5-1
新章突入ということでちょっと遅れました。
武蔵はまず、地下室のSM寝室から大人の玩具を幾つか持ち出した。
そして比較的赤い服を羽織り、アリアの部屋に移動し、そっと彼女の枕元に玩具を置く。
空気を送り込んで飛び跳ねる、小さなカエルの玩具を知っているだろうか。
あれのピンクバージョンである。
「メルゥゥゥゥィー……クリスマァースェ……」
精一杯のイケメンボイスだ。
この行為に意味などない。
そして彼は急ぎ、元カノ捕獲用のスネアトラップを仕掛ける。
優先順位がおかしいなどと言ってはいけない。
武蔵は急ぎ、信濃に向けての必要なメッセージを残す。
要点や文面は事前に考えていたので、さして時間はかからなかった。
そして出かける準備をしていたあたりで、前々回と同じように双子が訪問してきた。
「こんばんわぁー」
「100年後から遊びに来ましたよぉー?」
きゃぴきゃぴと2人なのに姦しい如月姉妹に、武蔵はどこか安堵を覚える。
「亡霊戦艦のレーザーファランクスにやられて以来だな? 元気か?」
「ムサシーン、シウスに身体がバラバラに引き裂かれた子に元気かはないですよぉー?」
「ですですぅ。ほら感謝して下さい、命を投げ出して貴方に尽くした女の子でぇす」
見返りを寄越せと訴える双子。
そんな主張をスルーし、武蔵は不思議に思う。
「前回は時雨が来る方が早かったが、今回はお前達の方が早かった」
玄関を見やっても、黒髪少女が現れる気配はない。
「隊長だってループしてるんですし、毎回同じ行動を取るとは限らないんじゃないですかぁ?」
「ですですぅ。むしろ前回返り討ちにあったから、同じトラップには引っかからないと思いますぅ」
ごもっともな意見であったが、そんな真っ当な思考が出来るような様子だったかとも武蔵は考える。
あそこまで心神喪失した状態で、主観的には何ヶ月も先の予定を組めるものかは疑問だ。
「とりあえずメモだけ残して、三笠の……いや時雨の家に行ってみよう」
武蔵はメモ用紙に『時雨を怒らせた。殺しにくるかもしれないから注意しろ、玄関のトラップにひっかからないように』とだけ書き残し、書き置きの上に追加して車の鍵を取った。
「細かい話は車中で話そう。時雨の家の場所は俺が把握してる」
大和家所有の車を運転し、武蔵達は時雨の家へ向かった。
無免許運転だが、堂々と安全運転していれば気付かれはしないものだ。
「ちょっとお兄さん、こんな時間に女子高生連れて何やってるんだい?」
「デュクシ!」
「オウフ!?」
パトカーに停車を促され職質されたので、武蔵は抜き手を放ち警察官を昏倒させた。
続いてもう一人の警察官に強襲をしかけ拘束し、パトカー内の証拠を隠匿する。
「よし」
「よしじゃないですよぉ」
「気付かれないってどや顔してたの誰ですかぁ」
ぶーぶー文句のような文言でからかってくる双子だが、武蔵としても言いたいことがある。
「前から思ってたけど、お前らなんでブレザーで来るんだよ。私服で来いよ」
「そこはほら、女子高生って希少価値みたいな?」
「使えるものは使っておいたほうがいいじゃないですかぁ」
ケラケラと笑う双子。
実にしたたかな彼女達だが、武蔵は忘れてなどいない。
コールドスリープされている期間を含めれば、彼女達の年齢は大幅に加算されることを。
「黙れ400歳」
「あーっ! それ禁句ですよぉー!」
「言っちゃった言っちゃった! はーがっかりです失望しました! 好感度ダウンです!」
「そりゃ大変だ。そんなことより、前回死ぬ直前で気付いたことを話したいんだが……」
対向車線からすれ違う、サイレンを鳴らすパトカー。
職務に勤しむ彼等を尻目に、武蔵は主観において1時間ほど前のことを双子に語った。
亡霊戦艦大和。
その機動パターンが、時雨と似通っていることを。
そして、武蔵が送ったサインの返答を。
「じゃあなんですぅー? 亡霊戦艦には、隊長が乗り込んでるっていうんですかぁ?」
「行動パターンと中学の頃に使ってた暗号だけじゃ、ちょーっと根拠が弱い気がしますぅー」
武蔵の予想に対して、双子はどこか懐疑的な立場であった。
否、武蔵とて割と懐疑的だ。だが、あの特殊なサインへの返答があったことは事実。
「時雨があの時どんな状況だったかはさっぱり判らない。だから、実際のところ彼女が今どうなっているのかを確認しよう」
前回の時点で相当参っていたので、時雨は家から動けていないものと武蔵は予想した。
そして、それは正しかった。
「キャプテーン?」
「隊長の寝間着、意外とかわいい系なんですねぇ」
白露家にこっそりと侵入し彼女の部屋に乗り込んだ3人が見たのは、うつろな瞳で天井を見上げうわ言を繰り返す時雨の姿であった。
目は醒めているが、精神が正しく機能しているとは思えない。
武蔵は適当な衣服で時雨を拘束し、肩に担いだ。
「時雨の部屋が一階で良かった。ちょっと窓から出すから、先に出て補佐してくれ」
「「はーい」」
こうして時雨を拉致した3人。
二度と時雨と顔を合わすことはないであろう彼女の家族には、一応の慰めに書き置きを残した。
『訳あって駆け落ちします』
「これで、どこかで平和に暮らしているんじゃないかって希望は持てるだろう」
「突然の駆け落ちとか逆に心配されません?」
「仕方がない。あんまり設定作ってもボロが出て嘘っぽくなりそうだし、そんな時間もない。突然の行方不明よりはマシだ」
信濃や三笠にフォローを頼もうかとも考えたが、これ以上細かな面倒事を持ち込むのは気が引けたのでやめておくことにする。
4人は再び車に乗り込み、途中鈴谷を拾ってから三笠の家に向かった。
「……同期完了。大化作戦前に挨拶したのが最後だったが、その様子では亡霊戦艦撃破は失敗したようだな」
今回は前回のようにカマかけをすることもなく、三笠と再会すると同時に双子と鈴谷の脳内データを読み取らせた。
白目を剥いて残念顔となってしまった少女達にダブルピースをさせつつ、武蔵は頷く。
「経験は積めたが、結局は敗北した。実をいえば護衛艦やまとのレールガンは直撃したんだがな、バイタルパートの貫通がイコール撃沈とはならないみたいだ」
「で、あろうな。戦艦とはそういうものだ」
あまりに自然に記憶を引き継いでいるらしい三笠に、武蔵は目を細める。
「前回よりスムーズに記憶の引き継ぎが出来ていないか?」
「100年間技術を研鑽する猶予があったからな。人格への影響を最小限とする野領域を確保するデータを集め、私自身の記憶を圧縮する手法を確立した」
武蔵は人間の脳への影響を最小限にするデータをどうやって集めたか気になったが、聞かないでおくことにした。
「なあ、お前の記憶は如月姉妹と鈴谷最上に分散して収めてるんだよな?」
「そうだが?」
「なら、未来で3人のうち誰かが先に死んだ時はどうするつもりだったんだ? 最終更新日が違うと不具合が起きるんじゃないか?」
三笠は呆れたように溜息を吐く。
「その程度のことは考慮しているに決まっているだろう」
「ま、そりゃそうだな」
「うむ。お前が危惧しているのはようするに、CD4枚分割のゲームディスクで1枚だけ無くしてしまって、仕方がなく1枚だけネットオークションで入手したら実はベスト版のディスクで認識出来ませんでしたとか、そういう話だな」
「ごめんちょっとわかんない」
以前からちょくちょく三笠の例えが判らないことがある。
紅茶の国とのカルチャーギャップだろうか、と考える武蔵であった。
「どどど、どうもしない。過去に送っているのは分割した私の人格データではなく、それぞれ別個の圧縮データだ」
「今更こんなこと聞くのもなんだけど、お前の、未来に取り残された残り滓の人格はそれに納得出来ていたのか?」
「残り滓言うな。仮に私の人格データを全て書き込める保存媒体があったとしても、それはコピーされた人格だ。この私はこの世界を生きてこの世界に取り残されて死ぬ。お前達のループが過去改変か平行世界移動なのかは未確定だがな」
「未確定、というのは予想だけはしているのか?」
武蔵にとっては新情報であった。
タイムトラベル作品の大きな命題の一つであろう、過去改変を行えばそれまでの世界はどうなるのかという疑問の答え。
その一端を、三笠は推測レベルだが予想していたのだ。
「耳聡い奴め、そこは聞き逃せ」
「確定情報じゃなくてもいい、教えてくれ」
「……おそらくは改変され、この世界は毎度消滅している」
武蔵はその答えに、大きく息を吐いた。
たった120万人とはいえ、当時の残りの人類が一人の少女の死でリセットされるのだ。
なんともふざけた話である。
「ORIGINAL UNACTにとってそれは、さして意味のない感傷なのだろう。人間が別の選択を選び別の可能性を生きた自分自身に思いを馳せる程度のものだ」
重大な選択とは、引き返せないからこそ重いのだ。
引き換えせる程度の選択など、感傷を抱く価値すらない。
「あいつ等がループしても毎度似た行動しか取らないのは、わざわざ一回一回を大切にして試行錯誤するほど、逆行現象に価値を見出してないからなのかもな」
「逆説的にいえば、ループの度に色々と悩んでいるお前は実に人間的で凡庸ということだ。どうせループするのだ、色々と割り切ってしまえば楽だろうに」
そう嘲笑する三笠だが、武蔵とて彼女の考え方というのを多少は理解してきている。
「ここで非情な行動を受け入れたら、お前俺を見捨てるだろ」
「さて、どうかな。その時考えるとするよ」
クツクツと笑う三笠。
アンティークドールじみた美少女だというのに、いやだからこそというべきか、なんとも恐ろしい容貌であった。
「だがまあ、ループ前提で無茶をしようという発想はある」
「ほう? 例えば、どのようなことを考えているのだ?」
「寿命が縮む代わりに戦闘能力がアップする人体改造とか、ないだろうか?」
三笠は大きく溜息を吐いた。
「そんな漫画のようなもの、あるわけなかろう。そも、兵士に求められるのはスポーツ選手のような瞬発力ではなく、重い荷物を抱えて長時間行軍出来るようなスタミナだ。そして、それは五体満足でこそ成し得るものだ」
「スポーツ選手向けの人体改造、なんてのは流石にないわな」
「女性であれば乳房を切除するなどもあるが、さてどうする? まあアリアは胸なんて微々たるものだから、受けさせるとすればこいつ等ということになるが」
三笠はグロッキー状態の如月姉妹の胸を見やる。
彼女達の胸部は、幼げな容姿の割になかなかご立派だ。
「これを切除するなんてとんでもない!」
「では鈴谷は……こいつの胸は削ぐほどないな。ふふっ」
この合法幼女、同性の胸が慎ましやかであることに安堵の笑みを浮かべやがった。
なんて奴だ酷い奴だと誹りつつ、武蔵も鈴谷の胸を揉んでみる。
「ほんとにねーな、胸。由良ちゃんよりないんじゃないか」
「うわぁ……そういうところだぞ、大和武蔵」
「三笠、俺は真面目な話をしているんだ。そういう茶々の入れ方はやめてくれ」
「貴様、脳みそトコロテンにしてやろうか!」
「ぬぅー!」
「うぶー!」
「ワニワニ!」
「パニック!」
しばしワニワニパニックで争った2人は、落ち着いてから着席した。
「……では麻薬はどうだ? 麻薬に汚染された身体は未来に捨ててしまうんだ、いっそ覚醒作用のある麻薬を大量に使って対亡霊戦艦作戦に挑むというのは?」
武蔵としては割といいアイディアに思えていたのだが、三笠は厳しい目で武蔵を見た。
「やめておけ。確かにお前達は魂などという不可思議な力場で過去に逆行しているが、脳細胞もまた過去に飛ぶ際に組み替えられている。麻薬を使用した上で逆行すれば、おそらく後遺症も引き継ぐ」
「そういうものか?」
「ダメージの引き継ぎがないのならば、時雨は今このような状態には陥っていない。それに、痛みは魂にまで刻まれるのだ」
依然として回復する見込みのない時雨を、二人は見やった。
彼女が何を見て、何故亡霊戦艦に組み込まれていたかなど判らない。
だが、その傷跡が未だ深く残り続けているのはよく解った。
「お前も男児だ、なりふり構わず命をなげうって戦わねばならない時もあるだろう。だが、その前にせめて私に相談くらいするのだぞ。独りよがりなカミカゼは大概が自己満足だ」
「組織的な神風なら許容されうる、ってのも問題発言だな」
「有史以来、どれだけの軍事組織が未帰還前提攻撃を実行してきたと思っているのだ。勇者たらんと雑兵が怪物へ挑むこと自体は、すべからく万人に許された権利だ。勝てるかどうかは別にして、だが」
武蔵は三笠を見据え、考える。
こいつ、ドン・キホーテを笑うタイプの人間だ、と。
それも嘲笑ではなく喜悦から笑っていそうなのが始末に終えない。
「人体改造は無理……か。21世紀の技術に20世紀レベルの技術で優るには、倫理観を無視するしかないと思ったんだけどな」
「意外とそういう技術は少ない。現代は、わざわざ人間でなくてはならない分野の方が少ないからな」
三笠ほど上等の人工知能ではないにしても、ほとんどの作業はオートメーション化が可能だ。
「戦闘機の操縦も性欲の処理も小説の執筆も、今や全て機械の方が上手だ。故に、人間を補佐する分野は発展しても、人間そのもののスペックを向上させるような分野は発展していない。必要ないからな」
三笠の言わんとするところも、武蔵は理解出来た。
速く走りたければ車に乗ればいい。
空を飛びたければ飛行機に乗ればいい。
計算が早くなりたいのなら電卓を使えばいい。
記憶力をよくしたいのならメモをとればいい。
人間を補佐する技術など、石器時代から存在しているのだ。
ならば、人間そのもののスペックを上げるにはどうすればいいか。
両手両足を義手義足に変える、目を高性能なカメラに変える、などと色々と考えられる。
だが、その程度なら上記の補助的な機械で充分なのだ。
腕力が欲しければパワードスーツを使えばいい。遠くを見たければ双眼鏡を使えばいい。人体改造という危険な行為に対して、これらは安全で、より大きな成果を望める。
ならばより深い部分の強化、例えば思考速度の強化をするにはどうすればいいか。
「やっぱ、薬か電脳化くらいしか思い浮かばないなぁ」
薬は三笠に禁止され、電脳化は三笠以外に成功例がない。
そも、電脳化などというイカサマがありなら、人類はまだまだ楽しくUNACTと殺しあえていたのだ。
優秀な人間をコピーアンドペーストしまくって無敵の軍勢を作れば、亡霊戦艦といえど撃破出来る。
というか、そこまでやって撃破出来ないのなら武蔵も亡霊戦艦撃破を諦めて別案を考える。
「脳をデータ化出来るのなら、人類全体をサーバーに入れて楽園でも築くさ。地上の物理法則に縛られた巨大ゴキブリなどどうでもよくなるだけだ」
そういって肩を竦める三笠。
武蔵はふと、前回の由良との話を思い出した。
人はいつか人を超えた知性を生み出し、文化の中心すら剥奪されるであろうという仮説。
創造主として、人類は彼等に一定の敬意の上で存在を許されるかもしれない。
可愛がられる飼い犬のように。
余暇すらも無機物に調達される世界。その時物理法則の世界に取り残された人類は、半導体の処理速度についていけない彼等は何を見るのだろうか。
「なあ、本当に人体を強化する方法はないのか? こう、神経をフライバイライトにするとか」
「フライバイライトの利点は電磁波の影響を受けにくいことや、機体規模によっては軽量化が果たせることだ。人間サイズであれば軽量化の利点も小さいし、亡霊戦艦は電子攻撃をしてこまい」
「……これ言うと俺としても怖いんだが、頭部を切断して戦闘機に直積みする……みたいなことって出来ないか?」
そんな架空の宇宙戦闘機が存在したことを、武蔵はなんとなしに覚えていた。
三笠は大いに唸り、眉をしかめ、ギギギと歯ぎしりをしてから答える。
「……技術的には可能だ。実用的かは、判らんが」
しばしの沈黙。
やがて、武蔵は答えた。
「頼む。次の戦いでは、前より更に無茶な戦いを自衛官達に強いることになる。俺も、彼等に示しが付くように命を賭けたい」
「それを実行する身にも、なってほしいものだ。私が平気な顔をして、知人の首を切り落とせる人間だとでも思っているのか?」
武蔵を憎々しげに睨む三笠。
だが、彼女はやがて嘆息と共に武蔵の依頼を了承した。
「よかろう。100年の間に準備しておく、再会したら人体実験だ」
「すまん。感謝する」
「なあに、亡霊戦艦撃破後に生き延びていたなら私の身体のスペアをくれてやるさ」
フフンと胸に手を当てて笑う三笠。
まさかの女体化の可能性に、武蔵は色々な意味で身震いした。
「まさかの遅れて来たメインヒロインだな」
「まあ私の身体だからな。頭が貴様という点を除けば最強だろう」
武蔵と三笠はほぼ同時に、なんとも言えない顔になった。
一瞬だけ、「ひょっとして自分とコイツは相性がいいのかもしれない」と考えてしまったのだ。
だがそれは互いに面白くないので、無言でワニワニする。
「ところでお前、小説書くのか?」
「書くわけなかろう。小説家など愚かな者がなる職業だ」
「お前色々怒られろ」
話し合うこともおおよそ終わったと判断し、武蔵は再び時雨の記憶を覗いてみることにした。
「前回でわかったと思うが、この技術は私がサーバーとなり、時雨の記憶を夢のような形で圧縮された状態で見ることとなる」
「圧縮したデータの閲覧、ってのが判らん」
ふむ、と三笠は考えてから話し始める。
「朝目覚めたら夢の中で何年も過ごした、という感覚があったことはないか? そも、人間の脳に何年もの感覚記憶を蓄えるほどの容量はない。数年後に残っているのは、日記帳のような概要だけだ。中には、とりとめのないごく平凡な1日として二度と思い出さない日だってある」
武蔵とて、そういう夢を見たことはある。
意味も意義もない、途方もない喪失感に戸惑うような憂鬱な目覚め。
それは決して、数年分の日記帳を読んだだけだというほど軽いものではない。
「本当に何年分も経験したわけではなく、それだけの時間を過ごしたという重みだけが残る。時雨の感じ取った寂寥感や苦痛はそのまま再現される。前回の『ハズレ』でもそうだったのだ。時雨に何かがったのか、という『アタリ』を引いた時、お前が正気で入られる保証はない」
「そんな忠告、前回も聞いた。というより、それを仲買するお前は大丈夫だったのか?」
「前の私も言ったと思うが、私と人間では記憶のフォーマットが異なる。私が扱うのはただの情報だ」
つまり、三笠は時雨の夢を見るわけではない。確かにそんな話を聞いた覚えがあった。
「不明な拡張子ってやつか」
三笠は武蔵の言葉にニヤニヤする。
いわゆるツボっていた。
「前回は7―777―777から再生して失敗したのだったな。さて次はどこから開始するか」
希望はあるかと問われ、武蔵は訝しむ。
前回もそうであったが、何か忘れている気がしたのだ。
とはいえ思い出せない以上、武蔵は適当に答えるしかなかった。
「今日のおすすめでお願いします」
「……まあいい、試行した数字くらいこちらで把握しといてやる。さあこい」
両手を広げる三笠。
彼女の胸元に飛び込み、胸元で深呼吸する。
「女の子ってなんでいい匂いするんだろうな」
「気のせいだろう。仮にフェロモンを感じ取っているとして、私の身体はそれを分泌する機能はない」
「香水とか使ってないのか?」
「日中はともかく、夜の自宅で香水使うか?」
「日中は香水使ってるんだな」
「嗜み程度にはな。そもそも体臭がないのだ、それを誤魔化す必要はある」
「なあ、まだか?」
「もう終わってる。今は2143年だ」
がばりと三笠の胸元から顔を引き離す武蔵。
言われなるほど、三笠の服装が変わっていた。
「これ、本当に切り替えタイミングが判らんもんだな」
「ふむ。だがお前は確かに他者の記憶を書き込まれ、あっぱらぱーのままに未来へ飛んだ。前回と同じアヘ顔エンドだ」
「バカを言え、正気を失っていようと俺がそんな間抜け顔になるわけないだろう。実際は眠れる森の美男子だったんだろう?」
「その自信、どこから湧いて出てるんだ? 無駄に吹き出す間欠泉は股間だけにしとけ?」
自身の身体をペタペタと探る武蔵。
そして、ふと手首を見て思い出した。
「……6―535……」
「うん? どうした、変なおくびかそれは」
「違う。なんで忘れていたんだ。数列って時点で気付くべきだった」
武蔵は愕然とした。
未来へ飛んだ直後、というシチュエーションからようやくそれを思い出したのだ。
2度目のみ存在した、手首の謎のメッセージ。
3周目からは残らなかったあれは、つまりループというルールの外からの言葉に他ならない。
だが……
「違う、もっと長い数列だったはずだ」
武蔵は、数字を完全には暗記していなかった。
なにか意味があるのではないかと当初は覚えるようにはしていたのだが、長らく触れていなかったので忘却してしまったのだ。
なんとか思い出そうとするも、漏れるのは唸り声のみ。
「おいどうした。腹でも痛いのか?」
困った様子で武蔵の腹を擦る三笠。
「違う、腹痛じゃない。実は、2周目のループで7桁のそれらしい数字に出くわしている」
「……それがどこから出てきた数字かはともかく、なぜ今更それを報告する」
忘れていたと素直に言えば、悪いのは腹ではなく頭だったかと素直に返事をされた。
「まあいい、私が次まで覚えておいてやる。数字はなんだ」
「6―535、までは覚えている。その後が思い出せない」
三笠は溜息を吐いた。
「残り三桁か。1000回試行錯誤するか?」
「999回じゃないのか?」
「000を入れろ馬鹿者」
とりあえず、この数字に関しては思い出せ次第三笠に伝えるということになった。
「すまんな。ゾロ目とかじゃなかったとは思うんだが」
「大した成果だ。これで可能性は990パターンに激減したぞ」
せせら笑う三笠に、武蔵は咳払いをして話を変えることにした。
「あー。あれだ、人体実験はどうなった? これからするのか?」
「いや、あれは如月双子が被験者として立候補したので、そっちを改造した」
武蔵のいないところで、既にことは終わっていた。




