5-13
人の悪あがきを、諦めぬ努力と見るか見苦しい断末魔と見るかは意見が分かれるところであろう。
だが、強いて鈴谷の所見を述べるとすれば―――武蔵の詭弁は、ある種の感動すらも覚えるものだった。
役者のように大げさに腕を薙ぎ、熱く語る武蔵。
その様を、鈴谷はどこか疲れた瞳で観察するのであった。
「異界より来たりし魔王が地球を狙っている! そう、俺こそが世界を守るべく召喚された勇者なのだ!」
「最後の悪あがきで誤魔化そうとするのやめてもらえません?」
宇宙へと飛び立った秋津島。
低重力を生み出すために自転しつつ宇宙空間を無動力航行する船の中で、武蔵はアリアに説明していた。
「100年後に地球が滅んでいるなんて、そんな異常事態がそうそう起こると思うか? ここは俺達の知る地球じゃない、限りなく似た『平行世界』だ。俺はこの世界に勇者として喚ばれたわけだ」
「なら私はなぜ付き合わされているのです?」
「今どきはクラスメイトと一緒に召喚されるのが普通だぞ」
適当なことを言う武蔵に、鈴谷も思わずツッコむ。
「んじゃ私はなんなのさ」
「部外者が一人紛れ込むのも普通だぞ」
この理屈でいえば、武蔵はかませ勇者である。
「この世界のお姫様、つまり平行世界の三笠が王女ポジションだな。大体腹黒黒幕だ」
「あれが過去で出会った、敷島三笠と同一人物であることは認めるのですね」
「しばらくは城で剣術指南を受けるのが定番だ。半年くらい。それで万全の準備を整えた上で四天王に初実戦を挑み、経験不足で敗退するんだ」
「話逸らさないでほしいのですが」
「そこを、最初に巻き込まれ召喚されたものの追放された部外者が現れるわけだ。そんで敵を一網打尽にするわけだな」
「私の怒りで魔力に覚醒しそうなのです」
「あーどっかにチートでハーレムでかわいい奴隷少女転がってないかなー」
「かわいい性奴隷ならここにいますよ。手を出してきたら指を折りますけど」
「……ごめんね?」
「はよ話せ」
「むうっ」
時間はいくらでもあった。
会話内容を傍受される心配もない。
長い長い、武蔵の経験してきたループの旅。
それを語るのを躊躇う理由も論拠もない。
しかしそれでも尚、武蔵はなんとしてでも時間稼ぎをしようとしていたのだった。
アリアはそんな往生際の悪い武蔵を、スカイブルーの瞳で見据える。
「……貴方は」
「うん」
「貴方は、相変わらずなのですね」
呆れ果てた様子で、アリアは武蔵に詰め寄った。
「よくもまあ、なんとまあ、まあまあまあ」
「なんだよ……」
「まあ、まあ、まままぁ」と奥様のように歓声を上げつつ武蔵を糾弾するアリア。
それが本当に糾弾なのかは武蔵には理解し難いものの、確かにその瞳には非難の色があったのだ。
「武蔵って色魔ですね」
「どうした急に」
「いえ。誰彼構わず欲情してハーレムに引き込もうとして、まるで種馬なのです」
「サラブレッドとはそういうものだ」
「はっ」
鼻で笑うアリア。
今の返しは武蔵本人としても落第点であった。
実績のないサラブレッドなど農耕馬よりも約立たずだ。
もう少し冴えた返事が出来るようになりたい、と願う武蔵である。
「あの、これはなんてことのない質問なのですが」
絶対になんてことはなくない質問のされ方であった。
「何故、私はその『誰彼』に含まれないのですか?」
武蔵は言葉に詰まった。
不思議と、その抽象的な質問の意図が正しく理解出来てしまったのだ。
「他の女には協力を求めたのに。そこの鈴谷なんて、さして親しくもない女にさえ協力を求めたのに。私には、何も求めないのですか?」
思い出すのは信濃や由良、妙子の顔。
100年だ。とても個人を想い続けられる時間ではない。
だが彼女達はそうした。
過去の世界で無責任に好き勝手に未来への布石を打とうとする武蔵に、彼女達は各々の思惑を積み重ね、その末に待つことを選んだ。
どうせ消える歴史だ。
どうせ消える自分だ。
そう判っていようと、100年間の徒労と孤独に耐えられる人間がどれだけいようか。
彼女達はそうしたのだ。
「なのに、私は共犯者足り得ないのですか。不服です。不服ですとも。舐めんな」
「いや、お前に情報を伝えたらどこから黒幕に漏洩するか判らんし」
「それでもやりようはあったはずなのです。手紙で伝えるなり、宇宙に出てから伝えるなり。色々とやりようはあった、なのに私は部外者だった。どうにも、私にはそれが恣意的に思えるのです」
「…………。」
「私が人間ではないからですか?」
「お、お前……!?」
予想外な言葉に、武蔵はあまりに露骨に声に出してしまった。
それほどまでに、アリアの言葉は突拍子もなかったのだ。
しかしアリアは武蔵のことなど気にせず、推論を話していく。
「いいえ、武蔵がそんな『些事』にこだわるとは思えない。なんならこの身がUNACTだと知った今でも、隙あらば私にエッチなことをしようとするはず。武蔵はそういう男です」
あまりに無茶苦茶なアリアの言葉に、しかし彼女は心を揺るがせた様子はない。
ただ、彼女の興味は一点に向いていた。
「どうして、私は特別扱いなのです?」
沈黙は、その後数分に渡った。
「な、何か言って下さいよ」
「……すまん、ちょっとびっくりした」
武蔵は驚きのあまりに、声を失っていた。
アリアが自分の正体を知っていることも驚きだが、まさか世界の行く末の話から、恋バナに繋がるとは思っていなかったのだ。
そう、恋バナである。
これは世界の命運を巻き込んだ恋バナなのだ。
武蔵はハーレム願望の持ち主だ。
周囲の女の子は全員嫁にしたいとか考えている。
だがアリアには、極端にそういった感情を向けていない。
言葉では色々とからかうものの、具体的にアプローチをしたことはないのだ。
「どうして、私はいつも除け者なのですか?」
そう、心細げな顔で言われ、武蔵は彼女に対する真摯ならざる部分に直面させられた。
「私達はバディのはず。その名目で私の私生活を引っ掻き回してきたのは武蔵なのに、都合が悪くなれば切り捨てるのですか?」
「それは……」
それを言われると、武蔵としても辛いものがある。
編隊機との信頼の大切さを教えたのは、他ならぬ武蔵なのだから。
「ほら、また黙る」
アリアの目に剣呑な色が宿る。
「私が知りたいのは世界の真実なんてものではないのです。私は、ずっと貴方が知りたかった」
逃げ場のない狭い個室で、アリアはずいずいと武蔵に迫る。
「どうして? 私はもういらないの?」
「そういう言い方やめろ、俺はお前を軽んじたことはほとんどない」
「そこは一度もないと言ってほしいのです」
武蔵の戯言に、彼女に普段の口調をする余裕が戻った。
「では、聞かせて頂けますか? 武蔵が私を軽んじていないという『理由』を」
私の立ち位置はお前が決めろ。
武蔵はそう言われたのだ。
―――実のところ、この質問をはぐらかすことは出来る。
どうせループするのだ。真実と偽って適当なことを言えば、アリアはそれを信じるしかない。
どうでもいい人間相手ならば、武蔵も平然とその信頼を裏切ってみせただろう。
だが、武蔵にとってアリアのウェイトは小さくない。
その正体が世界を滅亡に追いやった怪物だと知っても、なお助ける前提で動いている。
「むう」
武蔵はアリアを凝視する。
不躾なほどに見る。
アリアもまた、そこから視線を逸らさない。
武蔵は改めて考えて、自分自身に意外に思った。
彼は、アリアに執着しているのだ。
「わかった。これまでの情報を、全て開示する」
それは大きな賭けだ。
協力者達に事前に相談してから行わなければならないほどの、重要な行動だ。
だが、今この場の、アリアの目からは逃れられない。
そう武蔵は確信させられた。
「アリア。俺は、俺達は―――同じ時間を、何度も繰り返している」
「ああ……やっぱり」
アリアは、なんてこともないように言った。
「やっぱり、そうだったんですね」




