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「敵の戦力規模は思ったよりしょぼいのかもしれません」
皇居へ向かう車内で、アリアはそう推測した。
セルフ・アークという狭い世界において、航空戦力を有するのは難しい。
まして回転翼機となると、保有するのは正規軍である自衛隊だけだ。
戦闘ヘリなど持ち出してきたのだ、敵はどう考えても陸自であろう。
「ですが、少し距離があったとはいえ陸自もまた武蔵達に支配されているのでしょう? 貴方達の掌握を出し抜いての行動となれば、末端の隊員のみが同調したと考えるべきでは?」
「支配とか掌握とか失礼な奴だ」
自衛隊は、武蔵と伊勢幕僚長、そして花純がほぼ掌握している。
文官武官両面の責任者に加え、武蔵のループ知識まで駆使した囲い込み。
それを突破されたのは、武蔵としても意外であった。
「これまでのループで起こらない反乱だ、俺達の行動がバタフライエフェクトになったんだろうけど……」
「ループ?」
「おい、あれ」
窓から頭を出して空を見上げる鈴谷が、もうもうと上がる煙を指差した。
東京の皇居は江戸城の跡地であるが、セルフ・アークの皇居は武家屋敷だ。
かつてこのコロニーが世界から孤立した時、人心を掌握する為に『皇族の血を汲む外国人少女』という名目ででっち上げられた……という表向きの内容で天皇となり権力を確保した、アンドロイド少女の居城。
権威の割に城が小さいのは、偽りの皇族であることからくる謙虚さなのか、単純な資金不足からなのかは武蔵には判らない。
とにかくそれはオリジナルより遥かに小さく、そして防御力という面では見る影もない。
そもそもが、日本の武家屋敷は戦う拠点ではないのだ。
「……木造建築の防御力なんて、現代兵器の前ではあってないようなものか」
燃え上がる皇居を見て、武蔵は落胆した。
木造建築は意外と燃えにくいと言われているが、それはもう龍のように煙の昇る大炎上であった。
武蔵達が乗る車両は未だ皇居に辿り着いてはいない。だが数キロ手前から煙は見えていたし、100メートル手前の時点で燃えているのが皇居だと確信出来た。
だがしかし、確かに皇居は現代兵器に対する防御力は皆無であったが、警察官はそれなりに詰めている。
皇居警察とは、治安維持を目的とした警察官としては異例の存在だ。
高い練度。潤滑な装備。決してお飾りなどではなく、対歩兵戦力としては十二分であったといえよう。
ただし、皇居は空からの攻撃に備えてなどいなかった。
無数の爆弾が投下され、皇居は容易く炎上した。
煌々と燃え上がる建物を見上げ、鈴谷が呟く。
「ナパームの匂いだ。燃えるのに空気を食うから、近付いただけで死ぬよ」
あまりの火力に、炎が竜巻となっている。
周囲の酸素を根こそぎ奪い、炎の上昇気流が伸びる現象―――火災旋風が生じているのだ。
「さっきのトンネルと同じで、一酸化中毒になるってことですか」
「さっき燃えてた燃料のガソリンも、ナパームのナフサも質の違いはあれど同じ物だからな」
ナフサなんて粗製燃料をガソリンエンジンに突っ込めば、ノッキング必至なのであるが。
武蔵の言葉に、連想ゲームのように鈴谷は解決策を提示する。
「じゃあさっきと同じように、今回も呼吸を止めて炎を突き抜ければいいわけ?」
「うっかりナパーム触ったら皮膚移植しなきゃならんレベルで火傷するがな」
どうしたものかと閉じた木造門の前に立ち尽くしていると、ドカドカと門の内側から叩く音が聞こえてくる。
「まさか、生き残りか?」
生存者が内側から門を開けようとしていると察し、慌てて門前から離れる3人。
途端、門扉が吹き飛んだ。
「天皇陛下のおなりだぞゴラァ!!」
炎を背景に、着物を燃やしながら三笠がヤクザキックのポーズのままに片足立ちしていた。
そして武蔵をギロリと睨み、ズカズカと歩み出てくる。
「頭が高いぜクソガキ共ォォォ!」
襲撃され、相当に頭に来ているらしい。
普段の3割増くらいで口調が荒かった。
面倒くさいなぁ、落ち着くまで放っておきたいなぁ、と武蔵は日和っていると、隣でアリアが呟く。
「……ベス?」
アリアは旧友の顔が目の前にあることに、相当に驚愕していた。
武蔵と三笠は顔を見合わせて、目で会話する。
(おいどうする、散々避けてたのにいよいよ会っちゃったぞ。お前が最近気が緩んでたからだぞ、俺のせいじゃない)
(アリアくっそ可愛い)
会話が通じていなかった。
身を乗りだそうとしたアリアを、武蔵は手を掴んで止める。
「……落ち着け。彼女は彼女の子孫だ」
「しそ……そう、なのですか」
言われ、落胆するアリア。
親友であるエリザベス、即ち三笠の所在はアリアにとっても重要事項。
テロメア伸長措置を受けている(とアリアが思い込んでいる)三笠が100年後において若々しいままでも不思議ではない。
だが子孫である、と言われればそれまででもあるのだ。
なぜ友人の子孫が天皇陛下になっているのか、という点までは緊急時につき頭が回っていない。
アリアはボロボロとなった三笠を凝視して、首を傾げた。
「義手?」
炭化した彼女の手足は、機械部分が露出していた。
武蔵は話を逸らすことにした。
「まあそこはさておいて。みか……陛下、他に生存者はいるのか?」
「死んだ。皆死んださ。警戒の為に門を閉じたせいで、全員中で倒れて蒸し焼きになって死んだ」
「そうか」
爆弾は破壊をもたらす兵器だと誤解しがちだが、むしろ科学的に人体を破綻させる兵器だ。
直接的な熱や破片による破壊など、割と簡単に防げる。
だが衝撃波や毒ガスは防げない。爆発による死体は、原型を保っていることも多いのだ。
この点においては木造建築も煉瓦も石造りも鉄筋コンクリートも関係ない。
どうあっても死という結論に至るのだ。
「まあ官僚とはいえ、宮内省の人員が欠けたって国の運営には影響ないしセーフだろ」
「他人事みたいに言いおって。由良も皇居にいたぞ、今日は打ち合わせに来ていたからな。目の前で息を止めたのだぞ」
僅かに息を呑む武蔵。
だがすぐに、表向きだけでも平静を取り戻す。
「そ、それもさておいて」
散々の命を「さておいて」きたのだ、今更一人死んだだけで感傷に浸れなかった。
その程度には、武蔵は自分の業の深さを自覚していた。
しかしむしろ、三笠にはそれが気に食わなかった。
「さておくなよ。背負って号泣してやれよ、お前の女だろ」
「男だが……まあ、また今度な」
「ふん。敵はL4方面航空隊だ。穏健派だと目されていたが、指揮官は腹に一物抱えてるタイプだったらしい」
「犯人まで判ってるのかよ。仕事が早いな」
「ヘリに部隊章描かれてたからな。規模からいって、一部隊の暴走ってわけではなかろう。航空隊がほぼごっそりと離反している」
航空隊の隊長は保守的な人間であった。
そういう意味では、軍事方面に消極的だった朝雲政権は穏当であったといえるだろう。
だが武蔵主導の行動は急過ぎた。変化を嫌う人間からすれば、その様はまるで悪だった。
―――結局のところ、その程度の差なのだ。
その程度の差が、この事態を引き当ててしまったのだ。
「航空隊の指揮官の名は?」
割って入り、鈴谷が訊ねる。
そんなことを聞いてどうするんだという目をしつつも、三笠は答えた。
「葛城 赤城だ」
「アイツかあああっ!」
髪をかきむしり、突如唸り出した鈴谷に困惑する周囲。
しかしいつまでも火災旋風の側でお喋りするわけにもいかず、武蔵は車を指差した。
「とりあえず乗れ、どこかに隠れてやり過ごすぞ」
どんな航空機も永遠に飛べるわけではない。
この時代の貧相なヘリ部隊で作戦行動をとったところで、どこかで息切れするのは必定だ。
航空機のスペックとしてではなく、部隊の運用インフラとしての限界だ。
「皇居を襲ったってことは、お前も目標の一つだろう。敵の燃料切れを待てば勝手に自滅する」
敵の誤算があるとすれば、三笠が人並み以上に頑丈だということ。
そもそも三笠の本体は別の場所にある。少女の姿をした身体など、ただの端末だ。
最大の確保、あるいは殺害目標であった三笠が不死身など、敵も想定外に違いなかった。
だがしかし、三笠は武蔵の提案を拒否した。
「いや、ここまで引っ掻き回されては下手に体制を立て直す方が面倒だ」
「どうするっていうんだよ。体制建て直さないままゴリ押しする気か」
「そうだ。予定を前倒しにして、現時点を以て作戦を開始するのだ。既に降下作戦の準備は完了してる」
「むっ」
武蔵は試算する。
自衛隊の反乱部隊を制圧するのに数日、自衛隊の体制を整えるのに1週間はかかるであろう。
その後の処理を文官に丸投げしても、その間消費した物資を再集積するのに更に数日。
作戦の開始は2週間ほど遅延することとなる。
ここまでスケジュールがずれてこんでは、亡霊戦艦に有効な奇襲を仕掛けるタイミングを逸してしまう。
なるほど、三笠のいう通りに作戦を前倒しにすべきである。
―――あるいは、それこそが敵の目的なのではないか。
武蔵はちらりと鈴谷を見た。
修羅のような顔をしていた。
「いいから今は宇宙港へ行け! 手をこまねいては更に余計な手出しをされるぞ」
「お前はどうする?」
「私は自力で港に向かう」
「お前も宇宙に出るのか?」
かつて宇宙に脱出した人々がいたように、短期的には宇宙に逃げるという判断は間違ってない。
生存には適していないが、人から逃げる分には宇宙空間は都合がいい。
そう思った武蔵であったが、返ってきたのは罵声であった。
「違うわドグサレ下等民族の馬面でくのぼう。私が向かうのは海の港の方だ、海自に保護を求めるのだ」
「この罵倒、やっぱりエリザベ……」
妙なところで天皇陛下の正体を看破しそうになったアリアを、無足は口を塞いで止めた。
そのまま引き摺り、アリアを車内に放り込む。
武蔵は三笠と視線を交わし、頷きあって今生における生涯の別れを済ませた。
空を三式戦闘機がフライパスする。
地面を這いずる者にとって、航空支援は絶対の守護者だ。
彼女の支援があれば、宇宙港に向かうのに憂いなどない。
武蔵達は本格的な作戦行動を開始する為に、車を走らせるのであった。




