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「だが、技術的困難さ以外にも問題はある」
未だ目を覚まさない如月姉妹。
彼女達の様子を見るに、脳への干渉は成功しようが失敗しようが当分昏睡が続くものらしい。
「チャンスは一度、か」
「で、あろうな。これを行えば、生き延びても数日は意識障害が起こると思え」
時雨の記憶を見れるのは、ループ1度につき1回のみ。
三笠は時雨の頭を抱きかかえ、聖母のように撫でつつ情報を吸い上げる。
やがて、ふむと頷いて携帯電話に何らかの一覧表を表示させた。
「これは?」
「脳の地図だ。今しがたインターネットから探した概要図だが、個人差はあれど人の脳の構造はそう大きく違いはない。おおまかに52に割り振られているが、これらほとんどの機能は実質未解明だ」
「これって右脳と左脳でそれぞれ52箇所?」
「違う。確かに脳は左右に分かれているが、別に左右で独立した器官ではない。脳全体で52野だ」
「そうか、てっきり104回試さなきゃいけないかと焦ったぞ」
三笠は残念な蛆を慈しむ侮蔑の瞳で武蔵は睥睨した。
「なんだそれは、貴様の煩悩の数か? まさか人の記憶がたった52個だと思っているのか?」
「いやなんだ、ごめん」
さすがに武蔵自身、何か間違えているのは察した。
「細胞レベルでスキャンするからな。我が認識出来るだけでも、100万箇所はそれらしきパルスの始点が確認された」
「多すぎない? どこにどういう記憶が収まってるとか、目安はないのか?」
「なくはないが、アテに出来るほど確信があるものでもない」
武蔵は溜息を吐いた。
100万分の1の確率を引き当てるなど、武蔵はそれほど幸運の下に生まれているという自負はない。
しかも仮に引き当てたとして、それは時雨の精神が崩壊するに至るトンデモ記憶だ。
垣間見て、正気を保っていられる保証はない。
「人の記憶を几帳面に整理されたデスクトップ画面でも想像していたか。この混沌こそが脳の本質だ。我々は、究極のスパゲティプログラムに挑もうとしているのだ」
「記憶にタイトルとかラベルとか貼ってあれば楽なんだが」
「ないわけではないが、それこそ当人しか読めない。実質、素数羅列の中からシェイクスピアを探すようなものだ」
「間違った場所から記憶を見たらどうなるんだ?」
「作文用紙を下から上に、左から右に読んでハムレットになるか?意味が通らない記憶、というよりノイズになる」
「ノイズを送り込まれた脳はどうなる?」
「まあ、タダでは済まないだろうな」
こともなげに、三笠は答えた。
「どこかの正義の国が自国民を実験台にして行った、ナントカウルトラ計画というのを知っているか?」
「抽象的過ぎてわかんねぇよ」
「まあとにかくだ。人類はこの計画によって、洗脳というジャンルにおいて色々な知見を得た。いやはや技術の発展とは素晴らしいものだ」
武蔵は正義の定義について改めて考える必要に駆られた。
「結果として得たのは、洗脳というのはやはり難しいという結論だ」
「結局まともに洗脳出来なかったのかよ!」
「実用技術としては不完全だったのだろうな。この実験を受けた人間は大半が壊れただけで終わった」
なんとも酷いオチである。
フィクションならばオチの一言で済むが、ノンフィクションで割と洒落にならない人数が犠牲となってのオチなので笑えない。
「だが何にせよ、外部からの刺激でさえ人間を壊すには充分なのだ。お前がこれから受けようとしているのは内部からの刺激、強度は拷問の比ではない」
武蔵は震えを押し殺し、三笠を見据える。
「やってくれ」
「お前は、本当に馬鹿だな。本当に100万回繰り返してみる気なのか?」
「素数は無限だが、時雨の脳は有限だ。猿にキーボード叩かせるよりは建設的だろう」
「どうだかな。提案しておいてなんだが……いや、もう何も言うまい」
今後、何回世界をループするのは判らない。
無策で毎回チャレンジしたところで勝算は低い。
だが有限である以上は、最初に1歩目を踏み出す必要はあるのだ。
「もしお前が廃人となって戻ってきたら、如月姉妹に介護させよう。知らぬ間に随分と懐いているではないか」
「さすがにこの歳で介護される気はない」
三笠が両手を伸ばす。
武蔵は首を傾げていると、彼女は動物を呼ぶように手を叩いた。
「見ていただろう、来い。脳みそ覗いてやる」
「優しくしてね」
三笠の前で膝立ちになる武蔵。
三笠は武蔵の頭を躊躇いなく抱擁する。
「B」
「何がだ」
素直に困惑する三笠であった。
「適当な時雨の記憶野地図を海馬に書き込む。前後不覚となるであろうお前達は適当な場所に放置して、ORIGINAL UNACTとの再会を録画しておこう。死ぬほど辛いが頑張れ」
これがただの過度な脅しであってほしい、と思う武蔵。
「どうだ、早速やるか? もう過去でやり残したことはないか?」
「お前はボス戦前にプレイヤーに話しかけてくるゲームキャラか……ああ、そうだ忘れてた。1つ、頼みがある」
「現段階ですら1つ2つで済んでないぞ……」
「訂正、1つ頼みを追加する。最上が未来でどこで何をしているのか、この時代にいる最上に確認しておいてくれ。必要なら目覚めてすぐの保護も頼む」
「なんだ、今まで判らなかったのか?」
「忙しくてな、後回しにしてた」
ループを自覚した前回の過去において、既に最上への確認は出来たはずだ。
時雨に刺されてしまったとはいえ、過去に戻った最上への問い合わせくらいはやるべきだった。
もっとも未来ですぐに信濃に撃たれてしまうので、あまり意味はないのだが。
「忙しないことだ。まあいい、任せろ」
「頼む」
「今度こそ始めるぞ。時雨の脳の座標を適当に選ぶが、希望はあるか?」
「験担ぎでも迷信でも1から順でもなんでもいい」
「そうか。ではブロードマンの領野における座標7―777―777から始めよう。めでたそうだろう、お前の頭のようだ」
そこはかとなく馬鹿にされた気がした武蔵だが、それより今の数列に何か覚えのあった。
なんだったか、と疑問を感じる間もなく。
三笠の儚げな胸の膨らみの感触はそのままに、唐突に周囲に違和感を感じた。
「ん?」
思わず、三笠から離れる。
周囲を見渡せば、そこは三笠の一軒家ではなかった。
「ここは……」
「皇居だ」
いつの間にか寝間着から洋服に着替えていた三笠が答える。
その通り、武蔵も一度だけ来たことがあるセルフアーク内の皇居であった。
「現状を認識出来ているか、大和武蔵?」
「お前の胸の感触に気を取られててよく判らんかった」
「気を取られるついでに魂を刈り取ってやろうか」
武蔵としては首を傾げるしかない状況。
頭上にはてなマークを乱舞させていると、やれやれと言わんばかりに三笠が説明を始める。
「今は西暦2143年だ。我の家でお前と会話してから、97年経った」




