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2-19



 武蔵の協力者達は武蔵と由良の農作業の免除を了承してくれていたが、現実問題として軋轢を避ける為にも彼等は仕事に参加していた。


「んだぁー。こりゃー立派な野菜になったさ! こんならこん島も将来安泰だべさ!」


「どうした、遂に日本語さえ不自由となったか」


「農夫ってこんな感じかなって」


「農奴の真似か。いやなかなか似合ってるのではないか?」


()って。いや奴って」


 農奴。農業に従事する半奴隷階級である。

 日本ではあまり馴染みない言葉だが、小作人がそれに近い。


「しかし、ハーベスターとか使えないのか。このように人力で農作業をするなど非効率だ」


「ハーベスターは収穫機だ、今やってるのは整地作業だぞ」


「英語圏出身の私がHarvest(収穫)の意味を知らないはずがないだろう。ハーベスターと言ったのは、その手の作業機械を導入しないのかという意味だ。その程度察しろ無能」


 それはヒロインがよく使う「そ、それくらい察してよ、バカっ!」みたいなノリだろうか、と武蔵は邪推した。


「その手の機械は広い土地があってこそ、だ。今後地上に畑を作る機会があれば是非導入したいが、この浮遊島の中に限ればあまり意味はない。使い勝手が悪いだけだ」


 元よりだだっ広い土地が少ない日本、この浮遊島でも活用出来るような小型農業機械もそれなりに存在している。

 だが将来的に収支がプラスだからと初期投資ばかりしては、想定外の問題が生じて計算が狂うのが常である。

 新たな試みを行うのならば、小賢しいことを考えないで手持ちかつ最小規模で一通りやってみて、手応えを感じてから投資すべきなのだ。

 つまるところ、無理に機械化しても取らぬ狸の皮算用になりかねない。


「たぬき肉って美味いのかねえ」


「急にどうしたのだ。ふむ、獣臭いとは言うが……獲ったことはないな」


「他の動物ならあるのか?」


「100年前にキツネ狩りをしたことならある。まあ食用ではないがな」


「ん? キツネ狩りって、当時はもう違反じゃ?」


「我が法だ」


「あ、はい」


 これはヤベー奴だ。

 武蔵は話を変えることにした。


「お前がもう少し贔屓してくれたなら、色々と捗ったんだがな」


 これはアリアの件と浮遊島維持の件、その他様々な方面についてだ。

 ちゃっかり皇居から浮遊島に居を移していた三笠だが、通常の労働については協力するも、彼女の超常的能力を発揮してはくれなかった。


「くだらない。何故我が、貴様等に協力せねばならないのだ」


 元より、セルフ・アークは自ら無人機を飛ばして宇宙資源を回収、コロニーの維持に活用している。

 人類がヒイヒイ言ってる資源問題も、三笠が協力的なら普通に解決するのだ。

 だが彼女は100年間、人類に手を差し伸べることはなかった。

 徹底した第三者、ゆりかごの管理人。

 それが、三笠の立ち位置であった。


「取捨選択ってやつだ。生き延びる見込みのある者を援助するのも一興だろう」


「我は神だ。人造品であれど、神が公平でなくては救いはあるまい」


「その結果、人類が滅亡しても?」


 三笠は鼻で笑った。


「人を舐めるな。あらゆる技術が衰退しようと、どのような厄災が吹き荒れようと人は全滅しない。弱いが、決して絶えぬのが人の強さだ」


「絶滅した生物なんて星の数ほどいるだろう。人類が例外だとどうして言い切れる」


「我がいるからだ」


 三笠は断言した。


「我が必ずこのゆりかごを守る。地球が砕けようと、太陽が膨張しようと守り抜く。だから人類の永続は決定事項だ」


「宇宙資源も地上資源も枯渇して、コロニーを維持出来なくなったら?」


「コロニーそのものを縮小させ、居住区を減らす。エコモードだ」


「それすら出来なくなったら?」


「人類をコールドスリープさせ、我1人で新天地を目指す」


 武蔵は息を呑んだ。

 それはまさに、数多のSF小説で語られる恒星間航行の集団であった。


「コールドスリープ。実用化してるのか?」


 武蔵達が未来へ飛んだ理由、その仮説の1つだ。

 仮説というか、事実目覚めた瞬間にはコールドスリープされている気配がある。

 少なくとも21世紀、武蔵の知る限りは明確に実用化はされていなかったはずなのだ。


「されている。完全な技術とは言い難いが、使用は可能だ」


「えっ。今なんつった、不完全? 俺そんなのでウエイクアップしてるの?」


「些事だ」


「重大事だ!」


 ループのタイムスリップ時、一定確率で脳細胞がパーになるなどごめんである。

 騒いだところで武蔵に手出し出来る案件ではないので、結局放置するしかないのだが。

 溜息を小さく吐き、武蔵は三笠に訊ねる。


「アリアを助けるのにも、協力はしてくれないのか?」


「コロニー隔壁を開く時は言え。いやその前に宇宙往還機の調達か、調査してみよう」


「公平とはなんだったのか」


「公平だとも。公平に判断し、差別しているだけだ」


 そうも堂々と言われると、ちょっと騙されそうになる武蔵であった。







 地上と連絡を取る手段など、結局は直接乗り込むか、無線を繋げるかしかない。

 楽なのは勿論、無線機での交信。

 逆に直接乗り込むとなると、多くの問題が続出する。

 武蔵達は無線通信を前提としつつ、直接降下についても具体的に検討していた。


「後先考えないなら、地球に降りることも出来るんだが」


「もう一度セルフ・アークまで戻るとなると―――リニアエンジン以外、現実的な選択肢はありません」


 地球へ降りて、無補給で再び宇宙に飛び出す。

 ようするにアポロ宇宙船の月着陸船のようなもの。否、重力が強い地球からの離脱なので、難易度は月からの無補給離脱より遥かに高い。

 更に言えば月軌道まで昇ればいい月着陸船と違い、この場合はラグランジュ4まで飛ばねばならない。

 これを実現しようと思えば、それこそリニアエンジンを搭載した宇宙往還機か、数十メートル規模の大型科学ロケットが必要になる。

 大型ロケットを打ち上げ時のサイズのまま大気圏に突入させるなど、あまりにも現実的ではない。


「片道ならなんとかなるんだけどな」


「はい―――地上に降りるだけなら、やりようはあります」


 由良は何枚かの概要図を取り出す。


「最近の大気圏突入はリニアエンジンの逆噴射による減速か―――あるいは、浮遊機関を全力稼働させてのエアブレーキ兼シールドによる突入が普通です―――」


「どっちもない」


「ないです―――。凰花とはいわずとも、せめてリニアエンジンさえあれば―――いえ、それでも片道切符ですが、難易度は一気に下がります」


 リニアエンジンさえあれば、真空でも充分にブレーキをかけられる。

 ちょくちょくブレーキをかけながら高度50キロほどまで降りれば、あとはパラシュートで比較的安全に地上まで降りられるのだ。


「古い方法による降下ですが―――自由落下の断熱圧縮に耐えられる素材は、必要量を調達出来ません」


「だろうな」


 由良の言う『古い方法』とは、シンプルに耐熱材を信じて降下する方法だ。

 減速用の逆噴射や突入角の制御で過度の加熱を防ぐのだが、耐熱材1枚の破損で船そのものが大破しかねない極めて危険な技術でもある。


「それらを踏まえて、それでも地球に降下する方法となるとやっぱりコレか」


「前例はありませんが―――理屈の上では、ちゃんと地上まで行けます」


 2人の視線はやがて、1枚の概要図へと辿り着く。

 ないない尽くしで出した結論。今までこの技法で大気圏突入を試みた者などいない。

 だが、不可能ではない。意図的なものではないし有人でもないが、偶発的な事故として『これ』が成功した事例はあるのだ。


「これに乗ってお兄さんが旅立ったら―――僕達は、もう二度と会えないんですね」


「由良ちゃん」


「解ってます、この世界はどうせ繰り返される、悲観することじゃないって―――頭では、理解しています」


 由良は逡巡し、躊躇い、そっと武蔵の服の裾を摘んだ。


「でも、100年経ってやっと会えたのに、もうお別れなんて―――」


「…………それでも、俺は行くよ。訳のわからないまま、繰り返し続けるのはゴメンだ。真相を追わないと、前回のみんなにも顔向け出来ない」


「解ってます―――解ってますから、せめて泣き言くらい、言わせて下さい」


「聞こう」


 残酷なことをしている、という自覚くらいは武蔵にもあった。

 だからこそ、せめて大切な人達には誠意をもっていたい。


「答えられないが、お前の言葉は絶対に忘れないから」


「いえ、適当に忘れて下さい。そうしなければ―――お兄さんが壊れてしまいます」


 本当ならば、泣き言自体を言わなければいいのだと由良は知っていた。

 知っているというのに、言葉が漏れるのはどうしようもなかったのだ。







「どうしていきなり辞職してきたんだ。いや俺が糾弾する立場でもないが、とんでもない責任放棄だろ」


 ふとした時、武蔵はなんとなしに花純に訊ねてみた。

 おおよそ武蔵の意向が受け入れられるが、この浮遊島の所持者であり責任者は花純だ。

 電子演算機も今となっては貴重な物資なので、花純は手作業にて帳簿を付けていた。

 『うらちょーぼ』と表紙に書かれたノートに走るペン。

 不意にかけられた武蔵の問いに、花純はこともなげに答える。


「まあ、あそこが限界でしたから」


「何の?」


「文明の、です」


 疑問符の浮かんだ視線で続きを促す武蔵。

 花純は気負いもせず、続ける。


天空の橋立(あまのはしだて)が崩れた時点で、もう機械文明の終焉は決定的でした。今までの延命が限界だったんです。次手などありません、チェックメイトです」


「あとは野となれ山となれ、か」


「残念ながら。せめて軟着陸で文明を後退させてほしいところですが、そうはいかないでしょう。新たな国家体制が構築されるには、少なからず血が流れると思われます」


 そう判断した花純は、どうせ避け得ぬ破滅ならとさっさと身を引いたのだ。


「責任者は責任を取るものです。ですが、行き詰まったこの国は責任を私の血で求めるでしょう」


「お前の血は、まあ見たくないわなぁ」


「辞任、革命、弾劾。呼び方は色々ありますが、指導者の命まで求めたら国家としてはお仕舞いです。苦労のない穴へさようなら、です」


 損得勘定の切り替えの速さは、まさしく政治家らしい立ち振る舞いであった。


「とはいえ、私もさすがにもう少し緩やかに崩壊するものと思っていました」


「そうなのか?」


「誰だって、殺し合いなんてしたくはないんですよ」


 それはそうだ、と武蔵も同意する。

 しかしそれは、個人間の話だとも思う。


「見えない相手に対しては、割と平気で過剰な暴力を振るえる生き物だと思うけど、人間って」


 目の前にいる人間を傷付けられる者は少ない。

 だが、映像や電話回線の向こうに居る人間に対して、人間はどこまでも残酷になれるのだ。


「ほら、人は本質的に争い合う生き物だってよく人工知能も言ってるだろ。人間こそが地球のガン細胞、愚かな人間なんて滅ぼしてしまえーって」


 浮遊島のどこかで三笠が「へぷちっ」とくしゃみをした。


「ですがそれでも、人というのは色々な形で、他者を傷付けることにブレーキがかかるようになっているんです」


 倫理、法律、道徳、損得勘定。

 様々な形で、人は人を傷付けてはいけない理由を捻り出した。

 人は弱い。単純な動物としての性能は最底辺だ。

 だからこそ、集団行動という点においては最強なのだ。


「同属との闘争を制限するシステムについて、人間ほど洗練された生物はいないと思いますよ」


「ではなぜ、ここまで一気に治安が悪化したんだ?」


 花純は苦笑した。


「政府も自衛隊も預かり知らぬところで、テロリストによって街の近くで核兵器を起爆されては、まあ……」


「ふにゅう!?」


 武蔵の喉から、萌キャラみたいな声が漏れた。


「あまりに解りやすい、具体的な命の危機。明確な敵のいないこの小さな世界で、目と鼻の先に明確な殺意があることを誰もが感じ取ったのです」


「ふええぇぇぇ。ぼく、むつかしいことはよくわからないよぉ」


「あの一撃は、ご主人様が思う以上に日本国内の情勢を揺るがしました」


「ご、ごめんね?」


 流石に気まずくなった武蔵は、ガチトーンで謝罪した。


「謝罪など不要です。私がご主人様の存在に気付けなかったのが原因なのですから」


 ぎゅっ、と胸の前で両手を祈るように握りしめる花純。


「ご主人様の妻たるもの、貴方がこの世に再誕したことを感じ取らねばならなかったのです。愛で」


「あ、愛っ」


 こいつ116歳のくせに青臭せぇ、と武蔵は震えた。

 一世紀に渡って1人の男に超々ちょお操を立てて来た花純という女は、総理大臣まで勤めておきながら恋愛について初心者なのだ。


「とかく、あれがなければおそらく数カ月は持ち堪えられたでしょう」


「それでも数カ月、なんだな」


「不可避の文明崩壊が待ち受けているという点は変わりないので」


 UNACTみたいな宇宙生物がいるなら、人類を支援する宇宙人とかもいないのかなーと妄想する武蔵。

 それはそれで代理戦争な気がするので、武蔵は夢想を止めた。


「中世レベルの技術しかない日本、か。江戸時代みたいなもんか? 日本って国号や文化は残るんかな」


「どうでしょう。現代文明は効率的な機械技術や、科学農薬を駆使した食料の大量生産があってこそです。中世に人権とか健康保険という文明を持ち込んだところで、財政不足で成り立ちません」


 よくタイムスリップで過去に行ったり、文明の遅れた異世界に転移した主人公が現地で未来知識を活かして活躍する物語というものがある。

 勿論マヨネーズの自作くらいは可能かもしれない。しかし、文明を加速させるのは個人の浅知恵ではまったく足りないのだ。


「足りない分はどう補うんだ?」


「それは勿論、誰かが割を食います。文明的な生活は誰かの怨嗟の上に成り立っているのです」


「救われない人間が出てくる、か」


「救われない人間はどんな時代にも一定数いるものです。ただ、そんな人々の呼び方だけが時代によって違うだけです」


 どんな時代にも。

 この未来世界においては平和そのものであった21世紀ですら、救われない者はいたのだろうと武蔵は知ってはいる。


「21世紀にも名を変えて奴隷はいたと?」


 特に他意もないが、なんとなく訊ねてみた。


「低賃金しか受け取れず、生活を改善する目途もない人というのはいました。そんな人々をなんと呼んでいたかの明言は避けさせて頂きますが」


「さすがに奴隷の亜種扱いは難しくないか? そういう人だって、頑張れば生活を改善させることは出来ただろ?」


「奴隷とて解放奴隷という言葉はあります。身分の返上は可能です」


「奴隷から開放されるのと、21世紀の日本で貧困学生が頑張って良い大学に行って上場企業に就職するのでは、難易度が違い過ぎるだろう」


「けれど、苦しい生活を送るものに『もっと頑張れば生活を改善出来る』と指摘するのは難しいものですよ」


 それは、資本主義という国家形態にとって不都合な真実。


「オーケー、この会話はもう止めとこう。色々怒られる気がする」


「困ったら有耶無耶にする、ご主人様は政治家の才もお持ちのようですね」


「100年間この国を切り盛りしたお前がいうと、皮肉にしか聞こえない」


「心の底からの賛辞です」


 さすごしゅさすごしゅ、と武蔵を称える花純。

 無論、さすがご主人様、の略である。


「しかし、とんでもないタイミングに立ち会ってしまった感があるな。日本2800年の歴史が終わる場面に立ち会うなんて」


 日本という国家の始まりも終わりも、明確にどのタイミングだとは断定が難しい。

 だが、今この瞬間は間違いなく日本国の終わりの1つであった。

 国家の終焉。あまりに非現実的で、しかし歴史の教科書には有り余るほどに記された『よくあること』。


「まあ、目の前で起こると特別感があるからな。100年に一度の天体ショーが何かしら毎年あったり、とあるワインブランドが毎年おおげさなキャッチコピーを乱発したり、閉店セールを何年も続けたりするようなもんだろ」


 国家など、毎年どこかで崩壊しているのだ。

 それがたまたま、目の前で起きただけ。


「……本当に、偶然なのでしょうか?」


 そう割り切って納得した武蔵だが、花純は違和感を逃さなかった。


「どういう意味だ?」


「確かに100年のタイムスリップというのはキリのいい数字です。ですが、二桁から三桁に以降する瞬間……本当にそんな適当な理由で選ばれたのでしょうか、ループのタイミングというのは」


 更にいえば、厳密には98年。

 アリアに限っては95年ですらある。

 100という数字に固執するのは判断を誤らせる―――花純はそう考えていた。


「俺……俺達をタイムスリップさせている何者かは、このタイミングに何か別の意味を見出している、と?」


「少なくとも、国家としては間違いなくターニングポイントです」


 武蔵は思わず周囲を見渡した。

 具体的な何かを探したわけではない。ただ、ターニングポイント足り得るものがないかと逡巡し、それを問うにはあまりに情報も立場も不足していると再確認した。




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