5-12
かぜをひいてました。
「あああっ! 私が殺りたかったのにぃ!」
「うるさいぞ」
後部座席で髪を掻きむしる鈴谷に、武蔵は辟易していた。
ヘッドバンキングで運転席のヘッドレストを殴打され、武蔵のフラストレーションも右肩上がりだ。
「ちょっと秋月に降りてもらってさ、3式戦借りれないかなぁ! 自衛隊ぶっ殺せたら私はそれでいいんだよぉ!」
「3式戦はコックピット潰してるから。生身の人間乗れないから」
「じゃあアンタの零戦貸しな!」
「嫌です」
車両が大苫宇宙港に入る。
常ならば民間機も使用する空港だが、大規模作戦の前とあって施設は丸ごと自衛隊の統制下にあった。
「あー自衛隊ぶっ殺してぇー!」
窓から大声で叫ぶ鈴谷。
近くを通りかかった自衛隊員がぎょっと目を向けてきた。
慌ただしく行き交う自衛隊の車両。秋津島を含め、多数の艦艇が急に決まった発進準備に翻弄されていた。
蒸気タービンのように丸一日前から火を入れねばならない、というほどの不便さはない。
だが、それでも巨大な宇宙船団の出港は大きな労力を必要としていた。
「こんなオンボロ艦隊で宇宙に出ようなんて、何度見ても正気じゃない」
巨大な船舶が並ぶ光景は、壮観ではある。
大きな船、航空母艦ともなれば200メートルオーバー。小さくとも曳船の50メートル級。
どちらにしろ小さな人間からすれば、途方もない巨人船の群れだ。
しかしその実態は悲惨といっていい。
秋津島を始めとして、艦齢が200年を超えた船すら多数所属するのだ。
比較的新しい船ですら、艦齢100年以上の骨董宇宙船が大半である。
こんな船を後生大事にしなければならないあたり、人類の未来が先細っていることを誰が感じていた。
混乱する司令部に挨拶し、武蔵達は車を降りて秋津島へ向かう。
上空を鳶のように旋回する3式戦闘機。
「たった一機の空中哨戒なんて、大丈夫でしょうか?」
空を見上げ、不安そうにアリアが訊ねる。
戦闘ヘリの航続距離は短いが、エアレーサーとして改造済みの3式戦もまた相当に短い。
航続距離は500キロ以下。滞空時間として考えれば、数時間しか飛べない3式戦は空中哨戒に向いた機体ではない。
もっとも、どれだけ航続距離が長い機体であろうとパイロットの疲労を加味すれば限界はすぐに訪れるので、交代は頻繁に行うべきなのだが。
「まあ司令部だって馬鹿じゃない、状況を把握してきたら代わりの機や追加機を上げるだろ。その前に秋月が溶けないかが心配だが」
「あの機のパイロットはナマモノか何かですか」
「ナマモノなんだよなぁ……」
彼女の『消費期限』を考えれば、既に秋月の作戦参加が不可能なことは確定している。
この時代にはあり得ない練度を誇り、どれだけの荷重にも耐えられる優れたパイロットが二人脱落しているのだ。
重要な戦力が欠くのは、武蔵としても出来れば避けたかった。
秋津島に乗り込み、艦橋に乗艦報告の挨拶をする。
「ご無沙汰しており……すまない初対面だったな、始めましてだ飛蒼海将補」
「殺す殺す殺すぶっ殺す死ね死ね死ね死ね死ね」
「相変わらずなようで安心したぞ飛蒼」
えっ、この人これで平常なの?
アリアが視線で問うてきたが、武蔵はスルーした。
勝手知ったる部室船。武蔵は案内の士官を無視し、艦内をうろちょろする。
「―――駄目だな、どこも電波が通る」
空港施設である、電波塔が近くにあるのは想像に難くない。
鉄の箱である船は天然の電波暗室と言えるが、それでも携帯端末が安定して圏外になることはなかった。
仕方がなく、武蔵達は改めて個室に素直に案内されることにする。
案内を命じられていた士官もようやくの安堵であった。
「ここも気密区画なのか、助かる」
秋津島は元は海上艦。飛空艇改造を経て宇宙船としての能力も拡張されているが、全ての区画に空気を入れておくわけではない。
むしろ、構造的に脆弱な部分は積極的に空気を抜く設計となっている。
その数少ない機密区画には、武蔵達にとっては幸いなことに、士官室も含まれていた。
「ここなら幾らでも秘密の会話が出来るな。いや、電波入るからアレだけど」
ここまで来れば、あとは他の隊員が出港準備を完了させるのを待つだけであった。
別段、空中勤務車である武蔵達が行う準備はない。
これは武蔵達が特別扱いされているわけでもなく、船とは元々が個々に完結した装置であるが故だ。
何かしようとするのであれば、出港後から動いてもなんとかなる。
むしろ機密保持の観点から、戦闘艦の具体的な行動指針を知らされるのは出港後、というパターンとて戦時中は珍しくない。
『敵国』のいない今作戦は流石に情報封鎖を徹底していなかったが、何にせよ武蔵達は手持ち無沙汰であった。
「襲撃される危険ももうないし……冥福でも祈っとくか」
携帯端末から画像を呼び出す。
高校生だった頃の、空部部員の集合写真だ。
端末を立て掛け、ナムナム、と死んだ仲間達に思いを馳せる。
アリアはタバコに火をつけ、携帯端末の前に線香のように立てた。
「いや彼女等はタバコ吸わないぞ……」
「つうか、それ生前タバコ吸ってた故人への作法だろ……」
「気密区画でタバコ臭いからやめてくんねーかな……」
「漂流船からせしめた高級タバコじゃなくて、軍用紙タバコで済ませてるし……」
「非難が轟々なのです!」
思った以上に不評なタバコ線香に、アリアはタバコを拾ってそそくさと退室してしまった。
「タバコ休憩なのです!」
「喫煙者特有の特権ってどう思う?」
「時代錯誤じゃないかねえ」
非喫煙者達の見解は厳しかった。
外から爆発音が聞こえてきた。
丸窓から外を覗けば、滑走路で炎上する戦闘機。
「事故かい?」
「いや、燃え方がガソリンじゃない。火の色からして灯油だ」
「―――ああ、秋月か」
彼等は何が起きたかを、即座に正しく理解した。
こんなにも早く、『消費期限』が来てしまったのだ。
「こんな短時間しか戦えないのか。確かに、実用的とは言いづらいな」
「あの二人の頭は、ちゃんとミカサのデータ入ってるんだろ?」
「確認はとってないけど、三笠なら卒なくやってるだろ。これで滞りなく、過去へのデータ送信は最低限達成だ」
あとは武蔵達の作戦結果を、武蔵達自身で伝えるのみ。
「ただいまなのです」
「うわヤニ臭っ、おかえり」
「うげヤニ臭ぇ、おかえり」
「喫煙者が生きにくい世の中なのです」
なぜアリアがここに戻ってきたかといえば、武蔵達3人に割り振られたのがこの部屋だからに他ならない。
アリアと鈴谷はともかく、皇族扱いの武蔵ならば個室を与えれるべきだ。
だが何分、そもそもの気密室が足りていない。
一般士官であれば何十人も雑魚寝せねばならないことを考えれば、3人部屋でも彼女達にとってはマシであった。
「ねえ、護衛のアリアはともかく、私ってどういう扱いで乗り込んでるんだい?」
鈴谷の質問に武蔵は答える。
「私兵だ。皇族に代々使える独立兵力とか、適当なことを言って誤魔化した」
さすがにこのご時世、そのような家が残っているわけではない。
だが独立独歩な気風のある宮内省、そういうこともあるかと自衛隊は案外あっさりと納得した。
若い男に従う若い娘二人、という光景が別の解釈を誘発していたことも否定は出来ない。
この部屋の名義は武蔵であるが、女性を二人連れ込むことに対して誰も文句を言う様子はなかった。
「まさか……いや、さすがにこの状況下で『やらかす』とは思われたくないが」
飛蒼司令官なら、皇族扱いの武蔵相手でも皮肉の一つを言ってくるかもしれない。
職業軍人らしい男なので、それ以上言ってくるとも考えにくいのだが、武蔵としては憂鬱だ。
そも、船に女を乗せるのはご法度、なんて時代ではない。
だが古来より、個人的な『使用人』を連れ込む乗客はいたのだ。
この腐った自衛隊においては、そんな勘違いを許容する下地があるのではないか。
そうではないことを、せめて武蔵は祈るのであった。
「武蔵、そろそろいいですか? さっきの、天皇へ」
アリアの言葉を、武蔵は人差し指を自分の唇に当てて止めた。
「なんですかさっきから。さっきも止められましたけど、今は私達しか……」
そしてメモをさらさらと書き、手渡す。
『お前に盗聴器が仕掛けられている、今は情報漏洩を防ぐ為に話すな』
メモを読んだアリアは驚き、自分の身体をペタペタと触った。
そして「なぜ教えてくれなかったのか」という目を向けてきたので、武蔵は2枚目のメモを書く。
『盗聴器の排除自体が、盗聴に気付いているという情報漏洩になってしまう。だから話せなかった』
。
『携帯端末の電波が入る場所に行ったら、そこから会話が垂れ流しになる。大化作戦が開始して宇宙に出るまでは電波の通じる場所には入るな』
鉄の箱には電波が通らない。
鉄の厚さや密閉の完璧さに左右されるが、船の底あたりは必然的に電波暗室に近い状態となる。
だがそれは海上船の話。飛空艇となった秋津島は今は陸上係留されているので、船のどこにいても不安定ながら電波が通ってしまう。
「あの、アレを探して外してしまえばいいのでは?」
電波暗室内部とはいえ、電波が通じてしまう可能性を考慮して、言葉を濁して訊ねるアリア。
武蔵は首を横に振った。
「アレはここだ」
トントンと胸を指差す武蔵。
それが体内を指しているのだと理解して、アリアは顔を青ざめさせた。
「対処出来なかったのはそれが理由だ。詳しい話は出港してからする」
数時間後に行われるであろう質問ラッシュに備え、武蔵は硬いベッドにごろんと転がるのであった。




