5-16
数日分の時間をかけて段階的に加速していた秋津島が、安定航行に入ってしばらく。
なぜかめっきり大人しくなってしまった鈴谷を脇目に、アリアは提案した。
「武蔵、セックスしましょう」
「どうした」
アリアが意味不明な提案をしてきた。
「ぐふっ、がはっ、むうっ!」
突然のアリアの発言にむせる鈴谷。
ここずっと静かだった彼女だが、流石にびっくりである。
そんな悩み多き老成ちびっこを他所に、アリアはマイペースに述懐する。
「いえ、うら若き乙女が処女のまま死ぬというのもつまらない気がしてきて」
「どうした」
どうしたテイク2である。
武蔵はアリアをガチで心配する。
閉所に3人で閉じ込められているストレスで狂ってしまったのかもしれない。
そんな危惧が脳裏に過る。
何せ、排泄行為すら同じ部屋でせねばならないストレスフル環境である。
軍人としての訓練を受けている彼等だからこそ我慢出来る劣悪な環境である。
脳細胞の2,3本ブチ切れていてもおかしくはない。
「宇宙由来の感染病にでもかかったか。宇宙放射線の影響が脳に出てきたか」
「私達が相思相愛だと判明した今、躊躇うことはない気がするのです。武蔵は経験豊富なのですから、上手くエスコートして下さい」
「いや私がいるんだけど。躊躇いなよ」
鈴谷が慄いたように、震えた声で制止する。
目の前で初められてはたまらない鈴谷である。
「武蔵は今回の戦いで、全てが終わると思いますか?」
「……いいや。この世界は実質、ループ前提だ」
「つまり私が死ぬ前提なのですよね。なら、最後の思い出にセックスしてみましょう?」
武蔵の腕に飛び込み、上目遣いで乞うアリア。
今までに見たことのない女の顔に、武蔵の中ではむしろ戸惑いばかりが先行していた。
「急になんだ気持ち悪い。水の使用制限を緩めてほしいのか?」
「誘えば誘うほどシラフになるのやめてくれませんか?」
「今のお前、ヤニ臭汗臭だし……」
鈴谷が挙手した。
「降下作戦の直前、余った水を全部使って身体を綺麗にしないかい?」
「そうだな。不快感を抱えたまま戦うよりいいだろう。採用だ」
「今は私と話しているのですよー?」
いじらしげに武蔵のお腹をグリグリと突くアリア。
ただし突く物体は指先ではなくプレス銃のグリップエンドである。
「私は武蔵のことを、それなりに信頼しています。貴方の肌の温度なら、多少なり安らげる気がするのです」
「お前は覚えていないだろうがな、俺は5回も未来世界でお前と過ごしたんだ。その中で一度たりとも、お前がそんな態度を取ったことはない。不審に思って当然だろう」
間抜けに1回無駄使いして、アリアと会わずに終わったことをそれとなく隠す武蔵である。
「全てのループにおいて、私はずっと貴方に抱きしめてほしかったと思いますよ?」
支えるものもなく、宙において武蔵と共にゆっくり自転するアリアはそう暴露した。
「もう隠す必要もありません。次のループでも、さっさと私を貴方のものにしちゃってください。表向き嫌がってても、内心歓喜してますから」
本当かよ、と武蔵は未だに否定的だった。
少なくとも前回までのループで、アリアが自分の心を完全掌握出来ていたとは思えない彼だ。
普通に事後に婦女暴行で告訴されそうである。
「それにほら。私の体がおかしくないか確認してほしいのです」
「別に見た目、普通の人間だ。しばらく風呂に入ってないから臭い」
「そうじゃなくて、妊娠するのかとか」
武蔵はアリアの身体をじろじろと見た。
おおよそ紳士的とは言えなさそうな目だ。
「まず訊くが、お前生理来てるのか?」
「私どれだけロリボディだと思われてたのですか」
「ヤッて妊娠して、お前もこの作戦を生き延びてみせたらその後はどうするんだ」
「まあ、産みますよ。どうせこの世界もループするので。今の医療技術なら堕胎より出産した方が安全です」
「ループしたらその子供も消滅するんだぞ」
「残りの人類120万人がなかったことになるのです。一人増えたところで誤差でしょう」
それはとても軍人らしく、とてもアリアらしからぬ言葉であった。
「拒否する。俺はそんな実験には付き合わん」
「私、自画自賛ですがそれなりに可愛いつもりです。それなりに楽しめると思うのですが」
武蔵、アリアの胸に触れてみる。
驚き、しかし抵抗しないアリア。
それとなく赤面して耐える彼女だが、武蔵は困った様子で手を離した。
「やっぱり、エロい気分にはなれない」
「……そうですか」
「愛おしいとは思うんだ。けど、だからといってーーー」
はた、と武蔵は気付いた。
あるいは、好ましいからこそ触れるのを躊躇う宝石もあるのではないかと。
陳腐で幼稚な言葉、だが武蔵は不思議と納得させられていた。
なるほどーーー武蔵もやはり、何だかんだでアリアを好きだったのだ。
「俺がお前に欲情できないのは、俺がお前を本気で好きだからなのかもしれない」
小首を傾げるアリアに、武蔵は述懐する。
「別に他の娘が適当な気持ちだったわけじゃない。けど、お前に対しては好きだから傷付けたくないって心理が働いているのかもしれない」
「それって―――私が特別、ってことなのですか?」
「まあ、異端ではあるだろうな」
武蔵がアリアに向ける想いが、他の女性に向けるそれより強いからこそなのか。
未だに答えは出せない命題であっても、何らかの違いがあることは間違いない。
気恥ずかしくて特別という単語は使えなかったが、そこには間違いなく差があった。
「じゃ、じゃあハーレムはやめるのですか?」
「それはそれだ。ハーレムバンザイ」
「えーっ……」
ジト目で武蔵を見るアリア。
かといって、どうあってもこんな場でセックスするわけにもいかない。
先程から年甲斐もなく赤面してチラチラみている鈴谷もいるのだ。
だからこそ、武蔵はその代替として―――すこぶる情熱的に、キスをしたのだった。
慌てふためき困惑し、じたばたと暴れるアリア。
しかしそこは経験の差。アリアに武蔵に抗う術などなく、やがて大人しくなる。
アリアとてヨーロッパの人間だ。挨拶にキスなど珍しくもない。
だが、口内に侵入してくる舌は初めてであり、そこに技能の上下あることを初めて知った。
それは気持ちを伝える為の技術であり、武蔵は十二分に経験を摘んでいたベテランであった。
アリアに抗せるはずもなく、ただ口元を蹂躙されるばかり。
生殺与奪の権すら奪われ、ただ目元を溶かすアリア。
やがて、満足するだけ彼女のファーストキスを奪った武蔵は口を話す。
「…………ど、どう、でした、か?」
「タバコ臭い」
アリアはこの場に至り、未来で初めてタバコを後悔していた。
ムード台無しである。
「それで。セックス、しないのですか? 私は人肌を感じたいだけなので、別に武蔵は快楽目的でもいいのですよ?」
「お前にはまだ早い。人の体温を感じたいのなら、こうしておけ」
アリアの小さな身体をきゅっと抱きしめる武蔵。
兄が妹をあやすような色気のまったくない抱擁は、しかしアリアをひどく安堵させるのであった。
「やれやれ、若いねぇ」
寝そべり、呆れ目を閉じる鈴谷。
戦争が始まる。




