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4-3



 これまでの経緯を全て語ったところ、三笠は武蔵を忌々しげに睨むことになった。


「クソが」


「知らん。騙された方が悪い」


「お前達もだ。我を謀るなど良い度胸だな」


 三笠が双子も睨みつけると、双子はあっけからんと笑う。


「むさしんの独断行動ですよぉ」


「あたし達がぁミカミカを騙すわけないじゃないですかぁ」


 事実なのだが、裏切られた感を拭いきれない武蔵であった。


「しかしなんだ。つまりアリアは……ORIGINAL UNACTの組織を組み込んだ実験体とか、そういう話なのか?」


「はぁ……もういい。話してやる。アリアという少女が実験体であることは事実だが、逆だ」


「逆?」


「人間にオリジナル……ええいややこしい、お前達の用語に合わせる。人間にUNACTの組織を組み込んだのではない。UNACTに人間の遺伝子を組み込んで、ある程度成長してから母体に入れたのだ」


 武蔵は三笠の言葉をゆっくりと噛み砕く。


「……UNACTに人間の遺伝子を複製出来るのか?」


「元々、UNACTにはネットワークを侵食、擬態する性質がある。なぜ奴らが人間を襲うと思うのだ、生物がある種の独立した生体コンピューターだからだ。本来ならば侵食するだけで擬態などほとんど行わないのだが、アリアを生み出した黒幕は奴らの性質に方向性を持たせてほぼ100パーセントをUNACTで構成された人間を作り上げた」


「その製造方法だと、へその緒で繋がった母体は組織をUNACTと交換しただろう、大丈夫なのか?」


「それはまた別の話だ。アリアにも間違いなく血縁上の両親はいる、おそらく設定通りに日本人と欧州人の男女がな。だがそれは彼等の事情であってどうでもいい。その者達にはその者達の事情があったというだけだ」


「事情を知ってそうな割に一切情報が出てこないよな」


「逃げたか処分されたのだろう」


「……どうして、アリアは作られたんだ? 単純に実験だったのか?」


「おそらくはインターフェースとしての役割を求められたのだろう」


 それでなるほどと納得出来たのは、武蔵だけだった。


「え、どういうことですかぁ?」


「ようするに、宇宙からやってきたORIGINAL UNACTは本体だけのパソコンだ。ディスプレイもマウスもない。だから、本体と人間を繋ぐ為の意思疎通が可能な装置が必要だった」


「じゃあ、黒幕さんはもうORIGINAL UNACTを操作する必要がないと判断したってことですか? アリちゃんマウスを本体からケーブル引っこ抜いたみたいな状態ですよねぇ、今」


 武蔵と三笠は顔を見合わせる。


「今後始まるUNACTの地球侵攻、それを命じ終えたからアリアの身体は用済みになった?」


「だが未来において復活したということは、魂を消しはしなかったということだ。いや、別に支障がないなら下手に消さないのがプログラムの基本だからな。ただ放置していただけかもしれんが」


「ふむ。なるほど、この辺に貴様等がループしている原因がありそうだな。これ以上の推理は不毛か」


 三笠は双子、秋月の前に立つ。

 そして、秋月の頭をその平らな胸で抱きしめた。


「三笠っち? どうしたんです、肋骨が痛いんですけど」


「黙っていろ。お前の中の、手紙とやらを読み取る」


「ハグだけで読み取れるのか? いや、そういえばお前の身体はアンドロイドだったな」


 機械の身体ならば、生身には存在しないセンサーが搭載されていても不思議ではない。


「元はアリアのメンテナンス用だ。時々こうして、アリアに異常が生じていないか脳をスキャンしてた」


 同性愛の気配がある三笠とアリアだが、どうやら三笠はアリアの脳みその皺まで把握しているらしい。

 キショいと武蔵は素直に思った。

 とんでもねえレズ女である。


「あばばばば」


「秋月がバグってるんだが大丈夫か」


「気にするな」


「あへぇー!」


 ぐったりと撃沈した秋月。

 続いて、霜月をハグしようとする三笠。

 しかし霜月は逃げ出した。


「いやいや、未来でも頭だけは人体実験されなかったんですから! 最後の一線なんですよぉ!」


「抑え込め」


「俺に言ってるのか……? はあ」


 溜息を吐きつつ、霜月を拘束する武蔵。

 気分は完全に婦女暴行である。


「あばばばば」


「あががが、おい俺にまでダメージ来てるんだががが」


「気にするな、余波だ」


「らめぇー!」


 ぐったりと力なく横たわる如月姉妹。

 武蔵も若干グロッキーになりつつ、三笠に訊ねる。


「それで、未来からの手紙とやらは受け取れたのか」


「うむ、ああなるほど、さすがは我だ。天才だな」


「無視するな貧乳」


 殴りかかろうとする三笠を如月姉妹シールドで防ぐ。


「貴様、婦女子を盾にするなど恥ずかしくはないのか?」


「なんとでも言え、世の中勝った方が偉いんだ。それで、手紙にはなんて書いてあったんだ」


「待て、今読んでる」


 座り、ふむふむと頷く三笠。

 手持ち無沙汰の武蔵は、邪魔と怒られないか不安に思いつつも訊ねてみる。


「なあ、如月姉妹の脳には未来の三笠の手紙が収まっていたんだよな?」


「それがどうした」


「そんなことが可能ってことは、俺達が夜中に目覚める瞬間に、俺達の脳細胞に物理的に大幅な書き換えが起こってるってことなのか?」


 それはようするに、脳細胞を電子レンジで焼かれたに等しい。

 未来の自分達の為に、過去の自分を殺していることになる。

 武蔵達に選択権のない現象とはいえ、面白い話ではなかった。


「脳とは器だ。魂を収めるゴブレットに過ぎん」


「魂?」


 その三笠の発言は、武蔵にとってかなり驚きを伴うものであった。

 武蔵とて考察の上では存在を仮定していたが、実際に関連技術に精通していそうな人物からの発言として聞くと違和感しかない。

 天文学者が天動説を唱えるようなものだ。


「それって、死んだ後に抜けて幽霊になったり、長く大切にしていた物に宿ったりするアレだよな?」


 あまりに宇宙開拓時代にそぐわない単語。葬式すら行わないことの多い物質社会の極みの中、科学技術の最果てにいる少女は魂の実在を肯定したのだ。

 なんという自己否定。それに対し、技術者の末席にいる武蔵が驚かないはずがなかった。


「人の精神を脳細胞のデジタル信号と割り切ってしまうのなら、過去に戻った瞬間に大幅な脳の書き換えが行われていることになる。お前の言う通りだ」


「そうではない、と」


 どうなんだと武蔵は問うと、三笠は大げさに肩を竦める。


「オカルトなど我も最も忌避する分野だ。だが、結論から言えば魂というデータは存在する。これはアリア……ORIGINAL UNACTと我、電子化された人間の脳を対比した研究の成果だ」


「対照実験したら、何かそれらしいものがあったってことか?」


「『在る』と過程して計算すれば、辻褄が合う。その程度の話だ」


「まるでダークマターだな」


 そういうと、三笠は自嘲した。


「我とて遺憾さ。認めがたい推論だ。だが、やはり生物の脳には別次元に伸びたチャンネルを受信するアンテナとしての機能があると仮定せねばならない。そうしなければ、現行の数式は破綻する」


 それは科学という分野において度々生じるパラダイムシフトであった。

 原子が粒ではないことや、時間が一定の速度で流れていないこと。

 それまでの定説を覆すのは、常に荒唐無稽な、しかし矛盾を指摘出来ない新たな数式なのだ。


「黒幕はオカルトにまで手を出しているのか」


「詳しくは聞くな。正直運用側の我は専門家ではないし、未だ不明瞭な未踏の学問だ。人という矮小に生まれた魂などという力場は、下手をすればブラックホールよりよほど複雑怪奇なブラックボックスなのだ」


 そんな訳のわからないものを改竄して双子の脳にメッセージを書き込んだのかとは思ったが、双子がそのリスクに気付いていた様子はないので武蔵はスルーした。

 既に終わったことである。


「だがそういうものなのだろう。よく判らない実験結果を飲み込んで、こじつけて、法則を見出して事実とする。我が魂と仮定したこの固有力場についても、将来は脳科学の1知識に落とし込まれるのだろう」


「将来は『ちょっと魂が悪霊の影響で疲弊してますねーお札を出しときます』とかって会話が普通になるのか。なんかやだな、それ」


 思わず武蔵は呟いた。


「今更リンゴが引力を持っていることを否定する者はいまい。慣れるさ、きっと」


「そしてかつてのオカルトをルネッサンスのように再評価して、科学一辺倒なこの時代を暗黒扱いするのか」


 中世の人々も同じように思うのかもしれないが、今懸命に生きている自分達を憐れまれるのは武蔵には面白くはなかった。


「気に食わん」


「ならばお前がこの時代の輝かしい栄光を肯定することだな。ああ、実を言うと楽しみだったのだ。この最新鋭の時代が過去となる瞬間を、人の栄華の果てを見るのは我の願望だった」


「お前人工知能だからって不老不死する気満々だったのかよ。まあ、生憎現状そんな明るい未来がくる予定はないが」


「まったく、余計なことを……このループから脱出する算段がない以上、この今の我は消滅することが確定している。袋小路に突き進む奴隷の哀愁が解るか?」


「解るよ」


「そうだとも、解るまい。どこまでも主観を有し、世界の巻き戻しに巻き込まれないお前には到底理解出来まい」


「巻き戻しってなんだ?」


 三笠は武蔵を信じられない者を見る目で見た。


「じょ、冗談、だろう? 確かに現役とは言い難い単語だが、知識としては知っていても、え、本当に知らない? あ、嘘だ、ありえない! くそっ、なんてことだ!」


「なんかすげえ狼狽しててウケる」


 なぜか狼狽える三笠を、武蔵はなんだか面白くなってしばらく見ていることにした。





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