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5-7



「……勝ったな」


 場所は戻り、現在の大通り。

 パレードを進む駆逐雷撃機を見て、武蔵はニヤリと笑った。

 別段これを以て勝利を確信したわけではないが、ハッタリは大切なのである。


「ククク……ハーハッハッハ!」


 パレードの最中で突如笑い出す男。武蔵である。

 由良と鈴谷はそっと距離を取った。

 二人に限らず、多くの民衆がそっと距離を取った。

 ただ一人、制服姿のアリアだけが武蔵の側に残る。


「皆様、ご安心下さい。この変質者は私が然るべき形で処理しておきます」


 アリアは武蔵の首根っこを掴んで撤退する。


「ほら、帰るのですよ。貴方は恥を知るべきです」


「逃げるは恥だが薬事法、っていうだろ。恥はかき捨てるべきだ」


「うろ覚えじゃないですか。」


 ずるずると引きずられる中、武蔵はこっそりと鈴谷の様子を伺う。

 その瞳に宿る剣呑とした気配は、到底隠しきれてはいなかった。


「やれやれだぜ」







 泥棒。

 犯罪者の一種であり、他者の現金や物品や小国の姫の心を盗んでいく者をいう。

 泥棒のターゲットといえば銀行や一軒家のイメージがあるが、意外と多いのが工場の被害だ。

 意外といえば意外だが、考えてみれば当然でもある。

 一般家庭を日中狙うにしても、誰かいる可能性がある。

 夜中を狙うにしても、住人が目を醒ます、或いは寝ていないリスクはある。

 だが、工場は夜中は確実に誰もいない。夜勤や24時間操業の場所もあるが、仮に動いていれば一目で判る。

 大人数で働く場所なので、多少備品がなくなっていても他の誰かが持っていったと考えてしまい、事件発生が判りにくい。

 泥棒からすれば、比較的低リスクでの活動が可能なのだ。

 そもそも工場に金目の物があるのか、と疑問を抱く者もいるかもしれない。

 だがそれは早計だ。一部の薬品であったり、あるいは文字通りの金目であったり。

 それら現物は、21世紀ですら窃盗で利益を出せる程度には価値があった。

 21世紀でもそうなのだから、様々な物が不足する22世紀では尚更。

 よって、工場には一般家庭より強固なセキュリティが敷かれているものなのだ。

 信濃や由良が働く世保工業は防衛省や自衛隊の依頼を受けるので、平均以上の強固なセキュリティが求められる。

 警備員の常駐こそないものの、人感センサーや監視カメラは多数設置されていた。

 無人セキュリティとしては十二分。とはいえ―――それはあくまで、外部からの侵入者に対する備え。

 工場における窃盗被害に多いパターンの一つが、内部犯なのである。







 夜中。事前にセキュリティ解除の鍵をちょろまかしていた鈴谷は、密かに工場へと忍び込んだ。

 鍵を正規の手順で開ければ、連動して全てのセキュリティーは解除される。

 別段泥棒らしく窓を破ることも唐草模様の風呂敷を背負うことも全身タイツに身を包むこともなく、普通に工場に侵入する鈴谷であった。

 懐中電灯の灯りを頼りに、おぼつかない足取りで工場内を歩く鈴谷。

 小さな豆電球にマンガン電池の玩具のような懐中電灯なので、明るさはかなり乏しい。

 故に、武蔵も容易に尾行出来た。


「夜中にこそこそ抜け出したから思わず追ったけど、何やってんだアイツ」


 まさか本当に備品窃盗だろうかと困惑しつつ進むと、鈴谷は巨大な航空機に乗り込んでいた。

 YS―11だった。

 武蔵は眉を顰める。YS―11には今、核弾頭が積んであるのだ。

 亡霊戦艦は広範囲面攻撃が通じる相手ではないが、それでも表面を焼き払うだけで意味はある。

 かつてYS―11に搭載した急造核分裂爆弾とは違う。100年間の猶予で充分に洗練された、核融合水爆だ。

 勿論安全装置で厳重にロックされているし、そもそも鈴谷がこの場で自爆する気とは思えない。

 だが、それでも訝しむには充分な不審な行動である。


「―――追うか」


 武蔵はするりとYS―11に乗り込み、機内を見渡した。

 座席は全て外され、機体の重心中央には核弾頭が鎮座している。

 人気(ひとけ)がないのは一目瞭然。鈴谷がいるとすれば、コックピット側だ。

 そう考えて向かい、覗いた先にはやはり鈴谷がいた。

 機長操縦席に腰を下ろし、操縦桿を握る鈴谷。

 武蔵はその姿にデジャブを感じた。


「うん? 普通にイメージトレーニングか?」


 不思議なことではない。彼女はかつて、二式大艇という巨人機を愛機としていたのだ。

 彼女が行っていたのは操縦技術の確認ではなく、機体の始動手順についての確認だった。

 ―――じつをいえば、この後に及んでこの自爆YS―11についての搭乗者は決定していない。

 なにせ死亡前提の自爆攻撃である。ループするからと言って、気軽に頼めるものではない。

 この時代において大型機を扱える人材がほとんどいない、というのも問題だ。

 自爆攻撃を発案した武蔵が責任をとって乗ろうと思っていたのだが、かつての愛機に規模が近いこともあり鈴谷はパイロットに立候補したいのかもしれない。

 鈴谷も長らく大型機の操縦はしていないが、経験自体は多い。多少リハビリすれば勘を取り戻せるはずだ。

 そう健全な発想で考えて武蔵はこっそりと彼女に近付いて、彼女の太ももの上に置かれたフライトプランが書かれた紙を覗き込む。

 飛行経路予定は、防衛省庁舎に突入する為の特攻計画であった。


「おいなんだこれ何考えてるんだロリババア」


「ひゃああぁっ!?」


 飛び上がる鈴谷。

 中身ババアのくせに可愛い声あげやがって、と考えつつ鈴谷の頭頂部をグリグリと押して座席から立ち上がるのを阻止する。


「まあ座れ。話し合いをしようじゃないか」


「やめんかっ! 下痢になるツボを押すな!」


 武蔵は即座に様々な可能性を考慮する。

 これからどうなるか。鈴谷との交渉、上手く話が進まなければ彼女と敵対関係になりかねない。

 武蔵は鈴谷が武器を持っていないと思うほど呑気ではないし、実際鈴谷は拳銃を所持している。

 そうでなくても、言葉巧みにはぐらかされ逃げられる可能性はある。

 彼女が培ってきた年の功を、武蔵は過小評価しない。


「平和的に言葉で解決しよう。平和、いい言葉だ。ラブアンドピース。これを否定する根拠なんてあるまい」


「悪質なやつほど平和という大義名分で弱者に肩身の狭い思いを強いるものさ。今のあんたみたいにな!」


 今の鈴谷は、肩身が物理的に狭かった。

 武蔵は交戦状態に陥ることを事前に防ぐ為に、彼女を腕ごと後ろから抱き締めて拘束したのだ。

 あすなろ抱きのような状態であるが、二人の間にはYS―11の座席があるので男女の色っぽい機微的なものはない。

 確実に優位な体格と腕力という面で、まずマウントを取ったのだ。


「ふん、ここからどうするってんだい? あんただって、私に手出しするには手を離さなきゃならんだろう」


「このまま腹を締め上げて内蔵破裂させてやる」


「……わざと言ってるのか知らないけど、あんたが今腕で締めてるのは胸の部分だよ」


「ごめん。普通に腹だと思ってた」


「死ね」


「貧乳の悲哀だな。解ってる、辛いよな貧乳。寂しいよな侘しいよな貧乳。心まで貧しくなっちゃうよな」


「いいから離しな。別に暴れたりしやしないよ」


「あいよ」


 武蔵は腕を離した。

 即座に拳銃を抜き振り返る鈴谷。

 しかし武蔵は鈴谷の手首を掴み、銃口を上に逸らす。

 人を殺せる武器としては随分と軽い、パンという音が響いた。


「嘘つきとは悪い女だな。天井に穴が空いたぜ」


 武蔵は鈴谷の腕から手を離す。

 未来世界の安かろう悪かろう銃、9mm特殊拳銃……通称プレス銃は単発式だ。

 再装填にはそれなりに面倒な手順が必要となるので、2発目を撃たれる危険はない。


「お生憎様。女が崩壊した世界で生きるには、これくらいしなきゃならないんだよ」


「なぜ自衛隊を攻撃する? いや動機は判るが、それに利益はあるのか?」


「世の中利益だけを勘定して動ける人間ばかりじゃないんだ。どうしようもないんだ。憎くて憎くて仕方がないんだ。いいじゃないか、どうせループするんだからさ。その中の一度くらい、自衛隊を壊滅させたいんだよ」


「やるならもっとしっかりやれよ。どうせ生き返るなら殺したって自己満足だぞ。復讐したいならループ脱出してからやれ、その方が致命的だ」


「いやそうじゃないだろ。頭おかしいのかいアンタ」


 武蔵のイカれた発言に冷静さを取り戻す鈴谷であった。


「自己満足でしかないっていうのなら、尚更止めないでくんな。あんた等に不利益があるわけじゃないんだ、ちょっとくらいジェノサイだっていいだろ」


 今までは彼女なりに隠していたのだろう。

 暗い昏い光を湛える彼女の瞳は、とても真っ当な人間のそれではない。

 後ろ向きに純粋な情熱を燃やし続けた者だけが持つ、冷たい炎のような目だった。

 武蔵は眉間にシワを寄せる。

 ここまで感情論で語られては、論理的に否定も出来ない。


「ループにはなんらかの時間制限があるんじゃないか、ってのは俺と三笠の共通見解だ。ループの無駄使いは出来ない」


「あんた、一度無駄死にしてループ消費してるじゃないかい……」


 なぜバレてる。

 武蔵はちょっと冷や汗をかいた。


「別に自殺したわけじゃない、あれは事故だ。それにお前だって判ってるんだろう、対亡霊戦艦用の核爆弾で自衛隊基地を攻撃すれば周囲一帯が消滅する。放射能汚染だって海上起爆とは比較にならない。お前が守っていた民間人だってそれなりに死ぬぞ」


「どうせループするんだ。いいじゃないか」


「ループを理由に命を軽んじるな、と言ったのはお前だろう」


 つい、思わずといった感覚で武蔵は鈴谷の頭を撫でた。

 鈴谷はあからさまに嫌そうな顔をするも、手を払いはしなかった。


「ずっと目に見える範囲の人間を守ってきたんだ。人の痛みが自分の痛みのように伝わってしまうタイプなんだろう? 他人事だって割り切れない、そういう性分だって自分でも自覚があるんだろう?」


「…………。」


「なら、目に見えない人間もこれからは守るんだな」


「もっと苦しめっていうのかい。うんざりだよ、苦しむ人間も苦しめる人間も」


「お前はまだ生きているんだ、なら死ぬまでお前らしく生きろ。ただ漠然と日々を過ごすのではなく、お前の自分に課した成すべきことをしろ」


「それは、終わりがあるからこそ今を大事に出来る奴の生き方だよ。私達には終わりがない、今を大事にするほど切羽詰まれない」


 酷いことを言っている自覚は、武蔵にもあった。

 日本崩壊後ずっと浮遊島に引きこもっていた武蔵より、ずっと重い物を背負い続けてきたのが鈴谷だ。

 そんな彼女に、一度決めたのだからその道を貫けと強要するのは詭弁に近い。

 そもそも論として、武蔵自身がそこまでストイックなタイプではない。むしろ快楽主義者だ。

 苦しいのならもっと気楽に生きるべき、それが武蔵の持論。

 だが、それでは駄目だと思ったのだ。

 鈴谷は鈴谷であり続けなければならないと、そう思ったのだ。

 彼女は美少女だ。中身は老婆であっても、その在り方も含めて人並み以上に美しい。

 それが汚されていいはずがないのだ。

 故に、武蔵は提案する。

 これからも、他者の痛みに共感し続けろ―――と。


「年寄りなら、年食った分だけ気合が入っていることを見せろ。最近の若者は、って嘆いてみせろよクソババア」


「はん―――」


 鈴谷は鼻で笑い、手の平で目を覆う。


「ああ、なるほどね。私、あんたのこと嫌いだわ」


「そーかい」


 鈴谷は操縦席に座り直し、仰ぐように後ろにいる武蔵に視線を向ける。


「ループの無駄遣いは駄目かい」


「俺達は時間をすっ飛ばしてるけど、他の奴は必死に生きた100年消し飛ばされるんだからな。酸いも甘いも必死に噛み砕いて飲み干してきた、決して短くはない時間をなかったことにするんだ。いや、お前には馬の耳に小判だったな」


「混ざってるよ……ったく。そんな正論で人が動くほど、世の中シンプルに出来てないってのはアンタには猫に念仏だろ」


 そう、武蔵とて解っている。

 鈴谷の魂にこびり付いた憎しみは、タールのようにしつこく彼女に残り続ける。

 ここに理性的な反応や合理的な対応など望めない。彼女の中では自衛隊への報復は決定思考であり、やることは大前提なのだ。


「ループ脱出後に、復讐しろって?」


「そうだ。それに誰もが一度きりの命なのに、復讐者のお前が何度もチャレンジ出来るなんてフェアじゃないだろう」


「復讐にフェアプレイ精神いる? つーか、100億人死んだ歴史を変えようっていうのに、その後の死者は許容するんかい」


「俺だってリセットしない世界なら人命を大切にするし、人命を軽んじる甲斐があるってもんだ。殺るならループ脱出後、ループ内で虐殺したって泡沫の夢に終わるだけだ」


「そこまで言ったんだ。そん時は、協力してくれるかい?」


「しゃーねーな。請け負った。任せろ」


 ノーウェイトで安請け合いする武蔵。

 鈴谷はその真意を見抜こうと睨むも、武蔵のヘラヘラ顔は何も窺えない。

 本意としては、勿論武蔵も過去世界における自衛隊への攻撃など考慮していない。

 いつかループを脱出出来たとして、その時までに鈴谷を説得する時間は幾らでもあると判断したのだ。

 或いは、ループ脱出後に鈴谷を殺害してしまうという手もある。やや強引な方法での洗脳という手もある。

 とはいえ彼も、なるべく顔見知りを殺したくなどない。その程度の情緒は勿論武蔵も兼ね備えている。

 だが、同時に損得勘定についてどこまでもシビアであるのも武蔵という男であった。


「……こいつ、YS―11の操縦は私にやらせな。大型機の扱いに慣れてる奴、いないだろう?」


「解ってるだろうが、自爆攻撃だぞ」


「上等ッ」


 ギリリと口の端を吊り上げる鈴谷。


「あのデカブツに、乙女の八つ当たりってもんを見せてやる」


「どさくさで乙女自称するな」


 軽口を叩きあって、武蔵は内心安堵する。

 これで一応の決着となったはずだ。

 未だに腹に複雑なものを抱えている彼女だが、それでもループ脱出までの時間を稼げたであろう。

 そう考えた武蔵だが―――事態は数日後、急変するのであった。

 事態は信濃の殺害から始まった。




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