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4-25


 ところで、武蔵の考えた最強の飛行機とは何か。

 それは誰よりも早く空を昇り、誰よりも高い空に長時間滞空し、相手がしびれを切らして隙を見せたところに食らいつき一方的に攻撃出来るポジションから一撃離脱を仕掛けるというものだった。

 仮に隙を見せずとも、最低でも引き分け。まず背後を取らせないのだから、落とされる心配はない。

 あるいは巴戦に持ち込まれる可能性はある。武蔵とて、尖った戦術が崩されれば脆いことは知っている。

 故に、万が一の場合も空戦で圧倒出来るだけの運動性を担保させた。

 上昇率だけを考えるなら翼を切り詰めても良かったが、高空における滞空性能と、低空での空戦性能を捨てたくないが故に21型は長い主翼を残すこととなったのだ。

 そして改造が完了し、荒削りなままにロールアウトした機体を部内の練習試合に投入した結果―――部活内の練習試合にて、この戦法は無敗を誇った。

 上に被さった武蔵の零戦と対峙して、動揺せず逃げに徹する部員はいなかった。

 常に上空に張り付く零戦に、やがて敵機は狼狽え、攻撃のチャンスを晒す。

 まるで獲物が弱るのを待つハゲタカ。高い飛翔能力を持ちつつも死肉を漁るその姿は、一般的なプレイヤーからして見ていて気持ちのいいものではない。

 この戦法は、それはもう部員達に嫌われた。


「あのな、大和。スポーツにだってルールってもんがあるんだぞ?」


 部長に呼び出され叱られる武蔵だが、それで懲りる男ではない。


「レジェンドクラスの規定に、上を常にキープしてはならないという文言はありませんが」


「それはまあ、そうなんだが。お前、部活内だけじゃなくて全てのエアレーサーを敵に回す気か?」


「敵に回すもなにも、敵でしょう?」


「……俺達にはお前の零戦は落とせない。だが、いつかきっとお前の戦法を破る奴が出てくるだろう。その時、お前は培ってきた全てのノウハウが無駄になってしまう。お前の戦い方は、そういう類のものだ」


「はい。それは是非、見てみたい」


 武蔵は呼び出されて以来初めて、声に感情を込めた。


「俺を超える翼が現れるのなら、俺はそれすら飲み込んでみせる」


「……はあ、もう好きにしろ」


 部長は頭を抱え、大和武蔵という部員については放置することとした。







 誰かが言った。

 その飛び方はスポーツマンシップに反すると。

 人々の空への憧れから生まれた競技に、戦争的な絶対的優位戦術など無粋だ。

 空に憧れた人々による競技の本質を歪めている、と。


 武蔵は笑った。

 そんなルールはないと。

 殺し合いを競技に落とし込んだスポーツなのだから、やってはいけないことは厳格化されている。

 空の楽しさを堪能する為にルールを作った先人達を貶める気か、と。


 武蔵はもしこの戦術が問題となってルールが変更されるなら、素直に従うつもりだ。

 人がなんと言おうと、所詮はルール内の最強。

 本当に武蔵がルール無用で戦うなら、ジェット戦闘機と空滞空ミサイルを持ち出せばいいのだから。


 武蔵の真似をする者もいた。上昇力に優れた機体であれば、似た戦法は取れるのだ。

 だがそれも無敵ではなかった。通常の戦闘機が滞空出来る高度ならば、ズーム機動、即ち一時的に限界高度を超えるジャンプ機動でも届くのだ。

 更にいえば、実力のある2年生3年生ならば急降下してきた敵機を絡め取り落とすことも出来た。

 武蔵は何かが違う。

 それだけが、ただ認知された。


「はあ、使えねえ」


 今も昔も傍若無人を往く武蔵だが、常に上手くいくはずもない。

 彼とて多くのミスを犯すし、今回のこの件もまたそうだった。

 他生徒はともかくとして、整備部員にまで嫌われたのは武蔵としては誤算だった。

 彼等は零戦の整備に乗り気ではなく、それでも任せてみればいい加減な作業しかしていなかったのだ。


「いやー、ちょっと面倒なトラブルが発生してまして。これ直すのは時間かかるなぁーって」


 ニヤニヤ笑う整備部員達。

 パイロットと整備員は二人三脚だ。

 互いに信頼しあい、密に連携を取って機体を最適化せねばならない。

 元来エリートとされるパイロットだが、整備員には逆らうなとは有名な訓示だ。

 どんな国家、組織のパイロットであっても、工学を勉強しないことはない。

 とはいえやはり餅は餅屋。結局は整備員に機体を預け、彼等の意見を尊重するしかない。

 武蔵の前に居る整備部員、彼がトラブってるというのなら、零戦は飛べないのだ。

 ここで、


「自分達の技術不足が露呈したのに、何故ヘラヘラ笑えるんだ?」


 と煽ったり、


「故障個所をレポートにまとめろ。馴染みの工場に持ち込んで診てもらう」


 と追い詰めることも出来たのだが、武蔵はそうしなかった。

 実のところ、武蔵は怒っていた。

 確かにパイロットは整備員には逆らえない。

 だが、逆に整備員はパイロットを全力でサポートせねばならない。

 彼は、その原則に反したのだ。

 へらへらと笑う彼等に、武蔵もキレた。


「貴様等、それでも空の安全を守る技術者の端くれか! 恥ずかしくないのか!」


 まずは怒声。

 大声は、効果的に相手を萎縮させるのだ。


「どんな人間が乗るのであろうと飛行機であることに貴賤でもあるものか! ふざけるな! 空の安全を守る気概もないのなら、いますぐ部活を出ていけ!」


 退部勧告など完全な越権行為だが、正論という免罪符があれば口にする分には許される。


「お前! 次のミーティングで言え! 『自分は気分でいい加減な整備をしました』とな!」


「うっ、ううっ」


「俺達は命がけで空を飛んでいるんだ! それにいい加減な考えで向き合う奴などいらん! 出ていけ! お前のような奴に翼に触れる資格はない!」


 一部泣き出してしまう整備部員。

 それでも追求を緩めず、「恥知らず! 無能! ガキ! うんこ!」と罵り続ける武蔵。

 同い年とはいえ、中学生相手に容赦しない武蔵である。

 なまじ正論なので、部長も武蔵を叱れない。

 後ほど話を聞いて「うんこは少し言い過ぎじゃないか」と窘めた程度だ。

 内心武蔵も悪いと思っている彼だが、部長とて場合によってはいい加減な整備をする整備員に機体を預けたくないのである。

 そんな後日談はともかくとして、とにかく武蔵は今日のところは自分で機体を整備することになったのだ。


「クククッ。俺の長いモノが、お前の一番大事な部屋まで届いてるぜ……」


 慎重にファイバースコープを差し込み、T700カスタムの燃焼室内部を観察整備する武蔵。

 発言はまさにアホな中学生だが、仕事は繊細だ。

 いくら耐熱性に優れた燃焼室も、別に物理的な衝撃に強いわけではない。

 もし内部に引っかき傷でもつけてしまえば、それだけで全損だ。


「やれやれ。もう少し勉強すべきかね」


 例の工場でバイトをしていた少女……五十鈴 由良に匹敵するほどとは言わずとも、相応に知識を身に着けなければ愛機のコンディションを保てない。

 飛行技術ばかりではなく、地上でのスキルも身につけるべきだと再確認した武蔵。


「あそこでバイトさせてもらえれば、スキルアップも早そうなんだが」


 今度頼んでみるかと考えていると、背後で「ぎゃー!」と間抜けな悲鳴が聞こえてきた。

 何事かと振り返る。

 黒髪の少女が、巨大な戦闘機の前でショックを受けて膝を付いていた。


「……どうした?」


 流石に気になって、声をかけた武蔵。

 黒髪少女は無言で、指差して答えた。


「なめた」


「がんばれ」


 なめる。

 工学用語において、ネジ穴などが潰れて外せなくなる状況である。

 とても面倒くさい。

 とってもとっても面倒くさい。

 武蔵は回れ右をした。

 少女が武蔵の足首を掴んだ。


「助けてよ」


「いやです……」


「お願い」


 あるいは、なんだかんだで武蔵も人恋しかったのかもしれない。

 素直にお願いされてしまい、武蔵はつい頷いてしまっていた。





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