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2-18


 天空の橋立(あまのはしだて)崩落より2ヶ月間、すなわち武蔵達が浮遊島でのひきこもり生活を始めるまで。

 世界の致命傷が国家全体の機能不全へと波及していた間、人々は各々の利益の為に活動していた。

 花純から上記のように話を聞いていた武蔵は、セルフ・アーク内部に独自の生存圏を確立する以外にないと判断。

 それに同意する花純から、提案される。

 「私の実家である浮遊島に住みませんか」、と。

 人類の生存を賭けたノアの箱舟であるセルフ・アーク、その内部に更に方舟を作ることとなったのだ。


「各々で生存圏を確保し、他勢力に影響されない健全な活動を保持する―――つまりブロック経済化です。むしろ経済は盤石となったと言っていい」


「ならまず独自通貨を発行なさい」


 ぴしゃりとミニスカスーツの女教師は武蔵の妄言を叩き切った。

 かつて武蔵すら苦戦させた防空システムは、地上で乗り少ない物資を奪い合う暴徒から身を守るには充分だ。

 彼等が航空機を持ち出したところで、所詮は自衛隊が使用していた駆逐雷撃機MF―5宵龍が精々。島を守る防空網を突破出来るはずがない。

 武蔵達はこの2ヶ月でありったけの工作機械や物資を持ち込み、自給自足の体制を整えたのである。


「まるで宇宙漂流者だわ」


「あれよりはマシかと。一生分の物資を載せて宇宙を彷徨うことを選んだ人々は次世代について考慮していませんが、俺達のプランは恒久的な自給自足を視野に入れているので」


「ここに国を作るつもり?」


「いつか体制を立て直した人類が、再び地球を目指せるように、です」


 この世界が今後も続くという仮定をしつつ、次のループを想定して情報収集に務めねばならない。

 相反する命題に苦悩しつつも、武蔵は今やれることをするしかなかった。

 1周目はがむしゃらに生きるしかなかった。

 2周目は試行錯誤して、世界の全体像を掴もうとしている。

 まだ2周目なのだ。焦る段階でもなんでもない。

 だが、こうもままならないものなのかと寂寥感は禁じ得なかった。


「ねえ、武蔵くん」


「なんですか、妙子先輩」


 武蔵の会話相手。

 それは、100年ぶりに再会した空部の部長であった。

 背中までかかってた髪は肩まで程度に短くなっているが、外見上の変化はほとんどない。

 足柄 妙子。元より大人びた妖艶な雰囲気を持つ彼女は、起伏に富んだ女性敵な身体の持ち主だった。

 それは要するに肉体的な成長は最終局面に差し掛かっていたことを意味し、テロメア伸長措置の影響で老化しない身である以上は高校3年生の頃から大きく容貌は変化していないのだ。

 ただ、目つきは随分と鋭くなったように武蔵は思う。

 出来る女、頼りになる年上女性、という見た目のイメージとは裏腹にポンコツな女性なので、今まで色々と苦労したに違いないと武蔵は想像した。

 その辺は武蔵としてもフォローしていければと考えていたのだが、果たせず100年間ほったらかしにしてしまった手前、どうにも彼は妙子に負い目のような感情があった。

 当人に言えば「余計なお世話だ」と叱られるのが目に見えているので、口にはしないが。


「貴方は、軌道エレベーターが落ちることを知ってたの?」


「いえ、前回の記憶は2ヶ月前までなので」


「そう。なら次はなんとかしてくれると嬉しいわ。『こんなこと』になるみたいだから」


「はい」


 淡々と要求する妙子に、武蔵もやはり粛々と了承する。

 天空の橋立(あまのはしだて)破壊阻止など、並大抵のことではない。

 だが多くの命に責任を持つ妙子は武蔵が頷かねば納得しないし、武蔵としても所詮は口約束としか思っていないので明確に行動を起こす気はない。

 どうせ、次のループでは彼の中にしか残らない約束。

 まして武蔵の行動指針は人類滅亡を防ぐことであって、この小さな世界を守ることではない。

 故に、ここで武蔵が頷いたのはただ単に目の前の女性を納得させる方便以外の何物でもなかった。


「100年前には解らなかったわ」


「何をですか?」


「貴方がずるい人だってことを、よ」


 武蔵は曖昧に笑って、適当に誤魔化した演技をした。


「でも、本当にアリアさんはまだ生きてるの? 宇宙からの観測では、天空の橋立(あまのはしだて)は完全に崩落沈没してしまっているみたいだけれど」


「今、なんとか地上と連絡を取ろうとしてるところです。それ以上のことは推測の域を出ません」


 由良と武蔵、技術面に秀でている2人で試行錯誤しているものの、やはり宇宙コロニーと地球の通信は困難を極めていた。

 地上に生存者がいることは確定している。未だに発せられる無線通信がその証拠だ。

 だがそれは混線し、とても個人を捜索出来る状況にない。

 そして今や、武蔵達側から送受信する術そのものが失われた。


「地球と通信するには、コロニー外殻の大型アンテナを使う必要があります。地球側の大型パラボラアンテナが使えないと予想される以上、こっちで面倒を見るしかありません。他にも電波の解析やら色々と障害はありますけど」


「今は誰が使っているの?」


「三笠曰く、誰も使っていないらしいです。もうコロニー内の人間は大半が地上との交信を諦めたようです」


 その三笠が協力的ならばもう少し手間がないのだが、どうやら彼女には積極的に武蔵に力を貸す気はないようであった。

 その旨を聞いた妙子は嘆息し、今出来ることをすることにする。


「畑仕事をしている子供達の様子を見てくるわ。示しが付かないから、貴方もちゃんと働きなさい」


「解ってますよ、妙子『先生』」


 踵を返した妙子に、武蔵はひらひらと手を振る。

 そして、去りゆく彼女の背を見つめて呟いた。


「医者の先生じゃなくて学校の先生、か。……美人教師、うん、エロい」


 良い尻してやがる、とタイトなスカートのヒップラインを凝視する武蔵であった。







「知能すら未発達な餓鬼共め。貴様等の頭は空洞なのか? 軽量化か? その割にはバランスの悪い躯体をしている、まさしく劣等種に相応しい極東の黄色……きゃあっ!?」


「なんだこのねーちゃん?」


「スカートめくったれー!」


「ケツターッチ!」


 畑に向かってみると、セルフ・アークの支配者にして天皇陛下たる異国の少女が子供達にセクハラされていた。

 スカートを抑え、羞恥と怒りに震える三笠。


「ききき、貴様等、身分の違いというものを弁えるべきだ。この国には馬の耳に念仏なる諺があるそうだが、馬とて逆らってはならない上位者の区別は付くものだ……我に逆らうということがきゅううっ!?」


「おいこのねーちゃん乳ないぞ!」


「ぶへへへっ!」


「鼻クソ付けちゃえ」


 小学生というものは、その意味を理解せずに性的なイタズラをするものだ。

 スカート捲りなどその最たるものだろう。行為そのものは強姦一歩手前だが、彼等に性的な欲求を満たそうという意図はない。

 とはいえされる側にとっては充分に恐怖であるはずなので、武蔵はクソガキ共を蹴散らす為に動いた。


「刮目しろ! 必殺モノマネ、パンジャンドラム!」


「ひえー! 変態だー!」


「ヘンタイヘンタイ!」


「大変なヘンタイだー!」


 蜘蛛の子を散らすように逃げていく子供達、残されたのは変態の烙印を押された武蔵と蹲る三笠のみ。


「うううっ、汚された、鼻く……鼻の分泌物を付けられた……」


「泣くなよ……お前、言葉の通じない相手には滅法弱いな」


「貴様も貴様だ……我が祖国の超兵器を侮辱するな……ドラム中央に積載された1,8トンの爆薬は、直撃すればいかなる地上目標をも破壊可能なのだ……」


「直撃しないだろ。迷走するだろ。っていうか走りすらしなかった場合も珍しくなかっただろ」


 ぐすぐすと泣きじゃくる三笠。

 どうにも武蔵とは相性の悪い少女。せっかくだからこの際もうちょっと虐めておこうかと画策するも、その前に子供達の騒ぎを聞き付けた妙子がやってきた。


「小学生と同レベルで対峙しないでよ、呆れたわ」


 現場監督をしていた妙子は、子供達のフォローを後回しにして天皇陛下とかつての恋人の元へと訪ねる。


「き、貴様の監督下にある小童共だろう! 監督不行届だ!」


「ほっときなさい。幼少期の腕白お転婆なんて後の恥態よ。もう少しで性差が出てきてしっぺ返しを食らうわ」


 せいさ。男女間に生じる、成長の違いである。

 この場合、妙子が言うのは二次性徴に関しての男女の差異についてであった。


「それがどう当人へのしっぺ返しに繋がるんですか?」


「異性に興味が出てくれば、それまでに積み上げてきた悪評が障害になる。それを払拭する為に、男の子も女の子も自分磨きをするようになるの」


「はあ、そんなもんッスか」


 妙子の見識は、武蔵にはピンと来ないものだった。

 さて自分の場合はどうだったかと思い出せば、エアレーサーとして自分を苛め抜くことしかしていなかったと気付く。

 その努力は結実し中学の頃には一流の競技者となっていたが、異性に対しての好奇心はあまり強くはなかったように彼は自己評価する。

 それでも時雨と男女交際はしていたし、事故をきっかけにハーレム願望が暴走して今の性格に落ち着いてしまったわけだが。


「今の段階では過度にエスカレートしないようにブレーキをかけておけばいいわ」


「既に事案だぞ、我の受けた辱めは!」


「手を動かしなさい」


「くそっ! コイツも話を聞かない系の人間だった!」


 農作業を再開する三笠。

 彼女は機械の身体なので疲れないはずだが、なぜかヒーヒー呻いている。

 さて俺も、と農具を手に取った武蔵。

 だが、そこに妙子は問いを投げ掛ける。


「武蔵くん、貴方はちゃんと自分磨きをした?」


「……その質問にどのような意図が?」


「強いて言うなら、好奇心かしらね。外面ばかり気にするのも問題だけど、内面のみに終始するのも非健全だわ」


 それを言われると、武蔵も弱い。

 外聞とは避けようのないステータスだ。そこに中身がなくとも、力はある。

 結局、人は見た目が9割なのである。


「してます。将来的にはそれなりの高給取りになれる見込みでした」


 だが武蔵は結局のところ、残り1割で勝負するタイプの人間だった。


「……ねえ、女性っていうのはお金だけで弾性を評価するわけじゃないのよ?」


「それが全てとは思っていませんが、それでも長い人生を共にするなら大切な評価ポイントでしょう? 足が速くてもバスケが上手くても、夫として優れている証明にはなりません。でも安定した収入を得ているというのは少なくとも、大黒柱として高ポイントなはずです」


「否定しきれないのが困るところね」


 大学生やそれ以降ともなると、女性は男性に有望な就職先や高い年収を求める。

 それを卑しいと謗る男性も多いが、女性としても一生を預けるパートナーを選定するのだ、当然妥協は出来ないのだ。

 愛さえあれば、だの、やりたいことを仕事に、だの、色々と青臭いことは言える。

 だが、それでも人生は嫌になるほど長く続くのだ。

 結論を言おう。お金は大事なのである。


「それに身なりは清潔を心がけてますし、愛する者には誠意を以て対応しています。俺が凶暴になるのはベッドの上だけです」


「武蔵くんって、意図的に構築された有料物件ね。養殖うなぎみたいだわ」


「天然物より味が安定しているという点もセールスポイントです。環境で味が左右されません」


「そう思って取引契約してみれば、100年間音信不通だったのだけれど」


 武蔵は土下座した。

 土の上だということも一切厭わない、真性の土下座であった。


「うふふっ」


 妙子は武蔵の頭を踏み付けた。


「やっぱり貴方に男としての魅力はないわ。酔えないのよ、お酒みたいに」


「酔いは冷めるものです」


「恋愛感情そのものが、きっとお酒みたいなものでしょ。二日目には後悔して、でもまた飲んじゃうのよ」


 それでも、と武蔵は言いたかった。

 言いたい程度には、武蔵も酔ったのかもしれない。




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