5-11
突如としての攻撃を受けた皇居であったが、被害は限定的であった。
「戦争みたいな騒ぎの割に、思ったより火は上がってないな」
「皇居はキャンプファイヤーになってたさね」
「そんなことよりベスあいたっ!?」
エリザベスの名を出そうとしたアリアにチョップして黙らせる。
人差し指で静かにするように指示し、武蔵は一応の誤魔化し工作をしておくことにした。
「パスタ王国が生み出したヨーロピアンスーパーカブ、ベスパの話は後だ」
「誰がバイクの話をしたのです……」
言いつつも、武蔵の意図を察したアリアは口を噤んだ。
これ以上は黙っておく、という意思表示に両手で自分の口を塞ぐジェスチャーをするアリア。
なんとなくその仕草が可愛らしく、武蔵は罪悪感を感じて彼女の先程殴打した頭部を撫でておいた。
「セクハラですか?」
「あそこからも火が上がってるな」
アリアの糾弾を無視して、武蔵は前方で上がる煙を発見報告した。
「航空戦力の投射火力の限界だ。空からの攻撃って効率的に見えるけど、航空機の爆撃能力は結局限定的だ」
対地攻撃の専門家たる鈴谷がそう言った。
他の戦力を無視して一気に敵要所を攻撃できる空爆は一見低コストに見えるし、実際上手く活用すれば地上戦力による攻略よりずっと早く安く上がる。
しかしながら、時間あたりの投射火力として見ればかなり効率が悪い。
航空機の地上整備、スケジュール管理、飛行時間、帰投時間……一度の攻撃にかなりの下準備が必要となるのだ。
これが自走砲による攻撃ならば、全ての工程が10分で終了する上に、投射量も空爆を遥かに上回る。
「だから敵も攻撃対象を厳選してる。あんたん家は『敵』として認められたんだ」
「光栄過ぎて泣きたくなるぜ」
「みっともなく号泣するのは後にしな。二次攻撃の心配はないと思うけど、この混乱がどう影響するか判んないよ」
「二次攻撃の可能性が小さい根拠は?」
「それはあんたの方が判ってるんじゃないかい?」
武蔵は「まあ」と首肯する。
先にも述べたように、空爆は前線の機動兵器だけで完結した攻撃ではない。
継続的に攻撃する為には、一つの基地全体が連携しなければならない。
しかしそこまで大規模な組織掌握をしているのならば、武蔵や伊勢が察知している。
敵は寡兵。敵に二の矢はないのだ。
だからこそ、武蔵も緊急事態の割に安全運転をしている。
前回にも似たような襲撃事件はあったが、攻撃は前例よりも過激で、かつ小規模に思えた。
伊勢幕僚長は、皇居への攻撃などという暴挙は犯さなかった。
国家の象徴たる天皇への攻撃など、あまりにリスキー過ぎて次が予想出来ないのだ。
それでも実行する奴がいるとすれば、後先を考える必要がないか、あるいはただの馬鹿か。
「後者だと思う」
「そういえば鈴谷は敵の、葛城なんとかって奴を知っているのか?」
「無政府状態になった後で、自衛隊の残存部隊で幅を効かせてた奴だよ」
「どんな奴だ?」
「人望厚くて良識があって清廉潔白でイケメンで清潔感があって真面目な奴さ」
「なるほど、俺と同じタイプか」
「……武蔵の妄言はともかく、とてもクーデターをするような人種には思えないのですが」
アリアの感想に、鈴谷は渋面になる。
「善人の生き方が人を救うとは限らないんだよ」
「清廉潔白か。ああ、なるほどな」
葛城という人物像について掴みきれていないアリアに対して、武蔵はなんとなく彼の在り方を察した。
身も蓋もない言い方をすれば、実情を考慮しないお花畑人間。
このような一言で他者を枠組みに嵌めるのは危険な行為であると、武蔵も十二分に自覚はしている。
だが、そもこの評価自体、鈴谷から聞いての印象に過ぎない。
深く想像するのはかえって足元を掬われるリスクを孕むと考え、武蔵はこれ以上の考察を放棄した。
とはいえ、断片的な情報であっても納得出来ない部分もなくはないのだ。
クーデターの類であることは間違いない。だが攻撃対象はあくまで個人。
それは、敵にとって「余計な被害を減らす人道的判断」なのだ。
狙われたのは信濃を始めとして、武蔵達や三笠。
即ち、武蔵の同志―――世界のループを前提として行動する者達こそが、反逆者たる葛城の敵である。
「『前回』と『今回』の違い、分水嶺はそこか」
武蔵の行動方針こそが、彼の行動の天秤を狂わせる最後にして最大の要因だったのだ。
今回のループでは、前回の反省として非人道的と思えるほどに後先考えない作戦が検討されている。
片道切符や体当たり作戦は当たり前。兵士には集中力を増すために薬物の使用を推奨し、必要とあらば人体実験だってやり放題であった。
そう考えると、なるほどブチ切れる奴がいても不思議ではない。
というより、そこで激昂することこそ人として正しいのだ。
「激昂された結果、民間人まで標的にしていい理由にもならないんだがな」
通りかかった、小さな学校施設。
焼け落ちた校舎をバックに、グラウンドには死体が並べられていた。
「どんな大義があったって、子供を狙っちゃお終いだ」
なぜ学校が狙われたか。
戦争において、学校は狙われることが意外と多い。
民間人への攻撃という意図ではなく、その大きな建物が工場や軍施設と誤認されやすいのだ。
この学校もそれと同様―――とは、武蔵には思えなかった。
なぜなら、この学校は武蔵の知り合いの勤務先であるのだから。
武蔵は車を止めた。学校の柵越しに、その知り合いを発見したのだ。
「ターゲットがちゃっかり生き残ってるんだな」
「―――あら。ごきげんよう、こんな姿でごめんなさいね」
半身を火傷で覆われた妙子が、飄々と片手を上げた。
動き回っているわけではない。柵によしかかって、完全に放置されていたのだ。
右手首の黒いタグの意味を、武蔵が知らぬはずがない。
「……すまん、今は急ぎでな。また今度、会おう」
「ええ、行きなさい。こんな死にかけは放っておくべきよ」
せめてこれくらいはと、武蔵は上着を脱いで妙子の火傷を隠した。
「気が利くじゃない」
「痛くないか?」
「おしゃれは我慢よ」
皮膚を半分失っておきながらよくもまあ軽口を叩けるものだと武蔵はいっそ関心した。
「武蔵、ほら、いきますよ」
「ああ。じゃあな、妙子」
車は再び走り出す。
なんとも言えないやりきれない顔をする武蔵に、アリアはとりあえずビンタした。
「何すんのさ」
「いえ、なんかいらっと来て」
「せめてメッセージ性を明確にしてからビンタしてくんねえかな」
ビンタの後に何かどやされるのならいざ知らず、イラッと来たからとりあえずのビンタである。
コンプラ的に良くない。
そもそも武蔵の方が上司なので、あらゆる意味で不道徳である。
「ちょっと良いこと言いますから、考えさせて下さい」
「自らハードルを上げていくスタイル好きだぜ」
「あのですね、武蔵。男の人って、女を守ろうとする状況で、時に蛮勇を振りかざすじゃないですか」
「ヒーロー願望で飛び出した後って、大体後悔してるけどな」
「それでもいいのですよ。自分の弱さに抗ってでも守ってくれる、っていうのに女の子はキュンキュンしちゃうんです」
何が言いたいのかよくわからないアリアに、武蔵は困ったように眉根を寄せる。
「男がそうであるように、女だって身体を張って男を送り出したい時があるのです」
その指摘は存外に、武蔵は衝撃的だった。
命をかけて誰かを守る、それがどれだけ重い感情かを武蔵とて知っている。
幾度となく死を経験した武蔵だからこそ、それが最低の気分だと理解している。
それと同種の献身を、妙子は武蔵に向けているというのだ。
「……妙子は、どんな百年を過ごしたんだろうな」
「ドライブ中に語り尽くせないような百年なのです」
変わってしまった妙子。
百年も経ったのだ、むしろ変わっていない方がおかしい。
だが、最初から、なんとなく妙子が武蔵を嫌いきれていないのは感じ取っていた。
かつての恋人に対する、最低限の宜みだったのかもしれない。
しかし、あるいは。
武蔵が想定していた以上に、遥かに。
彼女はずっと、武蔵という男を忘れずにいたのではないか。
信濃や由良、花純がそうであったように。
妙子もまた、武蔵を過去に出来ていなかったのではないか。
そんな可能性を、最初から切り捨てていたのに―――武蔵は今更ながら気付いたのだ。
弱くて小さくて、どうしようもない女性である。
「でも、強い奴だ」
「今更知ったのですか? 部長は、昔っから強い人でしたよ?」
「やっぱ俺、あの人のことが好きだ」
「……知ってます」
アリアはスキール音の響く車内で、場違いに微笑んでいた。
綺麗な微笑みは、かえって欺瞞を感じさせた。




