表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/205

4-9



「お兄ちゃんは、あの徒労さんのことどうしたいの?」


「まあ、なるようになるしかあるまい」


 武蔵は深々と溜息を吐いた。

 双子と鈴谷はお風呂。一般的な浴室でしかない大和宅の風呂で3人が入れるのかは疑問だが、その密度は想像するとなかなかに刺激的かもしれない。

 ちょうどよく密談が出来る状況が誂えられたので、武蔵と信濃はこれからについて話していた。


「なあ信濃、魂って老化すると思うか?」


「うーん、私は若いままのつもりだけど」


「19だしな」


「ハタチだよ」


 魂という一般に非科学的な言いようだが、信濃はそれを精神と言い換えて解釈する。

 だが魂らしきブラックボックスが実在するらしいと知っている武蔵は、この質問を向ける相手を間違えていることに思い至った。

 現状、魂の取り扱いの第一人者は三笠だ。

 彼女なら、魂の時間経過による変遷傾向を理解しているかもしれない。

 今度聞いてみようと予定に入れつつ、武蔵は自分の見解を口にする。


「健全な魂は健全な肉体に宿る、っていうよな。つまり魂は肉体に影響を受けるってわけだが」


「それ誤用だよお兄ちゃん。『心身共に健全であれ』くらいの意味だよそれ」


「……ともかく、健康な人の方が身体由来の精神的ストレスが小さいのは単純な事実だ」


 不健康は心への負担になる。

 異論はあるかもしれないが、この点は単純に真理だ。

 信濃は自分の身体をぱたぱたと触る。


「まあ、テロメア伸長措置をしたこの身体は老化しないから便利だけど」


 完全に老化しないわけではない。事実、信濃も老眼になってメガネっ娘化している。

 だが、筋力や内蔵の劣化は感じていなかった。


「私の周りの人……由良ちゃんや姉上、妙子先生を見てても、100年で変質したって印象はあるけど、心が老化したって感覚はないよ。テロメア伸長措置は精神面にも影響を与えている。私的には確定」


 信濃はそう断言する。

 明確に論じるにするには、信濃の見解だけではとても資料としては足りていない。

 この不老可死の技術はおよそ100年前に生まれた技術であり、精神への影響は未だ検証途中なのだ。

 それでもなし崩しに実用化され、広く普及してしまったのは人の業か、衰えの恐怖か。

 完全とはいかないまでも、この未来世界の学者を訪ねれば具体的な検証結果が得られるかもしれない。

 だが、そこまでするほど武蔵も熱心ではない。


「じゃあ、鈴谷のアレってなんだと思う?」


「老化に伴う達観というより、経験からくる諦観じゃないかな」


 加齢に伴う達観と諦観。

 なるほど、言われてみればそれは別物だった。


「つまり諦観、諦めを覆した上でループから脱出すれば、まだマシなのか」


「言うが易し、成すは難しだよ。あの子がどれだけ生きたか判らないけど、年月の重みを覆すのは簡単なことじゃない。というかお兄ちゃん、ほんとにあの子1人の為にお兄ちゃんの大切な時間浪費していいの? 色々忙しいんでしょう?」


 そう言われては心苦しい武蔵だが、今回のループの目標である亡霊戦艦の撃破まではスケジュールがかなり開いているのも事実なのだ。


「亡霊戦艦撃破の準備をしつつ、鈴谷にちょっかいを出す。とりあえずこの方針で」


「おっけーだよお兄ちゃん」


「鈴谷も双子もそれでいいか?」


「いや、本人の前で作戦会議するなっての……」


 困った様子の鈴谷が、湯上がりパジャマ姿で武蔵達の作戦会議を見学していた。


「ロリババアが子供っぽいパジャマ着てるのかわいいな」


「あ、ありがとう?」


「じゃあ、鈴谷は何に対して諦観してるんだ? 他者に対して? 国に対して?」


「作戦会議続けるのか……」


 鈴谷を前にしての鈴谷についての話し合いに、ついに彼女の方が折れる。


「あんまり好き勝手言われんのも嫌だし、ちゃんと話すよ。だからやめろ」


「おお。鈴谷が俺達に心を開いてくれたぞ」


 群がるパパラッチを追い返す為に、逆効果と知りつつ述懐する心境で鈴谷は語り始めた。


「こっちの世界じゃさ、どんどん食料がなくなってくんだよ」


 それは、バッドエンドを迎えてもリセットボタンが押されなかった世界の物語。







 人間の歴史とは、食料生産の歴史だ。

 その時代の人口は食料供給量で決まる。狩猟を中心に生活していた時代は村以上の発展を行えなかったし、農業を開始してもマンパワーの限界から収穫量は限定された。

 石器、鉄器の発展により収穫量は増えていき、やがてそれは初歩的な農業機械へと発展していく。

 人口増加による文明の分業化、町の誕生である。

 更に各地で独自に栽培されていた作物は大規模に研究され、品種改良を経て近代的な作物へと変遷していった。

 輪作が考案され、農業は1つの技術体系として成熟していった。

 小麦や芋、トウモロコシといった効率的な作物の登場。内燃機関の発展による、農業機械の更なる発展。

 錬金術が科学に発展し、ハーバー・ボッシュ法が発明される。

 空気から肥料と火薬を大量生産する、正しく錬金術と呼べる技術。

 緑の革命と呼ばれる、近代品種や化学肥料の大量使用。

 人類が悪魔的に拡大していった農業生産技術により、地球上には100億の人が溢れた。


 しかし、ここが人類の最盛期。


 地球が滅び、限定的な技術のみが継承されたセルフ・アークにおいて、上記の技術を完全再現することは不可能だった。

 輸入に頼っていたF1品種は失われ、作物生産は遺伝子的に不安定なかつての農法へと戻った。

 だがこれは言うなれば戦前の水準であり、コロニー内の人口を支えることは出来たのだ。

 しかしそれも、日本国が機能しているまで。

 100年の間に徐々に衰退する技術は、治安の急激な悪化により完全に喪失した。

 科学農薬の生産が不可能となり、農業機械が壊れ、修理不可能となる。

 セルフ・アーク内の食料生産能力は、人口が要求する最低ラインを下回った。


「ならどうなるか、判るっしょ?」


「殺してでも奪い取る、だな」


 食欲は3大欲求において、一番厄介な欲だ。

 睡眠欲など寝ればいいし、性欲など我慢出来る。

 だが食欲についてはコンスタントに必要量の摂取を、脳に訴えてくるのだ。

 衣食足りて礼節を知る、という言葉があるが、逆に言えば飢えた者に礼節などない。

 自分が飢え死ぬよりは、他者が死ねばいい。

 そう考えるものであり、それは罪ではないのだ。

 自分の命を守る権利は、憲法ですら保証されている。

 それを、人権というのだ。


「私も戦ったよ。なんとか手に入れた赤とんぼに乗って、対地攻撃をしまくった。はは、昔ぶっぱなした127ミリ砲よりずっと口径の小さい機関砲でも、人間ってバラバラになるみたい」


 そういえば、と武蔵も思い出した。

 鈴谷のエアレーサーとしての愛機は大型飛空艇 二式大艇。

 いわゆるガンシップであり、地上目標を薙ぎ払うのは彼女の専門分野なのだ。


「やらなきゃやられてた、死ぬ前にも酷い目にあってた。子供達だって誰も守ってくれない。同じ日本人が、あんなに理性を失うところを見たくなかった」


 そういう彼女さえ、果たして正気だったのか。

 武蔵は鈴谷が体験した等身大の紛争に、身震いするような思いを感じた。

 思えば、武蔵は対人戦というものをしたことがない。

 人類涅槃解放軍との戦いは弱い者虐めしか出来ないテロリストを弱い者虐めするような闘争であったし、UNACTとの戦いは命がけであっても人ではない。

 本格的な、航空機を使って人に銃口を向けたことはないのだ。

 人から向けられる殺意、取って返す殺意。

 その応酬は、武蔵の埒外であった。

 もっとも、この時代では貴重な対地攻撃技能を有する鈴谷と暴徒の戦いも、また一方的な弱い者虐めの体だった。

 対空砲火を持たない地上の人間に、左回りで周回し延々と砲弾を注ぎ込む戦術。

 このノウハウは未来世界においては喪失しており、自衛隊すら有していない。

 また、空部の常として空戦機動訓練も受けていた鈴谷は、赤とんぼにて航空自衛隊の残党すら撃墜していた。


「でも、殺せば殺すほどに人の心は離れていくんよ。怖がるか、擦り寄ってくるか、批判してくるか。誰も、共にあってはくれない」


 まるで自衛隊だな、という感想を武蔵は飲み込んだ。


「私だって好き好んで殺していたわけじゃない。だっていうのにアイツ等は、アイツ等……!」


「可愛さ余って憎さが百倍になってるな、これ」


「彼らが国を愛したように、国も彼らを愛してほしい、ってやつだね」


 武蔵は信濃を訝しげに見やった。

 古い映画の名台詞であった。


「信濃が実は歳上なんじゃないかって、最近思ってる」


「歳上だよお兄ちゃん」


 97歳歳上の妹である。


「あと、この時代では再放送が多いんだよ」


 なるほど、と武蔵は納得した。


「もしかして鈴谷、最後は味方に殺された?」


「……殺されてはない」


 それは、それに類する扱いを受けたという返答であった。


「初めは、みんな頑張ってたんだけどさー」


 投げやりな様子で天井を見上げる鈴谷。


「食べ物がないと、やっぱ人ってダメなんよ。最初は凝った物は作れなくなって、香辛料は財産みたいになって。日本円なんてもう使えないから、物々交換で食べ物を集めて」


「三笠にクレーム入れとけ」


 コロニーの土壌管理は管理人工知能、三笠の領分。

 とはいえ彼女がそれを怠っていたとは考えにくいので、収穫量の減少は純粋な技術喪失によるものだと武蔵は考える。


「みんな頑張って、食べるものを持ってくる。虫に食い荒らされた穴だらけの野菜や、よく判らない種類の魚を。それを私は、毒があるかもしれない、消化されないものかもしれないってビクビクしながら料理するんだよ」


 それでも、食堂に勤めていた彼女が料理人としての分業に従事していたというのは意味がある。

 政府崩壊後も、しばらくはコミュニティが成立していたという情報なのだ。


「誰だって飢えるのは嫌。お腹が痛くなったら、お腹が痛くなる。眠れないくらい痛くて、食べなきゃ死ぬって切実に感じる」


 それもまた、幻肢痛か。

 鈴谷は自分の腹を押さえ、顔を顰めた。


「子供さえ、食用に誘拐され始めた。あんなのないよ、人の死に方じゃない」


「そんなクソ喰らえな未来でも、鈴谷は名残りがあるんだな」


 武蔵の言葉は、信濃や双子にとっては意外な感想だった。

 鈴谷の話は、とても懐かしむのに相応しい、楽しい世界とは思えない。

 だというのに、鈴谷は悲惨な過去である未来を肯定している部分がある。


「あんたにとってこの世界は仮初の夢みたいな世界かもしれない、けど、こっちにいる人にとっては唯一無二の替えの利かない、必死に生きてきた世界なんだよ」


 双子、霜月は鈴谷の言葉を鼻で笑った。


「いやいやいや、こんな現実嫌ですって。好き好んで辛い現実選ぶとかただのマゾですよー」


「過去を受け入れるのはしょうがないかもですけどぉ。すずっちが囚われるのは未来のことですよぉ?」


「ですよですよー。毎回人体実験される身にもなってくださいってぇ」


「過去に遠慮して未来を手放すのはおバカさんがすることですよー?」


 睨み合う双子と鈴谷。

 だが精神年齢歳上とあってか、先に引いたのは鈴谷であった。


「……別に、あの未来を好き好んで選ぶわけじゃない」


「ですよねぇ!」


「だよねー!」


 キャピるん、とお互いの両手の指を絡ませてダブルウインクをかます如月姉妹。

 あざといポーズに関しては宇宙一である。


「鈴谷、俺達は未来を変える。いいな?」


「私に断っておく必要、あんの?」


 勝手にやれ、と手をふるふると振る鈴谷。

 武蔵は首を横に振る。


「今まで色んな想いを踏みにじってきた」


「うん」


「だから、ちゃんと、鈴谷の想いから目を逸らさずに、お前のことも踏みにじりたい」


「何言ってんのあんた……」


 鈴谷の瞳は、馬鹿を見る目であった。

 彼女は初対面の人間を見るような眼差しで武蔵を見つめ、溜息を吐く。


「んで、あんたは私にどうしてほしいのさ」


「いや別に、おとなしくしててくれとしか」


「手駒が潤沢ってわけじゃないんでしょ。あんた友達少なそうだし」


 武蔵は溜息を吐く。

 年寄りはこれだから面倒臭いのだ。


「亡霊戦艦を倒す。手伝ってくれ」


「あいよ」


 それは、年月を重ねた者故の聞き分けの良さか。

 鈴谷は案外簡単に、といえば語弊があるものの。

 武蔵の戦いに、協力することとなったのであった。







「ところで信濃、姉上って誰だ」


「え? 花純姉だけど」


「お前、花純のこと姉って呼んでたのか」


「うん、お世話になってるし年上だし」


 別のループにおいては割と放置されていたし、年上ということなら妙子も年上なのだが武蔵は口にしないことにした。

 女同士の力関係に男が首を突っ込んだら火傷では済まないのだ。





昔は小説を書く際に、プロットからどうやってかさ増しするかで悩んだものです。

文庫一冊分、厚さにもよりますが原稿用紙400枚くらい。

途方もない分量に思えたものですが、それでも自分の書きたいことを素直に文章にするスキルを得てくると話は変わってきます。

最近は逆に、無駄な会話シーンが暴走することが多くて困る。

武蔵が帰宅してからの信濃や双子との会話、どこから出てきたんだこれ……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ