2-15
謁見の間、と呼ばれる空間を武蔵は初めて見た。
伝統的なRPGにありがちな並んだ兵士、赤絨毯、そして玉座というお約束。
彼のイメージはそんな感じであったが、やはりフィクションはフィクションらしい。
武蔵が通された、天皇陛下への謁見の間。
そこは、質素ながらに品のある調度品が揃えられた和室であった。
「なるほど、確かに貴様だ」
そして、その部屋の主は重厚な椅子に座っていた。
「話は聞いている。下賤な貴様に礼儀作法など元より毛ほども期待していない、ただひれ伏せ」
「Fuck You.」
相も変わらず過ぎる第一声に、武蔵は思わず中指を立てた。
「何か言ったか?」
「くしゃみです」
「そうか、May goddess be with you.」
「お、おう」
女神の加護云々はエアレースのお約束フレーズだが、そういえば英語圏にはくしゃみに「神のご加護を」と返す風習があったな、と武蔵は思い返していた。
「どうした、座れ」
「んじゃ、失礼して」
「ふん。やはり蛮族だな、言動に優美さというものがない」
「うおおおおっ、ふっかふかだ、ケツが沈む。この椅子のマットレス持って帰っていい? 零戦のコックピットに敷くわ」
「聞け」
ボリューミーな薄い色素の髪、対比するように小さく華奢な躯体。
猫のように目尻が吊り上がった瞳。彫りの深い容貌は、彼女の出身地を鑑みれば不思議なポイントではない。
それらの強い要素を許容する、圧倒的な美少女。
天皇陛下―――普通に生きていればまず拝謁する機会のない存在と、武蔵は対峙していた。
「久しぶりだな、三笠。元気そうで何よりだ」
「ふん。幸いなことに、私は未だ私のままだ。して、何をしきに来た小僧?」
「ご挨拶だな、旧知の友が遊びに来たというのに」
「窮地の友? 確かにお前は常日頃から絶体絶命だな」
「やだよそんなキャラ付け。やめろよ不幸キャラにするの」
思わずといった様子で三笠は嗤った。
相手を人とすら認識していない、絶対零度の冷笑であった。
「ふん、むしろ貴様は道化師だな。世界に翻弄されて踊り狂っていればいい」
「世界に囚われて雁字搦めにされるよりはマシだ。なあ、セルフ・アーク」
武蔵の言いように、眉を吊り上げた三笠はしかし声を荒げたりなどはしなかった。
武蔵は昨日―――時刻的には早朝―――花純から、三笠という存在が何者かを聞いた。
時折見かけていた普通の毒舌少女だと思っていた彼女の正体に、少なからず驚かされた。
「三笠―――エリザベス ヴァリアントって人間は、もう死んでいる」
アリアの祖国において親友であった、先に日本へ渡った少女。
事故に遭って重体となり、治療のために日本へ送られた―――とは武蔵も聞いていた。
だが、そうではなかったのだ。
「三笠は祖国で事故死した。日本に送られてきたのは、ただの死体。ふん、俺の目を誤魔化せると思ったか?」
「人から聞いた話をよくもまあ、名探偵のように堂々と指摘出来るものだな」
なぜ死体をわざわざ日本へ送ったか。
理由はすなわち、とある実験の為であった。
「宇宙コロニーの維持は多大なコストを要する事業だ。多くの専門家、大量の物資を常に消費して宇宙コロニーは維持されている。普通の宇宙船ですら整備維持コストは莫大なんだ、小国ほどの大きさのコロニーならどれだけかかるか」
実際、21世紀に建造された多くの宇宙コロニーは経営難となっていた。
下手にコスト削減を図れば事故が多発し、安全に投資すればキリがない。
そこで、当時の技術者は宇宙コロニーの管理を人工知能に丸投げすることにしたのだ。
セルフ・アークの名は伊達ではない。
「完全自立人工知能によるコロニーの保全。最新宇宙コロニーとして建造されたセルフ・アークだが、その人工知能についての詳細は一切伏せられていた。それはそうだ、そこには倫理的に大問題な技術が使われていたんだから」
21世紀にて人工知能は幾つかの分野で実用化していた。だが、セルフ・アークの管理AIに求められていたのは、既存の人工知能とはまた異なる性質だった。
ただ単にルーチンワークとしてコロニーを管理するならば、既存の人工知能でも良かったのだ。だが地球と同レベル、1000年や10000年という単位で安定した生活圏を恒久的に維持するには、エラーの可能性を内包する人工知能は不安が残った。
「既存の人工知能は人間を再現した知性だ。人と会話出来ても、人の言い分を理解出来ても、それは人ではない。人に似た別の無機生命体でしかない」
「根本的に別物ならどこかで裏切るかもしれない、と?」
「人類の守護者たる存在は、人でなくてはならなかった。正しく人に親近感を抱き、人を愛する人の延長線上でなければならなかった。種族という絆ことが、自立型コロニーの寿命を伸ばす最も有効な手段だと考えられたのだ」
いかなる事態にも対応可能で、人間の価値観を理解する人工知能。
人間以上の処理速度と柔軟さを持った、人間の延長線上の人工知能。
どこまでいっても水掛け論でしかないこの仕様を、技術者達は人間を材料にすることで達成した。
「おあつらえ向きにも地球の裏側で事故死した天才がいた。日本の変態共はその死体を取り寄せて頭蓋を切り開き、脳細胞を電子回路に置き換えてクロックアップしたのだ」
「天才少女マーク2の出来上がり、ってか。ほとんど死者蘇生か不老不死の技術だな」
全脳シミュレーション技術。生物の脳を細胞レベルでスキャンして、その全てをリアルタイムで演算する力技の人工知能製造法。
人の脳をスライスし、電子回路に置き換え、筐体に組み込まれる。
「Elizabeth Valiantなんて人間は、日本にも宇宙にも来ていなかったんだ。俺はアリアの幼なじみと会ってなどいなかったわけだ」
「考えるだけ無駄だ。私はここにいる、それだけが真実だ」
「デカルトかお前は」
「あまり教養のないことを言うな。対話相手として辛うじて認めている私の品位が疑われる」
誰にだよ、と武蔵はツッコみたかった。
かくして様々な不安要素を残した実用化であったが、結果として彼女は機械の冷徹さと人間の柔軟さを兼ね備えたセルフ・アークの管理人となったのだ。
正しく人に親近感を抱き、人を愛する。
「いや人選ミスだろ……」
「その点については否定しない。なぜ私が下等生物に対して親近など抱かねばならないのだ」
ナチュラルに自分を超越者と定める少女は、別に人類愛など有してはいなかった。
「俺、タイムリープしてね?」
「脳が腐っているのか、貴様は」
武蔵ループ説について問うたところの返答が、これである。
「よもやそのような与太話をする為に、私の時間を削らせたのか? その不遜ぶりには感服させられる」
「もっと真剣に聞けよ……」
ふむ、と三笠は手を顎に触れ、首を傾げる。
「未来へ飛ぶのはいいとしよう、コールドスリープ技術が存在しないわけではない。だが過去へ飛ぶ技術など、人類は保有していない」
「どこかで聞いたが、確かタイムトラベルやワープを行うには宇宙全体のエネルギーをかき集めても足りないんだろう? そこんところ、天才スパコン美少女的にどう思うのよ?」
「1994年に提唱された試算だな。空間のトンネルを開くには10の33乗分の1センチという極小のワームホールを拡張せねばならなく、その為には莫大なエネルギーを必要とする為にまず不可能という考察だ」
こういう情報を、彼女は元々生前から持ってたのかコロニーのデータベースから検索したのか、どちらなのだろうと武蔵は疑問に思った。
後者だとしても、ここまでノーウェイトで閲覧出来るのならば実質データベースは彼女の一部といっていい。
蜘蛛の巣が蜘蛛の身体の延長線上であるように、人間にとってインターネットは脳の延長線上と考えることも出来るのだ。
そんなのズルと思う人もいるだろうが、そもそも現代社会で莫大な情報に触れられる環境自体が途方もないズルである。
「結構古い理論だな」
「シンプル故に多用に議論、発展していた考察だ。だがそれは、人間が干渉可能な範疇、4次元的なアインシュタイン方程式の解を前提とした試算に過ぎん」
「なるほど、相対性理論だな」
武蔵はしたり顔で頷いた。
学業優秀な彼だが、既にさっぱりである。
三笠は武蔵がついて行けていないことを察したが、「クソが」と呟くに留めて話を続ける。
「21世紀、人類の技術発展が栄花を極めた時代の物理学では、超弦理論を元にして11次元まで間接的に観測されていた。メキシコ人物理学者の試算は正しくはない、というより代入する数値が違う」
「じゃあ出来るのか、タイムトラベル」
「私が先程言った言葉を忘れたか、過去に飛ぶ技術を人類が保有したことはない」
人類が保有したことはない。
その言葉に隠されたニュアンスに、武蔵はちゃんと気付いた。
「人類以外なら、保有し得るということか」
人を超えた知性など、武蔵は1例しか知らなかった。
「まさか、お前が俺を……」
「違う。一応断っておくが、私は人類のカテゴリーに入る。少し脳細胞が電子回路なだけの強化された人間だ」
「いやお前人間性ないし。人類とか笑って滅亡させる系女子だし。人間カテゴリーに入れるべきか疑問の余地あるし」
「私の人間性の有無について、お前の命で検証してもいいんだが?」
「どうせループするし」
武蔵が死んでループするのかは未検証だが、彼はしらばっくれた。
「人間以外にも居るだろう、他にも人に等しい知性を持ち得る存在が」
「鯨とか、象とか?」
「あいつ等が人に等しい知性を持っているか? 脳の重量と知能指数は比例しないのは貴様を見ればよく判るんだろう? 貴様の知性の水準は畜生並に低いのか? なんだその低能アピールは、何かの自慢か?」
武蔵は切なくなってきた。
何か失言をする度に何倍にもなって罵倒が返ってくる。
アリアと友人だったと聞くが、よくもまあ人間関係が成立したものだと今更ながら武蔵は関心させられた。
「結論から言おう。UNACTだ」
「ふにゅうぅ……」
意外な答えに、武蔵の口から萌えキャラのような声が漏れる。
「UNACTって、あの怪物が俺の時間を逆行させているっていうのか? というかあの海上ゴキブリみたいな奴らにそんな上等な知性があるのか?」
「仮定に仮定を重ねて話しているだけだ。UNACTについての詳しい調査結果は知っているか?」
「まあ、教本に載ってるくらいなら」
自衛隊の即席訓練で習う内容など、本当に表面的なものだった。
だが当然ながら人類は、ありとあらゆる手段でUNACTについて調べていたのだ。
「UNACTは宇宙由来の生命体だ。確固とした個を持ち人の価値観からしても生物と認識出来るほど地球の価値観に近しい。区分としてはAnimal alien―――アニマリアンに分類されるが、実際はケイ素生命体に近い性質を持っている」
かつて人類が未だ戦力を残していた頃、当然ながらUNACTを多くの犠牲を払いつつも捕獲しての生体調査は行われたのだ。
結果として判明した、『彼らを地球の生命体と同様に考えてはならない』という結論。
まったく異なるメカニズムで動作するUNACTを解明するには基礎的な研究から進めねばならず、人にそれだけの時間は残されていなかった。
研究は結実することなく世界は滅び、不完全な資料だけがセルフ・アークに残った。
「だが調査で得られた結果には、宇宙で偶発的に発生した鉱石生命、というだけでは説明が付かない部分も多かった。生物としてのメカニズムが塩基配列から異なる、という話ですらない。UNACTは既存の物理法則とは異なる、まったく別のルールで動く生命体なのだ」
人の叡智を超えた器官や技術を持つ、という話ではない。
無よりエネルギーを捻出し、隔離された同胞と通信し、時に人を嘲笑うかのような立ち振る舞いをする。
明確に不合理な現実が、UNACTの肉体には存在した。
「当時の学者達はUNACTを解体し、分析し、結論付けた。この生物は、魔法を使っているのだ、と」
無論、文字通りの魔法などではない。
ただ、明確に現代物理学と一線を画く法則性がそこにはあった。
「マジカルクリーチャーなら時間移動なんて超技術と使えても不思議じゃない、ってことか」
「彼らは時間移動を超技術と認識しているかすら怪しい。知性云々という話をしておいてなんだが、UNACTが高い知能を示したという事例はない。まるで出来の悪いお掃除ロボットのように、地上を徘徊し破壊する無人機だ」
「いや、そもそもUNACTは本当にそんな能力を持っているのか? あるとしてもそれは体内で完結してるか不随意運動とかの部類であって、UNACTの表層意識に時間移動を能動的に行おうって気はなさそうに見えるんだが」
「解らんぞ。ゴキブリを駆除するためにわざわざ本気を出していないだけかもしれん。お前とて害虫相手に本気にはなるまい?」
割となる気がするが、そういう話ではない。
「UNACTにとって人類の攻撃はハエが纏わり付いてる程度であって、本腰の反撃は行っていないと?」
「脳の規模が知能に比例するわけではない。ないが、それでもUNACTほどの巨体を制御するシステムが簡素とも思えない。意味のない推測だがな」
UNACTが武蔵という人間を能動的にループさせているのか、否か。
事故か過失かなど確かに結果的には意味のない疑問だが、武蔵としては釈然としない部分もあった。
「UNACTの個体は今まで何体も撃破されているんだぞ、死者が出ても本腰出してないっていうのか」
「あれが人間でいう個人であるという確信はない。相手からすれば、指先の一つでしかないのかもしれない。そもそも無人兵器の類かもしれない」
「かもしれないかもしれないって、仮定に仮定を積み重ねてるな。意味があるのか、その考察は」
「ない、と先程そう断ったはずだ。人類は、未だに時間も重力も操れない下等生物なのだ。唯一これまでの仮定を確定事項に書き換えているのは、お前がタイムトラベルしているという証言のみだ」
「……考えるのをやめようと思います」
武蔵はギブアップした。
「それがいい。どうせ徒労だ。私にすら理解しかねる事柄を、貴様のような凡俗が解せるはずが―――なんだ、貴様等!?」
「三笠っちー!」
「ミカミカー!」
突如―――本当に突如乱入してきた如月姉妹が、三笠を轢き逃げして行った。
「鋼輪工業高等学校空部、一年生チームアヴェンジャーズ再結成ー!」
「いやー良かったですねー! あたし達に加えてミカミカまで加われば、もう来た見た勝ったでしょー!」
「やっやめろ! 離せ、不敬だぞ! ああ揉むな撫でるな! やめろ何故脱がす!?」
三笠をもみくちゃにしてしまう如月姉妹。
学友との再会に、社交辞令だった武蔵とは違い2人は本気で喜んでいた。
今でこそ武蔵や信濃とそれなりに親しくなり大和宅に居候する2人だが、元はこの未来世界において天涯孤独だったのだ。
輝かしい青春の日々を共有出来る三笠は、如月姉妹にとって大いに救いであった。
「三笠っちぃー! 元気だった? わたしはもー苦労しましたよー!」
「聞いて下さいよホント! あたし等なんか悪いことした? って思うくらい大変だったんですよぉー!」
「ええい離せ! いい加減にしろ! 貴様等など知らん、馴れ馴れしくするな!」
「はいはいツンデレですねー」
「ツンが多いけど、ミカミカが優しいってことバレてますよー?」
「こいつ等、強いっ……!」
強敵と相対した主人公のように戦慄する三笠。
対話に付き合ってすらくれない相手には、どうにも弱い人工知能であった。




