5-3
亡霊戦艦の撃破を目指し、鋭意活動を開始する武蔵。
その大半は、ハードウェア上の準備ではなくソフトウェア上の下準備であった。
有力者や権力者の元へ赴き、亡霊戦艦撃破の有用性を説いて周る。
亡霊戦艦の撃破が人類にとって有益であることは間違いない。
だが、それが実現可能かは別。まだ算段が高いのなら説得しようもあるが、実際問題としてこのループで亡霊戦艦撃破が果たされる可能性は低い。
だからこそ、武蔵は巧妙に嘘を混ぜた。
「当時と今では前提が違う。無責任で理想化なエコロジストもいない。他国に横っ面を殴られるリスクもない。ようやく、あの怪物を除霊する時期が来たのだ」
「……ですが、我々の技術力は大きく衰退しているでしょう? 多少有利な条件が追加されたとしても、根本的な技術力の差を覆すほどではないと思いますが」
「やれやれ。それは100年前の惨状を知らないから言えるんだ。あの時代は酷いぞ、100年間も国同士の正規戦がなかったのだ。戦間期とはそういうものだが、政治に縛られた不合理な兵器が生産され、味方であるはずの勢力同士が足を引っ張り合う。まさに腑抜けた時代であった、負けて当然だ」
知ったような顔で武蔵は高説する。
当時を知っているからこそ、下手な学者よりよほど当時の世界情勢について武蔵は詳しい。
武蔵の昔話は、妙なリアリティがあった。
「知っているか? 単純な戦力で考えれば、当時の軍事力ならばUNACTも亡霊戦艦も殲滅出来たはずなのだ。当時の怠慢に今を生きる我々が苦労させられるとは、なんとも歯がゆいことだ」
「今なら一丸になれると? 今、貴方がこうして交渉に周っていることこそ我々もまた一枚岩ではない証明だと思いますが」
「人はどこまでいってもいがみ合うものだ。解り合えることなどない、そのような理想を支持しろなど言わんさ。だが、幸いにして我々には彼女がいる」
「陛下、ですか」
「うむ。言うまでもないが彼女は、いや彼女こそが亡霊戦艦撃破作戦の骨子だ。私はその補佐をしている身に過ぎん」
「……勝てるのですか?」
「それ自体は、そう難しいことではない。人権主義者にとっては激怒ものの作戦であろうがな」
21世紀の技術力で勝てなかった怪物に勝利する為の方法論。不可能を可能にする為の屁理屈を並べる。
それは皇族という肩書があっても容易な仕事ではない。むしろ少数の部下を引き連れるだけの自称皇族が現れて、簡単に信用する有力者など一人もいなかった。
故に武蔵は演出する。持ち前の度胸とハッタリで、99パーセントの真実に1パーセントの嘘を織り交ぜる。
まるで宙に放り出されるかのような、掴む物もない独りぼっちの戦い方。
「君も力を持つ者なら、合理的な判断をすべきだ―――」
虚栄と詭弁だけで、相手を陥落させ籠絡していく。
幸いというべきか、武蔵は一人での戦いには慣れているのだ。
困った瞬間にアリアと妙子に視線を向けるようなことはしない。ただ、相手を見据えて微笑するだけだ。
かつて女性達がかわいいは作れると謳ったように、武蔵は堂々と威厳を作ってみせたのである。
そうして粘り強い交渉は続き、一人また一人と、武蔵達の主導する亡霊戦艦撃破計画への賛同者は増えていった。
それが、ほぼ失敗に終わることが確実視されていることも。
それが、人類文明破滅の最後のトリガーとなることも伏せたまま。
「まるで詐欺師ね」
「交渉ばっかりで地味なのです」
「ばっきゃろ交渉かっこいいだろ、世の中交渉で動いてるんだぞ」
妙子とアリアにボロクソ言われ、武蔵はふてくされる。
ボディーガードとして以外では点で役に立たないアリアとは違い、妙子の能力は凄まじかった。
交渉相手の選定は三笠と武蔵が行ったが、その相手に対しての事前調査や資料作成は妙子が言われる前に済ませているのだ。
おおよそ学校の教師に求められるスキルではない。
その手法について武蔵も観察してみたのだが、彼の目からしても隙がないのだ。
それはつまり、それだけの失敗を重ねてきたということ。
それだけ失敗を繰り返し、そして再び立ち上がってきたということ。
「よく頑張りました」
武蔵は小さな声で、誰にも聞こえないように言った。
本当は声高らかに言って、妙子の頭を撫でてやりたい。
だが、武蔵にその資格はない。
少なくとも、彼はそう思っている。
「なあ足柄」
「はい」
次の交渉相手の元へと向かう道中、武蔵は運転する妙子に訊ねる。
「今の自分と高校生だった頃の自分、どっちが好きだ?」
妙子は訝しげに、ちらりと武蔵をルームミラー越しに見た。
これは、ループから脱出した際の行動指針を考える為の質問だ。
甘やかすばかりが愛ではない。だが、人が生きていくには誰かに甘えなければならない。
もし彼女が今の自分が好きだというのなら―――過去の妙子には、少し厳しく接しなければならないと思ったのだ。
「別に、どちらでも」
返ってきたのは、まるで夕食のリクエストに対するおなざりなような答えであった。
「どちらも嫌いではありません。高校生だった頃の自分は未熟だと思いますが、当時は当時で精一杯生きていました」
それは、なんとなく武蔵には意外に思える答えだった。
どこかで、彼女は今か昔かのどちらかを選ぶと思っていたのである。
ただ、続く彼女の述懐には武蔵を納得させる重みがあった。
「私は教師です。教師が、未熟なティーンエイジャーを愛せないはずがありません。そういう視点で考えるようになってしまうと、過去の自分もまた未熟で愛すべき存在に思えるのです」
これまでの自分の軌跡を愛せる。
それは、ようするに胸を張って生きるということ。
ままならぬことがあっても、力不足に嘆く昨日があっても。
それを足枷としない在り方は、ひどく美しいものだと武蔵には思えた。
「随分と綺麗になったもんだ」
「―――さすがに高校生の頃よりは、化粧も慣れましたから」
「すまん、驚かせた。別に口説いてない」
妙子の返答に異性に対する牽制が見えて、武蔵は苦笑して手を横に振った。
そう、かわいいは作れる。外面は取り繕える。
だが、内面の美しさは称賛以外に讃えようがない。
武蔵は決意した。いつかループから脱出したら、妙子のことはあまり甘やかさない方針でいこうと。
あるいは、別の可能性の中の妙子は過去の自分を愛せないかもしれないから。
「貴方は100年前から直接飛んできたのですよね」
話題を変えるかのように、不意に妙子が訊ねた。
「ああ。肉体年齢はややこしいけど、精神年齢は20くらい、かな?」
武蔵があえてふんわりとした解答なのは、目覚めのパターンによって数年前に目覚めたと言い張ったり皇居で目覚めたりなど幾つかパターンがあるからだ。
武蔵自身混乱することも多いので、ふわっとした解答に統一したのである。
「この年齢となって貴方を見れば、判ることもあります」
「ほう、例えば?」
「私は、100年前は悪い男に引っかかっていたのだなと」
あんまりな物言いに、聞いていたアリアが吹き出した。
「ぶふっ。くくく、そうなのです! 武蔵は極悪非道なハーレム願望高校生なのですっ」
「いや別に俺のこととは言ってないだろ。何言ってんだお前。お前俺のことそんな風に思ってたの? ちょっとショックだわ……」
「武蔵君のことよ?」
武蔵は即座に否定に走り、妙子は即座に否定を否定した。
「ま、そのくらいは思春期の男子としては普通だと思うけど」
「えっ。高校男子ってみんなハーレム願望持ちなのですか? きしょいです」
「言わないであげなさい。この年頃の男の子は、下半身が本体なのよ」
武蔵は恐ろしいことに気付いた。
妙子が男子高校生の生態を知っているのは、思春期男子の多くを教師として導いてきたからだろう。
むしろ、性欲魔神な男子高校生がこんな美人教師を前に平静で入られるはずがない。
彼女はこの100年間、生徒からの求愛を多く受けたはずだ。
「これが寝取られか……」
「問題は、貴方が人様を枠組みに当てはめて理解しようと試みていることよ」
「他者を自分の理解の及ぶ形に噛み砕くのは、そんなに奇妙なことか?」
「どうでもいい相手ならそれでもいいわ。私だって教師よ、これまで教えてきた数百人の生徒をパターン化している部分はある」
人としては褒められた行為ではない。
だが、より多くの生徒をより効率的に導かねばならない教師である妙子にとって、それは必要なことだった。
真摯であることより、実利をとったのだ。
「でも、ハーレムの一人とはいえ人生のパートナーとして選んだ女性に、流れ作業の手法を使うのはどうかと思う」
「それは、まあ、はい」
結婚相手に理屈を求めてはいけない。
なんとも青臭い理想論。
「パートナーは損得勘定や理屈ではなく、心で以て挑めと」
武蔵は言ってて赤面しそうになった。
精神年齢20を自称しておいて言っていいセリフではない。
だがいかんせん、目の前の女性は精神年齢100歳以上である。
「別にハーレムはいいわ。こんな時代だもの、有力者が複数の女を囲むなんてよくあることよ」
日本ですら、第二次世界大戦後においてそのような状況を許容される世代があった。
21世紀の倫理において許されざることであっても、実利がそれを許すなら道徳など基本ないがしろにされるのだ。
だがそれは、あくまで妥協でしかないと彼女は断罪する。
「私が問題だと思ってるのは、貴方の心がどこにあるか、よ。みんな等しく大好きー、なんてありえないわ。私達は別人であり、形に出来ない心を持っているのだから」
それこそが、100年かけてようやくしたためた、妙子の武蔵に対する三行半であった。
「力を持っているからこそ、合理的なだけで生きては駄目。人の上に立つのは、結局人でなくてはならないのよ」
嗜めるような口調に武蔵は気付く。
これは、どうやら課外授業らしかった。




