表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/205

4-12



「ところで、ハヤシライスって洋食じゃないですよねー」


「ハヤシライスの英名であるハッシュドビーフって料理自体は西洋にもあるからセーフ」


 昨日も聞いたような言葉に対して、武蔵は事前に調べていた知識で反論した。

 デート2日目、今日は霜月との昼食である。


「へー。ハヤシライスって日本語っぽい響きですけど、和名なだけなんですかー。でも確かに、作り方はビーフシチューとほとんど変わりませんし納得かもしれません」


 西洋にハッシュドビーフという料理は存在する。

 ただ名称が被っただけの別物、とか言ってはいけない。


「俺、シチュー丼とか苦手」


「あたしもー、ちょっと汚い食べ方って思いますよー?」


「でもドリアやハヤシライスだって、やってることはご飯にホワイトシチューやビーフシチューぶっかけてるだけなんだよ」


「まー……ご飯と馴染ませる工夫はしてますけどー。ちゃんとした名前があるとー、納得しちゃいますよねー」


 乱暴な理屈だが、判らなくもない気のする霜月。

 もっとも目の前に運ばれてきたハヤシライスは、ご飯に特別調理が加わっていないスタンダードなものなのだが。


「ビーフシチュー丼」


「急に野暮ったくなりましたねー」


「細切れ肉の汁掛けご飯」


「牛丼っぽく聞こえますー、それー」


 商品名1つでヒット商品になったりするあたり、名前というのはやはり重要なのだなと二人は思った。

 食して見ると、昨日のカレーより美味しく思える。


「あれ、美味しい」


 昨日の水っぽいカレーとはクオリティが段違いで、武蔵は困惑させられた。


「値段控えめだから沢山用意してあって、ちゃんと煮込まれてるんだろうか」


「安い、早い、美味い、ですねー」


 黙々と食す二人。

 存外美味しい物を前にして、語るべく内容などなかった。


「うむ、ご馳走様」


「はい、ごちそうさまー」


 水を飲んで、普通に店を出る。


「さて、これからどうしようかな」


「デートならエスコートして下さいよー」


「俺が普通のデートコースを積極的に選ぶタイプに見えるか?」


「奇をてらう必要なんてなんですよー? 定番ってことは、外れるリスクが低いってことなんですからー」


 そうは言うものの、このご時世ではデートスポットなどそうないのだ。


「そうだ、動物園はあったはずだ。デートの定番だろ」


「臭いから嫌ですよー。今どきは清潔な水族館が定番ですー」


 外れるリスクが低いとはなんだったのか。

 あっさりと動物園を却下する霜月に、武蔵は1つ頷いて歩き出す。


「じゃああんまり動物園に行ったことはないんだな」


「えっ?」


「せっかくだし行ってみようぜ」


「えっ? えっ? 話聞いて? ちょ、むさしーん? あのー?」


 霜月の手を引いてズカズカと進む武蔵。

 あまり動物園に行った経験がない、と漏らしてしまったのが霜月の敗因であった。







「意外としっかりした動物園だが、動物の数は少ないな」


「ここ、昔来たことありますよー。設備をそのまま使っているみたいですー」


 どんな土地でも人口が集まれば一定数の子供がいるし、子供がいれば教育施設として動物園が必要となる。

 よって100年前には既に、セルフ・アークには動物園があった。


「あれだ、動物ふれあいパーク」


「飼育しやすそうな、小さな動物ばっかりですよねー」


 犬猫ウサギ、モルモットや亀。

 基本、家で飼えるほどの小動物である。


「数カ月後には、こいつ等の命運も決まるのか」


「急なシリアスやめてください」


 政府崩壊後の世界で、悠長に小動物を愛でる余裕があるとは思えない。

 浮遊島に移り住んだ武蔵達にとっては対岸の惨事だったが、無政府状態下ではかなりの食糧不足だったと鈴谷も言っていた。


「ウサギって食用にもなったよな、確か」


「だいたいの動物ってー、食べようと思えばー食べられるんじゃないですかー?」


 そう考えると、二人としても心苦しいものがある。

 食肉加工という現場では常に向き合って然るべき死が、目の前の小動物達にも迫っているのだ。


「美味いものが食えるって、幸せなことなんだよな」


「美味しいものを沢山食べることが幸せ、とは限りませんけどねー」


 食の充実が至福と定義するのは高慢だ、と忠告する霜月。


「美味しかったですけどー、今日のハヤシライスは少し濃かったですしー、量も多すぎましたー」


「それでもやっぱり美味かったと思うんだけど。贅沢だ、と叱るのも違うんだろうな」


 味の濃さの指摘は自分の健康を気遣うには正しい意見だし、腹八分目もそうだ。

 自分にとっての幸福を、他者もまた幸福と感じるとは限らない。

 当たり前過ぎる、誰もが忘れる原理であった。


「ひょっとして、昨日のカレーも秋月にとっては丁度良かったんかな」


「あれは普通に水っぽかったって、帰ってから文句言ってましたよー」


「さよか」


 一卵性双生児ですら、味の好みに違いはあるのだ。

 みんなみんな、幸福の定義は違う。


「世界を救う、か。安請け合いしすぎたかもしれん」


 その願いは、手を伸ばせば伸ばすほどに等倍以上で遠ざかっていく気がした。

 人工の空に手を伸ばす武蔵。

 幾度となく行われてきた、彼なりの儀式。

 無言で、そっと。

 彼の手に、彼女の手が重ねられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ