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4-6





「え、いや、だって―――」


 武蔵の未来世界の旅は、大型漂流クルーザー船から始まる。

 その前提を覆す状況。過去改変による影響かと考える武蔵。


「どういうことだ? 俺は気を失って未来に飛んで、今回は目覚める前にお前が保護してたのか?」


「あながち間違いでもないが……主観的に見れば、ここまで状況認識が出来ないものなのだな」


 やれやれと肩を竦める三笠。


「おそらくは通例通り、お前達の身柄はORIGINAL UNACTに献上してやった。お前は97年前に我等に残した資料の通りに発見され、アリアの手で救助されて今目覚めたのだ」


「コールドスリープが解けなかったのか。何にせよ、初めてのパターンだ」


 訝しむ武蔵だが、三笠はそれをも否定する。


「違う。肉体は復旧していたが、お前は精神崩壊を起こしていたのだ。植物状態のところを発見され、我が97年前に確保しておいたお前の脳と魂のデータを上書きした。お前の認識上はついさっきまで我の家にいたのかもしれないが、お前の本来の精神は時雨の記憶を読み取れず破綻し、崩壊したまま時間を飛び越えたのだ」


 なんとも、ぞっとしない話であった。


「お前が見たものが何なのかは判らん。だが、推測は出来る」


「……お聞かせ願おう」


「五感がランダムに刺激され、脳を撹拌された。人間というのはバグったゲーム画面を見るだけで気分が悪くなるものだ。視覚と聴覚だけでさえ、脳はダメージを受ける。五感全てに訴えるノイズとは、まあ、ただの拷問だろうな」


「……100年前の俺は、それを見て自分の軽挙さを後悔したのかな」


「そんな猶予があれば幸せだったな」


 三笠は肩を竦める。


「後悔しても、それでもやるのが人間だろう。絶望の苦しみを知識で学べるのなら、人はとうの昔に戦争を捨てられている」


 武蔵は深々を溜息を吐く。

 その通りだった。愚かしい人間の1人でしかない武蔵は、再び後悔するのだろうと察しながらもまた時雨の記憶に挑むのだ。

 知らないから、人は残虐になれる。


「さっき俺達をUNACTに献上する光景を録画しておくって言ってたよな。撮れたのか?」


「撮れたが、別に大した光景は映っていなかった。がぶっと食われておしまいだ。あとさっきじゃなくて100年前な」


 三笠は携帯を操作し、動画を再生する。

 猫動画であった。


「間違えた」


「そうか」


 再び携帯を操作。

 再生された動画を見ると、なるほど三笠の言う通りだった。

 UNACTが突っ込んできて、がぶっと食われて撤退だ。

 自分が食われる光景というのはある種の感慨深さすら感じるが、それ以上に気になるのは背後に映る巨大宇宙人である。

 どうみても巨大なゴキブリ。否、別にゴキブリとディテールが似ているわけではないが、造形の趣向はそれに近い。


「これ、アリアなんだよな?」


「うむ。こうして見ると美少女だな」


「眼科行け」


「この目はカメラだが」


 武蔵は三笠の瞳を見つめる。

 虹彩の鮮やかさに驚かされるが、なるほど瞳孔は機械式レンズであった。


「な、なんだあまり見るな」


 顔を逸らす三笠。

 なんだこいつかまととぶりやがってと鼻で笑い、話を戻す。


「このあとこいつはどこに行ったんだ?」


「行方不明だ」


「まじか。なら美少女のほうのアリアと、ついでに双子については?」


「全員見付かっている。双子はお前の家に転がり込んでいるし、アリアは自衛隊でパイロットをしている」


 自分の口添えなしにどうやって大和宅に住み着いたのだろうかと武蔵は不思議に思ったが、よくよく考えれば双子にとって信濃は割とよく知る人物だ。

 あの世渡り上手姉妹のこと、うまく言いくるめて家に転がり込んだと予想出来た。


「相変わらずアリアには不干渉なんだな」


「ループの未来知識で、おおよその目覚める場所やタイミングは確保しているのだがな……本当ならば捕まえて檻に入れて飼いたいくらいなのだが、黒幕に気取られれば終わりだ。ままならんものだな」


「ヤンデレズ怖い。後先も生産性もない。どうしようもない奴だ」


「我は病んでもいないし、同性愛でもない。アリアを尊いと思っているだけだ」


 武蔵は話題を変えることにした。

 ヤバイやつからは距離を取るに限る。


「今後の方針だが、一応共有しておこうと思う」


「ああ、世界滅亡を食い止めるのだったな。どうする気だ、亡霊戦艦がいる限り力技で歴史を修正されるぞ」


「亡霊戦艦を沈める」


 三笠は唖然として、やがて顔を手で抑えてケラケラと笑い始めた。


「ああ愚かだ、なんて愚かしいんだ貴様は。これだから黄色い連中は狂ってる。イソロクも真珠湾で射精したに違いない」


「お前の発言の方がよほど危なっかしいぞ」


「人類の最盛期たる、21世紀の科学文明の軍事力を以てして勝てなかった怪物だぞ。空母も駆逐艦も戦艦も核弾頭も通じなかった最強の個を、この不自由な時代の手札で、お前程度の矮小な存在が撃破しようというのか」


 散々な言われようだが、事実であることは武蔵も認めるところだ。

 亡霊戦艦大和。

 それはおそらくは、人類では勝てない前提で生まれた怪物。

 兵器を評価するのが実績実戦だというのなら、これほど高評価を得る存在はいない。

 戦艦の火力と装甲、戦闘機の運動性能。

 抗いようもない怪獣に対して、武蔵のアドバンテージは1つだけ。


「1度で倒せるとは思っていないさ。何度かループして、特性を探る」


 ふむ、と三笠は嗤いつつ頷く。


「何が必要だ。朝雲花純に伝えておく」


「そうだな、まずは―――」


 武蔵はつらつらと、自分の計画について語った。

 絵空事だが、方向性さえ整えば後は花純が体裁を整える。

 一通り武蔵の計画について聞き終えた三笠は、その杜撰さに呆れ返った。


「巻き込まれる秋津洲の船員が不憫だな」


「彼等も軍人だ、命令とあらば命を賭けるだろう」


「その命令が、私情と私縁で発せられているのだがな」


「むっ。失礼な」


 武蔵は憤った。

 私縁ではあるが、私情ではない。


「世界を救う為だ。多少の犠牲は付き物だ」


「その一言で死にゆく人間が納得すればいいな」


「まあそうなんだが、それに納得しちゃうのが軍人って人種だろ?」


 三笠は何が気に入らないのか、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「受け入れるのと納得するのは別だ。この世界がどうせ消えるからと言って、あまり人の心を弄ぶなよ」


「……弄んでなんて、いない」


「そうだな、遊んでは、いないな」


 「それだけでもあるが」と三笠は付け足して、自らの手でお茶を煎れ始めた。

 仕切り直すつもりらしい。


「少し待て、茶の一つも出していなかった。最低限の礼を失しては、我の沽券に関わる」


「それ、さっきも言ってたぞ」


「は? ……いや、言っていないが」


「ああ、訂正する。100年前も言ってたぞ」


「さっき、の幅が広すぎないか?」


 呆れつつ、茶を煎れる三笠。

 当然のように、それは紅茶であった。


「紅茶か、未来じゃ貴重品だったな」


「どうせこれから亡霊戦艦に負けて、天空の橋立(あまのはしだて)が崩壊して、嗜好品の入手が困難な世界になるのだろう? 今後に備えて、たっぷり備蓄しておいたのだ」


「私欲じゃねーか!」


 宮内省の国税を趣味嗜好に使う天皇陛下様に、武蔵は思わず叫んでいた。

 しかし一口啜れば、やはり高級品。


「美味い」


「ふむ。いい茶葉に加え、我自身も100年間研鑽してきた。過去でもこれほどの茶はそうそう飲めまい」


 こいつは100年間何やってたんだと呆れていると、三笠はなんてことでもないように武蔵に報告した。


「ああ、そうだ。鈴谷のやつ、見つけて保護しておいたぞ」


「あ、あっさりしているな」


 幾度も繰り返される世界の中、ずっと見付けられなかった名をさらりと提示されて武蔵は困惑した。


「過去で未来の所在を確認出来たのか」


「うむ。早めに目覚めて、とある食堂に住み込みで働いていた」


「なんか平和だな」


「違いない」


 三笠としても否定は出来なかった。

 運良くマトモな人間に保護されて、仕事を得て、普通に生活していたのだ。

 他のメンツと比べて、人生イージーモードであると武蔵には思えた。


「ただお前よりよほどまともに人間関係を築いてきたからこそ、思うところはあるようだ」


「俺が人間関係築けない、みたいな言い方やめてくんない?」


 他者に助けられ、普通に生活してきた少女、最上 鈴谷(もがみ すずや)

 確かに彼女には、特別な力はない。

 武蔵のように手段を選ばないバイタリティはないし、花純のような権力はない。

 三笠のような独自の力もなければ、由良のように飛び抜けたスキルがあるわけでもない。

 だが他者に好かれ助力を得るというのは、また別のスキルが必要なものだ。

 持ち前のトークスキルと愛嬌、容姿の良さもまた力。

 それらを持ち合わせる人間は、時に理不尽な扇動力を発揮する。


「前回のループは割と長く続いた。お前はそうそうにくたばったようだが、くっくっ、如月の双子曰くアリアは長生きしたと思われるからな」


「今、俺が死んだってあたりで笑わんかった?」


「双子も人体実験の後遺症でさっさと死ぬし、お前は妹に殺された。時雨は判らんが、鈴谷だけは長生きした」


 武蔵は三笠が言いたいことが、なんとなく理解出来てきた。


「鈴谷にとって、過去の世界より未来の世界の比重の方が大きくなってしまったのか」


「そうだ。より長く生きた世界、より苦労して、必死に生きた世界の方に愛着を抱くのは当然だ。鈴谷にとって、過去の平和な世界こそが胡蝶の夢になってしまったのだ」


 胡蝶の夢。

 蝶になった夢をみた男が、目が醒めて疑問に思う。

 果たして、蝶の生涯と人間のこれまで、どちらが夢なのか、と。

 鈴谷は、その判断が付かなくなっていた。


「日本政府が崩壊して、治安が崩壊してからの人生についてはあまり聞き出せていない。本人が、あまり話したがらないのでな」


「大勢に影響しないのなら、無理に聞き出す必要もないんじゃないか?」


「まあ、それもそうだが。いきなり高校生の人生を奪われて、悲惨な未来を何度も経験させられて、そしていつかお前がループを脱出したらおまけで過去に戻るのか。とんでもない迷惑だな」


「じゃあお前がなんとかしろよ、散々人を傷付けてきた手前、俺としては鈴谷ちゃんを特別扱いするのもアレなんだよ」


 武蔵としては、そんなことを言われても困るというものだ。

 別に彼が鈴谷を連れ回しているわけではない。クレームは黒幕とやらにメールしてほしいものである。

 むしろ武蔵としては、三笠が鈴谷をここまで気遣うほうが違和感だった。


「だが、鈴谷は美少女といって良いぞ? いいのか、お前の主義としては」


「むむっ」


「はーがっかりだ。貴様のハーレム道はその程度か。まあ、貴様の器などその程度だな。知ってた」


 散々な言われようである。


「あー、そだ。これ以上悪化しないように、お前の方で脳みそスキャンして現状の鈴谷のバックアップを取っとけば? 人1人の記憶容量なんてお前にとってはエロ画像1枚分みたいなもんだろう」


 いくら人間の記憶が莫大とはいえ、セルフ・アークのメインコンピュータが有するストレージはまさしく天文学的容量だ。

 加速度的に2045年まで発展し続けた情報記憶媒体の性能は、三笠の記憶力を人類が生み出したエロ画像とビデオゲームをすべて書き込んでも有り余るほどに膨張させている。

 正直こんなに記憶すべき事柄が世の中にあるのかと疑問に思うほどだが、それはコンピューターの補助記憶装置がギガ単位に達した時も人々が思ったこと。


「確かに我にとって人間一人分の人格データなど初代ドラゴンなクエストの容量みたいなものだが、過去に持ち越せる情報には限りがある。双子やお前の人格を消していいのなら、あの子等の脳みその容量を全部使って鈴谷の人格データを過去に持ち越すことも不可能ではないが」


「いやそうじゃない。この未来世界でアリアの寿命が尽きる直前に上書きすれば、実質的に鈴谷の未来の経験はノーカンに出来るだろ?」


 未来に滞在している間の、鈴谷という人間の記憶を消し飛ばす所業である。


「アリア死亡のタイミングが掴みにくいのなら、お前の手元に置いておいて毎日上書きを続ければいい。そうすれば未来滞在は最長でも1日のみだ」


 三笠は困ったような、いけないことをした子供を嗜める目で武蔵を見た。


「お前はもう少し倫理観とか、人間的情緒を大事にした方が良い」


「ええぇ……人種差別主義者の人工知能に道徳を説かれた……」


 割とショックだった。


「鈴谷の積み上げてきたものは、容易く否定していいものではない。不合理なバグの積み重ねこそが、心を形作るのだ」


「お前本当身内には甘いな」


 その甘さを有色人種にも分けてほしいものである。

 確認だが、彼女は現在有色人種主体の国家の皇族である。


「にしても、鋼輪工業の空部チームってコミュ力高いやつ多くね? 双子しかり、鈴谷しかり」


「雷間高校空部の面子がコミュ障なだけだ」


 そんなことはない、と思いたい武蔵であった。


「だがそうだな。時雨もお前が関わらなければ快活な少女で済んでいるし、我も友人には恵まれている」


「いやお前は友達少ないだろ。こっちに来てからもアリアに執着して」


「待て、執着してたのはアリアから我に、だ。我はアリアと距離を置く方針だったぞ」


「そんな話はどうでもいい」


「お前が話を逸らしたと記憶しているが……とにかく、鈴谷は鈴谷でこの世界を生きて、あがいてきたのだ」


「地球の行く末を左右する戦いの割に、規模小さい話だな」


「とはいえ当人にとってはそれが全てだ。人間関係は損得で割り切れるものではなかろう」


 三笠は物憂げに溜息を吐く。


「懸命に構築していった人間関係が毎度リセットされることに、鈴谷は相当参っているようだ」


 それもそうだろう、と武蔵も納得した。

 人との繋がりが簡単にリセットされるならば、これほどの徒労はない。


「というわけで、お前の家に放り込んでおいた」


「なんでさ」


 思わずツッコんだ。


「俺、あの鈴谷って子とほとんど交流ないぞ。お前らが担当しろよ」


「我がそんな、人に寄り添えるようなタイプに見えるのか?」


「……すまない」


「謝るな。自分で言っておいてなんだが、謝るな」


「誰も、教えてくれなかったんだな」


「もうやめろ。頭を撫でるな。殺すぞ。本当にやめろ」





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