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ジェネレーションのギャップに愕然とする三笠が落ち着くまで、武蔵はにわにわパニックを行う。
「にわにわ。にわ。にわ。にわにわパニック」
「む、何をしているんだ貴様等は」
我に返った三笠。
武蔵は着席して、とりあえず三笠に訊ねてみた。
「ところでアリアは自分がUNACTだと知っているのか?」
「それよりにわにわパニックって何なのだ。流行ってるのか」
「話をそらすな。今は大事な話をしているんだ」
心底釈然とていなさげな三笠だが、溜息と共に答える。
「知っているように見えるのか?」
「いや、そんな器用な奴ではないだろ」
「別に不器用というわけでもないがな、アレは」
そうだろうか、と武蔵は内心首を傾げた。
ババ抜きをすれば武蔵の伸ばす手の位置で百面相をするような少女。隠し事が得意な印象は、少なくとも武蔵にはなかった。
「とかく、我と違ってアリアにはブラックボックスが多い。我がある程度自由に活動出来るのは、逆説的に我を形作るテクノロジーが科学が錬金術だった頃から培われた人類の力の延長でしかないからだ。暴走しても制御出来る自信があるのだろうさ」
逆に、パンドラのびっくり箱であるアリアはあまり刺激を与えたくなかった。
黒幕はそう考え、わざわざそれっぽい少女の設定まで配役したのである。
「錬金術か。じゃあお前はまさにフラスコの中の小人なわけだ」
「それはむしろアリアではないか? ……いや材料的に認められんが」
「確かハーブと馬糞とプラスアルファが原料だったか、確かにあんな美少女の原料が馬糞ってのはねえわな。いや原料UNACTってのも大概だが」
「その通りだ。アリアはもっとこう、美しいものとやさしさで出来ている」
「頭痛薬かよ」
―――そして武蔵は、三笠に科学の子としての真髄を問う。
「ところでホムンクルスの原料って、あと一つなんだっけ」
「む? 無知蒙昧な黄色人種め、確か3つ目の材料は精え、せいえ、えっと、せいえ……」
徐々に赤面していく三笠。
殴りかかってきた彼女を、武蔵は再び発動した如月姉妹シールドで防御するのであった。
「……で、そろそろ手紙を読み終わったのか?」
「うむ。アップデート作業は終了した」
これまでの雑談は、結局は三笠が受け取った手紙の中身を吟味する為の時間潰しであった。
「アップデート?」
「言っておくが、我が本来持つ機能は魂、脳の限定的な読み取りだけだ。魂の考察や改竄手法は、前回のループを生きた我が100年かけて構築したもの。100年後にお前等が現れると判っているのなら、研究し甲斐もあるというものだろう」
「は? なんだ、お前未来の自分に助言貰って、自分の機能を拡張したのか?」
「そうだ。かなり圧縮されて情報量は少ないが、色々と有益な情報や技術が送られてきた。ふむ。未来の自分と完全に同期するにはまったくデータ容量が足りないが、また100年かければ発展の芽はあるかもしれん」
そもそも脳という記憶媒体の容量はかなり多い。諸説あるが、テラバイト、ペタバイトという単位に達する。
だが双子本体への影響を最低限に抑えるに、相当データ量は抑えていた。
如月姉妹に脳障害が生じた様子がないのは、それだけ影響を最小化しているからだろうとは武蔵にも推測出来る。
「未来の自分から過去の自分にアップデーターファイル送るとか、なんでもアリじゃねーか」
三笠はループに参加せず、100年間を生きているのだ。
今後彼女は何百年も生き続けて、自分の能力を拡張していけることになる。
武蔵はここに、UNACT以上の怪物が生まれてしまったのではないかと危惧した。
「今回に関しては、色々妥協の痕跡が伺えるがな。2人合わせても、情報量はフロッピー1枚分もない」
「フロッピーってなんだ?」
「なっ!?」
三笠は武蔵を信じられない者を見る目で見た。
「じょ、冗談、だろう? 確かに現役とは言い難い記憶媒体だが、知識としては知っていても、え、本当に知らない? あ、嘘だ、ありえない! くそっ、なんてことだ!」
「なんかすげえ動揺しててウケる」
何か認識のズレを痛感したらしい三笠は、見るからに落ち込んでいた。
「しかし今までもそうだったが、お前がもう少し積極的に助けてくれれば色々と捗ったんだがな」
「甘えるな光学世代」
「誰が光学世代だ。生まれた時にはフラッシュメモリーしかなかったっての」
三笠は深々と溜息を吐く。
「我を作った顔も知らない黒幕様が、我が自由気ままに動くことを許すほど間抜けであればいいのだがな」
「行動を監視されているのか?」
「可能性は充分過ぎるほど高いだろう。一挙手一投足にまでチェックを入れているとは思えないが、明らかに不自然な行動を取れば干渉を受けるかもしれん。我は表向き、忠実に神様ごっこをせねばならないのだ」
武蔵は納得した。
「なるほど、だからお前は未来でアリアに会いに行けなかったのか」
「……その情報はなかったが、そうなのだろうな」
それはもう、心底悔しそうな奥歯を噛みしめる表情であった。
「まあそれでも、お前にとって我は同重量の黄金に等しい手札だろう。動くべき時は動いてやるさ」
「すげえ肯定的な自己評価だが、動くべき時っていつだよ」
「それ以降監視の目を気にしなくていいタイミング、つまり最終決戦だ」
三笠はどうやら、最終決戦に駆けつける強力な助っ人ポジションをやりたいらしかった。
事前に予告されては興ざめというものである。
「さて、これでおおよそお前が求めていた情報のすり合わせは終わったが。あとは何かやりたいことはあるか?」
「時雨! 時雨のこと忘れてる!」
「ああそうだった。キスでもしたらどうだ、目を醒ますかもしれん」
「もうやった」
「どうだった?」
「如月姉妹に性犯罪者を見る目で見られた」
常に万事を尽くす武蔵としては愛パワーに一縷の望みを託すことに躊躇いはない。
どうせ1秒かつタダで終わるのだ。
これが有料だったら割と後回しにされていた。
「お前の脳みそスキャン機能で、時雨がこうなった原因は判らないのか?」
「そんなに便利なものではない。そも、それで原因を見つけて、この時代に残される我が原因の排除に動いたところで既に崩壊した時雨の精神が元に戻るわけでもない」
時雨の心が壊れた原因。
武蔵や双子と同じく100年後に目覚めていると思われる彼女だが、未来においてどこで何をしているのか一切情報がない。
「情報がないのは最上も同じだが、未来の花純や三笠が権力を使って探しても見つからなかったとなると……どこかで監禁されてると考えるべきだ」
「あるいは、目覚めてそのまま死んでいるのかもしれん。お前も漂流船で目覚めるのだろう、お前は外部と連絡を取って脱出出来たが時雨達はそうではない環境から始まる可能性がある」
武蔵ほどではないが、時雨もそこらの学生よりよほど逞しい人種だ。
工業高校生ということもあり、武蔵よりスマートに漂流クルーザーから脱出するかもしれない。
それでも脱出出来ないとなると、相当にっちもさっちもしっちも行かない状況に置かれていると予想される。
「未来で即死しているなら、それこそ心が壊れる余地はないだろ。いや死んで過去に戻ってを繰り返してたらキツイかもしれないけど、ここまでパッパラパーになるもんか?」
「お前は動き回って僅かながらでも情報を集めているが、時雨はずっと独りだったかもしれんのだ。場合によっては狂うのに充分な環境だ」
そう言いつつも、さすがに応対が出来なくなるほど心を砕かれるのは不自然だとは内心三笠も同意していた。
「そも、どうやって未来に飛んでいるのかが不明瞭だ。目覚めるタイミングもズレがある。もしや10年くらい早く目覚めていて、どこかで監禁されて慰み物にでもされているのかもしれん」
「とっても楽しくない可能性どーも。未来への飛び方は判らんが、ORIGINAL UNACTがそのうち迎えに来るからその時に何が起こるか外から見ててくれ」
「待て、そうだ、お前等この家から出ていけ。アレが突撃してくるなど洒落になってない」
慌てる三笠。
超然としている彼女だが、流石に生身でUNACTと対峙するのは避けたかった。
「まだ時間はある。それと、時雨に何が起きたのかを明らかにする方法を一つ思い付いたんだが」
武蔵は時雨の頭を撫でて、三笠に訊ねる。
「時雨の脳にバックグラウンドで動く監視ツールを仕掛けられないか?」
「出来るわけないだろう」
名案だと思っていた武蔵のアイディアは、あまりにあっけなく却下された。
「いいか、脳というのはコンピューターのように完全なデジタル化されたネットワークではないのだ。あえて乱数を多用することで助長性を持たせた、バグだらけの不良品でしかない。そんなエラーが蓄積した生体コンピューターに最低限のプロトコルで書かれた監視ツールが正常に動くわけがないだろう。それなら、この場で脳をスキャンして記憶を解析した方がマシだ」
「……出来るのか、記憶の解析?」
した方がマシ。
つまり、不可能とは言っていない。
三笠が零した可能性の一端を、武蔵は聞き逃さなかった。
「むっ」
しまった、と三笠は眉を顰めた。
そんなに便利なものではない、と先に言ったが、不可能と断じてはいなかった。
「頼めないか、時雨の脳の解析」
「……語弊を恐れずに言うが、脳の記憶とはラベルシールの貼られていないビデオテープの本棚だ」
「ビデオテープって何だ?」
「もうその手に引っかかるものか。貴様、さっき巻き戻しの意味を携帯で調べていただろう」
磁気テープによる映像記憶媒体。そうならそうと最初から言ってほしいものである。
「ラベルがないのだから、どこから確認すればいいのか検討も付かない。番号を振られていないから、次のテープを見つけることも出来ない。手探りの総当りで記憶を再生して確認するしかない」
「時間がかかりすぎるってことか」
「そうだ。ああ、我に任せるというのはナシだぞ。人工知能である我は人間とフォーマットが異なる。我に出来るのは時雨の記憶データを右から左に、他の生身の脳に書き込むことだけだ」
「……100年の間にやってもらうにしても、相当な重労働になりそうだな。信濃あたりに気長にやっておくように頼んでおくか」
「妹を廃人にしたいのなら、やってみるがいい」
武蔵はぎょっとした。
「そんなに負担なのか?」
「当然だ、異なる人間の感情をダイレクトに直結させるのだぞ。負担は計り知れないし、まして時雨が精神崩壊を起こした記憶を垣間見るのだ。最初から除外した通り、これはあまりに現実的な方法ではない」
ふむ、と武蔵は頷いてみせる。
「じゃあとりあえず、俺にやってみてくれ」
「お前、本当に馬鹿なのだな」
いっそ関心したように、三笠は目を丸くしつつ頷いた。
「信濃も時雨も俺の嫁だ。俺は彼女達の為に命を賭す」
「前時代的な奴だ」
「えっ、お前がそれ言う?」
「嫌いだとは言っていない」
三笠から初めて好感を示された気がした武蔵であった。
「いいだろう、現時点のお前の脳と魂の全データをバックアップしておいてやる。精神崩壊してもバックアップを上書きすればなんとかなるかもしれん」
「え、そんなこと出来るの? 人の脳みそはコンピューターじゃないって散々言ってた癖に?」
「下手に弄れないから、丸ごとコピーするのだろう?」
「な、なるほど?」
武蔵はちょっと納得してしまった。
「そもそも、これは過去に戻る瞬間に何者かにやられていることだ。今更躊躇うことではあるまい」
ましてお前の脳などどうでもいいしな、と小声で呟く三笠。
どうせ呟くのなら、聞こえないほど小声でお願いしたかった。




