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4-26



 機械を弄る場合、ネジ穴が潰れることは多々ある。

 これが日曜大工ならネジが1個2個なくとも問題ないのだが、大型の工業製品となると大問題だ。

 強力な外部動力からエアーを供給するインパクトドライバを使用し、適正トルクという大義名分の元でガンガン締め上げる。

 これ大丈夫なのか、とは作業員の誰もが思うことだ。

 まったく大丈夫じゃない。

 一定確率でネジは癒着したかのように回らなくなり、永久結合部品となる。

 でも仕方がないのだ。マニュアルに書いてあるのだ。

 実際、しっかりと締めないとトラブルの元になるから手を抜けない。

 そうして、今日もまたどこかの現場でなめたネジに誰かが絶望する。


「いいか、こういう時は絶対にネジ穴側を傷付けるな。他の部分ならネジ穴を作り直すタップって道具を使うことも出来るが、流石にエンジン部分には使えない。メジャーなエンジンだから予備部品は手に入るだろうけど、基部が壊れたら全損だ」


 疾風に搭載されたR-R AE2100は4500馬力オーバーの怪物エンジンだ。

 整備性や性能に優れた、エアレースではたまに見かけるエンジンである。

 見かけるとはいえ、4000馬力超えのこのエンジンを選ぶレーサーは流石に少ないのだが。

 所詮は工業製品、状況と修理工の腕によってはネジ穴を作り直してもいいのだが、そこまでいくと工場発注の作業だ。

 全力運転のエアレーサーでは出来ればやりたくはない。


「戦闘機としては大型とはいえ、単発4500馬力のキメラ戦闘機……間違っても初心者が乗っていい機体じゃないな」


「優秀な飛行機って聞いたけど?」


「大戦機っていうのはマシンマキシマム……とにかく扱いやすさよりスペック重視で設計されているんだ。最強ってことは扱いにくいって意味でもある」


 零戦と雷電の比較からも、それは判る。

 この2機が同じ条件で適切な戦術を駆使して戦えば、勝つのは十中八九雷電だ。

 だが戦争当時のパイロットは零戦を扱いやすい傑作機と評し、雷電を失速しやすい殺人機と呼んだ。

 小型でレスポンスも良くエンジン出力も適当な零戦は、当時からして乗りやすい飛行機だったのだ。


「4式戦、疾風は雷電ほど尖ってはいないが……だからって乗りやすい飛行機ってわけでもない」


 第二次世界大戦にて、日本陸軍最強と呼ばれた大型戦闘機。

 運動性、速度、上昇率、あらゆる面を高水準にまとめられた傑作機。

 終戦間際の品質低下によって規定の性能を出せない場合が多かったが、真っ当な整備を行えばレシプロ戦闘機として最強格といっていい。

 真っ当な整備が出来ない環境こそが、技術限界の発露だと言われればそれまでだが。


「で、結局どしてこんな機体を選んだんだ?」


「え? そりゃあ、あんたと戦ってみたいからよ」


「……倒そうとしてる相手に手伝わせるなよ」


「いいじゃない、部活仲間でしょ」


 コックピットに潜り込んで、ノートパソコンを弄る少女。

 ガンガンゴンゴンとなめたネジを外し終わった武蔵は、改めて疾風の全景を見た。

 見れば見るほど、外見上にオリジナル機との差異はない。どこをどう見てもノーマルの疾風だ。

 その代償として、内部はおぞましいほど複雑怪奇魑魅魍魎な機械仕掛けの神状態なのだが。

 少女がキーボードを叩くと、動翼がバッタンバッタンと動く。

 何気なくそれを見ていた武蔵だが、ふと首を傾げた。


「今の、油圧で動かしてるのか?」


「うんん。電動だけど」


 武蔵は訝しむ。

 油圧はエンジンの動力を一部拝借して回っている。

 当然エンジン音がするので、そうと判るものだ。

 だが、疾風のエンジンは回っていない。

 地上にいるのだから外部からコンプレッサーを繋ぐことも可能だが、その様子もない。

 つまり、バッテリーだけで動いているのだ。

 どういうこっちゃ、と武蔵は翼の丈夫な部分を踏んでコックピットを覗き込んだ。

 ノートパソコンの画面を見て、ややあってから愕然とする。


「お前、これ自動操縦装置のコードじゃないか!?」


 人力の操縦系はコックピットから直接ワイヤーを引っぱって動翼を動かすものだ。

 対して現在の疾風が搭載するのはコックピットの操作を一度情報として読み取り、コンピュータで精査した上で油圧アクチュエータにより動翼を動かしている。

 複雑なようだが、実はこの合間に介入する制御システム自体はこの時代のあらゆる航空機に存在している。

 航空機の安全を確保する人工知能による操縦補佐装置、つまり自動操縦だ。

 自動操縦と一言でいっても、その程度の差は大きい。

 原始的なところでいえば、零戦の速度域に関わらず自然な操縦感覚を得る為の工夫、剛性低下操縦方式などもこれにあたる。

 疾風、というより多くの現行機に搭載されている介入制御システムはもっと複雑なものだ。

 端的に説明するならば―――危険な飛行をした場合、システムが操縦を奪って機体を安定させる為の装置。

 危険な飛行、というのがパイロットの意識喪失でもたらされる場合もあるので、自動操縦システムの権限は人間より上に設定されている。

 これは人間以上に墜落事故を上手く避けられ、確率的に人より信頼出来るからだ。

 権限的に、パイロットより偉いシステム。

 この装置の開発によって飛行機は安全な乗り物となりエアレースが普及したわけだが、これはパイロットが任意で制御出来るものではない。

 安全の為の装置である。触っていいのは資格を有する専門家のみだ。

 それを、今彼女は勝手に動かしている。


「何やってるんだお前、それは触っちゃいけない部分だろ」


「そうなの?」


「そうだ。どうやって動かした」


「どうって言われても、普通にコネクター指したら動いたわ」


 そんな馬鹿な、と武蔵は唸る。


「パスワードとかなかったか?」


「あったけど、前の持ち主がロックしたままだったのかなって思って」


「思って?」


「破った」


「破るな」


 武蔵は深々と溜息を吐いた。

 これが世間に露見すれば、普通に航空法違反で公式戦にも出場停止になる。

 個人ではなく、学校ごと連帯責任でだ。


「安全装置は神聖不可侵な触れちゃいけない領域だ。元に戻しておけ」


 幸いというべきか、封印シールを破ったりしたわけではない。

 ソフトウェア上で復元すれば、アクセスを誤魔化せる可能背もあった。


「え、でもバグあったんだけど」


「マジか……」


 少女の膝上に置かれたパソコンを見るも、武蔵にはまったく意味不明だった。

 安全装置にバグがあったのは別に不思議なことではない。複雑化を極めた現代のプログラムにおいて、まったくバグなしにリリースされている方が少ない。

 というか、ハッキング可能なセキュリティホールがあった時点でバグだ。

 とはいえ放置していいものでもないので、武蔵は訊ねた。


「そのバグってやつ、レポートにまとめられるか?」


「えー、めんどくさい」


「いいからやれ。ご褒美に何かごちそうするから」


 例の工場の店長、ハカセは有資格者だった。

 彼が発見したことにして、協会に報告すればいい。

 その為にも、バグが具体的にどのようなものかをまとめておくように武蔵は指示した。


「人間の操縦より安全とはいえ、絶対に墜落しないってわけじゃないからな……」


「うーん、たぶん真っ当な使い方する限りは露見しないバグだけど。ネットワークから完全に切り離されてるみたいだし、想定外の外的影響は起こらないでしょたぶん」


「ネットワークどころか、機械的にも独立してる。計測器も電源も飛行機とは別系統だ」


 加速度計測器からピトー管まで、全て自動操縦が独立して検出している。

 見事に独立した、開いてはならないブラックボックスなのだ。


「寄生虫みたい」


 間違っていない表現だと武蔵は思った。

 強いていうなら、この寄生虫は益虫である。


「でもまあ、ハッキングする方法はあると思うけどね」


「……仮にあったとしてもやるなよ」


「やらないわよ、クラッキングなんて」


 なぜ言い直した、と言いたくなったが、水掛け論になりそうなので武蔵は黙っておくことにした。


「……にしてもお前、こういうのに強いのか?」


 これほどの安全システムを作り上げたエンジニアが、世界最高クラスでないはずがない。

 彼等が発見出来なかったバグを彼女が見つけたとなると、正しく大したものだ。


「まあね。こういうのは得意なんだ、昔っから」


「ふうん」


 論理的思考の早さは、パイロットにとっても武器だ。

 彼女とこのキメラ疾風は、将来有力な選手となるかもしれない。

 だが、それがまだまだ先の話であろうとも武蔵は思っていた。







 例えばサッカーにおいては11人で1チームであるにも関わらず、最低7人いれば公式戦には出られる。

 エアレースはチーム戦だが、航空機という複雑な機械に乗る為に、トラブルが生じた場合を考慮して最低1機でも出場出来る。

 なんなら武蔵一人でエントリーして、中学大会に出ることだって出来るのだ。

 とはいえ。

 とはいえ、である。

 とはいえ、せっかく目の前にある出場チャンスを逃す通りはない。

 なんなら他の部員4機はないものと考えて、一人で戦えばいいのだ。

 だが、このままでは武蔵は協調性のない奴として、レギュラー入りさせてもらえないかもしれない。

 そう気付いた武蔵は、様々な手段を講じて1つの噂を流した。

 曰く、あの中学校には最強のエアレーサーがいるらしい―――と。

 それはもう、バンバン自作自演をしてまくって武蔵は自分の存在を周知させた。

 噂は広がった。他の強豪校においても話題となり、偵察に来た他校生徒ははっきりと武蔵を意識していた。


「お前、俺に恨みでもあるのか」


「いえ、特に」


 堪らないのは部長である。

 武蔵が噂に値するほどの実力者であるのは事実だ。細々とした情報でも、武蔵の不敗っぷりは他校に漏れていた。

 部長は武蔵をレギュラー入りさせざるを得なかった。

 武蔵を外せば、外部の人間になぜそうしたかと訊かれた時、彼はこう答えるしかないのだ。


「部内で最強なのは事実だが、気に食わないからレギュラーから外した」と。


 それを回避するには、武蔵をレギュラーに入れるしかない。

 そして、彼は間違いなくその噂を真実とする実力がある。


「卑怯者」


「空を汚すな」


「実力自体は大したことはない」


「あんな戦術、あの奇妙な零戦があれば俺にだって出来る」


 そんな言葉が、武蔵に浴びせられた。

 ならばあのひたすらにピーキーなセッティングに至った零戦に乗ってみろと言いたい武蔵だが、尻も馴染んできた愛機を他の奴に預けるのも嫌なので黙っていた。

 武蔵としては、言いたいことはある。

 この零戦は、正しく使い手を選ぶ怪物なのだ。

 基準をクリアしているとはいえ、限界まで軽量化された機体は空中分解の危険を孕んでいる。

 高機動を得る為の様々な装備に対して、人体を護る装備はかなり少ない。

 一度空に上がればまだマシだが、離陸時はカウンタートルクでひっくり返りそうになる。

 マシンマキシマムにチューンされた零戦は、まさしく搭乗者すら殺そうとする怪物だった。


「だが、何かしら対策は必要か」


 このままでは風評被害のみならず、実害が及びかねない。否、もう細々とした嫌がらせは受けている。

 いっそ報復しようかと考えるも、どうにもメリットにリスクが見合わない。

 そもそもが、武蔵側とて社会性に著しく問題があることは否定出来ないのだ。

 他校からの視線と部員達の不和に、部長の胃はキリキリと傷んでいた。

 武蔵は胃薬を差し入れた。

 別に彼は他者に関心がないだけであって、他者を傷付けたいわけではない。


「……というわけで、こういうのはどうですか?」


「なんだ?」


 そこで、武蔵はお腹に手を当てる部長に提案してみることにした。


「俺と、それ以外の部員全員で模擬戦しましょう。それで俺が落とされれば、自分も身の振り方を考えます。本気で」


 部長は息を呑んだ。


「お前……うちは大世帯だ、稼働機は40機以上だぞ。それを一人で相手にしようっていうのか」


「はい」


 別に、本当に40機に勝てるなどとは武蔵も思っていない。

 だが武蔵は確認したかったのだ。自分と零戦で構築した理論が、本当に数の差を覆せるのかと。

 ボートが何隻浮かんでいようと、戦艦に敵わないような……そんな絶対的な差がそこにあるのか、と。


「見事、全機撃墜してみせましょう」


 更なる必勝理論の研鑽。

 それこそが目的である武蔵は、勝敗になど興味はなかった。

 勝てれば上々。負ければその敗因を戦術にフィードバックすればいい。

 負けた際のペナルティとてあってないようなものだ。

 『身の振り方を真剣に考える』だけ。その結果、このままでいくと判断すればいいのである。

 しかしながら、未だ中学生であり純朴さを残した部長は武蔵の虚構の覚悟を感じ取った。

 ないものを感じ取ってしまったのだ。




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