4-13
「それで、可愛い妹とのデートはどこに連れてってくれるの、お兄ちゃん?」
ぴょこぴょこと跳ねて歩く妹に、武蔵は微笑んで答えた。
「どうせ妹だし、信濃とのデートはウケ狙いで行こうと思う」
「狙わないでよ……」
大苫地区の繁華街、衰退したセルフ・アークにおいても活気を失わない町。
そんな場所を信濃の手を引いて歩き、武蔵が入ったのはラブホテルである。
「まさかの。まさかの肉欲」
慄く信濃だが、武蔵としてもさすがに反論する。
「ラブホってのも色々あるから。今回は逢引重視の色々揃ってるところだから、二人っきりでゆっくりしたいと思って」
昨今のラブホテルは、ただ情事を楽しむだけの施設ではないのだ。
場所によっては普通のホテルと変わらないサービスも行っているので、恋人のみならず友人同士で時間つぶしすら可能な施設と化している。
「というわけで、今日はのんびり二人で映画を見たり、いちゃいちゃしたいと思っただけなんだぞ」
「そ、そっかあ。じゃあ、えっちなことはしないんだ?」
「なんだぞ」
「あ、これやる気満々だ」
仕方がないなあ、と服を脱ぎだす信濃。
武蔵はやれやれと彼女の手を止めた。
「焦るなよ、まだ廊下だぜ」
「お兄ちゃん……」
通りかかったカップルがぎょっとして、目を逸らして通り過ぎる。
言い逃れのしようのないやべー奴らである。
「というわけで、今日は映画鑑賞と洒落こもう」
「オススメはなあに?」
「愛はデジャブって映画を見ようと思う」
それは、いわゆるループものであった。
いかなる心理で武蔵がループものの作品を見ようと思ったのか。それを考え、信濃は兄の横顔を見る。
武蔵は存外に、その古い映画を楽しそうに見ていた。
「なるほど、こういう結末か」
ブラウン管テレビが電子の余韻を残して消えると、武蔵はそう言って頷いた。
「楽しかった、お兄ちゃん?」
「親近感が湧く主人公だな」
「この映画にその感想を抱くの、お兄ちゃんくらいだよ」
なおこの映画の主人公、なかなかの下衆である。
「ループ3度目にしてタガが外れて暴走し始めるとは、少し思慮に欠けるんじゃないか」
「ループ2度目にしてテロリストを傀儡にして原子爆弾で日本政府を脅迫した兄ちゃんがなんか言ってる」
恋人同士での映画鑑賞後は、ゆっくりと感想会と相場が決まっている。
彼等も自然その流れとなり、武蔵は考察を始めた。
「どうして、この主人公はループから脱出出来たんだろうな」
「デウス・エクス・マキナのお導きだよ」
「身も蓋もない」
ストーリー上の都合。
そう言われてはどうしようもないわけだが、SF要素を含むからには何かしら根拠がほしかった。
「もしかしたら意味なんてないのかもしれないよ。ループは100回と予め決まっていて、主人公の行動と関係なく忘れたころに開放されてたのかも」
「むしろ個人の行動程度で世界が左右されたわけじゃない、って意味ではリアリティがあるな」
台風は望んでやってくるわけでもないし、足掻いたところで早く去るわけでもない。
ただ発生して、ただ消滅したというのはリアルな見解だった。
武蔵のループも原理が不明瞭な以上、『次』はないのかもしれない。
ならばその時彼の、そして彼女達の意識はどこにいくのか。
消滅するのか帰還するのか、あるいは別のどこかに連れ去られてそれまでの報いを受けるのか。
「オカルト要素が絡まないことを祈るのみだ」
時間遡行などという奇妙な現象に巻き込まれたものの、地獄や煉獄なんて場所に落ちるのはさすがの武蔵も許容しかねるのであった。
「あ、そっか」
ふと信濃は何か思い付いた様子で呟いた。
「どした?」
「うん、ひょっとしたらループを引き起こしていたのは主人公なんじゃないかなって」
一人称視点=犯人。
割とありふれたオチだが、さすがに無理があるように武蔵には思える。
「主人公はループから脱出したがってたけど」
「ポーズじゃない? 自分を納得させるための」
「ループを受け入れる為の自作自演か」
「そうそう。最後のあがき、通過儀礼。お兄ちゃんだってゲームで村人が『ここから先は行けないよ』って言われても、とりあえず行ってみるでしょ?」
そして阻まれるのである。
「だとしたら面倒くさい性格だな」
「誰も彼もお兄ちゃんみたいに目的に一直線に生きられるわけじゃないよ」
武蔵は割と人生を蛇行運転している自覚があったが、黙っておくことにした。
「受験勉強の時にゲーム断ちするようなもんだよ。最初に物理的に封じて、後から自分の心を納得させる。感情を理論で凌駕する為の方法論」
「この主人公は後半になって人生を有意義に生きることに意味を見出すようになったが、それこそが主人公の当初からの願望だった、ってことか」
「この人は強くなりたかったんだよ。でも強くなれるほどの強さがないから、強さを否定する強さに至った」
「強いって単語がゲシュタルト崩壊しそうだ」
強さを否定する強さ。
すなわち、自分の弱さを直視する強さ。
それが出来る人間は、なるほど強いのかもしれない。
「この主人公は、最後の最後でヒロインを等身大の相手として見れた。社会的ステータスでも便利な家政婦でも美人な性欲のはけ口でもなく、ちゃんとこの瞬間を生きてる人間だって」
信濃は武蔵に流し目を送る。
それは、妹の兄への警句であった。
「私は私を見てくれないと、辛くてしんじゃう。お兄ちゃんを道連れにしてね」
武蔵に抱きつき、信濃は耳元で囁いた。
「前の私みたいに」
身体が思わず強張って、武蔵は失態を悟った。
これでは彼女の言い分を事実と認めているに他ならない。
ハッタリだ。だというのに、武蔵は信濃の心を無視出来ない。
「きっとお兄ちゃんが一番心を痛めてるのは、私の100年だと思う。他の娘は行方不明になったお兄ちゃんに縛られず、自由に生きるって選択もあった。けど、私は妹だから。私は、お兄ちゃんの妹だから」
勢いのまま押し倒され、武蔵は信濃を見上げる。
「だから、私は割り切るの。この私は破滅の未来に突き進むけど、次の私はそうじゃないかもしれない。それでいいの。いつか辿り着くハッピーエンドに私がいるのなら、その存在は私と繋がった先の私だから」
「それで、いいのかよ」
「記憶喪失みたいなもんだよ。深く考えるほどのことじゃない。そう私が思えるように、私との約束事は守ってね」
信濃との約束。
世界を救うことと、過去の信濃に未来に飛ぶことを伝えないこと。
前々回の信濃も、そうやって納得に至っていたのだろうか。
武蔵は、兄としての不甲斐なさに歯噛みする思いであった。
せっかくのラブホテルなのでラブホテルした後、二人は身体を清めてから改めてのんびりとしていた。
「結局やっちまうのか……」
「お兄ちゃん、悩みなんてものは一時的な風邪みたいなもんなんだよ。気持ちいいことすれば忘れられるんだよ」
「年の功だな」
「私もつらいことがあったら、お兄ちゃんを思い出して自分を慰めたもんだよ」
「若いな」
女豹のように武蔵ににじりよる信濃。
「あのな信濃、男側としてはインターバルが必要なわけで。もうちょっとまったりしたいかな、って」
「がんばれがんばれ」
「ひえーっ」
言い訳じみた適当な言い訳の叫び声とともに、武蔵は信濃に押し倒される。
信濃は猫のように武蔵に擦り寄って、心地よさげに目を細めた。
「だからね、お兄ちゃんと私に隙間は必要ないと思うの。ずっと密着してればハッピーだよ」
「おーよしよし、暑苦しいぞぉー」
抱き付く妹をあやす武蔵。
100年の離別を精算せんとするほどに、信濃は今日武蔵に甘えきっていた。
「お兄ちゃん、時間がある時でいいから、暇な時でいいから私に構ってね。楽しいことも、辛いことも、私はお兄ちゃんの思い出が足りないよ」
「はいはい。時間が合えば俺のことは好きにしていいから」
「えっ。好き勝手にしていいの?」
「待って勝手とは言ってない」
曲解による言質を取った信濃は、これからの兄との情事に恍惚した表情を浮かべるのであった。
「手錠……監禁……」
「あらやだ、この娘ったらお兄ちゃん閉じ込めようとしてる」
「首輪……リード……」
「あらやだ、この娘ったらお兄ちゃんの健康気遣ってくれてる」
「女体化……触手……」
「あらやだ、この娘ったらお兄ちゃんを生物の限界超えさせようとしてる」
「年下お兄ちゃんとの幼児退行バブみオギャりプレイ……」
「…………。」
「お兄ちゃん、そこでちょっと興味ありそうな顔されても困るんだけど」
「ばばば馬鹿いうな、硬派な俺がそんな情けない遊びに興じるはずがないだろろろろ」
武蔵が動揺していると、信濃はくすくすと笑って、年相応に大人びた顔で呟いた。
「互いの生命反応が消えたらもう片方が起爆する爆弾とか、私達の身体に埋め込まないかなっ。後で由良ちゃんに頼んでみよーっと!」
「恋する乙女のいじらしくかわいらしい思い付きみたいなノリで自爆テロさせないで下さい」
「なんだかもう、どうでもよくなってきちゃった。ねえお兄ちゃん、こうやって死ぬまで一緒に駄目人間してよう?」
「駄目人間は動詞なのか?」
「まあどこかで、我に返って現実を切望するんだろうけどね」
「不思議だな」
「人間は何の意味も合理性もないのに時々山を登りたくなる動物なんだよ」
信濃は右手の人差し指と中指で人を作り、武蔵の上を歩かせた。
交互に胸をつつく指先の感触がこそばゆく、武蔵はつい払い退ける。
「土砂くずれー」
「きゃーっ」
手を払い退けるついでに身体を反転させ、信濃の上に跨り。
「もう少し、駄目人間したい」
「駄目人間は動詞じゃないよ、お兄ちゃん」
「お前と一緒にいると話が進まない」
「別に進めるべき話があるわけじゃないんでしょ?」
「そうなんだけど、話の腰をバキバキ折られてる気分だ」
「お兄ちゃんの腰がバキバキいってるのは別の要因だと思う」
「腹減った」
「そうだね」
何度かめとなる沐浴の後、信濃は持参したカバンから弁当箱を取り出した。
「ラブいホテルで手作り弁当を食べるのは初めてだよ」
「ラブいホテルに来ること自体は前からあった、みたいな物言いやめろ。……ないよな? 初めてだよな?」
「ふふふっ」
意味深に笑う信濃に、武蔵は不快感を覚える。
100年の間にどこぞの男と信濃が一夜を共にしたという可能性は、当然ある。
100年も生きていれば恋くらいするだろう。むしろ貞操を守っていたという方が不自然なのだ。
「お兄ちゃん、それ相当気持ち悪くて傲慢だよ。私の人生は私に裁量権があるんだからね」
「断る」
「まさかの拒否。いいよ、うん。そう、愛っていうのは相手を否定すること。相手を傷付けること。私の裁量権を侵害するくらいじゃなきゃ、お兄ちゃんじゃないよ」
可笑しそうに笑う信濃に、改めて100年の重みを見せ付けられる気分の武蔵であった。
「はい、100年前の愛妹弁当を再現したけど。でも色々代用してるのは許してね」
心なしか色褪せた弁当箱。むしろよく100年間保存していたのだと関心させられる。
バランやカップが当時のままではないが、既視感と違和感と同時に感じさせる出来であった。
目の奥にこみ上げるものを感じて、武蔵は慌てて室内を見渡した。
「が、学校では部室の電子レンジで弁当温めてたよな。ないかな、電子レンジ」
「えっちする為のホテルに電子レンジはないと思うよ……」
「いや、前に来た時はあったんだけどな」
「お兄ちゃん、私初めてのラブホなんだけど。お兄ちゃんは違うんだ? ねえ誰と来たの? ねえ、ねえ」
「なるほど、電子レンジは金属沢山使うから再生産出来ないのか。その割にテレビはブラウン管とはいえ新規生産されてるみたいだけど」
「お兄ちゃーん?」
「エロは不可能を可能にする、か。至言だな」
インターフォンが生産中止になったのに、エロ動画目的に再生産されたブラウン管のある世界で兄妹はお弁当を食すのであった。




