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「本当に直すとはな」


 武蔵は疾風を見上げ、感慨深く感嘆した。

 1年間、彼女が武蔵を頼ることは意外なほどになかった。

 ハカセという専門家の助力があったとはいえ、とりあえず手近な武蔵に質問が来るとは思っていたのだ。

 だが少女は極力自分で調べ、どうしても判らないことだけを武蔵に頼った。


「見た目は疾風だが、中身はキメラだ。よくもまあ、まとまったもんだ」


 構成パーツは国籍も年代もバラバラな、まさしくキメラ状態の飛行機だ。

 特に特異なのは、丸ごと交換された主翼だろう。

 一度裁断され再結合不可能とされた主翼は、EMB-314スーパーツカノからの移植という力技で解決されている。

 対地攻撃機から戦闘機への移植。よって心臓移植で性格が変わったかのように、疾風もその性格を少し変えている。

 本来の戦争末期としてはやや脆弱な武装は、今や大戦機として最大級の火力となったのだ。

 疾風の胴体内に12,7ミリ機銃2門。

 スーパーツカノの主翼内蔵機銃2箇所に同口径機銃2門。

 そして翼下ハードポイントが4箇所、ガンポッド搭載で同機銃4門。

 合計8門もの火力を有する、かなり強力な投射能力を獲得した。

 これはソーセージ帝国が生み出したフォッケウルフ Fw190に比類しかねないほどの重武装といえる。

 また、作戦によってはハードポイントにガンボッド以外の兵装を搭載し、対地攻撃にも対応出来る。

 高い火力。強力な汎用性。戦闘機らしい運動性。

 ―――このような利点が、一切のデメリットなしで獲得出来るはずもない。


「完全にバランスが狂ってやがる」


 武蔵は資料を眺め、思わず眉を顰めた。

 従来の常識をガン無視した、デタラメなレイアウト。

 配置的に電線を通せないのなら無線でやり取りすればいいじゃない、のローカルネットワーク精神。

 シャフトの角度が合わないからとスプリングで繋ぎ、金口が合わないからと継ぎ手を新造して繋ぐ。

 空力的な悪影響は小さいからと、一部の装備は外にはみ出してしまっている。

 メカニックが激怒しそうな素人工作感だが、残念ながらこれを形にしたのはハカセなるガチの技術者だ。


「機械って、性格現れるよなぁ」


 この雰囲気何かに似てると首を傾げ、やがて思い至る。

 なるほど、この結果が良ければ全て良しな思想は西側兵器のそれに近い。

 これをスペック重視と呼ぶかハリボテと笑うかには色々と見解がありそうだ。

 よく形になったと関心するも、ちょっとこれには乗りたくないと思う武蔵であった。

 何よりの驚きは、その狂ったバランスを電子制御で強引に組伏せていることである。


「ワンオフ機の為に、フライバイワイヤ自作しやがった」


「何それ?」


 疾風を整備していた少女は、武蔵の呟きに首を傾げた。


「そのまま飛ばしても真っ直ぐ飛ばないんだろ?」


「うん。飛行機ってプロペラ回れば飛ぶと思ってたわ」


 飛行機はヤジロベエだ。重心を中心に危ういバランスを取っている、空飛ぶヤジロベエだ。

 最低限、プロペラの推進方向が重心中心を貫いていなければならないわけだが―――この疾風に、そのへんを機体してはいけない。

 前に進もうとしただけで、この飛行機はバランスを崩すのだ。


「……だから姿勢が崩れた瞬間、操縦にカウンターを入れるように自作コードを走らせたと」


「そうそう。手放しでも風が吹いても真っ直ぐ飛ぶから、これ結構凄い発明だと思うんだけど」


 残念ながら70年前の技術である。

 更に言えば、ジャイロを使用した自動操縦装置ならば100年以上前からある。

 ……ここまでならば技術的妥協の産物だが、この疾風は思わぬ副産物を得ていた。


「旋回半径がえげつない程に狭い」


 安定性が負に傾いている為に、それがかえって運動性能に寄与しているのだ。

 プロペラ機なので低速域での推力も高く、失速からの離脱も容易だ。


「ポストストール機動まで可能、ってことはないだろうが……元々、疾風は運動性能に優れた機体ってわけじゃないんだがな」


 この飛行機の潜在能力を、武蔵は計り知れない。

 あるいはただのバランスの悪い駄作機かもしれない。

 あるいは既存概念を覆すゲームチェンジャーかもしれない。

 何にせよ、彼女と戦う際は油断しないようにしよう。武蔵はそう誓った。








 黒髪少女が自機を手に入れたわけだが、武蔵もまたこの1年で戦闘機を入手していた。

 単独で最強、という荒唐無稽な目標の元に選ばれた機種―――それは、誰もが知る機体だ。

 幾度となく調節され、完成した機体が遂に納品される。

 そこに存在したのは、雷電ではない。日の丸が描かれているというのは変わりないものの、それより遥かに華奢な印象の機体だった。


「ねえねえ、これあんたの機体? 完成したの?」


「ああ。我ながらとんだ大博打だ」


 どこぞの連合艦隊司令長官は博打好きだったそうだが、武蔵にそんな気はない。

 むしろ負ける要素を全て潰してから勝負するタイプだ。

 ならば何が博打かといえば、手札を全てジョーカーに入れ替える作業という名の博打なのである。

 黒髪少女が、興味深げに話しかけてくる。

 ほうほう、と機体に触れようとする彼女を、武蔵は引き止めた。


「触るな。壊れる」


「いや、戦闘機がそんな簡単に壊れんでしょ……?」


 ここ1年疾風を弄ってきた彼女だ。大戦機とはどこが壊れやすく、どこが壊れにくいかはおおよそ検討が付くようになっている。

 そんな彼女の経験がアテにならないほどに、眼前の機体は脆弱なのだ。


「壊れる。そいつの柔らかさは伝説レベルだ。場所によっては簡単に破れる」


「え、こわっ」


 少女は思わず飛び退いた。

 壊してしまって弁償、などとなっては笑えない。


「で、で、これなんてヒコーキ?」


「お前、それも判らないのに疾風を修理したのか……」


 多くの部員達も判っている様子だというに、黒髪の少女は目の前の機体の正体について判らない様子であった。

 武蔵は溜息を吐き、素直に教える。


「零戦だ。零戦21型、長い主翼を持つ零戦シリーズ初めての量産型だな」


 21型を選んだことに、深い意味はない。

 ただ在庫があったから改造のベースに選んだだけだ。

 ロール速度に不満があれば、翼端を切り詰めてしまえばいいとすら考えていた。


「へえ! これが!」


 へえへえ、と昔の深夜番組のように声を上げて零戦の周りを巡る少女。

 なんだこいつと訝しみつつ、武蔵は試験飛行を試みるのであった。







「ロール速度は遅い、けど小手先でフォロー出来なくもない範囲だな」


 僅かに降下し、速度を稼いだ上でのバンクを試みる。

 全体としての作業量は増えたが、見かけ上の機動は教科書通りの旋回より鋭角となった。

 子供騙しの手品のようなものだが、空戦を行う上での駆け引きには使えそうだと武蔵は零戦の扱いの1つとして記憶する。


「さて、悪名高い急降下性能はどの程度のものか」


 反転し、操縦桿を思い切り引く。

 重力の恩恵を受け、一気に加速する零戦。

 様子を見る間もなく、主翼端が振動を初めて武蔵は急降下を中断した。


「フラッター現象、思った以上に早い」


 一度は体験せねばと命がけで挑んでみたものの、そのあまりの脆弱性に武蔵は戦慄した。

 100年前の航空機だからといって、既に全身を手直ししているのである。

 それでもなお、時速630キロ程度で振動が始まっていた。


「外装はカーボンに張り替え、内部もロールバー入れて剛性稼いで、それでも不足か」


  素材技術も進歩した。第二次世界大戦中には製造困難だった特殊パーツも、今なら簡単に3Dでプリントアウト出来る。

 元が古い機体でも、多少は無理が利く時代なのだ。

 武蔵は購入してすぐに踏み切った改造計画を思い出しつつ、緩やかに水平飛行に戻す。

 零戦は更に試験飛行を続けていく。







 その機動は、地上から見ていた他生徒を圧倒していた。

 無駄なく、揺らぎのない挙動。

 明らかに機敏に舞う翼に、未だ知識の薄い新1年生ですら目を離せない。

 翼端から雲を引く零戦。それは、彼がその航空機に許された翼の限界をギリギリまで見極めている証左だ。

 これ以上強引に操縦桿を引けば失速する、その限界にぴたりと合わせる技術。

 現代技術で無茶な改造をした零戦だが、その真骨頂は運動性能ではない。

 乗り慣れていないピーキーな改造機の、誰も知らない限界を武蔵は完全に見極める。

 たった1度のテストフライトで、武蔵は零戦という航空機をものにしつつあった。


「すごい……!」


 少女は、目を輝かせていた。

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