4-15
「というわけで、今日は由良ちゃんだ」
「はい―――ご一緒させてもらいますね!」
合掌のように手のひらを合わせ、笑顔で頷く由良。
ノースリーブの全体的にタイトな洋服は、とても女装に向いたコーデではないはずなのに異様に似合っている。
かつては中性的だった彼だが、今の由良を見て男性だと思う者はいないはずだ。
「ん? どうかしましたか―――?」
「や、なんだ、そんなつぶらな瞳で俺を見るな。こっちは修羅道だ」
「衆道―――?」
100年前から変わらない、くりくりとした可愛らしさマックスな眼差し。
こんなに可愛い子が女の子なわけがない。
女性と交際する際のデメリットのない女の子。それが男の娘だ。
「なるほど、最強だな」
戦国武将達の気持ちがわかった気がする武蔵だった。
男心が判る男の理想の女性像、それが女装男子。
この点においては、他の女性達すら及ばないと武蔵は確信していた。
時代を問わず、需要があり続けるわけである。
「それじゃあ、行こうか」
「はい―――!」
由良を伴って武蔵が訪れたのは、異文化情緒漂う中華街であった。
装飾過多な建物が並ぶ、古い町並み。
最大でも百数十年前の建物であるはずなので、わざわざ新築したのだ。
「この後に及んで生き延びる華僑すげーな」
「そのバイタリティはもっと生産的な活用をすべきですね―――」
「ある意味この上なく生産的だ。文化ってのは文明の上に成り立つものだからな」
文明なくして文化はない。
逆に言えば、文化は文明という限りあるリソースを奪い合っているのである。
文明的にいえば非生産的だが、文化的にいえば生産的。
二律背反だった。
「まあイデオロギーなんてどうでもいい、飯が美味いのが中華街だ。どこか入ってみよう」
武蔵は5分後に後悔した。
店の装飾どころか、料理が全部赤いのだ。
「赤い―――ですね!」
「大陸じゃ赤はおめでたい色なんだったっけ。目がチカチカする」
「頭の中まで―――おめでたいんでしょうね!」
「由良ちゃんそんな毒舌キャラだっけ」
それにしても赤かった。
写真などで見るよりはるかに、過剰に、徹底的に赤かった。
「赤すぎてむしろパチもの感がある」
「まあ、実際模倣ですし―――」
「中華料理が全部辛いわけじゃない、って言ってたヤツ出てこい」
「四川料理専門店―――でしょうか?」
「別に四川料理イコール辛いってわけじゃないが、明らかに辛さに特化した店だな」
「辛いの、苦手ですか―――?」
「苦手ってほどじゃないが、がむしゃらに喜ぶタチでもない。何事もほどほどだ」
武蔵は激辛の何が楽しいのか、理解できない人間であった。
とりあえずコースメニューを注文すると、麻婆豆腐がでてくる。
当然の如く、マグマのように赤い。
いただきます、と一口食べて、二人は顔を見合わせた。
「甘口だな」
「辛くない―――ですね」
「なんの赤さなんだろな」
「―――食紅?」
釈然としない二人であった。
まったり海辺で過ごす。
手には紙コップと、代用コーヒー。
どこか生きたい場所はあるか、と武蔵が訊ねたところ、海を見たいというのが由良のリクエストだった。
人工海とはいえ、海など武蔵達には珍しくもない。
だが、それでもこの閉じた世界の住人は誰しもこの塩水の水たまりを特別視してしまうのだ。
「お兄さん、さっき言ってましたよね―――」
「うん?」
浜辺に座り込み、体育座りで並ぶ二人。
冬なので割と寒い。あまり長時間はいられないだろう、というのは共通認識だった。
由良は歌うように、どこかに向けて囁く。
「文化ってのは文明の上に成り立つもの、って―――」
「ああ、言ったな」
由良は人工物の青空を見上げた。
「文明、人が生活する基盤の上に文化が成り立つ。文化が人の本質であり、文明はそのベースでしかない」
「まあ、そうだな。江戸時代の人も現代人も初詣にはいくし、文化と文明は切り離して考えてもある程度は成り立つんだろう」
「じゃあ、そもそも文化を伝えるのは人である必要はあるんでしょうか―――?」
ぶっちゃけやがった、と武蔵は思った。
凄惨な悲劇ならばともかく、緩やかな衰退ならば誰も否定しないのだ。
その果てに人類が滅亡したところで、痛みを伴わないのなら抵抗する者はいないだろう。
そんな怠惰っぷりこそ、人の本質だと武蔵は思う。
「たとえばコンピューターの中に住む人工知能達に、初詣をさせておけば、人類が滅んでも人類の未来は生き延びたと解釈出来るんでしょうか」
「それは、いつか人類が真面目に考えなきゃいけない問題だろうな」
この世界はシンギュラリティに到達しそこなった。
現状人類を超えた人工知能は三笠のみ。彼女の存在は機械が人を超えうることを証明したが、彼女の行動原理は割と内向きだ。
自身の思索と探求さえ行えれば、世界などどうでもいい。そんな悪魔めいた個性の持ち主なのだ。
もし他に人を超えた知性の存在がいれば、あるいは他者に対抗するための競争となったのかもしれない。
だが、彼女は自分を超えた他者を作ろうとはしていない。
あくまでに自分自身のアップデートのみを行っていた。
ベースとなった人間、エリザベスという少女は天才だったらしいが、それでも人間というフォーマットを使う限界なのだろうか。
「確か三笠の話では、人を超えた人工知能は作れても人間という生命体を理解出来なかったんだよな」
「概念が―――違いすぎる、ということですか?」
「ガイア論では地球は1つの生物だとみなせるが、だからといって地球の意思を言語化出来るわけじゃない、みたいな話だろうな。逆に俺達人間だってプランクトンの言葉を伝えられたって困る」
試作された人工知能が思考している、ということはわかったのだ。
だがそれは、まさしく宇宙語だった。
どう足掻いても人に理解出来る範疇になく、やむなく計画は見直され、人工知能となりそこなった存在は電源を落とされた。
人間の感性を持った人工知能を、有機生命体である人間をベースとせずにゼロから構築出来るのか。
それは、未だに未検証の課題だ。
「文化の継承者が人間である必要はないかもしれないけど、せめて人間的な感性は持っててほしいよな」
「調教した猿にひたすら初詣のルーチンを繰り返させても―――文化とは言いませんね」
「人間的感性を持った人工知能か。まあ、いつか誰かが作っちゃうんだろうな」
「そう―――ですね」
想像出来ることはいつか実現可能である。
まして、出来るか出来ないか微妙なラインなのだ。なら、出来るのだろうと武蔵は思った。
「そんな無機超人類にとって、物理世界は不要ってのが由良ちゃんの考えか」
「そこまではっきりと考えているわけではありませんが―――人間のように現実世界に固執する理由はないかなって」
有機生命体である人間ですら、21世紀では半ばデジタル世界の住人だったのだ。
そもそも無機生命体である人工知能からすれば、制約の多い現実世界など縛りプレイ以外の何物でもない。
「と、考えそうになるけど、そうとも言い切れない気もする」
「違うんですか―――?」
「人工知能だって、結局はサーバーが必要だろ。幽霊じゃないんだから、物理世界を切り捨てられるわけじゃない」
存在を知っていれば、行ってみたくなるのが人間、否、知性というものだ。
結局どこまでいっても、彼等はこちら側に居続けるのだろう。
彼等は彼等なりの価値観で、すぐに気付くのだ。
自分達の世界は、案外狭い世界なのだと。
「地球のことを狭いと思っている傲慢な人間の落し子だからな、そりゃあ人間が拵えた脆弱なサーバーではすぐに我慢出来なくなるだろうさ」
「それって、僕達人間がVR空間に一時的にダイブするように―――AIが短時間の娯楽として現実世界にやってくる、という意味ではないですよね」
「うん。文字通りの、フロンティアと認識してやってくると思う」
うーん、と由良は首を大きく傾げた。
「サーバーを増設したり、データを圧縮すれば―――いいのでは?」
「限度があるし、限界もある。由良ちゃん、いまさらファミコンのゲームを仮想現実だと思えるか?」
初歩的なビデオゲームの世界とて、ある意味では仮想現実のシミュレーターなのだ。
あれこそ仮想空間の究極の圧縮状態と言えるが、今どきそれで満足出来る者はいまい。
「人と同等の好奇心があるなら、解像度も奥行きも果てなく求める。人工知能の思い描く現実は、俺達の現実より色鮮やかかもしれない」
人類がまだ土地が余っている地上を後回しにして宇宙に行ったように、人工知能も閉ざされた仮想現実内で我慢出来るはずがないのだ。
「サーバーの増築を繰り返すうちに、思い至るだろうさ。そういえば外の世界には現実という超巨大サーバーがあったな、って」
「一気に宇宙の住人となりそうですね―――」
「そうだな、あっという間に人工知能の星間国家とか出来ると思う。そして、そこに生身の人類の居場所はない」
もしかしたら自治区として星を与えられて生きることを許されるかもしれないが、もう文明の主役は人ではなくなる。
あるいは、文化の主役でさえも奪われるかもしれない。
「まるで機械帝国だ」
「人を迫害しつつも人に依存する矛盾国家とは―――違いませんか?」
「なんでこんな古い漫画の悪役知ってるんだ?」
「新しい漫画家が少ないので―――古い漫画が、かなり電子書籍化しています」
レアメタルをケチケチしてるくせに携帯端末やテレビが変に生き残ってるな、と武蔵は矛盾に思えた。
そしてそうではないと思い直す。この手の便利で手放したくない技術こそ、天空の橋立崩壊によってトドメを刺されれるのだ。
「今って―――有機生命体から無機生命体に、パラダイムシフトする過渡期なのでしょうか」
「宇宙の歴史からすれば人と機械が共存する数百年は、一瞬の切り替わりのタイミングでしかないのかもな」
落ちたコインを裏返す1秒の作業。
神にとっては1秒でも、人にとっては数百年。
故に、それが普通の世界だと思えてしまう。
実のところ、コインが持ち上げられて垂直になったレアな瞬間だというのに。
「そんな絶妙なタイミングでUNACTと遭遇してしまうなんて―――人類は、運がありませんね。あと100年遅ければ―――もっと簡単にUNACTを倒せたかもしれない、のに」
ただし倒すのが人類とは断言出来ないのがミソだ。
「100年早ければ簡単に人類滅亡してただろうし、100年遅ければ既に人類は文明の主役ではなくなっていた。どちらにしろ、人は退陣の時期だったということか」
武蔵ははて、と思うのだ。
俺達人類が忘れてるだけで、人類滅亡の危機は今まで何度も訪れてきたのではないか、と。
それは巨大隕石の落下かもしれないし、世界的パンデミックかもしれない。
あるいは、歴史から抹消された魔王が人類を滅亡の間際まで追いやっていたのかもしれない。
アダムとイブが風邪を拗らせて命の危機だった時だってあるかもしれない。
数え切れないほどの滅亡の危機を超えて、人は今日も生きている。
「でもま、生き残るんだろうな」
UNACTがしているのは定期的な破壊による文明発達の阻害であって、実はほそぼそとした村は地球に残ってたりする。
ある程度発展しても、UNACTが通りかかって壊滅である。
別に最悪セルフ・アークが崩壊したところで、人類は滅びないのだ。
「たぶん……」
「たぶん―――」
二人はずずずっとコーヒーを飲み干した。
哲学か歴史か、よくわからない問答だった。
「お兄さん、空気を読まないことを言っていいですか」
「うん?」
「僕、お兄さんと子供がほしいです」
「ふーむ……」
それは、男同士では難しい問題だった。
何が難しいかといえば、何もかも難しい。
冠婚葬祭においてなんでもありなセルフ・アークだが、物理的に難しいことは難しいのだ。
「養子縁組って手もあるが」
由良は首を横に振る。
「そういうのを否定するつもりはないですけど―――やっぱり、僕の遺伝子を残したいんです。きっと、本能で」
そう言って、由良は自分の腹を撫でた。
「男でも妊娠する技術とか―――あればいいんですけど」
「100年前にはあったよな、男同士のカップルでも子供を作る技術って」
頷く由良。
遺伝子を組み替えて子宮を培養し、男性の体内で育てる技術は存在した。
技術的には21世紀初頭でも可能だったが、母体への負担を減らすのに相当な技術の蓄積が必要なのだ。
男を妊娠させるくらいなら、培養器か代理母といった手段の方がよほど安全なのである。
「僕、お兄さんの子供をお腹を痛めて産みたいです」
損得で納得出来るのなら、それこそ養子を取ればいい。
由良と同じ願いを持つ男性同士のカップルは、今も昔も多いのだ。
「この時代じゃ……ほぼ不可能としか言えないな」
「はい―――だから、お兄さんには頑張ってほしいんです」
頑張れば男の娘は妊娠する。
そんな武蔵の知らない定理があるのかと一瞬考えて、武蔵は頭を振って考えを消した。
男が天然で妊娠するなどファンタジーである。
「どうせ、お兄さんが過去に戻って歴史を変えたところで、、変わった歴史にいる僕は僕ではない―――それなら今を大切にするべきだと、思ったこともあります」
「ああ。普通はそうだろうさ」
むしろ、そう思わない方がおかしいのだ。
自分ではない自分の為に努力出来る人間がどれだけいようか。
苦しみ生き抜いた100年を否定する。それぞれに各々の動機があるとはいえ、それを選べる仲間が多いことに未だ武蔵は違和感がある。
由良が世界を変えようとする原動力。
それは、やはり自分ではない自分の為なのだ。
「我が子が親の分身とするなら―――やっぱり、この身体が経験してきた全てをかなぐり捨てて、明るい未来を目指そうというのは不合理なことではありません」
「これから産まれる命の為に、自分は終わりゆく世界に殉じる、か」
「僕は―――親に、なりたい。まだ見ぬ、守りたい人の為に命をかけたい」
武蔵は由良の唇を奪った。
「―――っ」
由良の抵抗はない。
ただ、絡め合うような強烈な接吻。
どれだけそうしていたか、やがて二人は離れる。
「任せろ。俺が、いつか俺達の子供のいる世界に辿り着いてみせる」
そう誓う武蔵に、由良は困ったように眉を顰めた。
「子供は―――義務感じゃなくて希望として作りたいです」
「子供はな。だが、愛する人の希望を守るのは俺の義務だ」
由良は苦笑して、武蔵にしなだれかかる。
「いつかそんな時がきたら―――楽しく、二人の子供を育てましょうね」
焼き肉を食べました。
焼き肉のウインナーはなぜあんなに美味しいのか。
朝は目玉焼きと一緒にウインナーを焼いて、夜はホットプレートでウインナーを焼く!
そこになんの味の違いもありゃしねぇだろうが!




