

 一時の上昇を終え、再び降下を始めるys―11。

 ここからは落ちていくだけだ。

 学術的には定義されている空と宇宙の境界だが、現実にそんな解りやすいボーダーラインなどない。

 既にそこは宇宙であり、空だった。

 高度5万メートル。

 定義としては空だが、環境はほとんど未だ宇宙と言っていい。

 赤熱化する断熱材、揺れる機内。

 とても生物の生存には耐えられない薄い大気が、死んでしまえと古い翼に悪意を囁く。

 まるで奈落に落ちているような錯覚を覚え、しかし鈴谷に取れる手段はない。

 終わりなき落下、という恐怖を彼女は初めて感じていた。

 高度4万メートル。

 飛行機には厳しいが、気球などなら到達出来なくもない高度だ。

 かつて流行った気球に携帯端末を付けて撮影する、そういう高度と言ったほうが分かりやすいだろうか。

 未だに空は宇宙のような蒼さを広げており、空の底は見えてこない。

 ふと、ひょっとしたらこの落下に底などないのではないかと鈴谷は思った。

 あるいは木星のような、果てのない空を落ち続けているのではないか、と。

 高度3万メートル。

 だがそんなことは幻覚だと、ここは空なのだと鈴谷の五感が知らせてきた。

 操縦桿も握れない、視界も狭いドラム缶のような宇宙服の中から見える青。

 それは急激に、鈴谷の知るそれへと変化していく。

 鮮やかに、水彩絵の具が広がるように世界が色づいていく。

 その光景は、これから死にゆく鈴谷にはあまりに眩しかった。

 高度2万メートル。

 彼女は宇宙服の中から、番号を振られたワイヤーを引いた。

 爆薬ボルトが起爆し、機体から断熱材がこぼれ落ちる。

 機体底面に貼られていた低品質な断熱材は、まるで重力が逆転しているかのように上へ零れ落ちていく。

 既に減速はほぼなされている。落下は止まっていないが、パラシュートもそろそろ切り離さねば逆に機体をへし折ってしまう。

 高度1万メートル。

 鈴谷は飛び出すように宇宙服から抜け出し、全ての操作を行った。

 呼吸を止めた間にバルブを閉め、酸素ボンベを開放し、パラシュートを切り離す。

 操縦桿を握りしめ、そのあまりに重い桿を引いた。


「従え―――っ!」


 高度1万メートルの気圧は地上の4分の1、生物にとっては真空に等しい。

 自分の声さえ聞こえない空気のないコックピットで、彼女はそれでも叫んでいた。

 瞬間、ロケットブースターが点火。

 YS―11は低気圧だからこそ許される、ドラッグレースのような水平加速を果たす。

 速度は刹那のうちに、音速を超えた。

 同機は直線翼機だ。亜音速機だ。とても音速を超える設計にはなっていない。

 しかし、それも1気圧であった場合の話。高度1万メートルにおいては、多少の無理は許容される。

 そもそも、ウィークポイントである主翼は大胆にカットされており、そのシルエットはまるでx−1だ。

 飛行機が命とも言うべき翼を切断していいのか、と思うかもしれない。

 だが飛行機の主翼はもっとも低速になるタイミング、つまり離着陸時を基準に設計されている。

 もっとも速度の遅い離着陸という状況で、必要な揚力を稼げるだけの翼面積があればいい。

 だが、もう上昇することも着地することもないys−11には、長大迂遠な主翼など必要ない。

 3秒間のロケットブースターが燃え尽くし、後は慣性航行となる。

 鈴谷は、確かに正面に見据えた。

 巨大な戦艦。人類を暴食し続けてきた、最強の個。

 予定通りであった。決してその挙動動向を予測させない亡霊戦艦は、しかしループの知識通りにそこにいた。

 操縦桿を、血が滲むほどに強く握りしめる。

 果敢に迫るYS―11が、数条のレーザーに引き裂かれ、空中分解した。




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