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4-24



 急に頭角を表した奴がいる。

 そんな噂がたったが、武蔵は気にしなかった。

 高学年との試合では未だ調整中の零戦であっても1対1であれば全勝したが、そんなことは彼にとって当然の帰結 だ。


「勝てるに決まっている」


 勝利は、飛ぶ前から決まっている。

 武蔵は勝てるように飛んでいる。故に、勝てる。

 そう嘯く武蔵に、冷めた目を向ける者も多い。

 だが、その逆の者もまたいた。


「ちょっと。ぼうっとしてるなら戦術とか教えてよ」


「なんで俺が……俺は今忙しい」


「いつもみたいに空を見上げてるだけじゃない」


 黒髪の少女にまとわりつかれて、武蔵は渋々を腰を上げた。


「見て判らないか、その戦術を研究してるんだ」


「判らないわよ。ねえさっきの私の試合見てた? 敗因はどこにあったと思う?」


 少女が得た愛機疾風は、間違いなく有力な機体だ。

 だがそれはカタログスペック上。実際の疾風はとにかく癖の強い出来となっており、少女は未だ自機を御しきれていなかった。

 だからこそ、武蔵に訊ねるのだ。

 疾風と同じくピーキーなチューンをされた零戦を、そつがなく制御してみせる彼に。


「勝敗というものに具体的なターニングポイントなんてない。戦う前から勝負は始まっていて、戦いの最中のあらゆる判断が最終的に勝敗を決するだけだ」


 一刀両断の武蔵に、そういうことを聞きたいわけではないと見据える少女。


「じゃあ、最初の判断ミスはどこ?」


 武蔵は小さく息をつく。


「離陸直後に向かう方角からして間違っていた」


 えーっ、と目を丸くする黒髪少女。


「だって、離陸後は速やかに高度を上げるのが普通でしょ?」


「普通なことをしていれば普通な結果しか出ないに決まってるだろう」


「じゃあどっちに向かえば良かったのよ」


「局地的な低気圧が3時方向にあった。低気圧は上昇気流だ、そっちに向かうべきだった」


 なるほど、と彼女が頷く。

 高度が高い方が有利、程度のことは彼女も既に学んでいる。


「ラジオの天候情報にも気を配らなきゃいけないのね」


「観測機器による情報は正確だが、飛行中にまとめるのも難儀だ。さっきの低気圧は目で見てすぐ判るものだった」


「あーはいはい勉強不足ね、ごめんあそばせ」


 手をひらひらと振って去っていく少女。

 アドバイスをしたのに嫌われた武蔵は、静かに溜息を吐いた。


「天才、ねえ」


 密かに自身がそう評価されていることを、武蔵本人も知っていた。

 だが武蔵は自分を天才などと思っていない。謙遜や卑屈ではなく、客観的事実としてそう知っている。

 本当の天才とは、彼の兄のようなパイロットをいうものだと考えている。

 武蔵には直感的に風の流れを見たりなど出来ない。キロ単位の偏差射撃など出来ない。

 理屈抜きに機械の限界を識れたりなどしない。殺気だけでフェイントを混ぜたりなど出来ない。

 真の怪物を前に、武蔵はどこまでも凡庸だった。

 そんな凡人である大和武蔵の、唯一にして最大の武器。

 それこそが、戦術だった。


「やっぱり、零戦の能力をフルに活かさないと俺は勝てない」


 平凡な武蔵では、反射神経では一流には敵わない。

 いるのだ。世の中には、天性の勝負勘と人外染みたレスポンスで機体を操る天才が。

 ならばどうするか。簡単だ、戦いの流れを先読みして予め操縦しておけばいい。

 超速度の反射には、未来予知で更に先を取るしかない。

 それはおおよそ、今の段階でも実現出来ていた。無論常に100パーセント敵機の動きを予想出来るわけではないが、ならばほぼ100パーセント確信出来るタイミングで勝負に出ればいい。


「必要なのは勝つ為の手札だ。その場しのぎの運動性能じゃない、絶対的に優位なポジションを奪い続ける為の機動力だ」


 ならば、やはり零戦を選んだ武蔵の判断は間違いではない。

 彼は自身の理想を形とすべく、工場に連絡を入れ、更なる改造の為の手続きを行うのであった。







 彼が零戦に求めたのは、高い上昇率だった。

 航空機の性能を測る指標として、上昇率はまず挙げられる基本的な項目だ。

 軍用機のカタログスペックとしては、寸法馬力と共に必ず記されている。

 ならば上昇率に優れた飛行機とはどのようなものか。

 これは簡単だ。強力なエンジンと軽い機体を有していればいい。

 ここで、以前のハカセの言葉が出てくる。

 プロペラ航空機において、2000馬力以上は蛇足。

 これはかなり乱暴な意見だが、ある種の真理でもあった。

 これ以上のパワーを持っていてもプロペラ直径、枚数、先端速度には限界がある。

 機体を軽くするならばカウンタートルクの影響も考えなければならない。

 となればなるほど、2000馬力とは何も根拠のない数字ではないのだ。

 よって、武蔵は2000馬力級で最も軽いエンジンを探した。


「ゼネラル・エレクトリック社製品の……T700なんて、どうでしょうか……?」


 子供店員こと由良嬢が、武蔵におすすめしたのは初期の攻撃ヘリコプターに搭載されていたターボシャフトエンジンだった。


「このエンジンは派系も含めて生産数が多いので……改造や、修理の為の部品調達は苦労しません……」


「でも、エアレースではあまり見ないエンジンだな」


「そう、ですね……」


 由良は頷く。


「レシプロ戦闘機のエンジンカウル直径に収まるエンジン、となると……もう少し高出力な、3000馬力級や4000馬力級が、それなりに有りますから……」


 由良が雷電に積むことを提案した8000馬力は流石に例外だが、その半分くらいのエンジンなら普通に出回っているのだ。

 飽くなきエンジン出力の発展進化により、大戦中の単発レシプロ戦闘機とて最終的に3000馬力を超えたのだ。それから100年も経っている。4000馬力級エンジンなど、珍しくもなかった。


「なるほど、確かに普通そっちを選ぶな。だがT700をおすすめする以上は理由があるんだろう?」


 おおよそ検討は付いているが、武蔵は確認の意味を込めて訊ねる。


「T700エンジンは、改造キットを使えば2000馬力を安定して出せますし、重量は150キロ程度に抑えられます……」


 随分と軽い。

 零戦に標準装備されている栄エンジンは、タイプにもよるが500キロ以上ある。

 これでは逆に機首が軽くなりすぎて、重量調節が必要なレベルだ。


「この工場の、というよりハカセの技術で機体をダイエットすれば、バラストなしで零戦をシェイプアップさせられると思います……軽量な機体に2000馬力のエンジンをつめば、お兄さんの求める高い上昇率を得られるのではないかと、考えました……」


 武蔵は感嘆した。

 それはまさに、武蔵が思い描く改造プランだったのだ。

 これが完成すれば、零戦はまるで紙飛行機のように高空に君臨するであろう。

 武蔵は決めた。


「五十鈴さん、それで頼む。ただ、幾つか載せておきたい機能もあるからそれも計画を詰めよう」


「わかり……ました」


 こうして、武蔵の零戦は大手術を受け現在の形になったのだった。



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