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武蔵がその技術を由良から明かされたのは、未来世界で目覚めて数日後であった。
「これは……ベースは駆逐雷撃機か」
「はい―――実用戦闘機としては、最も多く配備されていますから」
水上滑走可能な可変翼機。
武蔵にとってなんとも不可思議な機体。UNACTに対する格闘戦を行うという特殊な用途を前提に設計されたこの戦闘機は、その使用目的もあって強度だけは一級品だ。
特殊過ぎる用途もあって、この機体は世界崩壊後に新規設計された。
過去の設計ノウハウを脈々と継承する航空機にとって、完全な新規設計は実は珍しい。
例え新設計の新型機であったとしても、それは似たコンセプトの機体をベースにしていることが多い。既存の設計を拡大したり、一部流用したりなどは当然ある。
剛性力学とはコンピューターでも計算しきれない部分も多く、過去の経験則は設計技師にとって何よりも信頼すべき要素。安全が保証されているのなら、とりあえずはそれにすがりたいものなのだ。
だからこそ、過去に習うべき前例のない―――完全な新規設計機というのは、相当な経験を必要とする。
レシプロ機からジェット機への転換。新造材の導入。機体構造のステルス性の考慮。
様々な要因によって、設計技師達は度々「ふりだしにもどる」を強いられたのだ。
深い見地と数多の数式。それは、特許や財産として縛りにくくとも間違いなく宝物。
そんな蓄積は、未来世界にはほとんど残っていない。
だというのに、設計技師達は難産の末に1つの航空機を生み出した。
駆逐雷撃機宵龍―――これは、そういう機体であった。
「この機体の設計には、由良は関わってないんだろう?」
「はい―――知らないうちに、初飛行していました」
信濃経営の工場、かつてのバイト先であった狭い現場に来た武蔵は、新装備の説明を由良から受けていた。
未来自衛隊が誇る双発の変態機。
水上滑走を前提とするこの飛行機は、これまでのあらゆる航空機の設計が宛に出来ない新機軸の航空機であった。
大規模な可変機構と、水上滑走する強度。
これを先進素材なしで実現したというのは、武蔵にとって凄まじい成果に感じられる。
分厚い主翼は、なるほど雷撃機らしい特徴だ。
だがあまりに厚すぎた。本来の同機とは比較にならないほど分厚い追加外装が、飛行可能なはずの実用戦闘機たる宵龍の印象をややチープに演出していた。
その飛行機が飛べるように出来ているかなど、かなりの知識がなければ本来見分けがつかない。
だがそれでも、素人目にも何かがおかしいと思えるような奇妙な設計は実在する。
彼等の前にある飛行機は、まさしくそういう印象を人に与えるものであった。
「ベース機はともかくとして、この新技術……やってることは水エタノール噴射、というよりタービンブレードみたいなもんか」
手元の資料をめくりつつ、武蔵は確認する。
これらは別々の技術だが、共通点は冷却だ。
「はい―――色々と検証した結果、これが一番確実安全でした―――」
100年前に武蔵が残した手記には、様々な依頼が残されていた。
技術面の依頼が大半なので、一番多い宛先はどうしても由良となる。
その大半が無駄に終わってループしてしまうというのが無慈悲であるが、今回は大作戦の事前準備とあって、少なからず活用されていた。
今武蔵達の前にある機体に搭載された技術も、その一つ。
「浮遊機関なしでの大気圏突入―――2020年代に時代遅れになった、ロストテクノロジーですね」
「ロストといっても戦艦大和の主砲みたいなもんだな。作れないとされるが、作れないわけではない」
再現不可能となったオーパーツとは違う。もっと効率的な方法が見出された為に、時代の徒花となったのである。
「実際、由良ちゃんは再現出来たわけだし」
「出来たというか―――当時とは、また前提が違いますけどね」
崩壊してしまった未来世界において、大気圏突入の手段は2つ。
浮遊機関という空飛ぶ船の装置によって大気圏に無理矢理突っ込むか、軌道エレベーターで気長に重力の底まで降りていくか、だ。
前回のループにおいては浮遊機関を使用しての突入後、一度天空の橋立に寄港して整備を行い、亡霊戦艦の出現場所に通常戦力を航行させた。
それは普通であり自然な作戦立案であったが、普通では亡霊戦艦には届かなかったのだ。
普通の範疇を超えた、気の狂った作戦でなければ届かない。
故に、武蔵は真上からの攻撃を画策したのである。
「襲撃の基本は一撃離脱。数百の作戦機が襲いかかってきたのならば、奴とてひとたまりもあるまい……!」
武蔵の言葉に、由良は思った。
これ駄目そうなやつだ。
そんな感想はおくびに出さず、由良は説明を続ける。
「フィルム冷却効果を使っての―――突入面の冷却による、大気圏突入です」
大気圏突入とは、制御された地球への落下だ。
地球の、というより天体の重力圏は意外と広い。
距離の2乗に反比例して減退していきほぼ0に等しくなるはいえ、物理的には地球の重力は宇宙の果てまで届いている。
この場合の重力圏とは減退する前の軌道計算に考慮せねばならない作用領域を指すが、その半径は地球の場合93万キロに達する。
これは地球と月の距離の2,4倍。一般人のイメージより随分と離れている月という衛星でさえ、地球の重力作用圏に完全に囚われているのだ。
逆に言えば、地球から93万キロ以上離れた場所を小惑星が通過しても、軌道は変化しないのである。
この強大な重力に逆らって宇宙で浮かんでいるには、第一宇宙速度を超えていなければならない。
秒速8キロ、マッハ23以上。しかしこれは浮かんでいられる最低速度であり、これを下回ると制御不能のままに垂直落下する為にむしろ加速し続けて重力に落ちていくこととなる。
よって、大概の再突入体は秒速10キロ以上で斜めに地球へ落ちていき、滑空しながら速度にブレーキをかけるのだ。
減速こそ大気圏再突入の要であるが、速度を保つことも肝要なのである。
大気圏突入時、まったく制御されないままでは物体の突入面の温度は3000度に達する。
これは鉄が溶けるどころか、蒸発してしまうほどの温度だ。
それほど過酷な環境だからこそ、人工衛星の処分方法として大気圏突入は信頼されている。
大気に落ちる、イコール焼却消滅。それに逆らうのは並大抵のことではない。
上記の通りに斜めに地球へ落ちいていき、減速と熱制御を行えば平均1600度まで表面温度を下げられる。
半減のように聞こえるが、それでもこの世のほとんどの金属は溶ける。
従来の大気圏突入は1600度に耐えられる耐熱素材を開発することで解決してきた。
チタン合金やステンレス合金などといった、22世紀には製造困難なレアメタルだ。
実のところこれらが厄介なのは加工段階であり、職人技を要する分野なので、由良一人でなら製造も不可能ではないのだが―――必要な量を揃えるのはとても現実的ではない。
よって、由良は別の方法を考えた。逆に温度を更に下げるアプローチを行ったのだ。
それが、フィルム冷却。
突入面の表面に空気のフィルムを作り出すことにより、熱を防ぐ技術であった。
「ただ、空気のない宇宙からの冷却なので―――別途、圧縮空気を搭載しています」
ジェットエンジンのタービンブレードには小さな穴が空いている、という話を聞いたことはないだろうか。
無数の小さな穴から空気を噴射することでエンジンの高温からタービンブレードを守っているのだが、それを出来るのはジェットエンジンそのものが強力なコンプレッサーだからだ。
空気のない宇宙空間では、冷却用のガスタンクを追加搭載する必要がある。
そして、わざわざ別に用意するのであれば混合大気、空気である必要はない。
タンクに内包されているのは、圧縮ガスではなく液体窒素だ。
様々な実験で利用されるように、液体窒素は調達が楽で、かつ極めて低温を作り出せる。
技術力が衰退した未来世界でも、必要量を大量に調達出来る。
というか、実は他のガスを生成する際の副産物だ。空気中に8割も含まれており、空気中の気体としては最も沸点が低い物質である為に、シンプルにいえば空気を冷やしていけば最後に液化する。
凍傷や窒息のリスクはあるが、色々と便利なガスなのだ。
実用上の液体窒素の温度はマイナス150度ほど。これを断熱圧縮下の突入体表面に多少噴射しても、精々温度は100度低下するだけ。
どちらにしろ超高温であるが、それでも100度の差は大きかった。
現時点においても加工が容易な素材―――鉄の融点1538度を下回ったのである。
「無人実験機による試験は完了しています―――回収後の調査では、ホットスポットではそれでも融解していましたが」
「一回使い切りだから多少溶けても大丈夫、と」
頷く由良。
「鉄なら幾らでも手に入りますし―――加工出来る職人も沢山います。突入体の剛性も確保出来ます。航空機単独での、大きな改修なしでの大気圏突入が可能となります」
正直これでも恐ろしいと感じる武蔵であった。
100年の間に実験はしていると主張する由良であるが、複数機種をこの方法で突入させるのは危険を言わざるを得ない。
勿論それを加味しての、充分な安全係数を確保した方法だとは彼も理解している。
武蔵の抱く不安は、むしろ非論理的、保守的な感情によるものだった。
武蔵はかつての大気圏突入を思い出す。
「やれやれ、凰花ならリニアエンジンの逆噴射でどうとでも減速できたんだがな」
小型宇宙往還機である凰花は、特殊なロケットエンジンを下方に向けて安全に減速しつつ大気に降りていく。
突入途中で進路変更も出来たし、なんならそのまま衛星軌道まで再離脱すら可能である。
今にして思えば、なんとも難易度の低い大気圏再突入であったと武蔵には思えた。
「あのエネルギー効率は尋常ではありませんから―――大気圏内でも巡航速度なら3600キロ飛べますし」
「同じことは可能だけどとにかく不自由、ってあたり帆船に近いものを感じる」
石油資源の枯渇が危惧され啓蒙されていた時代、近代的な帆船を作り流通に活用しようという試みがあった。
多くの人員が必要な帆船を簡略化し、少人員化し、主機関なしでの貨物輸送を行おうとしたのだ。
勿論時間はかかるが、それ以上に重油のコスト削減に寄与出来るので利益は出る―――そう考えた当時の者達であったが、そう簡単にはいかなかった。
何をするにも風に左右される近代帆船は、とにかく扱い辛かったのだ。
よってその手の帆船は観測機器を積んだ無人船として一部採用されるに留まり、大洋は動力船の天下となったのである。
今はUNACTの天下なのであるが。
「下面が安全なのは判ったが、上面はどうなんだ。外装のジェラルミンが溶けるなんてことはないよな」
「―――宵龍の材質は超々ジェラルミンではありません―――高張力鋼です」
「マジ?」
「マジです―――」
武蔵は驚きつつも、納得した。
道理で操縦感覚が死ぬほど重いわけである。
「海上を走る飛行機なので―――アルミニウム系なんて、使えません」
武蔵はそっと視線を逸らす。
ライセンスを持っていながら機体特性を失念していたのは、割と恥ずかしい出来事であった。
「海上運用機にアルミニウム使えないってお前それ、零戦にも言えるの?」
「潮風の場所では2年しか飛べない飛行機って―――海軍機としてどうかと思います」
尚、武蔵の零戦は製造から203年経っている。
外装はガーボンファイバーであり、これはジェラルミンとは逆にとにかく耐久性が高い。
炭素なので燃えやすい、日光に弱いなどという風聞もあるが、それらも誤解か解決済みが大半だ。
むしろ、分解しずらいので廃棄がとにかく難しい素材である。
近代化改修を受けたのが100年前なので、更に100年くらいならば平気で保つ。
今更ながら、これが未来世界においても武蔵が零戦を駆れる理由である。
「今後、こういう熱に耐えるタイプの再突入技術が復権することってあるんだろうか」
「現に今復権しようとしてますが―――強度もコストも重量も優れた耐熱素材が発明されれば、浮遊機関も逆噴射も使わない再突入が主流になる可能性はあるかと」
技術的な妥協で構造が複雑化していたものの、基礎技術の発展により構造がシンプルに退化する例はたまにある。
分かりやすい分野でいえば自走車両、つまり自動車や列車もそうだ。
発明当初は制御の容易な電気駆動だったが、出力や航続距離の問題から燃焼機関が長らく主流となった。
だがこの燃焼機関、今となっては当たり前の装置だが、冷静に考えるととんでもない問題児である。
燃料が危険、低速時のトルクが小さい、速度制御が難しく別途トランスミッションを必要とする、その他様々な問題点を抱え込んでの実用化なのである。
それでも尚長らくエンジン車両がメインだったのは、構造が複雑化してもなお電気車両よりは高性能だったからに他ならない。
ただ一点、高性能という長所も電池や電気駆動の発展により陳腐化し、やがて電気駆動車両の天下となったのである。
機械というのは分野に関わらず、とにかくシンプルな方が正義。
大気圏突入に話を戻せば、機械的に様々な工程を踏んで突入するより、さくっと頑丈な機体でそのまま突入出来た方がいいに決まっているのである。
「でもこれ、落下中はどうやって制御するんだ? 宵龍はポストストール能力ほとんどないだろ?」
機体の底面をエアブレーキにするということは、大迎え角で滑空するのと同じだ。
本来考慮されていない角度からの気流を受けることとなり、これを制御するには極大のポストストール能力を必要とする。
だが宵龍は見た目の割に2050年以降の新しい設計とはいえ、そもそも空戦能力をほとんど重視していない。
あくまで水上滑走がメインであって、飛行形体は巡航出来ればいい、程度の能力なのだ。
これを適当な改修で得られるほど、正しい意味のポストストール能力は甘い技術ではない。
機首から補助翼一枚にまで洗練された、高度な設計を求められる。全体で考えねばならない設計思想なのだ。
ならばどうするか。
『正しくない』ポストストール能力で妥協するのだ。
「ここは古典的な解決策としました―――ドラッグシュートです」
「力技だな」
「まあ、はい―――」
航空機が制御不能に陥った際、機体尾部より小さなパラシュートを出して姿勢の安定を図る場合がある。
それこそがドラッグシュート。要するにパラシュート、本来減速用の傘である。
機体は重心だけに気を遣い、最終的な姿勢の安定はドラッグシュートに依存する。
正直雑で一回使い切りの方法ではあるが、それだけに信頼性も性能も高い。
「確実性を重視して、手堅い技術で固めた感じだな。これなら外的要因以外で失敗することもないか……勝ったな」




