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「最終確認だが、つまり筆談ならアリアが真実を知っても大丈夫ということでいいのか?」
オープンテラスの喫茶店にて、背後に不審者を見る視線を感じつつ武蔵は問うた。
三笠と気が合いすぎてゲラゲラ笑ってしまい、アリアの変な生き物を見る目が強い。
「つーかやべーよ、はしゃぎすぎた。アリアがこっちガン見してる。あれ絶対お前のこと疑ってる」
「大丈夫だまだアウト寄りのセーフだ。思考まで監視されているわけではないから、情報のリークはない。例えアリアが色々と識ってしまっても、精神以外は大丈夫だ」
「精神的にはアウトなのか」
「貴女は化け物です、毎回死ぬ度に世界消滅してます。そう言われて平静でいられるものはいまい」
武蔵は思案に耽り、やがてニヤリと嗤った。
「よし、問題は先送りしよう」
「そのなあなあ感、嫌いではないぞ」
そんな喫茶店の密会より一週間。
武蔵は自分の行動の果てに得られた、ある種の『成果』を見物していた。
資源の備蓄がないからこそ提案された、ハワイ島上陸作戦。
だがその軍事作戦というものは、途方もない予算と資源を食い潰して実行される。
軍隊とは役所であり、作戦とは事業である。
本来の事業とはリターンを望めるものだ。その結果利益を得たり、長期的な優位を確保出来るからこそ実行されるのだ。
だが軍事作戦はハイコストハイリスクローリターンが常の、こともあろうか国家主導によるギャンブル的事業。
戦争は経済を活性化させる、戦争は技術を発展させるなどともいうが、そんなものは一時的なカンフル剤でしかない。
結局のところ、真っ当な政治を行う限りは軍事費など最小限に抑え、経済政策に投資した方がよほど生産的なのである。
そんな割に合うはずもない、金が出ていくばかりの事業。
それでも実施しようと思えば、各方面に入念な根回しをせねばならない。
よって軍事作戦とは例外なく、作戦参謀達による入念の調査と検討の末に、どこまでもシビアな計算と損得勘定の果てに実行される。
本来ならば来年年始に始まるはずであったハワイ島上陸作戦もまた、数年単位の充分な時間をかけて検討された作戦であった。
1周目、2周目で発生した第七護衛艦隊の敗北は、この時代の日本にとって大きな痛手ではあるが致命的ではない。
小型戦闘艦が数隻喪失した程度で、機能不全に陥る海軍などないのだ。
致命的なのはやはり、その後の亡霊戦艦による天空の橋立襲撃だ。
未来世界では再現不可能な軌道エレベーターの破壊。まさに命綱の喪失であり、自衛隊が立案していたハワイ島上陸作戦の大前提を完全に覆す一手。
なぜ黒幕が天空の橋立を狙ったのかも判らない。
あるいは、亡霊戦艦の行動など黒幕にとって些事なのかもしれない。
ただ、そこに居る以上は、亡霊戦艦は黒幕にとって得難い手駒であることは間違いない。
亡霊戦艦の不敗神話、確実に滅びへ向かう人類。
この未来を覆し、いるかも判らない黒幕を激成する。
それがどう転ぶか判りもしない、あるいは次から亡霊戦艦の襲撃が変化するというリスクすらある。
それでもやるのだ。
やると決めたのだ。
亡霊戦艦こそが、武蔵達と黒幕を繋ぐ唯一の絆にして縁なのだから。
「このパレードも―――お兄さんの提案なのですか?」
隣に立つ美女―――にしか見えない男、由良が訊ねる。
武蔵は首を横に振る。
「いいや。元々企画はあったんだが、士官共に士気高揚にとねじ込まれた」
曰く、出陣式。
自衛隊も大きな作戦前にはこういった形式が存在するが、今回の出陣式は何故か由良のいう通りにパレード染みていた。
開催理由など武蔵は知らない。士気高揚などと聞かされているが、興味がなかった。
「政治的都合なんて興味ないけど、兵器の現物は興味深いな」
大通りを進む兵器群。尖った思想の元に製造配備された兵器というのは、ある種の感慨を抱かせる。
すなわち―――第三世界らしさ、だ。
この感覚を理解するのは、日頃兵器について調べることの多い者だけであろう。
前提として存在する列強国の最新兵器。それを自国生産出来ない故の妥協の兵器。
例えばそれは主要パーツのみ最新式を輸入していたり、旧式兵器に大口径砲を無理矢理載せてみたり。
明らかにアンバランスな外見を隠しきれていない、設計思想の年代が違う機構がキメラのように偏在した違和感。
一部業の者はそういう兵器を愛好している場合すらあるが、武蔵は別にそんな偏愛家ではなかった。
「進む兵器がどれもキモい」
「パレード用ですから―――」
もとより、軍事パレードは陸軍が行うものだ。
海軍もパレードは行うが、それは船による行進、すなわち観艦式となる。パレードとは趣旨が違うのだ。
だがこのご時世、陸上自衛隊にどれほどの需要があろうか。
UNACTとの戦いは海上自衛隊主導で行われるものであり、陸自の仕事は強いて言えばハワイ作戦の上陸後くらい。
対亡霊戦艦戦を主とした今作戦においては、まさに部外者に他ならない。
目の前を進む兵器達もまた地上降下の予定はなく、その事情を知る身としては嘆息を禁じ得なかった。
「つーか、戦車いないな」
「―――主力の戦車は、絶滅しました」
だろうな、と武蔵は考える。
逆説的だが主力戦車、対戦車用の戦車とは敵に戦車がいるからこそ必要とされる。
互いに優位に立とうと発展することで進化していくのが戦車という兵器であり、自軍のみしか戦車を持たない場合は主力戦車へと発展しない。
陸上戦艦として誕生した戦車といえど、陸上巡洋艦で充分に用を成すのである。
歩兵戦車。それは、現在においても名を変え生き延びている。
装甲戦闘車や、機動戦闘車と呼ばれる車両である。
その中でも数少ない対戦車戦闘能力を有する戦力、16式機動戦闘車。
その生き残りもパレードにはいたが、それですら主砲は35ミリ口径機関砲にすげ替えられていた。
105ミリライフリング砲を打ち込むべき相手もおらず、戦車に準じる装甲すら重荷になりかねない状態だ。
「あれは……!」
暇だからと着いてきていた少女、鈴谷がギリリと歯を食いしばっていた。
尋常ではない様子に、落ち着けという意味合いを込めてポニーテールの頭をぽんぽんと叩く。
「どうした、キドセンが気になるのか」
「……あれは、セルフ・アーク内の人間を殺す為の兵器さ。敵らしい敵のいないこの次代で、明確に人間相手に標的を定めている殺人兵器だ」
殺人用じゃない兵器があるのか茶々を入れるべきか、さしも武蔵も少し悩んだ。
「文明崩壊後に民間人相手に暴れてたってことか?」
「そうだ。戦闘機なんてすぐに飛べなくなったけど、アレはなかなか壊れなかった。厄介な敵だよ」
「……味方だ」
一応訂正しておく。
ここで敵と味方を間違われては堪らない。
その辺の認識が曖昧なのが、彼女に対する不安要素であった。
「というかあれ、対空戦闘出来るのか?」
本来の16式機動戦闘車に対空戦闘能力はない。
主砲が小口径砲に換装されているとはいえ、仰角が大きく拡張されているとも思えない。
可能性があるとすれば重機関銃であるが、それで航空機を落とすのは困難だ。
「当たらないんだよ……!」
「ああ、なるほど」
考えてみれば当然であった。
誘導能力がないのは航空機側も同じ。鈴谷は以前、世界崩壊後は練習機を使って戦っていたと発言している。
練習機による爆撃となれば、緩降下爆撃が精々だ。機敏に動き回る機動戦闘車に当たるとは思えない。
軽車両ならば至近弾であっても致命傷だが、曲がりなりにも装甲車両なのだ。多少の爆風や破片では致命傷とはならない。
武蔵としても、零戦で16式機動戦闘車を撃破しろと言われてば困ってしまうのだ。
武蔵ならエロ爆弾ほどの誘導爆弾ならば自作は出来るのだが。
「でも確かにキドセンだけはガチ感あるな。他の歩兵装備はまあ治安維持用として、対戦車装輪車両なんて誰相手にする想定なんだか」
主砲が改修されているとはいえ、生身の相手には過剰武装だ。
牛刀で以て鶏を割くという言葉があるが、軍事的に見ればそれは正しく、そして間違っている。
どんな敵でも確実に撃破出来る攻撃手段というのは、現場においては神の如く重宝される。
だが出来がいい強力な攻撃手段だからといって、それが戦略的に正しいとは限らない。
この世界の民間人を狙うとすれば、35ミリ口径砲ですら過剰なのだから。
「いやでも、この時代のテロリストって重武装だからな……ちゃんと優位を確保しようと思えば、これくらい必要か?」
「具体的な仮想敵がいるわけではなく―――車両がまだ走るから、維持しているだけでは?」
由良の答えは、なるほどそんな気がするものであった。
ニコイチサンコイチを繰り返し、部品を食い潰しながら維持している情景が浮かびそうな骨董車両である。
だとすれば、おそらく練度も限りなく低いのであろう。
「予算の大半が海空に行ってるから、陸上自衛隊の内情はほんと酷そうだ」
「あんた、誰の味方なんだい」
ギロリと睨んでくる鈴谷に、武蔵はテヘと笑って誤魔化した。
文明崩壊後に何をするのかはともかく、おそらく平時はリアカーなどで戦闘車両の運用訓練をしていると思われる陸自隊員には哀愁を禁じ得ない。
実際に飛んで訓練出来るだけ、空自は恵まれているのだ。
「ほーら鈴ちゃん。他の車両も見ようぜ」
「鈴ちゃん言うな。年上だぞ」
機動戦闘車両に続いて自走してくる、或いは牽引されてくる兵器はどれも中途半端であり、果てにはハリボテすら紛れて混んでいた。
「由良ちゃん、あれモックアップじゃない?」
「はい―――なんでT―35なんでしょう?」
多砲塔戦車、見た目だけは最高峰にカッチョいい戦車のハリボテが走っていた。
武蔵達には判る。その内部がブルドーザーであることが。
「見た目の威圧感でチョイスしたハッタリ……と言いたいが、なまじ小口径の百貨店だから実物作れそうで困るな」
21世紀初頭頃から発達した|リモートウェポンステーション《RWS》も、ある意味多砲塔戦車の子孫だ。
小型の無人砲塔ともいえるリモートウェポンステーションは、本来砲塔を持たない装甲車などに向けて開発された装備。
だが戦車の砲塔の上に更に追加された事例も多く、それほどまでに小型砲塔の敷居は下がっている。
21世紀以降の技術ならば、多砲塔戦車の実用化も難しくはないのだ。
意味がないので誰もやらなかったが。
武蔵も由良も、電子資料の中でしか見たことのないそんな多砲塔戦車の存在に首を傾げた。
だが、そんな中にも実用兵器は混ざっている。
「―――ガンシップ」
鈴谷の呟きは、心底忌々しげであった。
どうにも彼女にしてみれば、自衛隊の装備全般が鬼門らしい。
ガンシップという言葉には幾つかの意味がある。というより正式な軍事用語ではなく兵士間で生まれた単語なので、意味が曖昧なのだ。
だがその基本は、空を飛ぶ対地攻撃機であること。
21世紀には飛空艇に重装甲重武装を施した空飛ぶ戦艦なんてものも登場したが、さすがにそこまでガチな対地攻撃機を保有するのは軍事大国だけである。
ただ硬いだけの船が生き残れるほど、未来の戦場は甘くない。
様々な防御装備を積んでいけば一般的な軍艦に近付いていき、最終的には「それ普通に飛空駆逐艦を戦場投入すればいいじゃね?」となるのだ。
なんとも面白くない話である。
「飛空艇でこそがないが、ヘリコプターの方の対地攻撃機か」
飛空艇ほどではないが、回転翼機とて間違いなく高度な機械装置だ。
巨大かつ高出力なプロペラというべきローターを、操縦桿の動きとリアルタイムで連動してピッチ変動推力偏向し続けるのだ。
この難易度は固定翼機の比ではない。よくもまあ維持してるものだ、と武蔵は関心した。
「人間相手にしか使えない兵器を必死で維持する理由はなんだろうな」
「そりゃ、人間相手に使う為でしょ」
歯ぎしりする鈴谷の頭を武蔵は優しく撫でる。
手はばしりとはたき落とされた。
陸自にも航空機はあるが、その大半が回転翼機だ。
固定翼機も保有しているのだが、連絡機や観測機のみ。作戦行動は基本的にヘリコプターで遂行されるので、自衛隊の固定翼機はまず空自保有と考えていい。
目の前で牽引される機体も、そうした空自保有機の一つであった。
「とはいえ純粋なガンシップではなく―――汎用ヘリに、武装を取り付けただけです。本当の意味での攻撃ヘリは―――技術保存の為、モスボール保存していたはずです」
「その辺はコスト重視か、さすがに」
「コスト重視で自国民を薙ぎ払う兵器とはねぇ。いやあ見上げた性根だ」
ギギギと眉を吊り上げる鈴谷。
コイツもうこの場から撤退させるべきじゃないかな、と武蔵は考え始めた。
「でも、ヘリは全部レシプロになってるんだろ?」
「はい―――」
頷く由良。
「それって、根本的に馬力足りるのか?」
ヘリコプターが本格的に使用されはじめたのはWW2後だ。
だが未来世界の技術水準は、太平洋戦争前後まで衰退している。
このような大きな矛盾の中でヘリコプターをどのように運用しているかといえば、実のところまともに運用など出来るはずがない。
「足りません―――だから、相当無理しています」
ターボシャフトエンジンの使用が大きく制限される中、同出力のレシプロエンジンに換装すればどうなるか。
重量問題以上に、レイアウトが滅茶苦茶になるのだ。
考えてもみればそれは当然。回転数が大きく異なるターボシャフトとレシプロではギアボックスも再設計となるし、過大な重量を鑑みればエンジン配置は限定される。
黎明期のレシプロエンジンヘリコプターには、操縦席の下にエンジンを配置した場合すらあったのだ。
エンジン位置を変えるのだから、給気口と排気口も変更となる。勿論それは、やはり操縦席近くとなる。
初期のヘリコプターが奇妙な外見をしているのは、場所の奪い合いの結果なのだ。
そこまで苦心してエンジンを積み込んだとしても、結局パワー不足なのは変わらない。
固定翼機ならば、パワー不足ならエンジン数を増やすという方法もある。
エンジンを横に並べていけば、数はかなり増やせる。双発、3発、4発……キワモノならば10発エンジンのB―36なんてものすらあった。
だがヘリコプターは違う。ローターの数は多くて2つ。構造的限界から、1つのローターにエンジンは2つまでしか繋げられない。
3つのエンジンで1つのローターを回してみせた例もあるのだが、未来世界にそのようなエンジニアリングは出来ない。
さて、そのような苦境の中で巨大ヘリコプターの代名詞、チヌークはどのように飛翔馬力を確保したか。
「金星エンジン4発―――機内スペースに大きく食い込んだ設計になっています―――」
「なにそれ怖い」
武蔵は実物を見たことはないが、未来のレシプロチヌークはさぞや乗り心地の悪い機体なのだろう、と思う。
何せ本来貨物室となっている場所にエンジンが食い込んでいるのだ。その騒音と熱はマーク1戦車と同等、あるいはそれ以上かもしれない。
そこまでやっても尚、アンダーパワーで操縦性は最悪。
むしろ、なぜそこまでしてチヌークを維持しているのか不思議なくらいであった。
「は? 回転翼機の便利さ舐めんじゃないよ」
何故かキレ気味に鈴谷に主張された。
彼女は回転翼機ライセンス持ちである。
武蔵はいよいよ面倒になってきた。なんとなく気分転換に見に来たパレードだが、鈴谷を誘ったばかりにドーベルマンを嗜めるブリーダー気分である。
「帰るか」
これ以上の見学に得るものはない、そう判断した武蔵は踵を返そうとする。
しかしそれを呼び止めたのは、彼の全面的な味方たる者であった。
「あの、お兄さん―――あの機体が、来ましたよ」
トラックに積載された状態で展示される固定翼機。
それそのものは珍しくはないが、注目すべきは追加装備だ。
「駆逐雷撃機―――大気圏突入型、です」
この改造によって、駆逐雷撃機は1つの記録を達成した。
「宇宙空間から大気圏突入可能な水上機」という世界初にして、今後更新されることはないであろう記録を。




