5-4
描写するまでもないような雑多な交渉を続ける日々。
明確な目標のある亡霊戦艦撃破作戦に向けての行動は、進むべき方向性が定まっているからこそ気は楽なものだった。
むしろ妙子の提示した命題こそが、武蔵を悩ませている。
ようするに彼女はこう言ったのだ。
ハーレムは結構だが、そこに詭弁を割り込ませるな、と。
とある日の午前中、ぼんやりと思索していた武蔵はドアノッカーの音に少しだけ跳ねてしまった。
「ごめんくださいませ。ごめんくださいませー。……ごめんくださいませー! 若葉なのです!」
「お前は家政婦か」
基地の宿舎から護衛任務についたアリアは、既に見慣れた白制服に小銃を担ぎ居間にやってきた。
「今日もよろしくお願いします」
自衛官らしく、毎度律儀に敬礼するアリア。
武蔵もつい返礼し、頷く。
「ああよろしく……まあ今日はオフだから、ちょっと出かけるだけだ。お前も気楽にやってくれ」
武蔵が休暇でも、アリアも護衛を止めるわけにはいかない。
具体的な仕事は訓練以外何もしていないとはいえ、ややブラックな仕事環境である。
これが士官であれば気疲れしようというものだが、相手はなんだかんだで武蔵なのだ。
表面的には畏まるアリアであったが、内心はダラダラである。
「午後から出かけるから、それまでゆっくりしていてくれ」
「了解しました」
「つーか今更だが、小銃いるか?」
アリアが毎度担いでくる小銃。
素人目には小銃もライフルもマシンガンも変わらないが、何にせよ物騒な外見は威圧感があった。
ただし、武蔵はその小銃の名を知っていた。
「64式か……」
「こ、これしかなかったのですよ」
まるでオイル漏れはオイルが入っている証拠であると強弁するメーカーのバイクを見るかのような目で、武蔵はその小銃を受け取った。
「バネピン正規品じゃねーなこれ」
「し、知らないのです! 私は倉庫から受け取っただけなのです!」
「今更だけど、お前の体格で小銃撃てるのか?」
「反動はキツイですけど、サイズ的には丁度いいのです……」
64式7.62mm小銃は戦後初の国産小銃ということで、当時の日本人の体格を鑑みて構えを小さく設計されている。
栄養状況が改善された21世紀の人間には扱いにくいサイズだが、アリアにはちょうどいい。
なおこれは当時の時勢には即していた適当な銃である、という意味ではない。当時の小銃としても、充分に欠陥品である。
「チャンバーに弾入れとくなよ。マガジンは外しておけ」
「護衛の意味がないのです……いやそうしてますけど」
事実上の使うな宣言である。
自衛隊の銃の引き金は重い。かつては法的な意味で、今は信頼性的な意味で。
これは所謂休日出勤ではないか。
武蔵は世の中の理不尽に気付き、戦慄した。
しかもタイムカードを押すわけではない。これでは仕事の持ち帰りだ。サビ残だ。
労働が美徳だなどと嘯くのは、いつだって不労所得でやっていける上級国民なのだ。
そう考えて、武蔵ははたと気付いた。
武蔵は命じられて働いているわけでもやむを得ず働いているわけでもない。なんなら一生遊んで暮らせる身分であり、それを拒絶して行動する個人事業主だ。
よってその責任は全て武蔵自身に回帰するものであり、ようするに愚痴をいう資格もない。
やりたくないのならやらなければいい、そんなシビアなルールが適合する者なのである。
「空ぁーの男の空中勤務ぅー、げつかーすいもくきんどーにちぃー」
「うるさいのです」
武蔵、やけくその熱唱である。
「まったくだ、空冷エンジンはこれだから」
「いえ武蔵の音痴がです」
武蔵とアリアは粗悪な作りの空冷バイクに二人乗りをして目的地へ向かった。
貧しい国ではバイクが流行るもの。環境破壊など度外視したバイクは、排ガスも騒音も派手だ。
とても上質なバイクとはいえないが、修理のしやすさや維持費の安さは武蔵も重宝していた。
「といっても、金星エンジンよりよほど静かだけどな」
パパパッという空冷の音は、武蔵達にとって親しんだものだ。
むしろ排気量が小さく一応マフラーが付いている分、空冷エンジンの航空機よりよほど大人しい。
彼の感覚としては、軽飛行機のエンジン音に近い。
一般人には判りにくい例えだが、空冷レシプロエンジンなど大小の差はあれど似たようなものだ。
「いやだからうるさいのは武蔵の音痴っぷりなのです」
「お前俺のこと嫌いなの?」
「むしろよくもまあ、そんな根拠もなく好かれていると確信していましたね」
武蔵はヘルメットの中で少し泣いた。
「来たか……まあ帰れ」
「そこは座れ、だろぉー」
待ち合わせ場所に現れた武蔵に、最初こそ気さくに手を上げて迎えた三笠。
しかし、武蔵が大げさに泣いていることに面倒臭さを感じて回れ右を命じた。
「なんだよぉー。傷心の男がどれだけ面倒くさいが見せてやろうかぁー?」
「もう面倒くさい……」
げんなりとした様子の、カジュアルな洋服姿の三笠。
彼女が待っていたのは、なんてことはない普通の明るいカフェテラス。
なんとも狭い土地をやりくりしたチープさを感じるレイアウトであったが、それでも三笠という人外の美少女が座れば神聖さすら醸す荘厳な雰囲気を思わせた。
もっとも、白いテーブルに座る三笠当人は武蔵のアホ面に辟易していたが。
「で、なんだ。男は泣いていいのは家族を亡くした時だけではないのか」
「なんじゃそりゃ。ちょっと失恋して泣いてただけだ……そういえば俺、両親の訃報聞いても泣いてないな」
「優先順位を違えるなクソガキ」
ガチの嫌悪顔で武蔵を罵る三笠。
彼女は盛大にため息を吐き、手元の紅茶を啜り、優雅に髪をかき上げてから勧めた。
「いつまで立っているつもりだ。座れ」
「あ、うん」
こいつの情緒やべーな、と武蔵は思った。
さっきまで嘘泣きしていた武蔵の情緒も大概である。
着席すると、三笠は急にきょどきょど周囲を確認しだす。
「あーなんだ? あれだ、あれだろ?」
「アリアなら少し離れた場所で待機させてるぞ」
「風下か?」
「……いや、風上にいるけど」
どういう質問だろう、と首を傾げる武蔵。
使っている香水かなにかで正体が露見することを心配しているいのだろうか、と考える。
三笠はほんの少しだけ表情をほころばせた。
「そうか。じゃあアリアの体臭も少しは嗅げるかもしれんな」
武蔵は全身の毛がよだつような恐怖を覚えた。
このクレイジーブリティッシュアンドロイドロリータは、遂にアリアの体臭にすら興奮しだしたのだ。
「お前、アリアにションベン引っ掛けれたら昇天して成仏するんじゃないか……?」
「は? 何を言っているのだ貴様、ふざけるのも大概にしろ殺すぞ」
そう言いつつも、三笠の表情がどこか恍惚としているのを武蔵は見逃さなかった。
今度トイレに細工して、アリアの尿を確保すれば何かしらの交渉材料になるかもしれない。
自分の考えを、武蔵は必死に振り払った。
「これは最終手段だ。いよいよ切羽詰まった状況で実行すべきだ」
「よく判らんが、公序良俗に反することはするなよ雑種」
「性癖なんて人それぞれだ、恥ずかしがることはない」
「お前に言っているんだイエローモンキー」
「自分だけ常識人であるみたいな顔するの卑怯臭くない?」
「臭くないぞ殺すぞ土民」
「殺すとか気軽にいう奴は死ね」
「黙れ今すぐループさせるぞヒトモドキ」
「お前の差別罵倒ボギャブラリー凄いな、怒られるぞ」
ふふん、と誇らしげにしつつ無い胸を張ってパチンと指を鳴らす三笠。
てっきりヒットマンでも呼び出したのかと思った武蔵だが、現れたのはウェイトレスであった。
「軽食でももらおうか。私にはトーストサンドを、こいつにはスターゲイジーパイを」
「畏まりました」
一礼して立ち去るウェイトレス。
武蔵は三笠を半目で睨む。
「なんだ? 何か言いたいことがあるのかアマチュア帝国の末裔よ」
「さすが帝国運営プロフェッショナルの末裔は罵倒の格が違うぜ」
帝国にプロアマの差があるとは武蔵も初耳であった。
「斬新な罵倒はさておいて、お前、人に変な料理出そうとするな。……とかそんなことはどうでもいい」
流れるように祖国のネタ料理を人に食べさせようとする三笠だが、それ以上のツッコミポイントがあった。
「お前が自分用に何気なく注文したトーストサンドイッチこそ、真の帝国面だからな」
パンを挟んだサンドイッチ。
スターゲイジーパイなどという紅茶帝国の人間ですら苦笑いするネタ料理などではなく、限りなく真顔でメニューに載っているこれこそが真の帝国暗黒面だと武蔵は考えていた。
「なっ。バカを言うな、美味いのだぞトーストサンドは!」
「まあ不味くはないだろう。パンだし。パンプラスパンはイコールパンだろうし」
「くっ―――良かろう、お前がトーストサンドを食べろ!」
三笠が指定したというのに、なぜか料理を交換することとなった二人。
届けられたトーストサンドを武蔵は普通に食べ、三笠はスターゲイジーパイを苦々しげに食べていた。
「……なんだこれ」
イワシの頭を丸かじりする美少女という絵面は、まさに意味不明であった。
「美味いか?」
「私これ嫌いなのだが……」
しばし談笑しつつ優雅にティータイムを楽しむ武蔵と三笠。
なんだかんだ気の置けない仲になりつつある二人であった。
「今頃アリアは一人待ちぼうけで涙目だな」
「ふむ。何か差し入れでも持って行かせるか。おいウェイトレス、このパイを外にいる自衛官に渡せ」
「お前本当にアリア好きなの?」
「人類とアリアと天秤にかけたらアリアに傾く程度には好きだが?」
「やべえ人類の敵ここにいたわ」
「その時は人類の定義を洋風美少女と定めればいい」
「辞書の方を書き換えるな。遺伝子情報を無視するな。さりげなく自分も定義に含めるな」
かつて人類の在り方を生物に拘らず考察したりなどした武蔵であったが、不老不死の美少女しかいない文明など彼も考えたくはなかった。
単為生殖する脊椎動物などコモドオオトカゲだけで充分である。
「急にお前の身体に興味が出てきた」
「な、なんだ突然っ?」
UNACTの内部構造も気になるところだが、目の前にいるアンドロイドは内骨格なのか外骨格なのかが急に気になってしまった武蔵であった。
「お前背骨あるの?」
「私の背骨の有無がそんなに重要か?」
「お前国産だろ? ひょっとしてH○NDAのASIM○の血縁?」
「階段でコケるポンコツと一緒にするな、あと私には背骨フレームがあるから多分外骨格のアイツとは血縁ではない。こら触るなクソが!」
三笠の背中を擦ってみると、背骨の感触が確かにあった。
「お前作った奴変態だな。骨格が完全に人間の模倣だ」
首元から手を突っ込んで検診すれば、その構造の執念に恐怖を禁じ得ない。
武蔵が設計するとすれば、間違いなくここまで背骨を模倣しない。確実に関節数を減らして簡略化する。
「筋肉はなんだ? 空圧? 油圧? 電動? いや過去世界では高効率な圧電素子アクチュエーターが開発されたって噂があったな」
「やめろ二の腕を揉むな。服を脱がせるな。子供のような純粋な知的好奇心の目で私の身体を見るな。性欲の方がまだマシだ」
飛行機の動翼につかえねーかなー、と考察する武蔵。
かつては人力、ジェット機世代では油圧系統となった航空機の可動部であるが、21世紀においては電動化が進んでいる。
F―35を始めとした近代的な航空機は、軽量化と整備性を求めて積極的に電気化されているのだ。
油圧システムとは稼働速度を犠牲にしてパワーを得る装置。機械的に連結させるよりも軽く、信頼性が高く、設計も自由になる。
WW2前から現代まで長らく使用され続けただけあって優れた技術には違いない。
だが、それでもなんだかんだと重いのである。
油圧の圧力に耐えられるホースやパイプを血管のように機体全体に張り巡らせるのは、それそのものがデットウェイトかつ構造的弱点となる。
近代航空機に油圧が使われているのは、レスポンスが求められずパワーを必要とするランディングギア程度だ。
武蔵の知る範囲では、航空機の動翼はモーターと減速機の組み合わせが最新トレンドだ。
武蔵の零戦もフライバイライトによる制御、モーターと減速機による動翼可動としている。
圧電素子アクチュエーターもまた電動であり、モーターと減速機を組み合わせるより遥かに高性能となる。
「お前を分解して零戦に組み込めば、俺はもっと強くなれる―――!」
「怖い」
「結局お前は、私になぜアポイントメントを取ってきたのだ?」
三笠は半裸に脱がされつつ、恨めしげに武蔵を睨み訊ねた。
「このトルクはハーモニックドライブだけじゃない、更に何か巧妙なリンク機構を噛ませてる。どうやって収めてるんだ? うーむ、やっぱり一度分解して……」
「私はそろそろ激怒してもいいと思う」
三笠の沸点が実はかなり高いと気付いてきた武蔵はやりたい放題である。
「おっとすまない、お前の身体が魅力的過ぎて本題を忘れていた」
「人の身体をジャンクパーツ感覚で見るな」
武蔵は紅茶を一気に飲む干す。
ようやく本題に入るのかと、三笠も茶を一口啜り姿勢を正した。
オープンテラスを見渡して、武蔵は訊ねた。
「映画は好きか?」
「むっ? 人並みには嗜むが……」
「ステファニーで朝食を、って映画があったろ。古い恋愛映画だ」
「いや本題入れよ。友達か。お前私を舐めてるだろ」
「俺は最初、この映画のタイトルを見たときステファニーブランドの銀食器を使って優雅な朝食を食べるシーンから始まる映画だと思ったんだ」
「違うのか?」
「ショップのショーウインドウで宝石を見ながらパンを立ち食いしてた」
「うなぎのかぎ賃のような話だな」
「お前実は日本文化好きだろ」
紅茶が切れたのを見計らい、店員がポッドを持って歩み寄ってきた。
「お茶以外にも、何かお持ちしますか?」
「うなぎを一串」
「宝石を1カラット」
「取り扱っておりません」
店員が去ったのを見計らい、武蔵はちょいちょいと三笠に椅子を近付け、耳元で小声で話す。
「お前、ちょっと最近ガバガバ過ぎないか? アリアに接触しすぎだろ」
「本題が唐突すぎる。どうしていきなりシリアスに入る気になった」
「場を温めてやったんだろ感謝しろ」
三笠は両手の平をぱんと叩いた。
スポットライトのように日光が強くなり、一帯の気温が急上昇する。
「ほら、私からも環境操作で温めてやったぞ感謝しろ」
「暑いからやめろ。人間がどれだけ要望しても無視するのに、こんなくだらないことで気候変動させるな」
「やーいお前の半径1メートルエルニーニョぉー」
「……で、アリアに接触しすぎって点についての弁明は?」
武蔵はちらりと店の外を見やる。
白制服の背中が、直立不動で待っていた。
「最初の方はこっちを窺ってたみたいだが、くだらない話をし続けたおかげでようやくアリアも興味を失った。アイツがぼうっとしている間にさっさと話せ」
三笠とアリアの接触過多、前回のループにおいてもその傾向はあった。
三笠はアリアを愛している。偏愛といっていい、とにかくあらゆる形態において愛している。
それは既に恋愛の粋に達しており、最近は三笠が執拗にアリアを側に置こうとしているのだ。
「最初の方は接触禁止に我慢出来てたのに、最近はことあるごとに呼び出したり、お触りしたり……気が抜けているんじゃないのか」
「貴様に何が判る!?」
いきなりのブチギレであった。
「叫ぶな」
「100年だぞ! 100年の渇望が! その絶望が解るものか!」
「うっさい静かにしろ」
他の客が何事かと視線を向けてきた。勿論、背を向けて大気していたアリアも同様だ。
やばい、アリアに三笠の姿を見られてしまう。
焦った武蔵は咄嗟に、三笠の頭を掴んで自分の腹に抱えるように抑え込んだ。
「ふがっ!?」
「少し静かにしろ、顔見られるのはマズイんだろ!」
顔を隠せただろうかと、武蔵はアリアの様子を確認する。
アリアは武蔵達の方を見て愕然としていた。
彼女からはこの光景はこう見えていた。
武蔵と女性が隣り合った椅子に座り、武蔵が自分の下半身に女性の頭を押さえつけている。
しかも女性側はもがき嫌がっている様子と来た。
まっ昼間のオープンテラスで女性にいかがわしい行為を強要させているやべー男である。
アリアは顔面蒼白となり、手元の小銃を確認して、黙考し、前を向き直した。
関わらないことに決定である。
「……よし、ばれなかったな」
そんなアリアの機微も知らず、武蔵は能天気に安堵する。
恨めしげに頭を上げた三笠の頬を、左右から摘んで引っ張ることで再度黙らせる。
本物の皇室ならばともかく、簒奪者に対して敬意を払うほど武蔵は殊勝ではない。
「で、どうなんだ。こんだけ接触して大丈夫なのか?」
「ふん。わらひがなひもかんかえていないとほもっているのか?」
頬を摘まれたまま、三笠はどや顔で頷いた。
説明しろと視線で訴え、武蔵は顔から手を離す。
即座に飛んできた三笠の平手を、武蔵はノールックでキャッチした。
「で?」
「うむ。どうにも、最近は黒幕殿の監視が甘い気がする。以前より隙が多いというか、手抜きのようなのだ」
三笠は擦られる手を振り払い、ナフキンで拭きつつ頷く。
「黒幕側の人員が足りてないとかか?」
「彼等が我々のようにループに囚われているとすれば、人員が欠落していくのも判らなくもない。集団とは離反するか結束するかのいずれかだ。黒幕殿はあまり人望がないらしい」
失笑する三笠だが、武蔵はそれは少し違う、と考えた。
人望の有無ではない。見返りの有無だ。
集団をまとめるのは仲間意識や友情などではない。利害なのである。
利益を共有しているからこそ集団は集まるのだ。そこに感情論や道徳を持ち込んだところで、短期間で破綻する。
例えば武蔵の周囲でいえば、武蔵の協力者達には見返りがある。
本来得るはずだった平穏な未来を取り戻す為に、ループを終わらせる。
誰もが世界の崩壊により被害を受けたからこそ、武蔵は支持を得やすい立場にいる。
誰も破滅的な100年を過ごしたくない。誰も100年後に飛ばされたくない。
集団の目的と個々の目標が重なっているからこそ、武蔵が目的に邁進している限りは彼女達は敵対しない。
三笠のいうところの、集団の在り方における後者、結束するタイプの者達。
対して黒幕側はどうか。
集団の目的すら不明瞭だが、それはループの結果得られるものだ。
世界の破滅は、どうにも副作用でしかないように武蔵には思えるのだ。
そして個々の目標は、おそらくそこまで統一されていない。
完全に一人でやっているわけではなかろうが、しかし黒幕が仲間と群れて活動しているようには思えない。
「勘じゃねーか、根拠としては弱い」
おそらく、おそらく、おそらく。
武蔵は自分の推察のいい加減さに苦笑いした。
間違えてはいけないのは、武蔵は決してカリスマや人望で仲間の離散を防いでいるわけではないことだ。
あくまでそれぞれの利害に気を配り、離散しない立ち回りをしているだけである。
「それが出来ないあたり、黒幕はあまり他者に頓着しないタイプなのかもしれないな」
そんな武蔵の昨今の悩みは鈴谷である。
彼女は消去法で武蔵の陣営に協力しているだけであり、どうにも離反する気配を感じているのだ。
さてどうしたものかと考え、今は三笠に集中することに切り替える。
「貴様が言わんとすることは判るが、確定事項と考えるほどの根拠はない。それに離反した者はどうなるというのだ?」
敵対勢力がループしているとして、その組織に反感を覚え手を引いたとする。
そうなると、その者は組織としての被保護を受けられなくなる。
「ループに取り残され消滅するくらいなら、いっそその法則を黒幕から乗っ取って第三勢力となるかもしれない。そうなると世界はこれまでと違う動きを見せるだろう。何度も世界を繰り返していることの利点が失われるならば、敵の崩壊は望ましいこととはいえないぞ」
「黒幕さんはそこまで甘いヤツじゃないだろ。目的の為なら人類100億人を殺す奴だぞ」
「冷酷という意味では甘くないが、ツメは甘い。私達の跳梁跋扈を許している時点でな」
跳梁跋扈は悪人が自由に立ち振る舞うことを指す熟語だが、自分を善人とは言い切れないと自覚する武蔵はツッコミをいれないことにした。
「それで、結局アリアへの監視はどんな感じなんだ? 人手が減って監視が緩くなっているのか?」
「うむ。私が命がけで検証を続けた成果だ」
自慢げな顔をする三笠に、武蔵は戦慄した。
こいつ、そんなことに命がけのバレるかどうかのチキンレースやってたのか。
「アリアには発信機が埋められている。そこから会話や位置情報を読み取っている。だが位置情報はあまり重視されていないし、多少電波が途絶しても不審がられない」
「発信機?」
「心臓のペースメーカーのようなものだ。心臓の鼓動から発電し、微弱な電波で得た情報をまとめて発信している」
「その手の発電機って、乾電池一本以下の発電量しかなかったはずだけど」
ペースメーカーならその程度で充分だ。だが、発信機となれば相応の電力を食う。
空間を飛び越えて遠方に情報を送るというのは、当然それなりにエネルギーを要するのである。
「驚くべきことに、この発信機は一般の携帯電話回線を利用している」
「マジか。ガバガバじゃねーか」
宇宙コロニーのセルフ・アーク内部は独特な携帯電話網が敷かれている。
経営は民営だが、設備はコロニーの一部なので自動メンテナンスの範疇なのだ。
よってこの時代でも、普通に携帯端末は存在する。
コロニー内に限るのならば、発信器の受信方法としては間違ったものではない。
「お前は何故コロニー内部の携帯端末システムが独特が知っているか?」
「位置測位システムを兼用してるからだろ。ミリ波で通信しつつ、波長のドップラー効果による差異や通信局からの受信強度、局同士の時間差から現在位置を計測するようになってる」
21世紀の生活では、センチ単位の位置測位システムは生活に必須だった。
だが回り続ける宇宙コロニーでGPSなんて使えない。よって、幾つかの情報による測量を行っているのだ。
「そうだ。ミリ波を使う以上は圏外も多く、状況によっては情報は途絶するし、位置情報も誤差が大きくなる。ガバガバだ。だから、その辺の正確さはあちらも期待していない」
この『特殊な状況』とはコンクリートで固められた建物の中であったり、水中であったり、無人島であったりなどといった場合だ。
さすがに日常生活で圏外となるほど不安定ではないが、自衛隊員であるアリアならばそんな『特殊な状況』も少なくないのである。
「だが会話は駄目だ。自分がUNACTであると示唆する言葉があれば、あるいは他者から事態の本質に迫る言葉を聞けば確実にリークする」
「その辺は向こう側が拵えたAIで自動解析されているのか」
「アルゴリズムの立ち振る舞いからして、そう判断すべきだろう。人力でのチェックはしていない」
なんとも杜撰なチャック体制であったが、黒幕勢力も気軽にアルバイトを雇えるわけではないのだ。
武蔵は考える。
「黒幕の目的はUNACTやループ現象とは別のところにある?」
「それらは副産物であり、重要度が低いのは確かだろうな。アリアへの関心が低すぎる。だが、亡霊戦艦などを采配している以上は人類の衰退は目的の一端なのだろう」
人類過半の滅亡、ループという箱庭。
「……何らかの実験を、小さな箱庭の中で繰り返している?」
「その可能性が高いが、その割にループ毎の変化がない。強いていうなら我々こそが毎度違うファクターだが、実験動物のように終始観察されている気配もない」
武蔵は思わず空を見上げた。
「このコロニーが実験装置とは限らないだろ。むしろ……」
実験動物を一時的に保管する虫かごではないか。
そう考え、武蔵はぞっとした。
武蔵達が気付いていないところで、毎回誰かが拉致され実験されている。
その程度であれば武蔵達がいくら気を張ろうと気付けない。
技術が衰退し治安が悪化したセルフ・アークならば、21世紀の技術力を維持出来ていればやりたい放題であろう。
「それに、実験を繰り返しているのなら成果は上がっているはずだ。黒幕が研究に満足した時、この世界はどうなる?」
「ループが解除される、あるいは元の世界に戻るかもしれん。適当に時間を潰しておけば案外ハッピーエンドかもしれないぞ?」
武蔵は鼻で笑った。
「希望的観測が過ぎる。制限時間があるなら、やっぱり時間を無駄にすべきじゃない。それに―――」
その続きは、三笠にもよく解った。
大和武蔵はそういう男であり、三笠もまたそうなのだ。
「「―――相手の思惑に従うのは、気に食わない」」
二人はゲラゲラ笑った。
あまりに下品な笑いであった。
爆笑である。嘲笑である。
他の客、ドン引きである。
アリアは他人のフリである。
「……はぁー、笑った笑った。闘争は最高だぜ」
「堪らんなぁ。頑張ってる奴の足を引っ張るのは最高である」
「それな!」
どう好意的に解釈しても、そもそもの性格が悪い二人であった。




