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「ところで、ハヤシライスって洋食じゃないですよねー」
「ハヤシライスの英名であるハッシュドビーフって料理自体は西洋にもあるからセーフ」
昨日も聞いたような言葉に対して、武蔵は事前に調べていた知識で反論した。
デート2日目、今日は霜月との昼食である。
「へー。ハヤシライスって日本語っぽい響きですけど、和名なだけなんですかー。でも確かに、作り方はビーフシチューとほとんど変わりませんし納得かもしれません」
西洋にハッシュドビーフという料理は存在する。
ただ名称が被っただけの別物、とか言ってはいけない。
「俺、シチュー丼とか苦手」
「あたしもー、ちょっと汚い食べ方って思いますよー?」
「でもドリアやハヤシライスだって、やってることはご飯にホワイトシチューやビーフシチューぶっかけてるだけなんだよ」
「まー……ご飯と馴染ませる工夫はしてますけどー。ちゃんとした名前があるとー、納得しちゃいますよねー」
乱暴な理屈だが、判らなくもない気のする霜月。
もっとも目の前に運ばれてきたハヤシライスは、ご飯に特別調理が加わっていないスタンダードなものなのだが。
「ビーフシチュー丼」
「急に野暮ったくなりましたねー」
「細切れ肉の汁掛けご飯」
「牛丼っぽく聞こえますー、それー」
商品名1つでヒット商品になったりするあたり、名前というのはやはり重要なのだなと二人は思った。
食して見ると、昨日のカレーより美味しく思える。
「あれ、美味しい」
昨日の水っぽいカレーとはクオリティが段違いで、武蔵は困惑させられた。
「値段控えめだから沢山用意してあって、ちゃんと煮込まれてるんだろうか」
「安い、早い、美味い、ですねー」
黙々と食す二人。
存外美味しい物を前にして、語るべく内容などなかった。
「うむ、ご馳走様」
「はい、ごちそうさまー」
水を飲んで、普通に店を出る。
「さて、これからどうしようかな」
「デートならエスコートして下さいよー」
「俺が普通のデートコースを積極的に選ぶタイプに見えるか?」
「奇をてらう必要なんてなんですよー? 定番ってことは、外れるリスクが低いってことなんですからー」
そうは言うものの、このご時世ではデートスポットなどそうないのだ。
「そうだ、動物園はあったはずだ。デートの定番だろ」
「臭いから嫌ですよー。今どきは清潔な水族館が定番ですー」
外れるリスクが低いとはなんだったのか。
あっさりと動物園を却下する霜月に、武蔵は1つ頷いて歩き出す。
「じゃああんまり動物園に行ったことはないんだな」
「えっ?」
「せっかくだし行ってみようぜ」
「えっ? えっ? 話聞いて? ちょ、むさしーん? あのー?」
霜月の手を引いてズカズカと進む武蔵。
あまり動物園に行った経験がない、と漏らしてしまったのが霜月の敗因であった。
「意外としっかりした動物園だが、動物の数は少ないな」
「ここ、昔来たことありますよー。設備をそのまま使っているみたいですー」
どんな土地でも人口が集まれば一定数の子供がいるし、子供がいれば教育施設として動物園が必要となる。
よって100年前には既に、セルフ・アークには動物園があった。
「あれだ、動物ふれあいパーク」
「飼育しやすそうな、小さな動物ばっかりですよねー」
犬猫ウサギ、モルモットや亀。
基本、家で飼えるほどの小動物である。
「数カ月後には、こいつ等の命運も決まるのか」
「急なシリアスやめてください」
政府崩壊後の世界で、悠長に小動物を愛でる余裕があるとは思えない。
浮遊島に移り住んだ武蔵達にとっては対岸の惨事だったが、無政府状態下ではかなりの食糧不足だったと鈴谷も言っていた。
「ウサギって食用にもなったよな、確か」
「だいたいの動物ってー、食べようと思えばー食べられるんじゃないですかー?」
そう考えると、二人としても心苦しいものがある。
食肉加工という現場では常に向き合って然るべき死が、目の前の小動物達にも迫っているのだ。
「美味いものが食えるって、幸せなことなんだよな」
「美味しいものを沢山食べることが幸せ、とは限りませんけどねー」
食の充実が至福と定義するのは高慢だ、と忠告する霜月。
「美味しかったですけどー、今日のハヤシライスは少し濃かったですしー、量も多すぎましたー」
「それでもやっぱり美味かったと思うんだけど。贅沢だ、と叱るのも違うんだろうな」
味の濃さの指摘は自分の健康を気遣うには正しい意見だし、腹八分目もそうだ。
自分にとっての幸福を、他者もまた幸福と感じるとは限らない。
当たり前過ぎる、誰もが忘れる原理であった。
「ひょっとして、昨日のカレーも秋月にとっては丁度良かったんかな」
「あれは普通に水っぽかったって、帰ってから文句言ってましたよー」
」
「さよか」
一卵性双生児ですら、味の好みに違いはあるのだ。
みんなみんな、幸福の定義は違う。
「世界を救う、か。安請け合いしすぎたかもしれん」
その願いは、手を伸ばせば伸ばすほどに等倍以上で遠ざかっていく気がした。
人工の空に手を伸ばす武蔵。
幾度となく行われてきた、彼なりの儀式。
無言で、そっと。
彼の手に、彼女の手が重ねられた。




