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4-8



「は? 誰」


 鈴谷との再会は、第一声からやさぐれていた。

 長いポニーテールが印象的な、ハツラツ系美少女。

 つり上がり気味な目尻はきつい印象を与えるも、話してみるとその人懐っこさに男は大体懐柔される。

 鈴谷はそんなタイプの人物だと武蔵は記憶しているが、目の前にいる少女にはそんな雰囲気は欠片もなかった。

 簡易ベッドに腰掛け、武蔵を冷たい目で見据える鈴谷。

 どうやら彼女は、遠い昔に会ったきりである武蔵を忘れているらしかった。


「大和 武蔵。この家の住人だ」


「はーん。で、何しに来たの」


 塩分含有量が心配になるほどの塩対応。

 武蔵はまず、抱いた疑問をそのまま問うてみることにした。


「いやお前、もっとアレだろ。『皆のアイドルすずちゃんでーっす! いやーっ、愛されてて困りますわー!』みたいなキャラだろ」


「あん? いや何年前の話だし。あーあんたもアレか。如月姉妹と同じ、ループしちゃってる人か。ごくろーさん」


 おおよその事情を聞いていた鈴谷は、武蔵の境遇についてもほぼ正しく把握した。

 理不尽な世界に囚われた、悪夢を見続ける人生。

 否、それを悪夢と割りきれれば、まだマシだった。

 鈴谷は強い少女だった。過酷な世界を前に、必死に生きれる人間だった。

 だからこそ、絶望は深かった。


「すずちゃん、お前はこれからどうするんだ?」


「すずちゃん言うなし。いやまあこのまま、毎回お世話になってた食堂に就職しようかなって思ってるけど」


 億劫であったものの、一応の義理として答える鈴谷。


「そうか。まあ、俺の邪魔をしないのならそれでいい」


 武蔵としては、余計なことをしないのならば大和宅にいようが、例の食堂にいようがどっちでも良かった。


「ただ連絡が途絶するのは面倒だから、とりあえずこの家に滞在してほしい。食堂はここから通える距離なんだよな?」


「通えるけどさ……正直、私としてはあっちの方が気楽なんだけど。私の状況を知りたいのなら、たまに会う程度でいいじゃん」


「それ会う間隔がどんどん間延びして関係消滅するパターンしか思い浮かばない」


 鈴谷は小さく舌打ちした。

 彼女の希望としてはまさしく、関係の自然消滅が望みだった。


「足ちょうだい、足」


「足?」


 もしや彼女も災難に見舞われて義足だったりするのだろうか、と鈴谷の足を見る。

 細くしなやかな足は、どう見ても生身のそれだ。


「通えるけど、ちょっと距離があんの。バイクとかちょうだい」


「ああ、通勤用の足か。そうだな、こちらの要望なんだしそれくらい調達するか」


 由良に頼んでおこうと丸投げを決定する武蔵。

 飛行機とバイクは親戚のようなものなので、由良ならば調達も整備も楽勝である。

 いや別に親戚でも血縁でもないのだが、何かと縁があるのだ、飛行機とバイクの歴史は。


「…………。」


「…………。」


 話す内容がなく、沈黙が漂う。

 三笠にフォローを頼まれたものの、これ以上踏み込む術を武蔵は持ち合わせていなかった。

 まあ今回はただの顔見せ、いきなりぶっこむわけにもいくまいと転進を決める武蔵。


「とりあえず話しておきたいのはこれくらいだな。んじゃ、困ったことがあったら言ってくれ」


 踵を返そうとすると、鈴谷は武蔵に問うた。


「何? 困ったことを相談したら助けてくれんの?」


「美人の頼みは断れないな」


 肩を竦めて答える武蔵。

 ナチュラルな返答である。

 口が軽すぎて既にキザですらなかった。


「あー、アンタそういうタイプか。ま、いーけど。それじゃあなんだ、この家に住んでるのってアンタの女達?」


「まあな」


「いやいやぁ違いますよぉ?」


「テキトーぶっこまないでくださいねー?」


 こっそり双子が監視していた。

 武蔵と鈴谷の実質的ファーストコンタクトを心配して、こっそり見守っていたのだ。


「言っとくけど、私はあんたに股を開く気はないかんね」


「別にそんなことは一言も言っていないが、未来に出会う相手に心に決めた相手でもいたのか?」


 崩壊後の世界を長生きしたというのなら、結婚していても不思議ではなかった。

 ふん、と鈴谷は鼻を鳴らす。


「まあ自慢だけどモテたけど、特定の相手ってのはいないね」


「不特定多数と関係を持ってたのか……」


「違うっての。どうせまた繰り返すと思ったら、特定の相手と関係を深められなかったんだってば」


 いい雰囲気になった異性は、一応普通にいたのだ。

 ただ、その気持ちに答えることは出来なかった。

 彼女の立場も、その後に訪れるであろう離別も。


「あんた等は、このループを終わらせる方向で動いてるんでしょ?」


「そりゃあな。目覚めない夢なんて、甘い夢でも悪夢だろ」


 鈴谷は溜息を吐きそうになる。

 武蔵の言い分は、武蔵以上に理解出来ていた。


「まあ、ね。私はこの世界は、事故で昏睡状態になった私の見てる白昼夢なんじゃないかって思ってたよ。……あっ」


「どうした?」


「あんた、あの事故、試合の時にいた相手チームの男か」


 遅せーよ、と武蔵は裏手でツッコんだ。


「なあ、政府崩壊後の世界について聞いていいか? ちょっと興味湧いた」


 武蔵は退室しようとしていた流れを打ち切り、殺風景な部屋にとりあえず用意されていた椅子に座った。


「むさしーん、あなたが椅子に座ったら、わたし達はどこに座ればいいんですかぁ」


「あたしに床に座れとか言わないですよねー?」


「片方は俺の膝の上に座ればいい。もう片方はスクワットでもしてろ」


「双子格差がひどくないですかぁ?」


「ムサシンの上に座るとか、とんでもない罰ゲームですよー」


「え、俺の膝の上に乗るのってスクワット以上の刑罰なの?」


 双子はベッドに座る鈴谷の左右に腰を降ろし、左右から鈴谷に寄り添う。

 まるでその道のプロのようなしなの作り方に、百合もいいものだと武蔵は関心させられた。


「ちょっと、暑苦しいんだけど」


「えーっ、いいじゃないですかぁ」


「感動の再会ですよー。もっと仲良くしましょーよー」


 きゃっきゃと鈴谷にすり寄る双子。

 鈴谷は煩わしげに、それを跳ね除ける。


「勘違いしないで。別に私はあんた等となかよしごっこするつもりなんてないから」


 ぴしゃりと言い切る鈴谷。


「利害の一致とか情報公開で接触はするけど、私にとってあんた等なんて数十年前にちょっとの期間だけ一緒にいただけの、顔見知りでしか……ちょ、やめ、なんで脱がすのっ」


「すずちゃんがわたし達の都合を気にしないように、わたし達もすずちゃんの都合ガン無視しまーす」


「ええではないか、ええではないかー」


「やっ、やめ、助けっ……」


 強い。

 双子強い。

 この二人、理屈っぽい相手には最強である。

 思春期の男子を惑わせることにも最強である。

 単純なマンパワーとしても双子なので2倍である。

 強キャラであった。

 250人の法則という言葉がある。

 人1人に対して、関係者は平均250人がいる。

 よって、1人を敵に回すのは250人を敵に回すのに等しいという経験則だ。

 ただこの娘に限っては、10倍の2500人くらいの男子を扇動出来そうな気がする。

 更に言えば、双子だからそれが倍。つまり5000人はいける。

 敵に回してはいけない系女子であった。


「だが……」


 この手の強引な手法は、相手の反感を買って暴力に至る可能性を捨てきれない。

 武蔵は双子の強攻策が万が一の事故に発展しないように、鈴谷が一糸まとわぬ姿なるまで見守るのであった。


「それじゃあ、わたし達はお風呂で裸の付き合いしてきますねぇ」


「おかまいなく」


「っていうかムサシン、鈴谷の裸ガン見しすぎてキモい」


「おかまいなく」


 タダで見れるのなら武蔵は遠慮する気はない。

 どうにも鈴谷は裸を恥じらう様子がなく、かなり見放題である。

 武蔵は嘆息した。堂々とした裸体はエロくない。


「羞恥心とかないのか」


「いや、私もうおばあさんだから。羞恥心なんてとうの昔に捨てたっての」


「セックスしようぜ」


「道徳心までは捨ててねぇよ!?」


 だめかー、と落胆した様子の武蔵。

 別に本気で言ったわけでもない。彼女のメンタリティーを計り知る為の威力偵察的揺さぶりだ。

 警察の取り調べに強面刑事と優しい刑事がいるように、多方面から攻め落とすのもまた定石。


「別に肉体的には若いんだからいいだろ。スケベしようや」


 武蔵は裸の鈴谷に迫り、後退る彼女に四つん這いで馬乗りになる。


「ゲへへいいではないか、いいではないか。すぐ終わるから、すぐ出すから」


「いやほんと無理。キショい。早漏。あんまりくだらないことをするなら殴るよ」


「……なるほど、年の功には敵わんか」


 武蔵は「ごめんち」と一言謝って、彼女の上から退いた。

 ここまでされて全力で抵抗しない鈴谷。

 それだけなら貞操観念が低いだけかもしれないが、武蔵の行為を「くだらないこと」と看破されているのだ。

 鈴谷は、武蔵が本気ではないことを見破っていた。


「なるほど、ババアの目は侮れない。これは手強そうだ」


「アンタ、私と敵対する気?」


「その予定はないが、かといって捨て置くわけにもいかないんでな。理解はしておきたい」


「ハッ。人間、どこまでいっても理解なんで出来ないっての」


「何十年も生きた果てに得た結論がそれか?」


 呆れたように武蔵が問えば、返ってきた鈴谷の声は疲れ果てた老婆のそれだった。


「徒労だね」



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