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5-8



 信濃が死んでいた。

 庭先で死体となって転がっていたのだ。


「これは……」


 庭に転がっていた信濃の死体を前に、思わず武蔵は呟いた。

 100年間兄を想い続けた健気な妹の末路。何度も繰り返した悲劇だが、彼女の死を直視するのは武蔵にとっても初めてだ。


「警察に届け……いや、そういう場合じゃない」


 この家には戸籍を持っていない者もいる。武蔵とアリアは紆余曲折の末に戸籍や住民票を確保していたが、如月姉妹や鈴谷はそういった手続きを踏んでいなかった。

 怠慢といえばその通りだが、いつの時代もこの類の手続きは面倒なのだ。

 年単位で懸命に実績を積んだアリアもそうであるし、武蔵は完全にアウトローな手段を使っている。

 今回頭部だけとなっている双子はともかく、鈴谷の無国籍のまま日本文明崩壊まで過ごすという判断は理解も出来た。

 そうでなくとも、これはどう考えても真っ当な死に方ではない。

 とにかく警察に連絡している場合ではないので、武蔵は自分でざっと死体を調べてみることにした。


「脈も呼吸もない。致命傷は肩口からの動脈切断で一突き。体温は……さして冷たいって感じがしない、平熱だな。血も固まってないし、殺されホヤホヤだ」


 中身がババアとはいえ美少女を殺すとはなっとらん、とぼやきつつ検分する。

 そこに、第三者がぬるりと現れた。


「む、武蔵……!? まさか、無理矢理迫って抵抗されて、殺してしまったのですか!?」


「俺に対する認識についてすり合わせる必要があるようだな、アリア・K・若葉よ」


 慄いた様子のアリア。

 武蔵は彼女を制止し、両手を取って上にバンザイさせる。


「なのです?」


「ホールドアップだアリア。動くな」


「なっ……まさか私を疑っているのですか? 私が信濃を殺すなんてはずないでしょう!」


「すまんが俺は抱いた女も疑う質でな。この家で一番解りやすく銃を肌身離さず持ち歩いてるのはお前だ」


「貴方に抱かれた記憶はないのです……」


 護衛という任務上、アリアは常に武装している。

 第一容疑者としては妥当であった。


「肩甲骨を避けて動脈を切るのはプロのやり方だ。お前のナイフを見せろ」


「私、そんなこと出来ないのです」


 戦争が重火器で行われる時代となっても、兵士は必ずナイフを持ち歩いている。

 戦闘はもちろん、炊事洗濯、あらゆる場面でナイフは活躍する。

 本来脆弱な人間の手と違い、ナイフは硬く、そして不平不満を言わない。

 欠けようが折れようが使い潰せばいい。


「使用感はないな」


「洗ったのかもしれませんよ?」


「空中勤務者でも、洗ったナイフを乾かさず鞘に入れるようなことはしないだろ」


 武蔵は更に小銃と拳銃を取り上げ確認するも、特に不信な様子はない。

 日本人は忘れがちだが、銃は撃てば加熱する。使用済みの銃を見分けるのは難しくないのだ。


「よしオーケー」


「Okayなのですか」


「たぶん今、この家は襲撃されてる。近くに敵がいるから警戒しろ」


「なにもオーキードーキーな部分がない件!」


 小銃を構え、全周警戒を行うアリア。

 その小さな身体では不釣り合いな行動に、小動物的な微笑ましさを感じてしまう。


「なんだお前、お小遣いいる?」


「いいから頭を伏せて下さい!」


 無理矢理頭を下げさせられ、屈辱と屈服快感に打ち震える武蔵。

 そこに銃弾が頬をニアミスして、武蔵はふざけるのをやめた。


「銃弾が頭かすったら禿げるな」


「毛根と言わず皮膚ごと持ってかれる永久脱毛なのです!」


「ハゲは困る。うちの家系は頭髪に関して心配ないはずなんだ」


「知りませんよ! とりあえず家に入りますよ、打開策考えて下さい!」


 そそくさと庭を移動する二人。

 銃弾はその間も飛び交っていたが、当たることはない。


「意外と銃弾って当たらないもんだな」


 家の塀に隠れつつ、武蔵は感想を漏らした。


「これは制圧射撃なのです! メクラ撃ちすることで私達の動きを封じているのです!」


 アリアに従って移動すれば、銃弾が飛び交う戦場であっても不思議と被弾することはなかった。


「なにこれ魔法? 矢避けの魔術?」


「連射が出来る銃での銃撃戦は、雪合戦ではないのです。陣取りゲームなのです」


 銃弾が通過する射線上の範囲にいれば、当然ながら一定確率で死ぬ。

 故にそこは自軍兵士のみが安全に入れる範囲であり、敵にとってはキルゾーンとなる。

 兵士同士の銃撃戦とは、自然このような射点への移動を繰り返し制圧範囲を奪い合う陣取りゲームとなるのだ。

 とある軍事国家が小国に戦争をふっかけた際、一人殺害する為に50000発も銃弾を消費したというデータがある。

 これはそれだけ兵士が敵兵を殺すことを躊躇した、などという平和的な理由ではない。

 命中精度に優越している優れた銃が手元にあることを活かし、射程ギリギリの距離から物量で面制圧蹂躙するという戦術をとれば自然とそうなるのだ。

 映画のように敵兵がお互い見えるほど近距離で向かい合って互いに銃撃し合うなど、実戦では起こらないのである。


「ただ、敵は有効な射点を確保しきれてないのです。事を焦ったのでしょうか?」


 検討外れな場所が銃撃されていることで、あっさりと家の中に避難する2人。

 一般的な住宅の壁など拳銃弾でも貫通するが、それでもそれなりに弾速は殺せる上に居場所も隠せる。

 下手な遮蔽物など意味がないという意見もあるが、それでも屋外にいるよりはマシなのだ。


「とはいえ元が普通の家だ、訓練されてる相手なら簡単に突入される。地下室に―――」


 バババババ、という音に武蔵の眉が寄った。

 地上にいて、これほど不快な音もない。

 あらゆる航空機の中で、もっとも地上兵に愛され嫌われる稼動音であろうローター音。


「―――なるほど、地上部隊は斥候か」


 ならば先程の雑な制圧射撃も判るというものだ。

 彼等の目的は達せられている。地上部隊の攻撃は、武蔵達を家屋内に追い込む為のものだったのだ。


「ヘリコプターからの攻撃―――」


 武蔵の脳裏に回転翼機に可能な攻撃手段のラインナップが並ぶ。

 だが残念なことに、その中で最小規模であろう12,7ミリ機関銃でさえ家は耐えられない。

 家から逃げるか、地下室に逃げ込むか。


「武蔵!」


「まあ、悠長に逃げる暇なんてないわな」


 転がるように地下室に飛び込み、鉄扉を閉める。

 次の瞬間、一帯を轟音が揺さぶった。


「空爆っ!」


「……榴弾だとしても、鉄板くらい貫通するはずなんだがな」


 武蔵は訝しんだ。

 地下室を守る鉄板は薄い。機関砲くらいならば防げる可能性はあったが、直上で爆発すれば外殻が薄く爆風による被害を期待する榴弾であっても、爆圧に耐えきれるはずがない。


「無誘導爆弾なんでしょ。直撃してたらこんなチャチな地下室吹き飛んでるよ」


 3人目の声に、武蔵とアリアは目を向ける。

 地下のSMルームでは、既に鈴谷が武装を整えていた。


「遅いよ。脱出手段は用意してるんだろうね」


 小柄なせいで年齢以上に幼く見える少女が、慣れた様子で防弾ジョッキを着込む様子は人としての倫理に反する悲惨さを思わせる。

 そのアンバランスさに眉を顰めつつ、武蔵は訊ねた。


「拘束台の裏にある武器、知ってたのか」


「ただのセックスルームにしては堅牢だった。ここ、ヤリ部屋に偽装した武器庫なんだろ?」


 我看破したりと訊ねてくる鈴谷に、武蔵はやれやれバレてしまっては仕方がないと肩を竦める。

 本当はSMルームがメインで武器や通信設備こそオマケなのだが、黙っておくことにした。


「前回の襲撃もあったからな、脱出手段は確保してある。こっちだ」


 隠し扉を開き、武蔵が先導して進む。

 やがて、再び爆音が轟いた。


「これ、外は悲惨なことになってるよな」


「無誘導となると……ご近所さんは壊滅しているのでしょうか」


「ヘリからの無誘導爆撃なんて、そもそもセオリーとして存在しないんだよねぇ……」


 無誘導爆弾というのは、大量に落としてこそだ。

 積載量に乏しいヘリコプターとは相性が悪い。

 よって、攻撃ヘリの地上攻撃手段は機銃、誘導爆弾、あるいはせいぜいがロケット弾となる。

 ドクトリンの存在しないヘリからの爆撃任務というのは、鈴谷にとっても不可解なものであった。


「まあ、やるとすれば爆発の影響を避ける為に、たぶん200メートル以上の高度から落としてる。となると散布誤差は半径50メートルは広かるんじゃないかい」


 対地攻撃で一番詳しい鈴谷がそう推測するも、武蔵としては違和感があった。


「高度200メートルで誤差50メートルって、おかしくないか?」


 図にしてみれば判るが、垂直に対して12度以上の角度で風に流されていることになる。

 風速20メートルほどの風が吹いていればありえなくもないが、そんな風が吹いていれば屋外にいた武蔵達が気付かないはずがない。

 だが、武蔵の想定は「完璧な条件で投下した場合」の話だ。


「この時代の爆撃精度だとそんなもんさ。陸自のヘリパイの練度なんてお察しだし、爆撃照準器を使ってるかも怪しい。複葉機からスイカを落としてるようなレベルの精度だ」


 そもそも落下タイミングで目標直上であったかすら怪しい。風速を計算に入れていたかも、完全なホバリング状態で落下したかも謎。

 それを加味して、最大50メートルの誤差はありうると鈴谷は判断した。


「どうして偵察部隊が攻撃してきたのでしょう? 偵察に徹して、全員が家の中にいるタイミングを狙えばいい話では?」


「タイミングの都合じゃないか。敵が動ける時間が限られていたとか」


「そりゃヘリは燃費が悪い航空機だけど、それでももうちょっといいタイミングを狙えたはずだよ」


 武蔵は鈴谷の言葉に首を横に振った。


「行動を起こしたのが俺達の家のみとは限らない。複数箇所同時に作戦行動を開始していたのなら、帳尻合わせに偵察隊に支援を求めても不思議じゃない」


 やがて、再びの扉。

 その先に隠されていた倉庫から、3人が乗った車両は走り出したのであった。



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