4-7.
バイクと自動車の中間みたいなタクシーを拾い、武蔵は自宅に帰還した。
もう何度目になるか、老朽化した外壁も気にせずに武蔵は帰宅する。
いつもとタイミングが異なるからか、背後から信濃に話しかけられることもなく。
かといって素直に帰宅の挨拶をするのもどこか気恥ずかしく、ついつい武蔵は……
「ただいま○こ!」
……とりあえず、下ネタに走った。
「おかえり陰部ペニスおちんちんコシコシビローン!」
「おい、少しは自重しろ」
信濃が主人の帰宅に熱狂する犬のように、笑顔で玄関から飛び出してくる。
飛び込みハグしてきた信濃をよしよしと撫でる。
「ふえええっ、お兄ちゃん、どこに行ってたの、やめてよほんとほっとかないでよ信濃は寂しくて死ぬ動物なんだよぉ」
「よしよし、うぇいうぇい、べーべー」
信濃の100年ぶりの再会はもう何度も経験しているので、対応が心なしが雑になっている。
こんなのだから刺されたり撃たれたりするのだ。
服を脱ぎだした信濃を止め、武蔵は訊ねる。
「三笠が鈴谷をこの家に放り込んだと聞いたけど、今はどうなってる?」
「それだよお兄ちゃん! どういうことなの、お兄ちゃんのハーレム嫁が増殖してるよ! いつ捕まえたの!?」
信濃は困惑しっぱなしだった。
100年ぶりに兄が戻ってきたと思えば、女の子が増えているのである。
「さすがだな兄者」と思うものの、説明は求めたいところだ。
「鈴谷って人はともかく、如月って双子についてはなんかもう、お兄ちゃんの正妻気取りだよ! あの人達、普通にこの家の掃除とか家事しちゃうんだよ!? 私の立場どこに行ったの!?」
それは正妻特権なのかと訝しむ武蔵。
いくら双子が信濃を知っているからといって、その辺の配慮は気を配ってほしいものだと思った。
「あーなんだ」
武蔵は配慮が面倒になった。
双子のことを悪く言える立場ではなかった。
「あの双子もハーレムだ。俺の溢れんばかりの男気に惚れたんだ」
「うわぁ……」
「きんもー……」
双子が玄関から兄妹を見ていた。
如月姉妹は、鋼輪工業高等学校2年A組所属後藤雄二先輩を見る目で武蔵を見た。
「いや誰だよ」
「あたし達を口説こうとした、雰囲気髪型イケメンくんですよぉ」
「願わくばどっちかが引っかかればって感じが見え見えでぇ、ほんと無理でしたぁ」
無茶しやがって、と蒼穹を見上げる武蔵。
「そんな中途半端な気持ちが相手に伝わるはずがない。男なら黙って双子丼」
双子は無言で玄関を閉じ、中から鍵をかけた。
「あけてー! ごめんなさいー! あけてあけてあけてー!」
「なんで私までー! ねえねえ私だけでも入れてー! 巻き込まないでー!」
兄妹揃って自宅のドアをドンドンする。
いつまでたっても精神年齢の低い一家であった。
「信濃って、今何歳?」
「ハタチでーす」
「サバ読むってレベルじゃねーぞ」
「女盛りは19だってお兄ちゃんが言ったのよ」
「その歌を知ってるのが、もうオバサンになっちゃった証だけどな」
他愛もない話をしていると、双子がそそくさとお茶を入れてくれる。
「はい、どうぞぉ」
粛々楚々とした所作でお茶くみをする秋月。
騙されてはいけない。その微笑みは、肉食獣が獲物を見つけた時の狂喜だ。
男女平等を謳うのは、常に性差を武器にするのが不得手な者達。
男らしさ、女らしさを戦闘技法まで昇華させた者に言わせれば、セックスアピールの否定は廃刀令に等しい理不尽なのだ。
「まあ俺は狩られる側だからどうでもいいんだが」
「むー、なんですかー、首跳ね飛ばしちゃうゾっ」
きゃぴるん、とウインクする霜月。
最近のウサギさんは物騒である。
「にしても、お兄ちゃんが帰って来たと思ったら、また何人も女の子を連んで……なんか泣けてきた」
「100歳超えてるのに泣くなよ」
「私だってこんなことで泣きたくなかったよ。解る? 私のこの切なさ! よく知らない子達の面倒を見る世知辛さ!」
「お前には昔から迷惑かけてばっかりだ、すまない」
「それは1日1回しか言わない約束でしょお兄ちゃん」
1日1回は言わないといけないらしい。
クレジットカードをリボ払いで組んでしまった気分の武蔵である。
「えーっ、家事とかは手伝ってるじゃないですかぁ」
「そうですよー。書類とかはお願いしちゃいますけどー、この家のことはまるっと任せていいんですよー」
信濃は涙目で双子を指差す。
「お兄ちゃん、この子達なんでこの家のこと把握してるの? 普通に怖い。私の料理の味付けまで覚えられてて怖い。仕事をどんどん奪われるの怖い」
「ほどほどにしとけよ如月姉妹よ。信濃は俺の面倒を見るのが喜びなんだ、あんまり楽しみを奪ってやるな」
「うわキモ」
「ないわ」
如月姉妹は光源氏を見る目で武蔵を見た。
「むさしんってぇ、ほんと自分に対する根拠のない自信に溢れてますよねぇ」
「ムサシンのそういうとこー、マジで性犯罪者の倒錯と大差ないですよー」
「いや待て、あの古代なろう系ハーレム野郎は女性の願望だろ。アレは作者も読者も女性だぞ」
超絶美形ハーレムちょい悪、それでいて弱い部分もあって母性をくすぐる系男子。
いかにも頭が軽い女性が好みそうな、結婚したらだいたい不幸になるタイプの男である。
そんなのと同一視されては、武蔵としても遺憾なのだ。
「何言ってるんですかぁ。痴情の縺れは外から見てこそ楽しいんですよぉ」
「アレのヒロインのほぼ全員が愛人や浮気相手なんですからー。リアルであんなのと関係もってー、最後に幸せになった人がどれだけいるっていうんですかー」
「女ってああいうドロドロ好きよな、今も昔も」
昼ドラに対する耐性のない武蔵にとって、理解し難い分野である。
「まぁ、そんなわたし達がむさしんと関係を持つかもなんていうキモ、ありえない未来はおいといてぇ」
「キモ……!?」
「まずはぁ、回復して良かったですよムサシン。あのまま脳みそくるくるぱーになっちゃったら、共犯者としては困っちゃうところでしたぁ」
「あたし達だけではー、ちょっと、荷が重いですからー……」
「むーさしん♡」
「ムーサシン♡」
しなを作って武蔵に左右から寄り添い、よいしょしてくる如月双子。
自分達だけでループを脱出出来る気がしない彼女達にとっては、割と大事である。
武蔵は理解していた。これは自分をこき使う為の、鼻先の人参であると。
この双子は男を傀儡にして、最大限の利益をかっさらうのだ。
「寄り添うならいっそ胸くらい当てろよ」
「嫌です」
「無理です」
「お兄ちゃん、妹の胸で我慢しよう? ね?」
信濃が両手を上げてバッチコイアピールするが、いつまでもバカ話に興じるわけにもいかない。
「まずは会ってみなければどうしようもないか……鈴谷は、どこにいる?」
3人の女性達は顔を見合わせ、頷いて、武蔵を彼の記憶では空き部屋だった場所に案内するのであった。




