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4-10


 永田町と慣例的に呼ばれる町録区の防衛省庁舎。

 色褪せた色のビルの一画にて、男達は対峙していた。


「はじめましてだな」


「誰だ貴様」


 統合幕僚長 伊勢日向。

 対するは、顔を黒子のような布を被った不審者。

 脈略もなく対面した両者。

 見るからに不審者な黒子を、伊勢は当然のごとく不審者と断じた。

 視線1つで、黒子を捉えるように従えた自衛官達に指示する伊勢。

 速やかに動く自衛官達を、黒子は鼻で笑った。


「邪魔だ、退け」


 パチン、と指を鳴らす。

 それだけで、自衛隊員達は力なく崩れ落ちた。


「貴様……」


「少しばかり話をしようではないか、伊勢日向」


 伊勢は腰から引き抜いた拳銃を向ける。

 作業的な殺意に従い、躊躇いなく引かれる引き金。

 だが黒子は何気ない様子で、拳銃弾を避けた。


「やれやれ、専守防衛はどこにいった」


 当然ながら、銃弾は避けられるものではない。

 秒速300キロ、時速1000キロの小さな金属片をどうやって避けようというのか。

 故に、拳銃を向けられた場合の対処法は腕の直線上から避ければいい。

 拳銃ではなく腕だ。人体を貫通するほどの初速を得る為に、拳銃から伝わった腕にも相応の衝撃が伝わっている。

 よって、訓練された者ほど拳銃を体全体で支えて撃つ。

 そこまではっきりと射線が明確ならば、拳銃弾程度なら避けられる人種もいないわけではない。


「大和武蔵だな」


「…………ふん、訂正だ。お久しぶり、と言っておこうか」


 武蔵は冷汗を流した。

 内心は何故バレたしと大混乱である。

 中二病拗らせたような態度も、今となってはリアルタイムで生産される黒歴史。

 大和武蔵という男の復活を把握されていたばかりか、動きだけで本人を特定されたのである。

 なぜ100年前の知り合いの動きを覚えているのか。

 ハッタリかとも思った武蔵だが、伊勢の目は確信を抱いており、言い逃れは出来なかった。


「お前相手に交戦するのも分が悪い。付いてこい」


 踵を返す伊勢。


「あ、はい」


 黒子、ないし武蔵は無言で付いていくのであった。







 二人が辿り着いたのは、屋上だった。


「聞いたぜ、大和武蔵。随分と好き勝手やってるようだな」


 伊勢はフェンスに寄りかかってタバコを吸い、紫煙が空に飛び立つ。

 武蔵は癖のように、彼の放った煙の行く末を見上げていた。


「あんな犠牲を前提とした作戦、俺は認めん。お前からすればどうせ次がある世界だが、俺達からすれば唯一無二の現実だ。安売りなど出来るか」


「その点は心配するな。1月23日になれば、どのみち文明は終わる。生者も死者も地獄行きだ」


 伊勢は武蔵の胸ぐらを掴み上げ、軽々と持ち上げた。


「そういう問題ではない。我々は自衛隊だ、やれることもやっていいこともやってはならないことも、厳格に決まっている。それを安直に踏みにじるなど許されない」


「部下の統制を縛りきれてない統合幕僚長が、吠える」


 武蔵は嘲笑した。

 自衛隊員による民間人への暴行事件は、表に出ていないだけで多く存在している。

 それは、あまりに判りやすい「やってはならないこと」だ。


「可能か不可能かを論じているんじゃない。どうせ出来ないからやりません、なんてガキの言い訳が通用する世界じゃないんだ。不可能でも従うのが自衛隊だ」


お上(三笠)最高指揮監督権利者(花純)も、やれと言っているはずだが?」


「憲法から逸脱した命令だ。上にお伺いを立てるのが俺の仕事だ」


「お前達の存在そのものが、憲法から逸脱した軍事組織だろうに」


「混ぜっ返すんじゃねえ!」


 怒鳴る伊勢。

 その凶相は、さながらヤクザである。


「てめえ、この国を好き勝手動かしてどうするつもりだ。100年間おねんねしてた奴が、いきなりしゃしゃり出て命令に従えだと? ふざけるな!」


「命令を発したのは……」


「てめえだろう! お前が使い捨てる命を、俺が背負ってるんだ! まずは俺を納得させるのが筋だろうが!」


 武蔵はため息をついた。

 伊勢の腕を掴んで片腕懸垂をしているので、首は苦しくない。


「上がいままで毎度、きっちり筋を通してくれてたのか? さすが花純、俺の嫁かわいい」


 ギロリと武蔵を睨む伊勢。

 その眼光は、もはやハイエナのそれだ。


「判るかクソガキ、死ぬと苦しいんだ。誰もがいつか味わう絶望だ。健康な奴も病弱な奴も、偉い奴も奴隷も、最後は苦しんで死んでいく。人にとって抗いようのない最期だ。泣いても笑ってもハイおしまい、な終焉だ。それを、気軽に扱うな。お前が使い潰そうとしている自衛隊員にも祖先がいて、家族がいるんだ。人生があったんだ。判ってるんだろうな、おい」


「当然だ。完全無欠に理解している」


 言われ、内心怯む武蔵だったが。

 それをおくびも出さず、彼はふてぶてしく断言してみせた。

 実際、今までとて武蔵は命を軽視してきたわけではない。

 テロリストの命は軽く扱っていたが、それすらもはっきりと顔を思い出せるほどに直視してきた。


「あんたの立場からすれば、許しがたいことかもしれない。俺がこんなことを言うのは、お前の矜持を犯すことかもしれない」


 だが、武蔵は言い切った。


「自衛隊員の命、俺に寄越せ」


 伊勢は、力なく崩れ落ちた。


「ああくそっ! どうして、世界は滅亡しちまうんだよ! 頑張ってきたのに、みんな頑張ってたのに!」







 そんな暑苦しい男達の応対はさておいて、武蔵は数日後の昼、楽しげに昼食を食べていた。

 今日は信濃は仕事、双子は所用で出払っている。

 よって大和宅は武蔵と鈴谷の二人きりであり、彼等は昼食に生姜焼き定食を食べている。


「生の生姜がいい感じだぜ」


「生じゃない生姜って何さ」


「いやチューブ生姜とか」


「何それ。れんこんみたいな形の生姜?」


 基本的に未来で料理を覚えた鈴谷にとって、チューブ系の調味料は馴染みのないものだった。

 そう、この生姜焼き定食はプロによる手作り再現献立である。

 流石にそれを生業としていただけあって、鈴谷の料理の腕は大和家において最強に君臨していた。

 信濃の立場がない。


「うまうま」


「そりゃどうも」


 鈴谷の反応は薄い。

 プロということは、手を抜くことも覚えているということだ。

 渾身の料理ならばともかく、適当に作った昼食で褒められてもプロとしての賛辞以上の意味はない。


「今日は夜も誰もいないから、一緒にどこかおでかけして美味しいものでも食べようぜ。気になってたレストランがあるんだ」


「いや無理」


 武蔵の提案は、にべもなく却下された。


「違うんだ、それは違うんだ」


「何も言ってないけど、まあ言ってみ。何が違うん?」


「下心なんてない、これはデートじゃない。そう、いうなれば交流。親善。友愛。懐柔。これから共同戦線を張るにあたっての、俺なりに考えての提案だ」


「懐柔って聞き逃してねーぞ」


 武蔵のバグった脳みそを再インストールして、亡霊戦艦大和を撃破する為の準備を開始してからはや数日。

 彼は唐突に、鈴谷との昼食をかねたデートを提案していた。


「や、大きな戦いあんでしょ。他の子みたいにあんたも準備しなよ」


「それがそうもいかんざき。この作戦には自衛隊にも協力してもらうからな、どうしても時間がかかる」


 軍隊とはお役所である。

 他の役所と変わりなく予算を奪い合い、ペンと書類を振り回し、不毛な会議の果てにようやく行動を開始する。

 よって初動は遅く、鶴の一声がない限りは遅々として動けない組織なのだ。

 逆に一声さえあれば、トップダウン形式の自己完結型組織なので考えうる限り最速の行動を行えるのだが。


「自衛隊ぃ? あんな愚連隊共が役に立つん?」


「評価低いな」


「たりまえでしょ。碌に戦えないくせに、残された武器だけで威張り腐る野盗集団なんて」


 だろうな、と武蔵は納得する。

 そのあたりを聞いていないが、不安定になった情勢下で力を持つのはシンプルに武力を持つ者だ。

 21世紀でさえ、国が乱れて軍事クーデターから独裁政権が樹立されるのは珍しくない。

 無政府状態とは、そういうものなのだ。

 そして大国の介入を受け、開放の名の元に更に混沌に叩き落されるのが定番ネタである。


「現時点の自衛隊ですら俺の感覚でいえば統制が取れてないから、無政府状態になったらそりゃもう酷かったんだろう……というわけで、俺は最近暇なんだ」


「なにがというわけ、なのかは知らないけどさ」


「まあ聞け、話はここからだ」


「まだ何も言ってない」


「まあなんだ、とにかく現状作戦実行の為の資材物資が足りていない。軍隊ってのは普段から物資を備蓄しているものだが、当然限度はあるからな」


 大規模軍事行動には、それに伴う莫大な物資の貯蔵が必要となる。

 即時性を求められる災害支援ならばともかく、軍事作戦となっては関係各所への根回しは必須だ。


「そもそも亡霊戦艦が確実に出現するであろう1月23日まで、まだ3ヶ月もある。どうしても余分な日数は出てくるんだ」


「で?」


「鈴谷も協力してくれるっていうんなら、戦闘における連携だけではなく日常面での連携も強くしておきたい」


 冷めた人間である鈴谷にとっても、武蔵の言い分が解らないわけではなかった。

 チームならば信頼関係を強く結んでおくべき、というのは当然だ。


「ま、そんなら仕方がないか」


「おや、言ってみるもんだな。こんな支離滅裂な口説き文句でデートに誘えるとは思わなかった」


「そう思うのなら、もうちょっと趣向凝らしなよ」







 そこは、木造の真新しいレトロな建物であった。

 こじんまりとした店舗に、木目調というか木目そのままの内装。

 建築基準法をクリアしているのか怪しい建物が、目的地のレストランであった。


「って、ここ私が勤めてた大衆食堂じゃん……何、やっぱこっちに移っていいの?」


「いや、興味本位で来ただけ」


「レストランって言ったじゃん」


「レストランは西洋料理ってイメージがあるが、別に明確な定義はない。ファミレスだってファーストフード店だって自動販売機だってレストランだ」


「いや自販機は違うでしょ」


「それにここ、洋食もあるみたいだし」


 和洋折衷というか、作れるものは作る精神である。

 和食でも作れないものは作れない時代だ。


「冷奴高えな。調理もなにもしていないただの豆腐なのに」


「大豆なんて茹でれば食えるのに、何度も何度も加工を繰り返す豆腐は完全に贅沢品さね」


 武蔵ははたと気付いた。

 豆腐はそういう食品というイメージだったが、あの白い箱型の時点で途方もない労力がかかっているのである。


「これって手作りか? 美味しいのかやっぱり」


「まあ不味くはないよ。昔の豆腐が不味いイメージなのは、大量生産で細かい調節をせずに適当に作ってるからだし」


「あれ、なんで豆腐議論してるんだっけ」


「あんたの頭が豆腐並って話でしょ」


「なるほどなぁ」


 耐G能力低そうな脳みそだ、と思いつつ武蔵はメニューを読み進める。


「一番原価高いのどれ?」


「あんたそういう食べ方して楽しい?」


「じゃあ原価は普通だけど調理で一番手間暇かかってる、食堂としては注文されても差し支えないけど現場の料理人からすれば遠慮してほしいメニューってどれ?」


「あんたそういう生き方して楽しい?」


「こんな人間、せめて自分だけは自分を愛そうって心がけてます」


「ポジティブ過ぎて引くわ」


「褒めるなよ」


「褒めてない」


「惚れるなよ」


「惚れてない」


 結局、武蔵はオムライスを注文することにした。


「いや豆腐じゃないんかい」


「レストランだから洋食で攻めよう」


 意味不明な理屈を捏ねる武蔵。

 そもそもオムライスは和食である。


「単価も手間も大きそうだし」


「最低だコイツ」


 なんだかんだで、鈴谷も同じ物を注文する。

 鈴谷は自宅で寸分の狂いなく同じ物を作れるが、面倒なのでやらない。

 注文を聞いて立ち去った店員を、鈴谷はじっと見つめる。


「知り合い?」


「一方的にね」


 武蔵は周囲をゆっくりと見渡す。

 ごくごく普通の食堂だが、武蔵と鈴谷では同じで別物の光景に見えていた。


「ここにはどれくらい居たんだ?」


「一応、最後までここで働いてたよ」


「じゃあもう家じゃん」


「まあね」


 一般客からは見えない、所謂『関係者以外立入禁止』の扉。


「お前はあの向こう側の人間なんだな」


「別に何かあるってわけじゃないよ。普通の厨房と、おばさんの部屋があるだけだし」


 入ったところで物珍しいものがあるわけではないが、かと言って今後一生見る機会がないとなると気になる。

 武蔵という人間の、割と根底にある衝動であった。


「俺は月の裏側が気になるタイプなんだ」


「写真がいくらでもあるでしょ」


「実は捏造で、裏には宇宙人の基地があるかもしれない」


「ここラグランジュ4なんだから、月の横顔は直接見れるだろ」


 とりとめのないバカ話をしていると、やがてオムライスが2つ到着した。


「ケチャップのハートはなしか」


「いやここそういう店じゃないから」


「チェキお願いしまーす」


「え、あ、ああ……」


 戸惑いつつ、困惑気味にピースサインする鈴谷。

 ババア可愛い、と武蔵は思った。

 バッグを開くように背中から縦にスプーンを入れると、特に演出があるわけでもなく卵が左右に割れる。


「セクハラだよ」


「え、何が? ……ああ、え、その発想はなかった」


 こいつ意外とムッツリなのだろうか、と武蔵の鈴谷への印象が変わった。


「あー、なんだ、忘れて」


「俺としては卵が左右にふわっと広がって、とろふわで展開されるやつ期待してたんだけど」


 そういうタイプのオムライスではないと一目で理解していたが、それでもやってみたかったのである。


「あれ半生でしょ、菌が怖いから出来ないよ」


「なるほど、じゃあ生寿司とかもないのか」


「それは海が近いからある」


「あるんかい」


 一口食すと、どこか不思議な風味が口に広がる。

 不味くはない。ないが、武蔵の知るオムライスとはどこか違った。


「ケチャップじゃなくて自家製トマトソースを使ってるとかか? いやこれはこれで美味いんだが、いつもと味が違う」


「変にフォローしなくていいから、単純に旬を過ぎてて味落ちてるし。もうそろそろトマトソースの在庫も尽きるんじゃない?」


 驚くべきことに、この時代のオムライスは季節限定メニューだった。

 というより、この食堂のメニューはほぼ全て季節限定品だ。


「オムライスって年中無休で食べられるもんだと思ってた」


「昔はそうだったみたいだね。缶詰のトマトソースは高いから、店では使ったことないよ」


 21世紀では気軽な保存食程度まで値下げしていた缶詰だが、かつては高額な保存手段だった。

 22世紀においてはその地位に返り咲いており、自衛隊などでしか缶詰は採用されていない。

 ビニールハウスや温室を使えば冬でもトマトを栽培出来るものの、コスト的に現実的ではない。


「卵だってそうだよ、鶏卵2つも使うなんて贅沢品さね」


「洋食が高級なイメージなのは、食材が日本の気候に合ってないって理由もあったんだな」


 オムライスという料理が贅沢なイメージなのは昭和感があるが、冷静に考えると相応の理由があるのだ。


「よし、決めた。明日もデートしよう」


「断る」


「鈴谷とじゃなくて、他の子達とだ。殺伐とした日々が続いたら気が滅入るだろ」


「アンタとのデートがそれを紛らわせられるとは思えないんだけど」


「そこはほら、美味しい料理補正でごり押す」


「情けなっ」


 鼻で笑う鈴谷。

 武蔵としては遺憾である。

 それはもう、ぷんぷんおこおこな心情である。


「女だって化粧とか胸のかさ増しとかするだろ。男が小手先で誤魔化して何が悪い」


「それは当人の努力でしょ。アンタのそれは他人の金と他人の技量で誤魔化してるだけ」


「うぐぐっ」


 謎の説得力に言い負かされた武蔵であった。





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