4-20
見事ガス欠した武蔵機は、陸に戻ることもなく海に落ちた。
着水ではなく墜落だ。何もかもからっけつになったスコーピオンは、制御もままならず木の葉のように海水に落下する。
手の平で水を叩くような、なんとも間抜けな幕引き。
まるで羽のついたカヌーのように海を漂う武蔵のスコーピオンに、なんともレトロなぽんぽん音を轟かせる小舟が近付いた。
「武蔵武蔵、無事なのですか?」
「なんでお前未だにバニー服なの?」
船から身を乗り出したアリアに、半水没した機首にしがみつく武蔵は問う。
手を差し伸べるアリアの手を、武蔵はスルーして船に乗り込んだ。
「女に恥をかかせやがって」
「俺が引っ張ったらお前が海にダイブだぞ」
手をニギニギするアリア。
その手を引っ張って船の中心に戻し、船を操舵している隊員に訊ねる。
「伊勢幕僚長は?」
「これから捜索に行きます」
「ふうん」
先に武蔵を拾いに来た心理はいかなるものか。
武蔵は数人乗り込んでいた自衛隊員を、不躾に観察した。
作業服を着る数名は、どこか武蔵に怯えているように見えた。
バニー服を着ている一名は、どこか武蔵を豚のように見てた。
どんな形でかは不明瞭ながら、どうやら武蔵は自衛隊員に認めさせることに成功したらしい。
ぽんぽんぽんと伊勢機の墜落地点に向かうと、それなりに原型を留めたスコーピオンが浮いていた。
強化プラスチックは水より比重が軽い。
重いエンジンが脱落しているのなら、機体の残骸はそれなりに浮かぶのだ。
むしろ形をほぼ完全に留めていた武蔵機の方が、重いエンジンに引きずられて沈んでいた。
「お疲れ様です」
「ああ、ありがとう」
花純が差し出したタオルを受け取り、海水の染みた靴下を脱ぐ。
「沈み方が違ったな」
「それはまあ、エンジンは重いですから」
先程の武蔵と同じことを考えたアリアが答えた。
武蔵は首を横に振る。
「機体じゃなくて、弾の方だ」
「そこまで見えてません……弾道特性が違ったと?」
「なんかね。伊勢の方が軽い気がした」
主翼下のガンポットが丁度、水面上に持ち上がる形で沈んでいたので、武蔵はひょいと飛び移って残弾を引き抜く。
「武蔵、人命救助が先なのです!」
「ちゃんとコックピット狙ったから、どうせ挽き肉だろ」
「そういうことを言っては―――あう、ミンチ状態……」
若干顔を青くするアリアの脇を通り抜け、船に戻る。
「ほら、アイツ馬鹿にしやがって」
そういって、武蔵は青い弾頭の弾を手の平で転がした。
「それは?」
「模擬弾」
模擬弾には2種類ある。
弾道特性を似せたものと、着弾位置を確認する為にインクを仕込んだ非殺傷性のものだ。
無論競技などでも使用される非殺傷性の模擬弾も、通常弾に近い弾道を描くように調整されている。
だがそれでも残る僅かな差に、武蔵は戦闘中にしっかりと気付いていた。
そして確認してみれば、やはり模擬弾だった。
武蔵が負けたとしても、殺す気などなかったのだ。
「生涯自衛官、とでも言うつもりか。自己満足野郎」
「ご主人様」
「アイツは昔からそうだ。自分の義理を果たせばそれでいいと思ってやがる。自衛隊なんてあいつにとっては使い捨ての銃弾と同じなんだ、自分も含めて」
それは正しく軍人であると称賛されるべきか、あるいは責任ある立場がそれでいいのかとなじるべきか。
目的達成の手段であると同時に、生き延びた武蔵への嫌がらせなのだろう。精々俺の力を借りず足掻いて見せろ、という。
「お前は昔っから、そんなのばっかりだ」
武蔵は伊勢機を睨み付けた。
次があっても、この無為な戦いは回避するつもりだ。
だがもし次があるとするならば、今度こそは実力で叩きのめそうと武蔵は決意した。
戦えば、戦後処理が必要となる。
勝っても負けても仕事はあるのだ。
勝っただけ勝って、あとは放り出してしまうのは敗者への冒涜である。
勝者には勝者の義務がある。
「せっかくの休日なのに仕事させてすまんな」
「この程度、どうということはありません」
武蔵にそんなノウハウがあるはずもなく、事後処理のほとんどは実質花純へと丸投げしていた。
「これは駄目だ。俺の意思で作戦してるんだから、俺が直接自衛隊の上層部に物申せるようにならないと」
武蔵とて武蔵なりに反省している。
この事態の根本的な原因は、花純が従順だからと自衛隊へまったく目を向けていなかった武蔵の怠慢なのだ。
その結果それぞれの思わずが拗れて、一人死んだ。
「同じ幕僚長でもパワーバランスはあります。発言権を確保しておきたいのならば、彼と……彼に意思統一しておくべきかと」
「わかった。丸投げになるようで悪いが、どう切込めばいい?」
「少し時間を下さい。……ご主人様、自衛隊ほどの組織を動かすのに個人で済ませるなど不可能です。実働は勿論として、思考も分散してしかるべきなのです。政治家が官僚なしで動けないように、ご主人様が自衛隊の内情を完全把握する必要はありません」
それは慰めだったのか、武蔵には判断が付かなかった。
防衛省庁舎で書類をまとめる武蔵と花純。
部外者である彼らに対して、自衛官達は存外に協力的だった。
否、それを協力的というべきかは議論が分かれるであろう。
自衛官達は、武蔵をある種畏怖の目で見ていた。
「なあ花純、どうにも隊員達が俺を見る目が怯えているように思えるんだが」
「それはまあ、そうかもしれません」
花純には、隊員達の心情が多少なり理解出来ていた。
「今の自衛隊は、大半が人を殺すことを想定していませんから」
「大和家に暗殺部隊が殺る気満々で乗り込んできたぞ」
「あれは大半のうちに含みません。自衛隊の仮想的は、あくまでUNACTです」
決闘としての趣旨が正しく機能し、この戦いの顛末はあっという間に自衛隊中に伝播した。
戦闘後の武蔵の様子も含めて、だ。
「犯罪者を圧倒的な火力で制圧するのとは違います。命を天秤に載せた一対一の戦いを演じ、そして勝利するのは常人の精神では耐えきれません」
この時代の自衛隊は、人を殺すことを前提としていない。
無論任務の都合上、人を殺す状況などいくらでもあるだろう。
しかし前提として、彼らは死んででも国を守ることはあれど、殺してでも国を守ることは求められていない。
「怪物を殺すのと、人を殺すのは違います。ご主人様は、自衛隊員にとって異質だったのでしょう」
躊躇なく人間に向かって引き金を引いた武蔵は、彼らにとって異常者なのだ。
「はあ、まあいいけど」
闇雲にビビられても困るが、これで一応の体裁は保てる。
蛮族の法だが、勝てば偉いというシンプルな道理は通したのだ。
「――――――っ」
そう考えて、武蔵はまさかと思う。
まさか。
まさか、この決闘の真意は―――突然の作戦に浮足立つ自衛隊内部を引き締めせることにあるのではないか、と。
武蔵が組織を動かす上で必要な様々な手順を飛ばしたことは、彼自身も理解していた。
伊勢は、そのアフターフォローをしていたのではないか。そして、その結果として処刑台に送られるのではないか。
だとしたら、伊勢を殺したのは―――それこそ、武蔵の力不足ではないか。
武蔵というイレギュラーの介入によって伊勢が死ぬこととなったのは間違いない。武蔵が自衛隊をここまで大規模に利用するのは初めてであり、その副作用として伊勢は死路へ進んだ。
だがその責任の所在、となると話は別だ。
伊勢が私信で革命騒ぎを起こしたなら自己責任だ。
愛国心からの行動であっても責任を取るべきは彼自身だろう。
だが、武蔵がもっと手順を踏んでいたのなら。
頭を抑えるだけではなく、もっと根回しをしっかりと行って自衛隊の舵を切っていたならば。
伊勢は、このような手段を取らずとも良かったのではないか。
「伊勢、勝者は俺だ。だから、俺はお前に要求する権利がある」
今はもういない男に、武蔵は宣言する。
「自衛隊、使わせてもらうぞ」
やはりもう少しスマートに立ち回れるように、学ぶことは学んでおこう。
武蔵は、舌の奥が痺れるような苦々しい悔恨を飲み込んで、そう考えたのだった。




