2-14
『2143年12月17日』
テロリストとは交渉しない。話を聞けば、テロという策略が通用すると内外に示してしまう。
その原則を破っての、国からのメッセージ。日本国臨時政府は人類涅槃解放軍を交渉相手として認めたのだ。
ピリピリと張り詰めたセルフ・アークの社会にて、武蔵は内閣総理大臣との直接会談を場を勝ち取った。
場所は自衛隊大苫基地の会議室。完全に自衛隊側のホームだが、武蔵としては現総理大臣代理閣下に対して危害を加えるという判断はないのでどうでもいい。
「ヤバイ俺かっこいい」
バサリとマントをはためかせ、これみよがしに影の黒幕的な鉄仮面を被る武蔵。
会談前日にノリノリで図画工作し、金属っぽく塗装した一品である。
双子が悪ふざけで追加した額のハートマークの意匠がチャームポイントだ。
顔への装着方法が輪ゴムであることは絶対に知られてはならない。
「いかん、輪ゴムが蒸れて耳の後ろが痒くなってきた……!」
「何か言ったか?」
「気にするな」
先導する仏頂面の自衛隊員に、武蔵は低く心がけた声で答える。
バサリとマントをはためかす。
意味はない。
「おい、そっちじゃない。会議室はこっちだ」
「おっと失礼」
武蔵は基地内の構造は把握している。今の間違いはわざとだ。
振り返りざまに、バサリと大きくマントをはためかす。
意味はない。かっこいいだけだ。
むしろバサリするために道を間違えた。
自衛隊員はあからさまに苛立った様子で武蔵を見た。
今の武蔵の言動は最高にウザかった。
「ここか」
バサリ。
「そうだ」
ノックもせずに、武蔵は会議室に突入する。
そこにいたのは、武蔵にとってとても懐かしい顔であった。
「おや……ノックくらいして下さい。こちらにも、相応の心構えというものが必要なのですから」
困った様子で眉を顰める総理大臣代理たる少女。
穏やかな目端。しとやかな黒髪。
一見ただ柔和な美少女だが、そうではないことを武蔵は知っている。
古き財閥の末裔にして、日本屈指のお嬢様。
元雷間高校生徒会長であり、武蔵の婚約者。
「久しぶりだ、花純」
賭けであった。
はっ、と武蔵の正体を見破る花純。その程度の洞察力は、当然恋人である武蔵も予測している。
武蔵にとっての賭けはここから。
彼を総理大臣という立場からテロリストとして処断するか、かつての婚約者として国家・人類より情を優先するか。
考えるまでもなく、あまりにふざけた二者択一であった。
常識で考えれば国を優先するに決まっている。人類残り120万人、その責任を背負う彼女は容易く少数を切り捨ててきたはずだ。
まして、武蔵が彼女と友誼を結んだのは100年前の、ごく僅かな期間。
「皆さん、私はこの方と一対一で話したいと思います。退出を」
「……それはっ」
「早く、して頂けますか?」
微かに微笑むと、会議室にいた護衛や秘書はそそくさと退室する。
花純は手元のタブレット端末で監視カメラが停止していることを確認し、鉄仮面を被る武蔵の前に立つ。
100年後の彼女は、武蔵の記憶のままに少し身長が低く、武蔵を昔のように見上げていた。
「久しぶりだな、花純」
バサリとマントをはためかせ、鉄仮面をそっと外す武蔵。
国か男か。
どちらを優先するかなど、例え公人でなくとも迷うまでもない。
まして、男は核兵器を平然と使うような狂人だ。
―――だが、それでも。
「お久しぶりです、武蔵さん。いえ……」
ふわり、と笑った花純。
深々と90度に腰を降り、姿勢正しく頭を下げる。
「ご無事であったことを心より喜び申し上げます、ご主人様」
それでもこの女は世界より男を優先する、という確信が武蔵にはあった。
武蔵のマントを受け取ってポールスタンドにかけ、楚々とした様子でお茶を煎れる花純。
その様子は100年前となんら変わっておらず、不覚にも武蔵はこれまでのことが夢だったのではないかとすら錯覚した。
「粗茶ですが」
「ありがとう」
お茶を啜り、さて何から話そうかと考える武蔵。
「とりあえず1つ、最優先で頼み事をしていいか?」
「はい。ご主人様が望むなら、人類が滅ぼうと遂行致します」
毒気の欠片もない純潔な瞳で、花純は首肯する。
まるで魔王の幹部である。
「俺がどうしてここにいるかは把握しているか?」
「現状について多少は情報が集まっていますが、ご主人様の存在は存じませんでした。お許し下さい」
「許す。これについては俺の不手際でもある」
100年前にちゃんと武蔵が伝えていれば、もっと色々な行動が出来たのだ。
例えば信濃と花純の交流を維持するように一言言っておけば、それだけで人類涅槃解放軍を酷使したテロ行為が必要なくなる。
過去に戻った際に右往左往するだけであった武蔵の無能が、この面倒な作戦を必要とさせたのだ。
「アリア……アリア・K・若葉については?」
「ご主人様の性奴隷ですね。現在は自衛隊に所属していると聞いています」
「あ、それは把握してるのね」
こいつ本当に俺以外は蛋白だな、と武蔵は鼻白んだ。
花純にとってアリアもまた友人であったが、積極的に保護するほどの存在ではないらしい。
「彼女は現在、真珠湾攻撃の先遣隊に参加すべく護衛艦秋津洲に乗船している」
「いえ攻撃はしないので、第二次布哇作戦ですが……」
秋津島を旗艦とする艦隊は既に地球へ降下し、天空の橋立で半舷上陸を行っている。
タイミング的には本当の完全にギリギリなのだ。
「アリアを作戦から外して、呼び戻してほしい」
「可能ですが、理由を伺っても宜しいですか?」
「宜しい。宜しいが、すまん今すぐ伝えてくれ。もう時間がない、この時代の情報伝達速度を考えたら猶予はない」
秋津洲がコロニーから出発するのは、なんと明日である。
ギリギリまで作戦を詰めた結果、このようなシビアなスケジュールとなってしまった。
仕方がなかった。むしろ、依頼から3週間で核兵器と作り上げた由良が凄い。
「承知しました」
花純は一度退室し、自衛隊へアリアの辞令を命じる。
総理大臣代理という立場は自衛隊への指揮権を有する。強権ではあるが、空中勤務者1人の移転くらいわけなかった。
すぐに会議室へ戻ってきた花純。
「確かに伝えました。辞令だけならすぐに通達されるでしょう」
「ああ、感謝する」
花純は手をパンと合わせ、提案した。
「現行の作戦の妨害が目的なのでしょうか? 必要とあらば精密軌道砲撃で地上設備を破壊しますが」
「いやいや、そこまではしなくていい」
「必要とあらば軌道エレベーターのアースポートごと沈めることも可能です」
「やめろ。絶対やめろ」
宇宙に兵器を配備してはならない、という宇宙条約という決まりがある。
宇宙開拓時代たる21世紀ではそんなものクソ喰らえ状態だったので、どこの国も普通に宇宙軍を配備していた。
宇宙船から宇宙船への攻撃は難しくない。なんなら人力で爆弾を放り投げたって、重力や空気抵抗のない宇宙空間ではちゃんと敵艦まで届くのだ。
武蔵が気になったのは花純が上げた、後者の攻撃手段だ。
「しかし、軌道砲撃とは」
ようするに宇宙空間からの攻撃である。
誘導兵器のないこの未来世界において、宇宙から海上の船舶という小さな目標を狙う手段。
そこから、武蔵は花純の示唆した攻撃手段を理解する。
「護衛艦やまとか。配備されているのは知っていたが、本当にまだ動くんだな」
「必要なら、ご主人様の一声で動かします」
時代錯誤な大艦巨砲主義の産物、世界最強の宇宙護衛艦。
いくら規模的制約の少ない宇宙空間であっても、水平線の影響がなくレールガンの重要性が増した戦場であっても馬鹿げていると思えるほどの巨大宇宙戦艦。
21世紀における護衛艦の保有数制限を突破すべく肥大化した当時最強の船は、22世紀現在においても宇宙を護っていた。
軌道上から数百、数千キロを隔てた無誘導質量砲弾の嵐。
そんな攻撃ユニットは、彼の船以外にはありえないのだ。
「まあいい。こちらの目的は一応達したからな、人類涅槃解放軍は用済みだ。所在を伝えるから、そっちの手勢で制圧して見せしめにして核兵器による民衆の混乱を収めてくれ」
「はい、喜んで」
ぺこりと頭を下げる花純。
急ぎの用はこれで完了である。
「あとはじっくりと情報交換をしたいんだが、どれくらい時間を取れる?」
「ご主人様が望まれるのでしたら、今日の仕事は全てキャンセルしますが」
「いやそこまでしなくていいから。いろんな人に迷惑かけちゃうから」
「ご主人様、さすがご寛大なお心遣い。感服致しました」
核兵器騒動で散々人々に迷惑をかけた男の人々への気遣いに、花純は感動を禁じ得なかった。
ガチでやべーやつである。
「諜防を鑑みれば、密会の場は私の家が最適かと。私が帰宅する夜までお待ちして頂いて宜しいですか?」
「あの浮遊島か、わかったお邪魔してる」
「はい。出来るだけ早く仕事を片付けてしまうので、我が家だと思ってごゆるりとお待ち下さい」
こうして、武蔵と花純の密会は夜の部へと続くのであった。
バサリとマントをはためかせ、鉄仮面の男は洋風の室内にてグラスを傾ける。
「フッ―――」
バサリ。
マントがはためく。
ワイングラスに注がれたぶどうジュースが揺れる。
酒を嗜むのは社交の場におけるマナーだが、生憎彼は未成年であった。
豪奢でありながら、嫌味のない調度品。今はなきヴィクトリア朝である。
主張がないからこそ最高級品であると知らしめる内装を踏みしめ、武蔵は窓の側に立つ。
「ふつくしい―――」
バッサバッサバッサバッサ。
マントが超はためく。
空にきらめく人工の星々。
そんなものは所詮映像だ。コロニーの天井に投影されたプロジェクションマッピングに過ぎない。
だが、彼はそれでも星の海の先に想いを馳せる。
否―――正確には、思い出すのは共に地球に向かった彼女のことだ。
今頃、彼女は何をしているのだろうか。彼女も自分と同じように、この空をコロニーのどこかで見上げているのだろうか。
『前回』の今頃、武蔵は秋津島に乗り込んで地球に向かうべく準備をしていた。
そして次の日、彼女は船に乗り込んできたのである。
「今頃何をしているかな―――北極2号」
武蔵はそれ以上の言葉を続けることをしなかった。
さすがにツッコみなしでのボケは寂しい。
「ラブドールなんてどうでもいい。美少女だ。アリアのことを思い出すんだ」
口にして、武蔵は驚いた。
どうやら武蔵が美少女という単語から真っ先に連想する人物は、アリアであるらしかった。
潤んだ瞳で武蔵を見上げ、「私の心にタッチダウンなのです」と切なげに訴えるアリア。
妄想の程度が極めて低かった。
「実際のアリアは浮浪者を俺に見せて『世界は残酷なのです……』とかしたり顔で言ってくるポンコツなんだよな」
どうしようもない、愚かしくダメで弱くてカワイイ少女。
確か前回のアースポート上で、彼女と愛について語り合った記憶があった。
その内容は結局のところ、「いやーお前みたいなチンチクリンは女として見れねーわ! めんご!」みたいな内容だっと記憶している。
あの時点では近しい他人として突き放してしまったが、ループのトリガーがアリアならばそうも言ってられない。
とにもかくにも、世界はアリア・K・若葉を中心に廻っている。
知らねばならない。彼女が何者なのか、世界に何が起きているのかを。
「ご主人様、ただいま戻りました」
ノックの後。
涼やかな声が、廊下から聞こえてきた。
「入れ」
「失礼します」
一礼して入室したのは、当然ながら花純だった。
昼はスーツ姿だったが、自室ではゆったりとした明るい色のワンピースに着替えている。
服の趣味は百年前から変わっていないのだな、と武蔵は懐かしくなった。
そう、ここは花純の部屋である。
というかこの浮遊島そのものが花純の資産である。
更にいえば彼女はこの時代における人類の最高権力者である。
いつまでも突っ立っている彼女に、武蔵はふと気付く。
「座れ」
「失礼します」
流麗な所作で、花純は武蔵の対面に腰を下ろした。
面接か。
武蔵は内心ツッコんだ。
彼としてもこの立ち振る舞いや言動はかなりの違和感があるが、こうしないと不満そうにするのだ、花純という人物は。
というより、100年の間に悪化している気すらした。
「花純、お前虐げられることに欲求不満なのか?」
「まさか。私はご主人様の不在に人生を持て余していたことは事実ですが、別に被虐趣味者ではありませんよ?」
苦笑する花純。
それはそうだ、と武蔵も自分の歪んだ認識をやや訂正することにした。
痛め付けられて喜ぶような者はいない。そんなことは、あまりに単純な世界の原則だ。
「被虐など過程でしかありません。私はただ、ご主人様の奴隷になりたいだけです」
もっとヤバかった。
愛という対価を求める信濃や、在りし日々という目標を掲げる如月姉妹とは違う。
ただただ純粋に、心に決めた異性に尽くしたい。
ただのドMである。
「なるほど……ご主人様の主観では、そのようなことになっていたのですか」
花純は武蔵の話を一通り聞いて、神妙に頷いた。
「現状の目的はあくまでループの原因やルールの解明だ。ここで義侠心拗らせて世界を救おうとしても、ルールに抵触してリスタートさせられたら徒労だ」
「それでよろしいかと。元より、個人が世界を背負う方がおかしいのです」
「いや、それをお前が言うか」
100年間人類存続という問題に対峙し続けてきた、個より全を優先してきたであろう女の暴論。
花純という人物の異常性を知ってはいた武蔵だが、ここまで極まっていると改めて愕然とさせられるのであった。
だからこそというべきか、武蔵は思い至る。
彼女の100年間に、責任感や正義感とは別に何か個人的意図があったのではないか、と。
「花純、お前はどうして総理大臣になったんだ? 何か明確な目標あってのことか?」
「いえ、ただ権力を求めてのことです。いざという時、選択肢が多いに越したことはありませんから」
「ふぅん?」
日本で一番大きな力を持ってるのは誰か。
答 総理大臣。
そんな問答が成立するほど、世の中はシンプルではない。
確かに最高権力者かもしれない。だが、権力には責任が伴う。
その重責を鑑みれば、適当な大企業のトップに立った方がよほどリターンは大きいはずなのだ。
朝雲 花純という少女は元々が大重工の代表取締役社長が一人娘。総理大臣を目指すより財閥の当主を目指す方がよほど楽に到達可能で、かつ好き勝手出来る。
それでも尚、彼女は総理大臣という椅子を欲した。
いざという時に備えるだけにしては支払う労力が大きすぎる立場ではないかと武蔵は思ったが―――
「まあ、100年間ほったらかしにした恋人にそこまでつっこむ権利もないか」
「えっ? すいません、何か?」
「なんでもない、独り言だ」
口説いておいて放置したという負い目から、武蔵はそれ以上は問えなかった。
花純は小首を傾げ、しかし武蔵を詮索することもなく提案する。
「ループの原因がアリアさんにあるとすれば、彼女の身柄はこちらで抑えておいた方がいいでしょうか」
「そうだな、知り合いだと気付いて呼び戻した、とでもすればいいんじゃないか。何かさせるにしても、俺の手元に置いておいては不審を抱かれるかもしれない」
いち自衛官を総理大臣が贔屓するなどあってはならないが、武蔵が直接呼び戻すよりは言い訳が効く。
世界がループしているから、などと本人にも第三者にも言えるはずがない。
「場合によってはアリアさんを殺す、というのも考えているのですか?」
「気は進まないが……場合によっては、な」
目的の為なら知人でも殺す。
その辺を割り切れる、似たもの夫婦な二人であった。
「なるほど。ではアリアさん確保後の国家指針について、何かご注文はございますか?」
「国家指針について注文していいのか……」
「はい、なんなりと。あ、ハーレム作りましょうか? お好きでしたよねハーレム。国民の反発が予想されるので軍事独裁体勢に移行することとなりますが、国中の若く美しい娘を集めることは可能ですよ」
「怖い!」
「ふふっ、冗談半分ですよ」
くすくすと笑う花純。
半分は本気らしい。
「ハーレムは好きだが、愛のないハーレムは俺の望むところではない。そこは覚えておいてくれ。いや違う、ハーレムの話じゃない。これからどうするか、だ」
逸れた話を無理矢理修正する。
とはいえ、武蔵としては特に要望はなかった。
「現状維持で頼む。ここから先は1周目で見れなかった、未知の領域だ。比較する情報そのものがない」
武蔵が1周目で経験したのは1月21日、つまりおよそ1ヶ月後までだ。
しかしながらここから1ヶ月はずっと秋津洲の船室にいたか、天空の橋立のアースポートを散策していたか、訓練大好き飛蒼艦長の元で地獄の訓練を積んでいたかだ。
この期間は外部の情報は大きく制限されており、あまり成果らしい成果はない。
「まあ、といっても1周目はテロリストの存在や軍事パレードの開催もほとんど知らなかったんだけどな」
1周目では慣れない世界に適応するのに必死だった。
おかげで自衛隊内の組織形態についてはかなり掌握していたが、外部についてはほとんどノータッチだったのだ。
「では当初の予定通り、資源確保の為に第二次布哇作戦を遂行します。しかし秋津洲の炉が寿命ということならば、それについても手を打たねばなりませんね」
「サクッと秋津洲を作戦から外せれば楽なんだが、根拠がないんだよな」
「はい。船1つを動かすにも多くの人員と資材を動かします、総理大臣代理が指示したとしても理由を強く問われるでしょう」
昼に再会した直後、出会い頭に花純に対して「秋津洲を作戦から外してくれ」と注文しても彼女は頷けない。
アリア1人の配置を変えるのとは訳が違う。こうして時間をかけて武蔵の現状を説明したからこそ今は花純も秋津洲を作戦から外すべきだと考えているが、半日前はそうは思えないだろう。
「いえ、ご主人様が是非にと仰るならあらゆる手を尽くしますが」
「うん、それはまた今度な。とにかくいい手はないか?」
「幾つか手段は思い浮かびますが、どれを選んでもどこかに角が立ちます。ご主人様、何か考えているのでは?」
問うてはいたものの、ここに至るまで武蔵がノープランとは花純には思えなかった。
事実考える時間はそれなりにあったのだ、武蔵も上手い言い訳を考えてはいた。
「人類涅槃解放軍の出番だ。テロリストの破壊工作が判明したってことにすれば、ヘイトは彼らに集まる。彼らも最期に人類の役に立てて嬉しかろうさ」」
煮ても焼いても食えない無法者だが、武蔵は彼らが死してもなお利用価値を見出していた。
マジ便利な組織だぜ、と武蔵はテロリストを使うという自分の判断に感動した。
「今更だけどテロリストによる破壊工作が判明しました、その船寿命ですよ、って伝える。ヘイトも政府や自衛隊ではなくテロリストに集まる。彼らも最期に人類の役に立てて嬉しかろうさ」
「身に余る栄誉でしょう」
うんうんと頷く二人。
とことん似た者夫婦である。
「善行を積むって素晴らしいな。貸しに出来る」
「はい。泡沫の夢に消える世界ですが、救える者は救っておきましょう。どこかで貴方の利となるかもしれません」
未だ武蔵の旅は始まったばかり。
右も左も判らない混迷の世界線において、多分に流されるがままなのは仕方がない。
今やれることを、積み重ねるだけだった。
「そうだ、3周目に突入した場合に備えて、準備してほしいものがある」
「はい、合法非合法問わず用意致します」
「有識者を集めて、100年前にUNACTを殲滅する効率的な手段を考えさせてくれ」
花純な意外だと言わんばかりに、ぼうっと目を見開いた。
「ループしたら、その情報を俺から過去のお前に渡す。上手くやって、世界を救えるか試してほしい」
「―――あ、はい。そうですね、官僚にしても識者にしても、その道の専門家に頼むのが一番リスクが低いでしょう」
武蔵は1人で延々とループを繰り返す気などなかった。
何度も失敗を繰り返して試行錯誤するのがこの手のループ作品の定番だが、そんなことをするには武蔵の思考は合理的が過ぎた。
「他に何か、私にさせたい要望はございますか?」
「うーん、そうさのぉ」
武蔵は色々と考えて、花純に注文してみることにする。
「ほれ」
「失礼します」
両手を伸ばし、受け入れ体勢となる武蔵。
花純は素直に武蔵の胸に収まり、身体を預けた。
「ずるい人」
「いや、なんだ、スイマセン」
今のは確かにずるいと自覚していた武蔵は、気まずさから視線を逸らす。
お互い意図的に100年のブランクをないように振る舞っているが、そこには確かに長過ぎる時間がある。
武蔵は「ほれ」の意味をぼかし、花純に判断を託したのだ。
よしよしと花純の頭を撫でる武蔵。そうしていると不思議なもので、可愛く思えてくるのでナデナデがガシガシに加速していく。
たまらず武蔵は花純に顔を近付けた。
「いや、あの―――」
戸惑った様子の花純。
構わず武蔵は彼女のワンピースの肩紐を降ろし、ついで唇を奪おうとして―――
鉄仮面に阻まれ、気まずい空気となったのだった。
生まれたままの姿で一枚のタオルケットに包まれる男女。
先程までの性欲と恋慕に駆られた雌雄の嬌声は鳴りを潜め、囁くように他愛のない話を交わしていく。
幾らか愛の言葉を交わした後、やや逡巡してから花純は武蔵に話すことにした。
「ループの原因ですが、あるいは何か知っているかもしれない人物には心当たりがあります」
頭のいい花純にしては、曖昧な言い方であった。
それでも彼女が武蔵の現状とその人物を結びつけるのは、相応の根拠があってのこと。
無駄な情報提供はしない、そう信頼しているからこそ武蔵は問う。
「誰だ?」
「敷島 三笠」
最近如月姉妹からよく聞く名であった。
「アリアのダチの、鋼輪工業高校の生徒だろ。この時代ではなぜか天皇陛下やってるけど」
花純は首肯する。
「この国家の象徴、天皇陛下という立場に君臨する、アンドロイドです」
意外な情報が、さらりと開示された気がした。




