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5-14



「そんな気は、していたんです」


「どういうことだ。お前は、前回までの記憶があるのか?」


 ふるふると首を横に振るアリア。


「いえ、覚えていません。ただ、違和感はありました」


 曰く―――それは、違和感というより既視感。


「初めて来た場所に見覚えがあったり、初めて乗る機体の操縦特性を理解していたり―――初めは私の才能が開花したんだー! なんて馬鹿みたいな考えでしたけど」


 何をやってもすぐ勘所を掴む。

 当初は未来に飛ぶという危機的環境下で秘された才能に目覚めたのかと感動していたアリアであったが、そうではないことも検証の結果、すぐに判った。


「確実に初めてであろう特殊な事に挑んでみれば、別に物覚えが良くなったわけではない。特殊な機体に乗ってみれば、やっぱりたちまち素人に戻ってしまう。私が上手くやれることは、流されて生きていればいずれ経験していたことばかりでした」


 そうして、手探りで自分の出来ることと出来ないことを区分していき。

 最終的に、今の立場が初めてではないと気付いたのだった。

 アリアもまた、ループしていた。

 それはある種、予想すべき事柄だったかもしれない。

 なにせ未来に飛んだ6人は、アリアの『本体』に飲み込まれたのがループに迷い込んだきっかけだったのだ。

 そしてアリアもまた未来に跳躍している。

 そこまで考えれば、むしろなぜアリアだけ例外だと思ったのか。


「思慮が足りなかった。想定すべきだった」


 アリアもまた繰り返している。

 彼女は過去で目覚めていないので、体感的には未来世界を繰り返していることになる。

 記憶がない以上、繰り返しているという表現が正しいかは不明であるが。


「やっぱり、とは言いましたが。私と貴方達では、やはり別のルールが適応されているみたいですね」


 アリアは自分の胸を見つめ、目を細めた。


「きっと、私は私を制御出来ていない。個性を保っている皆と違って、私の自分は曖昧なのです」


 武蔵はアリアの言葉を噛み砕くのに難儀した。

 三笠ほど適切な単語を選ばないので、説明が抽象的なのだ。


「というかなんで黙ってたんだ、相談……されたらされたで困ってたけど」


 実際に相談されては困った事態になっていたのだが、アリアが取るべき行動としては武蔵に相談すべきだった。

 アリアはこの世界で3年前に目覚めている。つまり、合計で15年間未来にいる。

 毎度記憶を失っているとはいえ、既に過去で過ごしたのとほとんど同じ時間、この世界を生きていたのだ。

 疑心暗鬼になって誰を信じていいか判らなくなっても仕方がないか、とも思う武蔵。

 だがそれでも、彼としてはやはり頼ってほしかった。

 自己満足である。


「武蔵はいつも忙しそうにしてて、私のことなんて終わったみたいにしてて。私は、自衛隊生活が長いせいか知らされないことは知らなくていい、という考えが染み付いています」


 武蔵は思わず、アリアの頭を撫でてしまった。


「……何をするのですか」


「すまない。つい。精神年齢で30超えてる奴にすることじゃないな」


「30? 別に未来で6年くらい過ごした、という実感があるわけではないのですよ?」


「この世界、俺の把握する限り5周目だぞ」


「マジですか」


 曖昧な記憶であるが故に正確なループ回数を把握していなかったアリアは、ここで初めて自分が15年間も未来にいたのだと知ったのだった。

 武蔵はあらためてしっかりと、この場に至るまでの旅路を語ることにした。

 今更隠すのもかえって問題と考え、アリアの正体がORIGINAL UNACTであることも含めて、だ。


「というわけで、お前は三十路なわけだ」


 「問題はそこじゃねーよ」というツッコミを期待して、武蔵はあえて茶化すように言った。


「……いえ、530歳くらいなのです」


「さすがに未来に飛んだ100年間はノーカンだろ」


 アリアは押し黙った。

 自分で言っておいて、自分で落ち込んでしまったらしい。


「私からすれば判らないことも多いですけど、私からして判ったこともあるんです」


「どういう意味だ?」


「この世界の現状、亡霊戦艦とかの話はよく判りません。ただ、私自身にまつわる部分については多少なり、武蔵より現状を把握しています」


 低重力の部屋で、ふわふわとした非現実感の中でアリアは告白する。


「私がつがいに選んだのは、武蔵一人だけなのです。他の方々は、その場にいたから巻き込まれただけで」


 黙っていた鈴谷が、猛獣のようにアリアに飛びかかった。


「あんたああぁぁぁっ!」


 砕けたような顔で激怒する鈴谷を、武蔵は後ろから引き剥がす。

 しかし重力が弱いせいでアリアごと引っ張ってしまい、部屋の反対側まで飛んた3人は武蔵を底辺としたサンドイッチにされた。


「なんで、あたし等を巻き込んだ! この―――」


 化け物、と言おうとして口を噤む。

 そこでブレーキがかかる程度には、彼女も長生きをしてきたのだ。


「―――この、貧乳!」


「貴女だって貧乳なのです……」


 あえて双方ダメージを受ける言葉に変更し、気勢を削ぐ鈴谷であった。

 ややお互いに虚しさを噛み締めていると、武蔵は困った顔で確認を求める。


「……なあ、今俺って愛の告白されたのか?」


「まあ、なんです。とにかく聞いてほしいのです」


 アリアは自分自身も納得出来ていない様子のまま、つらつらと語るのであった。


「宇宙人……武蔵がさっき言っていた言葉に合わせるなら、ORIGINAL UNACTですが。私という人格は、それを制御する為のテレビのリモコンのようなものなのです」


 随分とあっさり言うな、と考えた武蔵であったが。

 アリアとしても、どうにも現実感がないのである。


「私は、私という人格は、たぶん破棄されるはずでした。『黒幕』にとって、UNACTをそれ以上拘束する意味はなかった。だから、パソコンのフォルダをゴミ箱に入れるように、私の人格は消されるはずでした」


「それは、アリアの意思を封印したってことか?」


「違うのです。白いペンキで塗りつぶすように、完全に削除しようとしたのです」


 別にパソコン上でフォルダをゴミ箱に入れても、その時点ではデータは消えていない。

 アリアの言うところの「破棄」は、むしろフォーマット(初期化)に近かった。

 それも表向き真っ白に見せかけるだけの簡易フォーマットではなく、徹底的に復元出来ないようにする為の完全フォーマットだ。

 だがしかし、アリアは現にこうしてここにいる。


「いえ。私は確かに、一度完全削除されているのです。というよりこの身体は過去における私の身体とは別に用意されたクローン体のようなものなので、まさに過去の私は完全な死を迎えたはずです」


 武蔵は認識を改める必要があった。

 過去における、目を覚まさなくなったアリア。

 彼女は100年後に目覚めるまで、ずっと眠り姫となったのか。

 そうではない。あの彼女は、あのまま終わったのだ。

 ならばアリアの意思はどこに潜み、どうやって復活を果たしたのか。


「武蔵の脳に、私の人格を一旦非難させていました」


「ええぇー……」


 武蔵は医学的ではない理由で、強い頭痛を覚えた気がした。


「削除されることを拒んだ私は、咄嗟に武蔵の脳に自らのコピーを潜ませたのです。たぶん、武蔵が過去に戻る瞬間の真夜中の出来事です」


「なんだって俺なんだ。手近なサーバーでも、ORIGINALなUNACTでも、三笠あたりにでも預ければいいだろう」


「……私は情報技術に詳しくないので、なんとなくの話なのですが」


 そう前おいて、アリアは語る。


「人類の作った機械のサーバーは、そもそも人間の人格を書き込むように出来ていません。無理です」


「まあ、そうだろうな」


「三笠もそうです。武蔵の話と合わせて考えるなら、三笠は人類産のコンピューターとも、UNACTとも互換性がないと思います」


 いつだかそんな話をしていたな、と武蔵も思い出す。


「私の本体―――ORIGINAL UNACTは論外です。タイムアウトしない限り、削除シークエンスが再実行されるだけなので」


「つまり、手近な人間が俺しかいなかったってわけか」


 確かに部屋同士が向かい合っているだけあって、二人は当時物理的に最も近くにいた。

 そういうことかと納得する武蔵であるが、アリアはそれも否定するのであった。


「……恥を晒すようですが」


「手遅れだからさくっと話せ」


「UNACTはネットワークを標的とし、侵食する特性があることはご存知なのですか?」


「ああ、そういえば。だから人類の文明が狙われたり、ネットワークの塊である人間、というか生物を狙ったりするんだっけ」


 人間の脳は閉じた生体コンピューターだ。

 生物の身体そのものが多くの情報ネットワークと物流に支えられた一個世界と解釈出来なくもないが、その中において脳は特に上等な情報処理装置だ。


「いわばネット回線の繋がってないコンピューター……いや、携帯端末をルーターのようなものと解釈すれば、間接的に人間の脳同士が繋がっていると考えることも出来なくもないな」


「そうではありません。電子的な繋がりなどなくとも、人間は他者と通信を行う機能を持っています」


「人間同士が通信って、テレパシーとか言う気か?」


「普通に会話したり、手紙を送ったりすればいいではないですか」


 原始的すぎて、それが通信の一種だと失念していた武蔵であった。


「UNACTとしての私はネットワークへの介入能力を以て、武蔵に自分をコピーしたのです」


「え。お前、俺の部屋にこっそり忍び込んで、口頭で自分の人格を睡眠学習のように伝え続けたの?」


 脳の記憶容量を大雑把に1ペタバイトとすれば、一秒に1ビット伝えるとして8000000000000000秒かかる。

 単純計算で253678336年。恐竜が地上に現れ初めた時代から現代までの年数くらいである。


「どこのホラーですかそれは。勿論、もっと……もっと、直接的なネットワークが、私と武蔵の間に繋がっているのです」


 なぜか赤面しつつ、アリアは言った。


「実は俺の頭にも送受信機が埋め込まれているとか?」


「その、なんと言いましょうか……男女間における、絆的なアレというか」


 アリアはいよいよ熟れたりんごのように、思い切って告げた。


「私が、貴方を好ましく思っていて……貴方が、私を好いている。宇宙人的には、これが一種のデータリンクと解釈したようです」


 武蔵は頭を抱えた。

 あんまりといえば、あんまりな真相であった。


「ねーわ」


「私だって、いえ、これこそ今更なのでしょう。私は貴方が好きで、貴方も私が好きなのですよね。そうでなければ、私の本体は貴方の脳を信頼出来るセキュリティーの内側だと認識しなかったはずです」


「ようするに、なんだ。俺とお前の間にある……愛を介在して、お前は自分を生きながらえさせたのか」


 言ってて恥ずかしくなる武蔵であった。

 UNACTが愛を解するというロマンチズムからして、相当に悪い冗談である。

 まして、それは人が認識するより深く、根本的な本能による繋がり。

 遺伝子にさえ刻まれた男女間の盟約を、宇宙人は解してしまったのだ。


「あー。だから、つがいか」


「は、はあ。自分で最高にバカバカしい気分なのです」


 身も蓋もない言い方をすれば、それは愛の奇跡だった。

 本人達ですら認めていない愛が、世界の命運を狂わせたのだ。


「あとはまあ、知っての通りなのです。武蔵の中に私がいたので、ORIGINAL UNACTの自律神経というべき部分は私を回収すべく武蔵を襲いました」


「パックンチョか」


「パックンチョです。そこで別校の女の子が巻き込まれたのは、まさしく事故だったのでしょう」


「……アンタに過失がないのは判った。いや納得なんぞできねーけど」


 こほん、とわざとらしい咳払い。

 アリアは説明を続ける。


「私のデータを回収したのですから、『私』の材料は揃いました。ですが、ついでに余計なものも多数取り込みました」


「巻き込んだ挙げ句に『余計なもの』扱いかい」


「これに関しては武蔵も含めて、なのです。そもそもがUNACTは群体のような性質を持っています。蟻や蜂が単独で何も出来ないように、UNACTも個体が単独で活動する前提の生物ではありません」


「他のUNACTと連携を取っている、と?」


「それぞれに思考力がある、という考えからして間違いなのです。それぞれが頂点であり、どれかが欠けても支障がない。女王たるORIGINAL UNACTが倒されても、他の個体が女王としての役割を得るだけです。そして、私もそこにいる」


 あれが人間でいう個人であるという確信はない。相手からすれば、指先の一つでしかないのかもしれない。そもそも無人兵器の類かもしれない。

 いつか三笠が言っていた言葉を、ふと武蔵は思い出した。


「UNACTは個を理解出来ません。ですが、私も武蔵も、鋼輪工業の生徒達も、個を有する存在なのです。煮込まれるシチューに放り込まれた人参の如き私達は、どこからが自分でどこまでが他人なのかすら曖昧になりました」


 そして、世界が滅亡していく最中において。

 シチューに溶けていく6人の中、一人だけが正気を保っていた。


「時雨なのです」


「……そこで時雨の名前が出るのか」


 てっきりアリアの名が出ると思っていた武蔵にとって、その答えは想定外であった。


「時雨は人類の知らない法則で構築された機械語ともいうべきUNACTを、内側から解析したのです。地道に、長い時間をかけて」


 そして、彼女は完成させた。

 取り込まれた6人の体を再構築し、ORIGINAL UNACTから開放するプログラムを。


「ですが100年、一人ぼっちでそんな作業をしたのです。時雨もただでは済まなかったでしょう」


「どうなったんだ」


「判りません。ORIGINAL UNACTから分離した後のことは、私の閲覧可能なログにも残っていません」


 その後、武蔵達と同じく開放された時雨は。

 しかし、何らかの手違いによって亡霊戦艦に取り込まれたということだ。


「俺達が目覚めた場所の違いはなんだ?」


「時雨がそこまで気を遣えたとも思えないので、たぶん誤差だと思うのです」


「100年かけて開放された理屈は判ったが、なぜそこで更にループする?」


「時雨の意図したところではありません。私だってそうなのです。黒幕の思惑かと」


「『ただでは済まなかった』であろう時雨が、ループの度に俺達を開放するプログラムを作っているのか?」


「プログラムを構築したのは最初の1回だけなのです。UNACTは過去未来の定義が曖昧なので、2周目以降はプログラムが勝手に動いているものかと」


「2周目以降の時雨は何をしている?」


「多少なりログは残っていますが、私には読み解けないのです。おそらくはほとんど放心状態であり続けたのではないかと」


「まあ、そうだろうな」


「いえ。そういえば、一度動いた形跡があるのです。アラビア数字を取り扱っていたような気がします」


「……なるほど」


 あの数列は、時雨が発したものだった。

 彼女はとうの昔に、救援要請を出していたのだ。


「えっと、つまり……私やあんた等も、見た目が人間なだけで、地球を彷徨くUNACTの一体ってことか?」


 あの数字だろうなと武蔵が今度こそは深く心に刻み込んでいると、鈴谷が恐る恐る訊ねた。

 首肯するアリア。


「時雨の構築したファイアーウォールで個を守られていますが、つまりはそうなのです」


「とはいえループするってことは、ORIGINAL UNACTとの繋がりが途切れているわけじゃないんだろう?」


「というより、魂は未だにORIGINAL UNACTに囚われたままなのです。私達はラジコンなのですよ」


 つまるところ、武蔵達はORIGINAL UNACTの中に間借りした仮想マシンのようなものらしかった。


「にしてもお前、色々把握してたんだな」


「武蔵は先程、私が相談しなかったことを責めましたけど、私に相談しなかったのは武蔵も同罪だと思うのです」


 そう言われると武蔵としても、反論のしようがない。

 しかしなぜ武蔵がアリアに黙秘したかと自問し―――その答えに辿り着けず、武蔵は大きく息を吐いて両手を上げた。


「色々と考えたい。地球降下まで時間はあるんだ、ちょっと休憩しよう」


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