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5-9


「センチュリーなんて高級車、どこから調達したのです」


「由良に聞け」


 一番銃火器の扱いに不慣れな武蔵を運転手として、隠れ家から発進した車両は皇居に向かった。

 後部座席で銃を持つアリアは訊ねる。


「こんな堂々と走って大丈夫でしょうか?」


「この車のナンバーは宮内省のものだ、正式に登録されている。敵がどんな勢力であると仮定しても、菊の紋付いた車両を攻撃なんて出来ないさ」


 センチュリーの前後に搭載された菊の紋は、武蔵が折り紙で作った特別製である。

 両面テープで貼り付けたそれが風圧で吹き飛んだ。


「偽装が暴かれた。敵の諜報工作の賜物だな」


「夏休みの工作以下なのです」


 ローター音が轟く。

 対地攻撃機として最強の存在、回転翼機。

 その最大の弱点といえば、ヘリコプター特有の爆音だ。

 巨大なローターを持つ以上、これを消すことは容易ではない。遮蔽物のない空から轟く音は、地上にその存在を華々しく喧伝してしまう。

 良くも悪しくも、軍用ヘリは戦場の神なのである。


「武蔵武蔵。この車、かえって目立ちません?」


「菊紋取れたのが原因ではないと信じたい」


「さっきの折り紙はさておき、存在感無駄に抜群ですよ。なんでロールスロイスにしなかったのですか」


「お前の趣味聞いてねえよ。いやでもまあアレだ、センチュリーなんて車に乗ってる奴を簡単には攻撃出来ないもんだ。俺なら無理だね」


 別にセンチュリーは政府専用車両ではない。誰でも所持出来る量産車だ。

 とはいえ、このような最高級車に乗っている人間を躊躇いなく攻撃出来る者がどれだけいようか。

 周囲の車ごと、一帯が機銃掃射される。

 敵は容赦も躊躇もなかった。


「訂正だ、一番のバカは敵だった」


 これまで一般車に紛れて法定速度で走っていたセンチュリーが、急に加速して車両間をかい潜って疾走する。

 何を目的にした軍事行動かは不明であるが、ここまで露骨に民間人の支持を失う行動はなかなか出来ない。

 武蔵でさえ、自衛隊に負担を強いることはあれど、民間人に負担を強いる行動は取れなかった。

 仮に強いるとすれば、情報が漏洩しないほど徹底的に閉鎖して強制労働させるくらいの覚悟が必要となる。

 武蔵も人類涅槃統合軍以外の人間にそのような扱いはしていない。それほどの愚策なのだ。


「テロリスト相手には強制労働しているのですね……」


「非対称ジメチルヒドラジンの扱いがね、どうしても危なくてね、仕方がなくね……」


 武蔵は言い訳がましく歯の隙間から弁明を漏らした。

 燃料とは不安定な物質の総称だ。

 どんな原理であっても、不安定であれば不安定なほど強力な燃料となる。

 例えば鉄と木材は共に建材に使われるほど安定した物質だが、鉄は火に入れても変質しにくいが木材は普通に燃える。

 つまり、鉄は燃料にならないが木材はまだ比較的燃料になる。木材は不安定なのだ。

 ヒドラジン系は、その不安定の極地といえる強力な燃料であった。

 現代においては原則使用されないほどの、多少の衝撃や不純物で燃焼を始める危険性。

 手に付着すれば骨まで溶け、吸引するだけでも毒性がある。

 発がん性もある上に、生殖能力すらダメージを受ける。

 生物に対して悪意しかない物質なのだ。

 一般的に危険な物質の代名詞のように扱われる硫酸など、ヒドラジンと比べれば可愛いものである。


「というわけで、非人道的な行為ってのはこっそりやるものだ! こいつら後先考えてない!」


「んなこたぁどうでもいいんだよ!」


 テロリストの処遇を『んなこたぁ』扱いで切り捨てた鈴谷は、大通りから離脱することを提案する。


「交通量の多い場所は被害が出る、裏路地に入るべきじゃないかい!?」


「やなこった! こっちだって理不尽な攻撃を受けているんだ、苦労は皆で分かち合うべきだ!」


 そして幸福は独占する主義である。


「解っちゃいたけどアンタ結構アレな性格しているよね!」


 民間人の被害もやむなし、と即決する武蔵に鈴谷は柳眉を吊り上げた。

 武蔵に対する鈴谷の本能寺ゲージも爆上がりである。

 まずい、と思った。

 そもそも、鈴谷はいまいち仲間になった感が薄い。

 このままでは離反する。本能寺る。

 そんな気配を感じ取り、武蔵は即座に行動した。


「人命は地球より重い―――!」


「アンタの言葉はヘリウムより軽いさね」


「平和って尊いよな」


「有り難過ぎて涙が出るね」


「今裏切らなければポイント5倍」


「裏切らないから、いいから運転に集中しろ!」


 こう見えて人の心の機微に聡く、人間関係のトラブルを回避するのに長けているのが武蔵である。

 鈴谷の離反の芽を巧みに摘んだ武蔵であったが、事態は何も好転していない。


「人の盾で向こうが攻撃を躊躇すれば儲けものだが、効果はないっぽいな」


「だったらやっぱり人気(ひとけ)の少ない場所を走るべきじゃないかい」


「この車は非装甲だ、路地裏なんて狭い場所を走ったらあっという間に蜂の巣だぞ。ロイヤルゼリーになりたいのか」


「他人に被害が及ぶよりマシだろうさ! っと!」


 せめてもの嫌がらせにと、アリアと鈴谷は上空に小銃を撃つ。

 身体を敵に晒すのは恐ろしいが、どうせ銃弾はセンチュリーの外装など貫通するのである。

 車体のピラー()だけが、彼女達を守る盾だ。

 民間車両の間を縫って走るのに忙しい武蔵は、上空を確認出来ないので彼女達に問うた。


「そもそも敵機って何!」


「アパッチなのです!」


「ちょ、ガチモンの攻撃ヘリかよ!」


 武蔵は驚いた。少女二人が必死に撃ち返しているので、軍用ヘリだとしても、せいぜいヒューイあたりなのではないかと予想していたのだ。

 それがまさかの本格的攻撃ヘリコプター。電子装備が劣化しているとはいえ、その基礎性能は地を這う者にとって死神以外の何者でもない。


「攻撃ヘリはモスボール処理されてるんじゃなかったのか!」


「知りませんよ、隠し持ってたんでしょう!」


「なんで撃ち返してるんだ、小銃なんて効かんぞ!」


 攻撃ヘリと呼ばれる兵器は、基本的に全面装甲が施されている。

 最低でも12,7ミリは通じず、重要箇所は機関砲すら耐え得る装甲が搭載されている。

 空飛ぶ戦車と言わずとも、それに準じる防御力は持っているのだ。


「わーってるよ! それでも機体がガンガン撃ちつけられたら嫌だろ、狙いを定めさせなきゃ儲けもんだ!」


 鈴谷の言葉も間違いではない。

 レーダー照準射撃が可能となった20世紀後半の銃座はともかくとして、それ以前の対空砲とは碌に当たるものではなかった。

 確かに命中すれば撃墜出来るが、その為に何万発も撃つ必要がある。

 そんな滅多に当たらない航空機の後部銃座や対空砲火が、それでもなかなか廃止されないのは、撃たれる側からすれば曳光弾だけでも十二分に嫌だからだ。

 当たっても落ちない、と頭で解っていようとパイロットは動揺する。

 その恐怖は、非装甲の零戦に乗る武蔵だからこそよく知っている。

 先程の、銃撃戦における陣取り合戦と同じだ。当たるかどうかの確率論ではなく、可能性が1%でも生じるエリアに身を投じるのが忌避されるのである。

 攻撃ヘリ相手に小銃弾。一見無謀だが、弾頭がインテークに飛び込めば撃墜されるかもしれない。

 そんな小さな可能性が、敵パイロットの操縦を鈍らせていた。

 だが、それもまた時間の問題。

 少女達の健気な反撃は、アパッチ相手にはどうやっても届かない。

 元より自宅より持ち出した銃弾など大した量ではない。このままでは、先に息切れするのは武蔵達だ。


「むううっ。なんで回転翼機なんかに!」


 見下している、とは違うのだが。

 固定翼機パイロットである彼等にとって、回転翼機は敵足り得ないという認識が少ならずある。

 よほど対空兵器で優越されていない限り負けない相手。空を飛ぶには鈍重で、エネルギーを無駄遣いし続ける優雅ではない飛行機。

 それに追い詰められるというのは、戦闘機パイロットにとってある種の屈辱であった。


「武蔵! トンネルがあるのです!」


「おーらい! お前らも飛び込む時頭ぶつけるなよ!」


 アリアの指摘した通り、目の前には小さなトンネルが現れた。

 全長100メートルほどの、町中の小さな立体交差トンネル。

 徹甲弾や地中貫通爆弾であれば上から抜かれるであろうが、通常の戦闘ヘリの装備であれば破壊は不可能だ。


「出入り口からロケット弾でも撃ち込まれれば、それはそれで終わりだがな……」


 敵が装備不足であることを祈りつつ、車両はトンネルに飛び込んだ。

 中は4車線に加え歩道まであるのでやたら広く、トンネル中間あたりには待機路が完備されている。

 センチュリーが飛び込んだのは、その待機路であった。


「ここならどうやっても狙えない、が……」


 さてどうやって脱出しようかと、降車した武蔵がトンネル内を見渡す。

 オレンジ色の灯りで照らされた道路を、無数の曳光弾が疾走した。


「トンネル入り口に着地して撃ってるのか? 待機路がなければ処刑場だったな」


 無論武蔵はここの存在を知っているからこそ飛び込んだのであるが、同時に身動きを取れなくなった。

 目的地としていた皇居まであと少し。敵が弾切れか燃料切れになることを願うか、皇居からの援軍が気づいてヘリを落とすことを願うしかない。

 そう思った途端、銃弾の擦過音が爆音に転じた。

 広くも狭いトンネルを、空を殴り続ける轟音が駆け抜ける。

 まさかと思い武蔵は車のミラーをもぎ取って、こっそりトンネルの果てを写し見る。

 アパッチ攻撃ヘリコプターが、トンネル内部に侵入していた。


「馬鹿じゃねえの! バッカじゃねーの!」


 低空行動を得意とするヘリコプター、それも重く風の影響を受けにくい攻撃ヘリならば、確かに熟練パイロットならば10センチ単位での微調節も不可能ではない。

 だからといって、練度の低下したこの時代のパイロットにそれが出来るとは武蔵には思えなかった。


「車輪で自走してるんだろ! 着地して、ローターの推力で地面を走ってるんだ!」


「ありかよそんなの!?」


 固定翼機は地上走行なんて当然の能力だが、回転翼機は降着装置が車輪であっても基本自走などしない。

 トーイングカーという牽引車両で引っ張るか、数メートルだけ上昇して移動するものだ。

 ヘリコプターが地面を走る、という発想が武蔵にはなかった。


「ど、どうするのです!? このままでは待機路の前まで来てしまいますよ!?」


「なるべく奥の方に隠れるぞ!」


 車を降りた3人は、待機路の奥の隅っこに身を寄せ合う。

 ぎゅうぎゅうと固まる3人。大きくなっていくローター音。


「ロッカーに閉じ込められるようなラッキースケベイベントなのに、まるで楽しくない……」


 徐々に近づいてくるヘリコプター。速度はやはりゆっくりであるが、それだけ相手が事故る期待は薄まってしまう。

 遂に、敵機が発砲した。

 弾丸を受けて破壊されていくセンチュリー。ヘリからの射角が広がっていき、センチュリーは端から少しずつスクラップになっていく。

 跳弾で負傷するかもしれない、というリスクに思い至った武蔵はアリアと鈴谷を覆い被さるように抱きしめた。

 まるで気休めでしかないが、破片から彼女達は守れるかもしれない。


「一か八か、ローターに物を投げつけて破壊を試みませんか?」


「人力で持ち上げられる物体をぶつけたって、弾かれて終わりだ。ヘリのローターは見た目ほど弱点じゃない」


 トンネルのコンクリートを砕く弾痕が、徐々に近付いてくる。


「ああ武蔵、ここで終わりならせっかくだからキスでもして下さい。ファーストキスもなしに死にたくないのです」


「お前ヤニ臭いからやだ」


「貴方をローターに放り込めば2秒くらい稼げないですかね」


「平和かアンタ等」


 呆れ言いつつ、鈴谷が武蔵の腕からするりと抜け出す。


「このまま一気にヘリの操縦席に乗り込んでみないかい?」


「……3人一気に飛び込めば、一人くらいは辿り着けるかもしれないが」


「分の悪い賭けなのです」


 鈴谷の発案は無謀なものだったが、現状唯一にして最も可能性の高いものであった。

 3人は頷きあい、タイミングを測る。

 この思い切りの良さは、流石に戦闘機パイロットであった。


「3,2,い―――」


「―――武蔵。別のエンジン音がするのです」


 カウントゼロの寸前、アリアが報告する。

 どういうことかと訊ねようとした瞬間―――攻撃ヘリは、横に吹き飛んだ。

 何がおきたか、を理解する前に武蔵が叫ぶ。


「息を止めろ!」


 何かが衝突し、トンネルをやや突き進んで前進してからの爆発、炎上。

 燃料の熱と轟音を凌ぎ、呼吸を止めた3人はトンネルの炎上していない方向から抜け出た。


「―――ぷはっ。何、今の?」


「あー。はー。あー? アパッチが攻撃を受けた? でも、それならあんな吹っ飛び方しないさね」


「……それなりの質量のものがぶつかったって感じだったぞ。車でも突っ込んできたのか?」


 よくよく考えれば閉鎖しているわけでもない一般道なのだ、車両が突入して追突してしまっても不思議ではない。

 だがそれにしては、一瞬武蔵から見えた衝突体はやたらと巨大だった。

 どういうことかと考えた時、空にもう一つの音が鳴り響く。

 ヘリのローター音ではない。ターボシャフトエンジンとプロペラによる鋭いエンジン音。

 空に舞う翼の正体に真っ先に気付いたのは、目のいいアリアであった。


「―――メッサーシュミット?」


「結局間違うのかよ。エンジンしか共通点ねえよ。そのエンジンだって競技用に換装されてるし」


「《こんにちわぁ。みなさん元気ですかぁ?》」


 小型無線機から能天気な声が響く。

 上空待機していたのは、鋭い機首が特徴の日本陸軍戦闘機―――3式戦闘機であった。


「秋月か、助かった」


「《いえいえ。貴方のサポートがわたしの仕事ですしぃ? あ、皆さん皇居に行ってくださぁい。あの人が待ってますよぉ》」


 どうやら彼女達の脳みそは、この緊急事態に際して再インストールされたらしい。

 武蔵達は近くで放棄されていた一般車を拝借し、再び走り出した。


「秋月、上空支援をそのまま頼む」


「《りょ!》」


「誰なのです? 空自の協力者なのですか?」


 アリアの問いに、そういえば『この』アリアは双子と面識がほとんどないのだと思い出す。


「宮内省所属の無人機だ」


「こいつ、くそ適当な説明で誤魔化そうとしてる……」


「《無人機じゃないですよぉー? 秋月だからって人工知能じゃないですよぉー?》」


 鈴谷と秋月の反論を無視して、武蔵は訊ねた。


「ところで霜月はどうなったんだ?」


 いつも二人で行動している双子が片方しかいないことに疑問を感じ、武蔵は訊ねる。

 秋月はあっけからんと答えた。


「《みなさんがトンネル内部で襲われてるっぽかったんでぇ、トンネル突入しましたよぉ? 見ませんでしたかぁ?》」


 3人は思わず顔を見合わせた。

 アパッチに衝突した何者かは、自動車などではなかったのだ。

 双子の片割れ、霜月が突入した結果があれだったのである。


「な……なんでまた、いや意図は判るが、なんて無茶を」


 機銃で攻撃してトンネル内部で撃墜しては、武蔵達は焼死か窒息死であった。

 体当たりという判断は武蔵達を助けるという意味では間違ってはいない。いないが、思い切りが良すぎる。


「《どうせループするんですからぁ、無茶しなきゃ勿体ないじゃないですかぁ。命の軽視は貴方だけの特権じゃないですよぉ?》」


「ループ……?」


 秋月の言葉にアリアが訝しむ。

 今はさておくことにして、武蔵は黙って車を皇居に乗り入れるのであった。



4車線の中央分離帯に柱もないトンネルってなんでしょうね。

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