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4-18



「恨みます……」


「許しなさい」


「許すと赦すは違うのですよ。それに私はそんなに信心深いわけでもないのです」


 バッグの中に入っていたのは、バニーガール衣装一式だった。

 その意図を理解した武蔵は、送り主の意向通りにアリアをウサギ化する。


「胸元が寂しいし手足も細すぎて、あまりバニー向けの体ではないな」


「言うにことかいてそれですか。なんなのです、私を辱める気ですか」


「それはまた次の機会にしよう。まあ、そういう趣味の人にとっては食指も動こうというものなんだろうな」


「私はこれから、そういう趣味の人に差し出される獲物なのですか……?」


 アリアがあまり怯えていないのは、武蔵がこの辺割と拗らせていると理解しているからだ。

 「愛がないと駄目」とか言っちゃう面倒くさい男だと、その程度にはアリアも武蔵を理解している。

 そうでもないと、流石に彼女も部屋から部屋に直通の橋をかけるなど許さない。


「さあ行くぞ」


「いや待って何かの間違いなのです、宮内省がなんでこんなの送り付けてくるので、わっ、いや、らめえ……!?」


 バニーアリアを担ぎ、肩で風を切って颯爽と皇居の門をくぐる武蔵。

 門を守る皇居警察に止められた。


「なんでや」


「当然過ぎるのです……」


 微動だにせず直立していた皇居警察はバニー姿のアリアを見やると、そそくさと彼女に目隠しとイヤーマフを付けた。


「どうぞ」


「ああ、そうだったな。すまん」


「いやちょっと待つのです、どういうこと? 何も見えない聞こえないー!? やっ、やめるのです、やめろぉー!?」







 皇居の応接室に通された武蔵達は、悠然と足を組んで腰掛ける三笠に出迎えられた。


「はっ。相も変わらず湿気た顔を揃えているな、大和武蔵。濡れ煎餅のほうがまだ乾燥しているというものだ」


「濡れ煎と含水率勝負する気はないから安心しろ」


「むーっ、むーっ!?」


「久しいなアリア。お前は今日も愛らしい小ウサギだ。煎餅に例えたら歌舞伎揚げほどにカリカリだ」


「こいつも歌舞伎揚げと比較されたくはないだろうな」


 ギャグボールを噛まされ目隠しと耳栓に封じられ、バニー姿で亀甲縛りにされたアリアが転がる。

 囚われ兎と化したアリアの姿に、三笠は恍惚とした表情ですり寄って行った。


「ああ、なんてザマだ。可憐な花ほど摘まれた刹那が美しい。素敵だ、最高だぞアリア」


「やべーわこれは」


 アリアのわきの匂いをクンスカする三笠。

 その表情はまるでアヘンに倒錯する中毒者だ。


「お前とアリアが会っちゃいけないってのは聞いてたけど、こういう形ならセーフなのか?」


「知らん。だが、試してみる価値はあると判断した」


「ねーよ。無用なリスクだよ」


 縛られ身動きの取れないアリアの尻に顔を突っ込み、左右から尻肉を手で挟み込みハスハスする三笠。

 三笠の手がアリアの股間に伸びたところで、さすがの武蔵も制止に入った。


「待て、アリアが青褪めてる。それ以上をやりたいならせめて眠らせてからやれ」


「む、アリアを苦しめるのは確かに本意ではないな。仕方がない、クロロホルムを持て」


「あんな使い勝手の悪い麻酔薬用意してねえよ」


「御主人様、その言い方では使い勝手のいい麻酔薬なら用意しているように聞こえるのですが」


 武蔵は三笠を一時退室させ、アリアからギャグボールと耳栓を外した。


「アリア、正直邪魔だから外で待っててくれ」


「むむむ、武蔵、私を守りなさいっ、だずげでー!」


「落ち着け、お前にイタズラしてたのは変態人外レズ女だ。同性だ。お前にイタズラした男は今も昔も俺だけだ」


「ちょっと待てそれいつのことだ」


 亀甲縛りを解かれると、アリアはすぽぽんと目隠しも外してしまう。


「ううっ……私、なんで今日呼ばれたのですか……」


 おずおずと部屋を出ていくアリア。

 入れ替わりに三笠が再び入室してくる。


「これも世界の為なのだ」


「お前の性癖が我慢の限界を超えただけだろ」


 幾分かすっきりした様子の三笠が、武蔵と花純に改めて座るように促した。


「全貌としては、別段大したことではない。テロリストが維新をしようとして、自衛隊に即座に制圧されただけだ。あらゆる時代に存在する思い上がりの革命軍モドキに過ぎん」


「動いたのは警察に見えたが」


「全貌としては、だ。裏を見れば、もう少し事態は複雑になる」


 三笠は熱い茶を一口啜る。


「実を言えばな、このクーデターモドキは毎回起きているようだ。その都度あっさりと制圧されていたというだけで、前回も前々回も事件自体は起きていた」


「え、知らんかったけど」


「革命騒ぎなど、国としては痴態に他ならないからな。初期の鎮圧に成功したなら表沙汰にはしないだろう」


 あらゆる時代で問題視される報道の不透明性だが、未来世界に関しては21世紀の比ではないほどの偏向報道が常となっている。

 自浄作用も働かず利益と力の原則に則って行われる広報は、権力者のさじ加減で容易く改竄された。


「実際、今回もお前はこの件を報道規制するつもりだろう?」


「そうですね、別にメリットもありませんから。この規模であればもみ消せるでしょう」


 三笠の問いに頷く花純。

 ヘリも部隊も動いていて本当にもみ消せるのか疑問な武蔵だが、出来るというのなら出来るのだろうと納得する。


「今回異なるのは、伊勢幕僚長の動きだ。奴は有犠維新の血盟シンパであった陸将にイレギュラー要素たるお前の情報をリークし、お前を強襲するように唆していた」


「やっぱりアイツか!」


 その答えは、まさに武蔵の予想通りだった。

 今回のループにおいて、武蔵はこれまでになく自衛隊に働きかけている。

 多少の助力を乞うどころではなく、明確に全軍規模の動きに介入していた。

 軍隊とはお役所だ。

 長い目で見た計画指針、毎年の予算、多くの意見を掌握した全体にして個として動く。

 どこを切り取っても最低限自立出来るというのに、全体として徹底した規律で縛られた特殊な性格を持つ組織だ。

 一挙手一投足に多くの予算と人員が関わり、それを個として動かす統合幕僚長には極めて重い責任が課せられる。

 それを突然現れて横槍を入れてこられては、かつての友人であった武蔵相手といえど激怒するのは当然なのだ。


「あーらら。作戦指揮権を奪ったのはやっぱ反発があったかぁ」


 三笠が珍しく、呆れたように溜息を吐いた。


「今回の件、お前にも非はある。少し強引にことを進めすぎた」


「バカを言え、俺は超法規的措置という正式な手順を踏んだ。この世界では偉い奴がルールだ。そしてルールを決める当人は俺の傀儡だ」


 武蔵は花純の肩を引き寄せた。

 花純としても言いたいことはあったが、まあ武蔵の為ならいいやと責任をぶん投げて彼に猫のようにすり寄った。

 駄目女である。


「それは上手くやれてこそ口にしていい言葉だ、馬鹿者」


 三笠は半目で武蔵を睨む。


「今回は駄目でした、だから次回またチャレンジします、ではやってられん。なんとか事態をリカバリーしなければならん」


「何か案でもあるのか?」


「間抜けめ、貴様も考えろクソ野郎」


 自分の問題でもあるのに丸投げ気味な言葉を発する武蔵に、三笠も怒った。

 その通りだと頷き、武蔵は思考する。


「……結局のところ、伊勢が納得するかどうかの話だ。メリットとデメリット、国益への言い訳はちゃんと用意した。その上で反発されるのは感情的な折り合いでしかない。誠意を見せろというのも道理だが、組織を動かすほどの誠意なんて腹を切るくらいしか思い付かない」


「ほう、ハラキリか。興味深い、やれ」


「やらん。いっそ、浜辺で殴り合いでもするか?」


 三笠はにやりと笑った。


「脳筋臭いが、まあ間違ってもいない。我も似た考えだよ」












 三笠は皇居を離れられない。バニー姿のアリアは、死んだ目になって木炭セダンを運転する。

 武蔵と花純とアリアが移動した先は、やはり大苫基地であった。


「コッチナノデス」


 レイプ目のままに、バニー姿で自衛隊基地の中を歩くアリア。

 アリアは思う。なんで私、こんな格好をしてるんだろう。

 武蔵と信濃は思う。なんでこの子、着替えないんだろう。

 扇情的な体を見せる兎と亀は、自衛隊員達の視線を釘付けにしつつ滑走路に出た。

 やがて辿り着いた駐機場には、2機のジェット機が準備されていた。


「未来でジェット機見たの、初めてかも」


 安全地帯からエンジンノズルを覗き込むと、ノズルは熱で変色していた。

 これは実は、21世紀っ子の武蔵にとってあまり見慣れないものだ。

 バッテリー技術の発展により、多くの飛行機は低コストで環境保護団体からの突き上げも小さい電動発動機へと換装された。

 それはプロペラ機のみならず、ジェット機でも例外ではない。

 ダグデッドファン―――ようするに、灯油ではなく電気で動く、ジェットエンジンモドキの推進モーターだ。

 ジェットエンジン前提のジェット機に電動モーターによる推力ユニットを載せられるのかと疑問に抱く者もいるだろう。

 だが、初期的な例としてはRFB ファントレーナーなど、ダグデッドファンによるジェットエンジンの機体特性再現は実例がある。

 燃焼による高圧ガスなしでも、超音速飛行が可能な時代なのだ。

 理屈の上では、あらゆる航空機を電動化出来る。

 もっとも単純なエンジンとしてのスペックで考えると結局は既存のジェットエンジンには及ばないので、21世紀の自衛隊機はほとんどがジェットエンジンだ。

 だが民間機は大半がコストの安い電動ダグデッドファンなので、武蔵はてっきり目の前の機体もそうだと思ったのだ。

 しかし、実際は違った。

 彼の前の機体に搭載されていたのは、正真正銘のジェットエンジン。

 未来世界の冶金技術では維持が困難なはずの、現自衛隊において数少ない空対空戦闘を考慮した機体だった。


「Textron AirLand―――Scorpion(スコーピオン)……!」


 そのコイン機としての汎用性と、プロペラ機を僅かに優越するという絶妙な飛行性能から、警察によって運用され空の治安を守っていた軽攻撃機。

 ジェットエンジンへの換装という先祖返りのような改造を施された機体は、武蔵を待ち構えるように悠然と猛りの咆哮と気炎を上げていた。


「まだ暖気を始めたばかりです。オイルが温まるまで30分ほどかかります」


「そうか。んじゃちょっと挨拶してくる」


 おもむろに話しかけてきた整備員の言葉に、武蔵は手をひらひら振って答える。

 自動車みたいな会話だが、自動車もジェット機も同じ内燃機関による独立した機動ユニットなので、結局のところアイドリングは必要だ。

 予め温めたオイルを注入するなどといった時短方法もうあるが、スクランブルではないのでそこまでやる意味もない。


「アリア、俺が乗る方に変なイタズラとかされないか見張っててくれピョン」


「了解でありま―――え? ピョン?」


「復唱!」


「貴官が離れている間、見張っております! ……ピョン!」


「語尾にピョンとか、ふざけているのかウサ! 航空機の扱いは命に関わるからおふざけはなしだラビット!」


「ええぇっー……」


 納得いかない様子ながらも、整備員の仕事をチェックするバニーアリア。

 メカニックとバニーさんのコラボレーションは実に背徳的だ。

 そも、モータースポーツには美女が付き物なのである。

 エアレーサーの試合ではチアリーディングやレースクイーンを度々見かけてたし、そうでなくとも一流のエアレーサーはモテるので女子の黄色い悲鳴が止まない。

 よって、アリアのバニー衣料は思ったより飛行機の背景に溶け込んでいた。


「違う違う、そうじゃない。あんなロリバニーに興奮してどうする」


 禄な起伏もないアリアの体のラインに、それでも健康的なエロスを感じて視線を向けてしまっていた武蔵は慌てて首を横に降る。

 これから彼らが行うのは重大な試合だ。今後の世界を左右する、大人気ない一対一の決闘の局地だ。

 そこに、余計な煩悩などいらない。

 ただ、相手を打倒する殺意だけが必要なのだ。

 武蔵はキッと伊勢を見据え、毅然と歩く。

 伊勢はぼんやりと、あらぬ方向へ向いていた。

 彼はアリアのバニー姿に赤面していた。


「おいそこのムッツリ童貞」


「どどど、童貞ではない!」


 慌てて取り繕う伊勢。

 統合幕僚長として相応しい貫禄はどこにいったか、そこにいたのは武蔵も良く知る一流の自衛隊パイロットであった。

 さてどう切り込もうかと思案する僅かな間に、武蔵を追い越して女性が立ち塞がった。


「気に入りません」


 この世界唯一にして最強の武装組織、その長に向けて女は言い放つ。


「気に入りません。私の頭越しに、こんな重要なことを決めるなんて」


 朝雲花純であった。

 官僚の親玉、国家の番犬。

 求められるがままに国取りをした女は、眼前の越権行為が大層気に食わなかった。


「天皇陛下と統合幕僚長の約定による、今後を決める決闘? こんなふざけた話がありますか。あと決闘罪って知ってます?」


「おや、大臣閣下におかれましてはご機嫌麗しゅう。休暇中というのにご足労頂きありがとうございます。見学ですか?」


 100歳オーバーの権力者同士の化かし合いは、流石の武蔵もきりりと胃が痛い。

 自身の胸を持ち上げるように腕を組む花純。その佇まいは、時代錯誤な軍服もあって奇妙に厳格さを感じさせる。


「伊勢幕僚長。貴方が起因となったこの一連の行為は上位指揮官に対する明確な反逆であることを、本当に理解していますか?」


「ええ、それが何か?」


「呆れた、まるで子供の開き直りだわ」


 伊勢は拳銃を取り出す。

 それを花純に向けると同時に、武蔵も銃を構えた。


「時折、バカバカしくなります。どんな法律も倫理観も、銃弾一発で覆されてしまう。こんな不条理はありません」


「御主人様、銃を下ろしてください。大丈夫、この男は撃ちませんよ」


 花純に窘められ、武蔵はプレス銃を腰に戻した。

 どの道、彼我の距離では射程範囲外。

 リベレーターモドキで9mm拳銃と張り合おうなど、そもそも無謀だった。


「そうです、暴力は不条理です。だからこそそれを許さない為に貴方達がいる。自制を失った軍事組織など笑い話にもなりません。自害をおすすめします」


「悪法も法、とはいいますが……あるいは程度の問題とも言えます。自国民すら虐殺する独裁者を止められないのは、ただの愚鈍怠慢でしかないでしょう」


「私がいつ、日本人を虐殺したと?」


「どうせこれからするのでしょう?」


 伊勢はちらりと武蔵を見た。

 武蔵は渾身の不思議顔で首を傾げた。


「なんで俺を見る」


 武蔵は勿論知っている。

 花純は実際、前回やらかしているのだ。

 それまでの巧みな国家運営を放り投げ、自身の利益の為にコロニー内を混沌に落とした。

 そんな過去の未来を伊勢が知っているはずがない。カマ掛けに違いないはずなのだが、その予想の精度に武蔵は関心した。

 伊勢日向、伊達に100年現役だったわけではない。


「国民を守るのが我々なのです。対象が貴女であっても、それは変わりません」


「どのように守るかは、私が決めます。貴方にも与えられた投票権の多数決で決まった私の判断を、如何なる根拠で否定するのです?」


 民主主義の自己責任を振りかざす花純だが、それで怯む伊勢ではない。


「貴女は政治家として満点です。ただただ合理的に、冷徹に国を動かしてきた。なぜそのような判断が出来るのか、不思議に思ってきました。いえ、答えは案外シンプルだった」


 伊勢は再び、武蔵を見やる。


「貴女は日本をなんとも思っていない。愛国心も愛着も慈悲も理想もない、ただシステマチックに、利益を得るように行動しただけだ」


「商人の娘なので」


「そんな相手に国を預けたくない、と思うのはそれほど不自然なことですか?」


「おかしなことを。金は万能薬ですよ、大体の問題はお金で解決します。素敵です」


「手段を問題にしているのではありません。問題は貴女が日本人すら切り売りする人種だということです」


 やりかねないなぁ、と内心納得する武蔵がいた。


「先に申し上げたはずです、貴方にも選挙権はあったと。それは革命権とは明らかに別種のものです」


「武装蜂起されたくなければ、我々に武器を与えなければよかった。国際法において未だに宙ぶらりんな我々は、有事の際の保証すらないのです」


「だから?」


 花純はくすりと華のように微笑った。


「自衛隊が合法か違法かなどどうでもいいのです。そこにあるのは理不尽な暴力であり必要悪であり、大切なのは正義という首輪がしっかりと嵌められているかどうかだけ。自衛隊に守られる者は救われ、敵と定められた者は粉砕されます。そして、兵士は常に消え去るのみ。妙な栄誉欲を出されても困るというものです」


 花純が語ったのは、ある種の兵卒の理想だ。

 正義の体現と言い換えてもいい。

 あまりに血塗られた、子供が思い描くようなヒーロー像。

 それを身も蓋もない言葉に置き換えたものだった。


「貴方達自衛隊は正義の味方ではない。よしんばそこに正義があるとしても、それは我々飼い主の抱くべき正義です。尖兵である貴方がたに善悪の貴賤など区別する必要はない」


「立場が明らかではないのに、信念は揺るがせるなと? それは矛盾というものです」


 この返答は、存外に花純に突き刺さった。

 ある意味で誰よりも理路整然と生きているからこそ、花純は矛盾を嫌う。

 精錬潔癖であるが故に、この点について彼女は批を認めざるを得ない。


「……その点については、私達の不徳を認めましょう。憲法に記されていない以上は、それは個人的信念の域を脱しない。ちゃんと潔く死ね、と明文化すべきでした」


 花純は大きく溜息を吐く。


「いいでしょう。今回の件、こちらにも不備がありました。その間隙を付こうというのなら、私は見て見ぬふりをしましょう」


「ほう、よろしいので?」


「どうせ私の御主人様が勝ちます」


 伊勢は初めて笑った。

 獣の笑みであった。

 ああ、なんてことか。

 獣は、獲物を前にして笑うのだ。

 食事を前にしての喜色ではない。

 弱者を前にしての愉悦でもない。

 闘争を前にしての、存在意義が満たされる至福。

 武蔵は自分の頬に手を触れる。


「―ー―よう、伊勢」


 やはり、その手の平が伝える表情も笑みを浮かべていた。


「やっぱりお前が犯人だったか」


 その口ぶりから、武蔵が事態を把握する前から犯人に目星を付けていたと知った伊勢は興味深げに訊ねる。


「なぜ、やっぱりなんだ?」


「今のお前は、俺に気を許していない。まあテロリストだしな」


 当然だ、と首肯する伊勢。

 かつての友人とはいえ、100年ぶりに現れたテロリストを信用する者などいない。


「そして自衛隊員だ。大前提として国民を守る側の人間。俺の作戦に素直に賛同するはずがない」


 伊勢の返事は、少し時間を経てから返ってきた。


「はあ……それについては、人のことは言えん。俺もまた、日本国に二心を持ってしまった」


 問題である。

 問題であるが、それについて武蔵は問題とは思っていなかった。


「大義名分の上では、それは許されないことだ。けど、世の中そう綺麗事だけで回るまい」


 自衛隊員が、その領分を超えた思想を持って行動する。

 それは、職業軍人としては認めがたい背信だ。

 だが、それだけで軍事組織が機能するはずがない。

 指揮官は時に政治的判断を求められるし、政治もそれを許容している。

 国境線を巡り立ち回ることこそが軍隊の基本であり、その指揮官が政治を理解していないはずがないのだ。

 まさか、銃を撃ちながら総理にお伺いを立てるわけにもいかない。故に、伊勢日向という男には時に日本国の代弁者として叫ぶ状況が与えられる。

 思考停止した人間が、自衛隊のトップには立てないのだ。

 伊勢は首元をさすって苦笑した。


「やれやれ。俺達の首に掛かった首輪は、それほど軽いものではないはずなんだがな。お上が鹿を馬というなら、俺達はそれを馬と呼ぶもののはずなのに」


「その心理テスト仕掛けた奴は簒奪者の暴君だけどな」


 伊勢日向が、何か思惑を持っている。そんなことは、当たり前なのだ。


「聞いていいか。結局のところ、なにが気に食わなくて俺達の行動指針に従わないんだ?」


「国家が目指すべきは、なんだと思う」


 質問に質問で返すなと思いつつも、武蔵は素直に答える。


「時代や宗教によって違うだろうけど、やっぱ究極的には衣食住を守ることじゃないか?」


「そうだ。目指すべきヴィジョンはあれど、それは途中経過だ。最終目的は飢えの恐怖の開放こそが国家の目的だ」


 宗教や政治思想に傾倒する国家とてある。

 だが、そういった国家群とて国民が満ち足りているならば、わざわざリスキーな夢など見ないのだ。

 飢えているから、人は夢を見る。

 十字軍や共産主義といった、人を傷付ける夢を。


「今の自衛隊が、お前が『そういうの』に侵されてないと、本気で言えるのか?」


「それは……」


「国家が目指すのは常に国民の安泰であるべきだ。先見投資のために若者をすり潰す指針にはずっと疑問を抱いていた」


「なるほど、自衛隊らしい考えだ」


 万に1つも、国益の為に軍事力を行使したがらないのが自衛隊だ。

 国民を失っても、領土を奪われても、どこまでも腰が重い。

 臆病者、といえばそれまでだ。軍隊の在り方としては本末転倒も甚だしい。

 だが、真の軍用犬とは死ぬ瞬間まで吠えないものだ。


「自衛隊の若者を活かす為に、俺という国民を切り捨てたか。老いたな、伊勢日向」


「今の世界を目の当たりにして、お前はどう思った? 大和」


 伊勢は空を仰ぐ。

 行動とは裏腹に、彼の思いはコロニーの大地に根ざして生きる人々を思い浮かべていた。


「平和なものだろう。他国からの攻撃のリスクもなく、弾道弾に怯えることもなく人は生きている。おそらくは、今は人類の有史以来最も平和な時代だ」


「他国がないからな」


「そうだ。敵がいないからこそ、この世界は平和なのだ。これはチャンスだ。日本が、合法的に世界を制する千載一遇のチャンスなんだ。この星は、惑星日本となる」


 合法的に、というのが伊勢にとって重要だった。

 非合法な、つまり軍事力に物を言わせた領土拡大は伊勢の望むところではない。


「お前が世界を元に戻したらどうなる、日本は日本のままだ。矮小な島国に押し込まれ、軋轢の狭間で悲鳴を上げるだけだ。判るか、大和武蔵。俺達自衛隊が大陸崩壊でどれだけ動いていたか、判るものか」


「誇大妄想が過ぎる。仮にここから地球を奪還したところで、今度は日本人同士が殺し合うよ」


「俺は日本人を信じる。日ノ本の旗の下に、日本人は1つであれる」


「あほくさ。日本人の俺に銃口を向けながらよく言う」


「語るべきことなどもうない。さあ、俺と戦え」


 バカバカしい。

 このような屁理屈があるものか。

 大勢で負けたからと言って、トップの一騎打ちで逆転などあっていいはずがない。

 そのようなことは、戦ってきた者達への侮辱だ。

 論外だ。伊勢に失望すら覚えた。

 ―――だというのに。


「いいぜ、殺し合おう!」


 武蔵は、嬉々として申込みを受けていた。



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