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3-1


『2045年7月15日』







 過去に戻った武蔵は、しばし放心したものの、すぐ我に返った。


「アリア!」


 自室に戻り、窓から飛び出して橋に飛び乗る。

 しかし人間、やはり焦るものではない。足を踏み外して外に転げ落ちる。

 しかしそこは主人公。5点接地を華麗に決め、自宅のドアを叩きまくる。


「しなのー! 信濃起きてー! ついさっき寝かしつけといてなんだけど、鍵開けてー!」


「《……貴方が開けてほしいのはかわいい妹が住んでる自宅の鍵ですか? それとも、かわいい女の子が住んでる自宅の鍵ですか?》」


 インターホンから聞こえてくる信濃の声。

 どうやら彼女的には、妹と女の子ではニュアンスが違うらしい。

 しかし武蔵はそう思わない。


「妹としてカテゴライズするには行き過ぎた恋慕を抱く妹の住む自宅の鍵だ!」


「《ごうかくー》」


 ガチャンと開き、ギイィィィと重々しく開く扉。

 いつから家の玄関はこんな重厚になったのかと内心ツッコみつつ、武蔵は再び自室へと突入する。

 玄関で眠たそうな目ながらも武蔵の抱擁を期待して両手を上げていた信濃をスルーし、今度こそは家の間の橋を渡りきり、アリアの部屋に侵入。

 そこに眠る、小柄な少女を発見。


「アリア!」


 タオルケットを引っ剥がし、肩を揺すろうとして躊躇う。

 救急の場では、患者の身体を許すのはタブーだ。

 代案として頬をペチペチ叩くも、やはり目は醒めない。


「アリアちゃんどうしたの? 具合悪いの?」


 様子がおかしい武蔵を心配してついてきた信濃が、武蔵の背後からアリアの顔を覗き込む。


「ああ……信濃、救急車呼んでくれ」


「え、そこまで? あ、うん。呼んでくる!」


 兄の判断を信頼し、電話をかけに戻る信濃。

 すぐにドクターヘリが呼び出され、救急隊員の手によって空中バスの発着場から運ばれていく。

 それを見送る大和兄妹。


「ねえ、これお兄ちゃんが変な疑いかけられない?」


 信濃が危惧する。


「お兄ちゃんが性犯罪者だってことが、ご近所にばれちゃうよぉ」


 信濃が危惧しているのは風評であって、やっちまったことは疑っていなかった。

 武蔵は首を横に振り、信濃の疑いを否定する。


「アリアに外傷はない。仮に疑われても、立証は出来ない。というかやったのは俺じゃない」


「外傷はないって、パジャマを脱がせて確認したわけじゃないよね。どうして言い切れるの? ……ちょっと待って、俺じゃないって言った?」


「言ったな」


「アリアちゃんが昏睡してるの、病気とかじゃなくて別に犯人が居るってこと?」


「ああ。そうだな、ちょっと作業しながらだけど聞いてくれ」


 そうして、武蔵は朝になるまで未来で知り得た情報を全て紙に起こしつつ、これまでの出来事を信濃に語り聞かせたのだった。









 あ、過去の信濃にループのことを話すな、って未来信濃に注文されたんだった。

 そう気付いたのは、全てを語った後だった。


「まあ人間誰にだって失敗はあるよな」


「お兄ちゃん?」


 すっかり眠気の覚めた信濃は、武蔵がもにょもにょするのを訝しむ。


「いやなんでもない。とりあえず、俺は花純に会いに行く。未来で一番の権力者はあいつだからな」


「うん。花純先輩だったらもう起きてるだろうけど、ちゃんと行く前に一報入れてね」


 外はすっかり明るくなっていた。

 とはいえ夏なので、まだ時間は早い。訪問すること自体が非常識な時間帯だ。

 すわさっそくと携帯端末を取り出し、困惑。


「信濃、これどうやって使うんだっけ……」


「えっ?」


 武蔵の主観では、既に1年近く未来で生活している。

 未来世界でも携帯端末は存在するのだが、それは旧世代の在庫を再流通させたものだ。

 具体的にいえば、ボタンが沢山ついているパカパカケータイが主流である。

 最新式の携帯端末は、彼にとって見慣れぬものとなっていた。

 信濃にフォローされつつ花純の番号を見つけ出した時、家のチャイムが鳴った。


「なんだ? 本当に警察の人来ちゃった?」


 アリアの様態から事件性を感じ取った病院が警察に連絡した、という可能性はある。

 もしや外には強面の青い制服を着たお兄さんが並んでいるかもしれない。そう考え、武蔵はインターホンのカメラを覗く。


「どちら様―――時雨?」


「《…………―――。》」


 玄関前に立っていたのは、白露時雨であった。

 未来ではまったく姿を見ていない人物の1人。双子がループしていたことから、やはりループしているのではないかと疑われている当事者の一人。

 早朝に大和家を訪れたのもループに変化を求めてということならば、納得はいった。


「ちょっと待ってろ、今開ける」


「《―――。》」


 強張った様子で頷く時雨。

 武蔵は玄関を開き、時雨を向かい入れる。

 するりと玄関に入る時雨。

 ぶちゅり、と肉の音がした。

 武蔵は視線を下げる。彼の視線から見えたのは、時雨の綺麗な頭頂部のつむじ。

 腹部に溢れる感覚。それはあまりに情報過多で、何の感覚だったかと迷う。

 時雨を押し退け腹を確認すると、深々と包丁が突き刺さっていた。


「ああ、これ、痛いのか」


「598 31 531875 318」


「なんて?」


 武蔵が間近で見る時雨の目は、とても正気のものではなかった。

 色々と思うところはある。

 だが、武蔵はそういった思索を全て後回しにすることにした。

 痛みをなかったことにして、時雨を引き倒し、首を絞める。


「お兄ちゃん!?」


「俺の部屋から縛れるもの、結束バンドかなんか持って来い!」


 殺意はない。内外頸動脈や椎骨動脈の血流を阻害すれば、短時間で意識障害を起こせる。

 あまり強く締め過ぎれば後遺症が残るが、殺す気がないのなら物理的腹痛に苛まれる今の武蔵でもなんとかなった。

 コツは気管は締めないことだ。

 本当ならば後ろから締めた方が安全なのだが、そうすると時雨の背中で武蔵の腹の包丁が更に押し込まれてしまうので、反撃のリスクを承知の上で正面から締めたのである。

 脳がシャットダウンしかけた時雨の手に、速やかにバンドが巻かれる。

 柔らかいプラスチック製とはいえ、女性の力で千切れるものではない。


「とりあえず心臓マッサージだな。もみもみっと」


 腹いせに時雨の乳を揉んでいると、やがて脳への酸素供給が再開し彼女は意識を取り戻した。

 目の前にいる武蔵のことを認めると、見るからに顔が青ざめる。


「85319 3 19863 13 15 7318513 9……」


「時雨、怒らないから、何があったか話せるか?」


 子供に接するように、膝をついて優しく問いかける武蔵。


「64262408 7593 51398 75139 8 5 31」


「うーん。腹が痛くて集中出来ない。声が右から左に流れやがる」


 時雨がバグってた。

 尋常ではない様子に、武蔵としても無理に聞き出せない。

 そして、それ以上に逼迫した問題がある。


「くそっ、肝臓が傷付いてるなこれ。死ぬわこれ」


 出血スピードが早く、腹が不自然に張っている。

 血が腹の中で溜まっている。

 医療機関に駆け込めたとしても、致命傷に近かった。


「どうする? ドクターヘリ、いや零戦で病院に突っ込んだ方が若干早い、が」


 ヘリコプターを呼べば、どうしても往路となる。

 それなら自分がハカセの町工場へ駆け込んだ方が早い。

 しかしそうなると、このループにおいて過去でやれることは何もない。

 まして、手術中に襲撃されればそれこそ死んでしまう。


「ああ、こういう可能性も一応考慮はしてたが、やりたくはなかった……!」


 武蔵は血が吹き出すのも構わず、家を飛び出した。


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