4-11
更新し忘れたので2話更新してます。
「なあ如月双子ー?」
「どしたんですかぁ出不精のむさしーん?」
「なんですかーヒキコモリのムサシーン?」
自宅にて、帰宅した双子に武蔵は訊ねる。
「お前ら、カレーとハヤシライスどっちが好き?」
「なんですかその質問ー?」
「似たようなもんじゃないですかぁ?」
如月姉妹、カレーとハヤシライスの見分けが付いていない説。
人体実験で頭の中をかき回されて特に味覚が駄目になっているのかもしれないと危惧しつつ、武蔵は一応再度の質問を繰り返した。
「いやいや、カレーとハヤシライスは違うぞ? 3式戦闘機と5式戦闘機くらい違うぞ?」
「あー久々に乗りたいですねぇ3式戦」
「ですねぇー乗りたいですよー5式戦」
「そんなこと言ったら俺だってしばらく乗ってねえよ零戦」
どうしてこうも話が脱線するのか、武蔵は嘆息する。
だが人類史上最初期の機動兵器である戦闘機というオモチャに乗りたいというのは、武蔵としても大いに同意出来た。
「3式戦と5式戦の関係は、カレーとハヤシライスの関係ですかぁ」
「うーむ。見た目が似てて味が全然違うってことを考えると、むしろ5式戦闘機と零式艦上戦闘機の違いか?」
「えー? そんなに似てますかー、5式と零戦ってー?」
「胴体が全然違うけど、ぱっと見のシルエットとかサイズ感が似てなくない?」
「似てなくなくなくもぉないでけどぉ」
「どっちだよ」
それからしばし話し合った結果、以下のように落ち着いた。
「じゃあカレーが5式戦闘機、3式戦闘機はドライカレー、零戦がハヤシライスってことでいいな?」
「どうでもいいですぅ」
「お風呂行っていいですかー?」
「お前らの対応が適当過ぎてつらい。最初の質問忘れてない?」
カレーとハヤシライスどっちが好き命題である。
きのことたけのこ、ストレート麺とちぢれ麺、犬派と猫派。
日本人達は主義主張の違いから幾度となく争い合い、哀しい血を流し続けてきたのだ。
今日もまた、1つの嗜好の違いから姉妹の絆が失われようとしていた。
「わたしはカレー派ですねぇ」
「あたしはハヤシライス派ですよー」
「は?」
「は?」
睨み合う如月姉妹。
女の子ってどうしていきなりギスって低い声を出せるのだろうと、武蔵は内心ビビる。
女性同士の喧嘩は怖い。何が怖いというと、中身が何もないのが怖い。
正当性も実力も関係なく、ハッタリと度胸だけで力関係が決まってしまうのが恐ろしい。
多勢は無勢、言ったもん勝ち。
まるでヤクザである。
「うるさい」
「はぁい」
「すいませーん」
信濃に一言で、ギスギス空気は瞬間的に霧散した。
キャピキャピ声で謝る双子。
武蔵は祈った。世界が平和でありますように。
「それでぇ、どうしてむさしんは急にカレーとハヤシライス、どっちが好きかなんて聞いてきたんですかぁ?」
「明日明後日でお前らとデートしたいと思ってな、事前リサーチした店の名物がカレーとハヤシだった」
今日行った食堂とは別の、もうちょっと本格的な洋食店である。
「あのぅ、わたし達はデートに応じるなんて言ってないんですけどぉ?」
「そんなに尻軽だと思われるのはー、不服っていうかー?」
「でもお前ら、タダ飯好きだろ?」
「「だーい好きぃ!」」
双子が笑顔でハモって答える。
彼女達が即物的な対価を好むのを、武蔵もおおよそ理解していた。
次の日には、武蔵は秋月を伴って外出していた。
二人ペアで行動するのが常な如月姉妹だが、今日は姉の秋月のみ。
鈍重な木炭バスに揺られ、2人は少し離れた地区まで移動する。
「私達の時代より古めかしい道具や機械が多いのに、どうにもノスタルジーを感じられないのは何故なんでしょー?」
どこかはしゃいだ様子で、町並みを眺める秋月。
彼女の感想を、武蔵はリアルと憧憬の差だと解釈した。
「黒電話みたいなもんじゃないか。小道具としては時代を感じさせるが、実際に設置されているのを見ても古臭いオンボロにしか見えない」
アンティークは非合理という名のノスタルジーを感じさせるが、実際に使ってみれば不便なだけの旧式だ。
レトロな品など、スクリーン越しに見て楽しむくらいが丁度良いのである。
「黒電話ってなんですかぁ?」
「お前、工業高校生だよな……?」
こんなのが物作り大国日本の未来を支えられるのだろうかと不安になる武蔵だが、よくよく考えるとここがそもそも未来世界だった。
説明が面倒になった武蔵は、サクサクと適当に主張を変える。
「白黒でもセピアでもないからじゃないか」
「ああ、なるほどぉ」
武蔵の適当な返事に、しかし秋月は納得を示した。
「きっと昔って貧しいから、塗料とかもあまりなくて味気ない色合いだったんでしょうねぇ。未来世界は貧しいながらもぉ、明るい塗料が残っててカラフルな看板とかがあるんですねぇ!」
武蔵は困ってしまった。
どこまで本気で言っているのだろう、この如月姉は。
「でもいいんですかぁ、洋食って高いんでしょ?」
「気にするな、信濃の貯金だ」
「うわぁ……」
ドン引きされたので、武蔵は弁明する。
「特別予算だ。信濃は高給取りだから、多少贅沢してもそうそう破産することはない」
「そういう問題じゃねーだろ穀潰し」
低く冷たい声が、武蔵の耳朶を震わせた。
美少女は綺麗で澄んだ声しか出さないと信仰する武蔵は、今の声を幻聴と割り切った。
「作戦成功すれば工場の経営は続くし、失敗すれば文明崩壊して工場は廃業する。どちらにしても今が最後の散財チャンスだ。信濃の方でも、今は工場経営と平行しつつ資金の現物化に取り掛かっている」
「うーんこのダメ人間」
しみじみと言う秋月。
「妹の貯金で食べる外食は美味しいですかぁ?」
「金の出どころで味が変わるわけないだろう。非科学的だ」
「科学じゃなくて道徳のお話ですよぉ」
「妹が兄を助ける。まさに家族愛、道徳的だな」
道徳ってなんだっけ。
言い出しっぺの秋月が、先にこの命題に囚われてしまった。
辿り着いた店は、貧しい時代にあっても小綺麗さを維持したおしゃれな洋食屋であった。
「へえ、ふいんきありますねぇ」
「ふんいきな。変換出来ないぞ」
「最近は出来ますよぉ」
ガラス張りのディスプレイには食品サンプルが並び、店内はやや狭い。
高級店ではない、いかにも庶民向けの洋食屋。
「食品サンプルってまだあるんですねぇ」
「ジェットエンジンを維持出来ないのに、何故食品サンプルの製造ノウハウは喪失しなかったのか」
取捨選択が間違っている気がする武蔵であった。
「こうして並んでいると色々食べたくなってみるな」
「だめですよぉー。今日はカレー日なんですぅ」
優柔不断な武蔵に対し、意外と一途な秋月。
奇しくも今日は金曜日。
自衛隊においてはカレーの日である。
「ん?」
武蔵違和感を覚えた。
1周目にて自衛隊に入っていた武蔵だが、カレーを食べた覚えがない。
『―――武蔵』
ふと、アリアの声が蘇った。
今はここにはいない、きっと社畜のように多聞丸の訓練を受けてひいひい泣いている少女の声。
『―――いいですか、武蔵』
武蔵の脳裏に過ぎった彼女の姿は、どこか儚げで。
必死に、涙をこらえるように―――懸命に、言葉を伝えようとしていた。
『―――香辛料は貴重になってしまったので、自衛隊カレーは廃止になりました』
「いや普通に伝えろよ」
武蔵は妄想アリアをおなざりに消し去る。
変に重要シーンっぽさを演出されても困るというものである。
「そうだ、香辛料が貴重になって金曜日はハヤシライスに変更になったんだった」
日本の気候で、嗜好品の香辛料を育てるのが高く付くのは判る。
基本貧乏な軍隊という組織において、高い食品を調達出来ないのはおかしなことではない。
ないが、それでも「ちょっぴりお高い」程度ならむしろ士気高揚の為に用意されるものだ。
日々の食事をケチる軍隊など、誰も入りたいとは思わない。
「庶民には手を出しにくい牛肉や甘いお菓子も出てきたのに、カレーはなかった」
軍隊で牛肉が出ることはあってもタラバガニが出ることはない。
カレー粉の地位は、今や牛肉を超えてタラバガニに達してしまったのだ。
武蔵はおそるおそる値段を見た。
ちょっと後悔した。
「どうしたんですかぁ、ムサシン?」
「いやいや、食品サンプルで腹が膨れるわけじゃないんだし店内行こうぜ!」
秋月の背中を押して進む。
カレーとハヤシライスには思った以上に値段差があった。
双子でそれぞれカレーとハヤシと決めてしまった以上、ここで姉妹格差を出すわけにはいかない。
武蔵は紳士的にスッと支払って、スッと誤魔化すことに決めたのだった。
カレーライスを2つ注文すると、秋月はしみじみと呟いた。
「ところで、カレーライスって西洋じゃなくてインド料理ですよねぇ」
「イギリス式だからセーフ」
諸説あります。
食生活が国際化して久しい昨今、料理の起源を調べるのが難しい事例は多々ある。
カレーはインド料理とはよく聞くが、そもそもインド料理は香辛料を多用するので全部カレーの亜種に見える。
その中には日本人がイメージするとろみのあるカレールーに近いものもあるし、21世紀に台頭したスープカレーの原型のようなものだって存在する。
よってイギリス式カレーとて「イギリス人が当時植民地であったインドで自分の舌に合うように調理した料理」であって、別にイギリス発祥なわけではない。
カレーに限らず料理という文化は伝播と発展が同時進行で行われるものであり、下手に起源を定めてしまうと喧しい人種が飛び出てくるのだ。
「美味けりゃそれでいい、なんて世界がシンプルだと平和なんだがな」
「良かったですねぇ、今の時代ではカレーの起源を主張する国はありませんよぉ」
そもそもインドもイギリスも消滅している。
見ようによっては、22世紀は地球上から人類同士の戦いが根絶された人類史上最も平和な時代であった。
「まあそれでも、人は人同士で殺し合っちゃうんだが」
「ヒトってマジおちゃめぇ」
きゃはは、と笑う秋月。
人類のお茶目っぷりに人体実験された少女の言葉は痛烈であった。
カレーは武蔵達の印象では、どこか物足りない味だった。
「一晩寝かせたいですぅ。バターが足りない」
「不味くはなかった。75点」
値段が高い割に満足感が微妙な評価だが、これは単純に彼らの基準が高いだけだ。
需要や単価を考慮すると、どうしてもクオリティーは維持出来ない。
小学生が初めて作ったカレー感のある、むしろ逆に親近感を懐きそうな味。
「あとぉ、なんでスプーンがコップに入ってるんでしょー? 未来の文化でしょうかぁ?」
「むしろ過去の文化だな。俺も初めて見たが、店でカレーを食べるとたまに遭遇する現象らしい」
「でも、どうしても感想が辛口になってしまいますねぇ」
「…………。」
「…………。」
カレーだけに。
武蔵達は、その一言を全力で飲み込んだ。
それだけは、言ってはいけない。
言っては、いけないのだ。
「カレーは微妙でしたけどぉ、アイスは美味しいですぅ」
にっこにこで食後のデザートにアイスをぱくつく秋月。
現代より高級品ではあったものの、アイスクリームは普通に美味しいものであった。
氷菓子の歴史は古い。スタンダードなものなら、作るのは簡単なのだ。
「このデート、単純に女の子とお近付きになりたいって思惑じゃないですよねぇ」
「それ以外に何があると」
「だって嫌悪感が湧かないですしぃ。むさしん、別にわたしにどうこうしたいって思ってないでしょー?」
「いやその大きな胸で挟んでほしいとか思ってるけど」
秋月はスッと武蔵から距離を取った。
「私、信じてるから」
「声が低くなるのやめて」
いつもの「わたしぃ?」が「私」になったあたり、マジっぽいトーンであった。
「そんなに酷い戦いになりそうなのぉ?」
「まあ、な」
不自然に誂えられた戦いの前の静けさ。
いきなり無理矢理な平和を演出しようなど、勘ぐって当然であった。
「作戦の詳細を知った後じゃ泣いたり笑ったり出来なくなりそうだから、今のうちに楽しんでおいてくれ」
「そこまでですかぁ?」
「近代軍が勝てない相手に衰えた自衛隊の戦力で立ち向かおうとしてるんだ、無理はある」
感情や倫理観を廃して、武蔵が立てた作戦。
それは、おおよそまともな人間には実行不可能なものだった。
「ループしてるからって、気安くやっていい戦術じゃない」
「うん」
「けど、やる」
「はい」
いつか元の時代に戻れても、その時彼らからは大切なものがこそげ落ちているのかもしれない。
だが、それでもやると決めたのだ。
五体満足で帰還出来るなど、贅沢は言っていられない。
「わたしわぁ、貴方の不安を紛らわせる為に利用されたわけですかぁ?」
言葉は糾弾だが、目は笑っていた。
「酷い言い分だな、俺は純粋な性欲でお前達をデートに誘ったつもりだぞ」
「露骨過ぎて逆に健全とかウケるんですけどぉ」
アハハと笑う秋月。
今度の目は笑っていない。
「命を使い潰されるのはいいですけど、謀られるのは面白くないですよぉ」
「人聞きが悪い、話すべきことは話してる。この余暇の意図は複数あるし、ぶっちゃけ暇つぶしでもある」
武蔵は他者をマネジメントするのは不得手だが、彼なりに考えて動いているのだ。
「じゃないと双子それぞれでカレーとハヤシで分けたりなんかしないだろ。どんな作為があって双子に待遇の違いを作るんだよ」
「わたしに高い料理を食べさせて気を引こうっていう、浅ましい考えかなってぇ」
「ちゃうわい。俺が両方食べたかっただけじゃわい。くそ、こいつ値段見てやがった」
冷遇も優遇も、使いようによっては弱みになる。
武蔵はまんまと、攻撃材料を提供してしまったのだ。
「わたし達は貴方に付いていくしかないからぁ、お願いですよぉ?」
「何をだ?」
「止まらないで、下さいね。貴方の道は、もう貴方だけで歩いているんじゃないんですから」
それは力か、あるいは呪いか。
武蔵は内心恐怖しつつ、表向きは不敵に笑って頷くのであった。




