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2-13




『2143年12月16日』







 この時代、国家は日本しかない。

 とはいえ自国民によるテロを警戒して、コロニー内にも自衛隊の防空網は敷かれている。

 そんな軽快の中で、市民へ明確な脅威となるほど近くで核兵器を起爆し、捕まるのは御免被るのでスタコラサッサと逃げるのだ。

 言うが易く、行うは難し。短絡的思考の代名詞たるテロリズムも、いざ行うとなると手間は多い。

 前準備としての政治工作や宣伝工作も入念に行い、いよいよ本番当日となった。


「じゃあ由良ちゃん、あとは頼んだ」


「頼まれました。―――May (汝に女神の加護)goddess be(があらんことを。) with you.」


 武蔵は由良の頭をゴシゴシと撫でて、にへらと笑った。

 この小さな世界(セルフ・アーク)にて、大型飛行機の運用に耐えられる3000メートル級の滑走路を持つ施設は1つしかない。

 大苫宇宙港、海上に浮かぶ人工島に旅客機を持ち込むのは、存外さほどの苦労ではなかった。

 人類涅槃開放軍の実働部隊を鉄砲玉に使い潰し、とりあえず警備や作業員を制圧。

 その後生き延びた突撃要員は不安要素にしかならないので、即座に首爆弾を起爆して全滅させる。

 混乱に陥った大苫宇宙港。とはいえ常駐している人間の絶対数が少ないので、作業自体は楽なものであった。

 確保した作業員達に実働部隊の生首をちらつかせて協力を得て、海上船にて運び込んだYS―11を滑走路まで引きずり込む。


「容赦がなさすぎてぇ怖いですぅ」


「ちょーヤバイですよこの人ー」


 共犯者であるはずの如月姉妹は、平然と作戦を進めていく武蔵に震え上がっていた。


「人類涅槃開放軍で戦闘訓練を受けた人員はこれで打ち止めだ、ちょっと景気良く使い潰し過ぎたかな」


 武装蜂起されては堪らないので適当なタイミングで粛清するつもりではいたが、全滅したらしたで惜しくなるのが人情である。

 銃を向けられた空港職員達が、YS―11とC―119をロープで繋ぐ。

 以前遊覧飛行に使った輸送機、C―119フライング・ボックスカー。牽引機に関しては幾つか候補があったが、これが一番適していると選ばれたのだ。


「それじゃあ、俺はYS―11に移るから。あとはよろしく」


 そそくさと双子を残し、武蔵はC―119のコックピットから退避する。

 双子は顔を見合わせ、大きく溜息を吐いた。


「これ、ホントに飛ぶと思う?」


「その辺はちゃんと計算してるでしょ、たぶん」


 YS―11に搭載されたロールスロイス製RRダートMk542―10Kエンジンはおおよそ3000馬力。

 C―119に搭載されたR-4360エンジンは文字通り4000馬力オーバー。輸送機なので、余剰馬力は極めて大きい。

 双発なので合計8000馬力、1機あたりに割り振られるトルクが単純に4000馬力と考えれば、中型機規模なら飛べなくもない。


「ほら、アレもあるし」


 霜月は上を指差して、不安の軽減を図る。

 RATO(補助ロケットエンジン)を胴体上にポン付けしたのだが、このロケットエンジン、燃料は曳船に搭載されたパルスロケットエンジンでお馴染みの褐色火薬である。

 ぶっちゃけガチでロケット花火の火薬と大差ない品と聞いて、双子の不安は煽られるばかりであった。


「《こちら大和、YS―11に乗り込んだ。初めてくれ》」


「了解ぃ」


 秋月はコフマン・エンジンスターターの撃鉄スイッチを弾いた。

 左右主翼のエンジン内で爆発音が響く。

 事故ではない。火薬カードリッジを使用した圧力で巨大エンジンを回し、無理矢理始動させるのだ。

 最低限の設備でエンジン始動が出来る優れものだが、失敗すればカードリッジの交換という手間を必要とする。

 だが今回ばかりは気にする必要はなかった。


『始動には注意して―――もし「かぶった」ら、もう再整備する時間はない―――』


 由良の言葉が、秋月の脳裏に過る。

  R-4360というシリンダーの絡み合うヒドラのような怪物は、その1本1本が同調してこそ真価を発揮する。

 プラグに不調をきたした場合、タイムリミットまでに復旧する見込みはなかった。

 カードリッジの交換云々以前の、完全一発勝負なのだ。


「かかって」


 その声は、祈るわけでもなく。

 ただ、自らが機乗するC―119に命じるような響きがあった。

 ババッ、と咳き込むような音の後。

 双子の左右後方より、尋常ならざる轟音が貫いた。

 音が質量を有するかのような、暴力的な衝撃。

 それが正常と知りつつも、全身を貫通し、脈が止まるようなショックを覚える。

 史上最強のレシプロエンジンが目覚め、C―119フライング・ボックスカーは物騒すぎる貨物の牽引を始めた。







 蜘蛛の糸が鉛筆の太さなら、大型旅客機を蜘蛛の巣に受け止められるという話がある。

 それは正しく、そして間違いだ。

 そもそも、紐というのは張力には尋常ではなく強い。蜘蛛の糸は確かに強靭だが、それに限らず、だいたいの繊維は鉛筆ほどの太さがあれば相当なテンション(張力)に耐えれられるのである。

 C―119とYS―11を繋ぐ遠目には細いワイヤーは、しかし確かにその役割を果たしていた。

 引くは双発双胴肥満体の、不格好な怪鳥。

 引かれるは古き時代の徒花、追憶の神鳥。

 死んだ翼の100年ぶりのフライトは、多くの無謀を押し通して果たされようとしていた。


「《重いぃぃっ》」


 古典SF漫画のようなアナログメーターとスイッチに囲まれたコックピット左座席にて、武蔵はひいひい呻きながらハンドルを回していた。

 旅客機の場合、操向輪(ティラー)と呼ばれるハンドルがコックピットの横に設置されている。

 これは自動車のハンドルと同じく前輪のステアリングを切る為の装置だが、飛行中は使わないものなので、割とコンパクトに設計されがちである。

 基本的に巨大な旅客機の前輪を動かすにはパワーアシストが必須。あくまで入力装置でしかないティラー自体は小さくとも問題ない。

 だがYS―11のティラーは文字通りの丸いハンドル型で、妙に大きかった。

 これを見た時点で嫌な予感がした武蔵。

 その勘は、結局正しかった。

 位置的には武蔵のいるコックピットの直下に据えられた前輪。中型旅客機の前輪など大きさ的には自動車用とさして変わらないが、かかっている重量は段違いである。

 乗用車とさして変わらない大きさのタイヤには、2,5トンもの重量がかかっていた。

 重量を支えるのは主翼のタイヤなので、前輪が受け持つ重量はYS―11の全重量からすればごく一部。だが、人の腕力で動かすものではない。

 秋月操縦によるC―119の牽引は慎重なものだったが、それに引かれる武蔵はタキシングウェイからYS―11をはみ出さないように必死だった。

 右に寄ったり左に寄ったり、ふらふらと危なっかしく滑走路に侵入する2機。

 3000メートルの滑走路を目一杯使う為に端に位置を付け、少年少女は最終確認を行った。


「《こちら武蔵、いつでもいい。始めてくれ》」


「《りょーかいっ》」


 それまでアイドリング状態であったC―119 フライング・ボックスカーは、最初からスロットルを全開に叩き込む。

 ワイヤーが張られ、プロペラの回転数が上がっていく。

 R-4360の排気口からはアフターファイアを吐き出し、溢れんばかりのエネルギー内包を主張する。

 充分に回転数が上がり切った時点で、C―119のプロペラピッチはニュートラルから定速に切り替えられた。

 これまで空回りしていたエンジン出力が、それだけで推力へと変貌する。

 急増した空気抵抗にエンジンが唸り、しかしそれを覆して両機は滑走路上の加速を開始した。

 ―――それでも、やはりスピードは遅い。

 2機分の重量は、4000馬力オーバーの怪物エンジンを以てしても重過ぎる。

 それを否定するのは、更なるパワーユニットの投入であった。


「《ROTO、点火ぁ!》」


 C―119上部のロケットエンジンが、吸気のように静かに炎を吐いた。

 それも一瞬だけ。

 次の瞬間には、褐色火薬ロケットは正しくロケット花火のように火花を吹き出し始める。


「《すぐに燃え尽きたりしないでよ、マジで……!》」


 霜月の呟きがマイクに乗る。

 稼働時間に難があるのが、ロケットエンジンというものだ。

 何度も再利用可能な正規品のROTOとは違う、不完全燃焼を繰り返し、燃えカスを撒き散らす不出来なロケット。

 内部に押し込まれた火薬は一気に酸化し、C―119を加速させる。

 秋月は機体が沈み込むのを確かに感じた。機体上部にROTOを追加しているので、前転のようなモーメントがかかっているのだ。

 秋月の額に汗が流れた。ROTOは確かに加速に寄与しているが、燃焼中はとても機首上げできそうにない。


「《ちょ、これまずい、まずいですよっ!》」


 もうそれなりの速度に達しているのに、操縦桿を引いても機首が上がらない。

 当初は少しでも長く燃焼していてほしいと思っていた即席ロケットエンジンだが、今となってはさっさと消えてほしかった。


「《秋月、2000メートル走ったぞ!》」


「《ぶ、V1! っ、上がらない、どうしよう!?》」


「《ROTOを切り離せ!》」


 言われるがままに追加レバーを引き、爆砕ボルトを作動させる。

 小さな爆発と共にROTOはC―119より分離し、少しだけ自身の推力で上昇して、すぐに墜落した。

 滑走路に落ちて激しく転がるROTO。このままでは衝突コースだ。


「《むさしん!》」


「《大丈夫だ!》」


 霜月がバックミラー越しに見れば、既にYS―11は浮上していた。

 少しでも抵抗を減らす為に、速やかに離陸してほぼ0高度を水平飛行していたのだ。

 慌てて秋月も操縦桿を引く。直後、C―119とYS―11の下を巨大ロケット花火が転がり通過する。

 武蔵の背中に爆発音が聞こえた。

 残っていた火薬が一気に爆発したのだ。

 YS―11の直下で爆発していれば、当然機体は分解していた。

 武蔵の心臓が締め付けられるような恐怖であった。

 低空飛行するC―119はROTOの影響がなくなったことでようやく正常な操縦を取り戻す。

 今度はゆっくりと機首を上げ、フラップをフルダウン。

 本来の手順ではないが、揚力を増すと同時に極めて大きな空気抵抗となるフラップは必要となるまで展開したくはなかったのだ。

 その甲斐あって、C―119もまた安定しての加速を再開する。

 未だ速度は250キロ程度―――とてもおそろしくて、不用意に上昇に転じることなどできない。

 だが、それでもちゃんと離陸してみせたのだ。


「《よし、そーっとだ、このまま海上を這って速度を稼ぐんだ》」


「《はいぃー》」


 秋月は涙目だった。

 無茶な操縦ばかりしている武蔵からすれば慣れっこだが、双子は普段こんな乗り方などしないのである。

 しっかりと学んできたからこそ、秋月と霜月はこのフライトの無謀さを理解していた。







 大型機の歴史は意外なほど古い。

 飛行機黎明期は小型機からスタートしたものの、1930年代には既に大型機の研究は世界各国で始まっていた。

 そして、それはある程度結実していた。

 赤熊国のK―7や鉄血国のユンカースG.38、カプロニCa.60やドルニエDo Xなどなど。古い技術者達は非力なエンジンを何基も搭載し、分厚く巨大な翼を備え、現代機にも劣らぬ巨大機を浮かべてみせたのだ。

 もちろん、低い技術力で不相応な大型機を作ろうというのだ。何かしらの対価を払う必要がある。

 その対価とは、速度であった。

 どの飛行機も、200キロか300キロしか出せない。軍事において大型機が登場しなかったのも、そのような遅い機体が飛んだところで標的にしかならないからだ。

 ―――ようするに、速度を妥協すれば割と非力なエンジンでも飛行機は飛べちゃうのだ。


「フラップ下げっぱなせいか、重心が安定しない……っていうか操縦桿クソ重い」


 ギリギリと歯ぎしりしつつ、武蔵はYS―11の操縦桿にしがみついていた。

 上下も旋回も全て人力。

 飛行機とは原則として低速ならば舵は軽い。

 軽いはず、なのだが。


「なんで時速300キロで、こんなに舵が重いんだよっ」


 昔の大型機といえばタブ(補助翼)で動翼補助を行うのが定番だったが、その辺の設計が上手く出来ていないと武蔵は察した。

 まして、牽引されている現状では武蔵もかなり気を遣って操縦せねばならない。

 下手にフラフラしては直接繋がっているC―119も飛びにくいのだ。


「ずっと腕相撲してるみたいだ、昔のパイロットは肉体労働者だったんだな……!」


 これが正規の運用ならば、副パイロットと交代交代で操縦すればいい。

 だがこのフライトでYS―11に乗っているのは武蔵のみ。本来もう少し分散されているべき負担も、全て武蔵に集中していた。

 腕を休めることも出来ない。常時、腕力どころか全身で踏ん張って操縦桿を倒さねばならない。

 それは、武蔵の想定を遥かに超える重労働であった。

 早く到着してほしいと願うも、核兵器の起爆空域はまだ先。

 武蔵の脱出を考えれば最低でも高度3000メートルまで昇りたい。

 もっとも、そもそも双胴輸送機と鈍重なグライダーのコンビがそこまで昇れるかは疑問であったが。


「これC―119の乱流とかそういう問題じゃねーぞ、根本的に設計ミスだ」


 ついに設計ミスとか言い出してしまった。

 自国の機体といえどフォローにも限界がある。


「《Way point(変針点3通過) 3 clear. Heading(方位250度へ回頭) 2-5-0.》」


「《Will(了解) copy.》」


 のそのそと旋回するC-119。上昇力があまりに減退しているので、距離を稼ぐ為に目的地までジグザグに飛んでいるのだ。

 そんないろは坂を登るような健気な努力の果てに、3人はようやく辿り着く。

 右手に微かな街の灯りを望む、『適度に人里に近く、自衛隊のスクランブルからも逃げ切れる無人地帯』。


「《むさしん、ほんとにやるんですかぁ?》」


「《ああ。―――準備は終わった、1分後にやってくれ》」


「《りょーかいっ☆》」


 武蔵はコックピットのドアを開け放ち、YS―11の中腹まで駆けた。

 気密を確保していたコックピットと違い、空調を切っていた客席部分に飛び込むと武蔵の耳の奥がキィンと鳴る。

 YS―11の出入り口は階段を展開しなければ開かない機内内蔵タラップ式ドアと、自動車のドアのように前方側に蝶番で開くサブドアがある。

 前者はどう考えても開けたら空気抵抗となってバランスを崩すし、後者は風圧でとても開けない。どちらにしても、そもそも飛行中に開ける構造にはなっていないのだ。

 例外は一箇所、非常口である。

 着水した際には翼に乗れるように主翼付け根に用意された非常口、ここだけは飛行中でも開ける設計になっていた。

 否、正しくは開ける可能性がある、だ。

 飛行機はほとんどの場合、外気より内気の方が気圧が高い。それは当然である、中には1気圧に適応した人間がいるのだから。

 非常口は内側に開くようになっている。水没した車からの脱出が水圧で困難なように、高気圧に逆らって非常口を内側に引っ張るのは人力ではほぼ不可能だ。

 これは設計ミスではない。むしろ、地上のように内と外の気圧が同じでなければドアを開けないという、一種の安全策である。

 それを突破するにはどうすればいいか。簡単なことだ、機内の機密を喪失させ内と外の気圧を同じにしておけばいい。

 人によっては高山病になりかねないが、ごく短時間な上にパイロットとして訓練をしてきた武蔵にとってたかが高度3000メートルで不調を来たすなどありえない。

 あとは主脚が出ていなければドアがロックされてしまうという安全装置もあるが、それは事前に破壊してある。

 あとはドアのレバーを引けば、非常口が開放されるようにしてあったのだ。

 客席の取っ払われた機内、奇々怪々な機材の合間を抜けて壁のレバーを引っ張る。

 ガコン、と非常口は拍子抜けなほどに簡単に床に落ちた。

 意外と風の巻き込みは小さく、気圧の変化もないので不快感はない。

 目の前には主翼。零戦のそれより遥かに広いそれは、まるで上を歩けそうであった。

 機体が微かに揺れる。


「曳航ロープを外したか」


 もう時間的猶予はなかった。

 背負ったパラシュートを最後に確認し、武蔵は機外へ、身一つで飛び出したのである。







 ―――Fulton surface-to-air recovery system―――フルトン回収システムという技術が存在する。

 地上から気球を浮かべ、飛行機で引っ掛けて物資や人間を回収してしまおうという技術だ。

 理屈からして荒っぽいのは疑いようがないが、それでも多く使用されたこのシステムでの死亡事故は僅か1例という意外と安全な技術であったりする。

 つまりはどういうことかというと―――固定翼機による生身の人間の回収は不可能ではない、という事実は厳格にそこに存在するのだ。

 だからこそ、武蔵もまた航空機から航空機への飛び移りも不可能ではないと考えた。

 非常ドアから飛び出した武蔵は、改造してライザー部分を延長したパラシュートを展開し、ごく普通に降下。

 そこにC―119が突っ込んでいき、延長ライザー部分のワイヤーを引っ掛けて回収する。

 C―119側には事前に回収装置を搭載している。乱暴な表現だが、形としては巨大なアレスティングフックのようなものを機体後部から伸ばしているのだ。

 この部分に関してはフルトン回収システムとはまた違うアプローチであり、コロナ計画の人工衛星回収に近い。

 これは回収対象の浮遊方法が気球かパラシュートか、の違いから採用された。

 フルトン回収システムは後部のフックではなく、機首に搭載したフックでワイヤーをキャッチする。

 こちらの方がパイロットとしても直感的に回収しやすいのではあるが、気球ではなくパラシュートの傘が機首に衝突するとなれば運が悪いとコックピットが落下傘で覆われるというシュールでありながら対処困難な自体に陥る可能性を忌避されたのだ。

 よって、双子の操縦技術も込みで考えればアレスティングフックによる回収方式でも充分に現実的だと判断された。

 フルトン方式であってもコロナ計画方式であっても、あとは変わらない。

 引っ掛けたワイヤーを手繰り寄せて、後部ハッチから回収対象を機内に引きずり込むだけである。


「充分な検証は重ねた―――必ず上手く行くっ」


 大きく旋回し、正面から迫って来るC―119。

 武蔵の頭上を掠めるように飛んだ機体、その後部より伸びたフックがパラシュートを絡め取り―――


「ぐへっ!?」


 強烈に武蔵を牽引し、市中引き回しの刑のように回収していった。

 どれだけシミュレートを重ねようと、所詮はノウハウもないぶっつけ本番の救助装置。

 命あっただけ、儲けもんである。







「よ゛いしょおぉっ!」


 色気もヘッタクレもない声を漏らしながら、霜月が武蔵を機内へ引きずり込む。

 C―119は後部ハッチを開けたまま飛行出来るが、空中で開け締め出来る構造とはなっていない。

 なので、霜月はずっと開きっぱなしとなっていた後部カーゴドアに張り付いて武蔵を待っていたのだ。


「ムサシンだいじょ―――、あわっ、ちょっ」


 不意に機体がぐらりと傾き、バランスを崩した武蔵は霜月に衝突し、色気もヘッタクレもない感じで揉み合いになってゴロゴロとシェイクされた。


「《す、すいませんちょっとバランス崩しましたっ》」


 スピーカーから秋月の声が聞こえる。


「いったーいっ。ちょ、あたしの上に乗らないで下さいよぉーっ」


「の、乗ったぞ、いや今降りる」


「《ごめんなさい揺らして、えっと、また飛び降りるんですか?》」


「違うちょっと霜月潰しててな、おっ本当に隠れ巨乳だ」


 ドサクサで揉もうかと武蔵のダークネス部分が囁いたが、如月姉妹は武蔵に好意を持っているわけでもない。

 女性を傷つけるのは本意ではないので、さすがに自重してガン見するだけにした。


「突き落としますよぉ?」


「《うっわ霜月をわたしの身体だと思って欲情するのやめてもらえません? 最高に気持ち悪いです》」


「お前どんだけ俺がお前のこと好きだと誤解してるんだよ。さかるなら素直に目の前にいる霜月に欲情するわ」


「《そんなことよりさっさとわたしの居るコックピットに来て下さい、起爆タイマーまでもう30秒ないですよ》」


 武蔵と霜月は顔を見合わせ、慌ててコックピットへと飛び込む。

 次の瞬間には、世界を豪振させる雷が顕現した。







『20世紀の技術でも純粋核融合爆弾は製造可能。ただし、爆弾と同重量のTNT爆薬と同等の威力に限定される』


 これは核融合発電実用化前の時代にて、実際に提言された考察である。

 純粋水素爆弾は、実はミレミアム以前から製造可能だったのだ。

 当然簡単ではない。この試算は多大な予算を投じて開発し、理想的な設計であれば同重量のTNT爆薬と同威力に辛うじて達する可能性もある、程度のものだ。

 そもそも開発失敗する可能性もあるし、成功したところで何も使い道はない。

 だからこそ、20世紀において純粋水爆が実用化することはなかった。

 対して、由良の作ったYS―11内蔵核兵器はもう少し進歩的で、少し原始的であった。

 部品や設計は核融合炉のそれを流用しているだけあって実用的な完成度であったが、それを組み上げるノウハウについては点で素人だったのだ。

 よって、由良の作った核兵器の威力は理論値を大きく下回る1000トン級。かろうじて核兵器と認識されるだろう、といった程度の小規模な爆弾。

 武蔵が放射能汚染の被害を度外視して核分裂爆弾の制作を指示していれば、もう少し強力な爆弾となっていたはずだ。

 だが武蔵といえどそこまで良心は捨てておらず、結果としてこの威力に落ち着いた。

 それで充分である、とも言えた。

 崩壊したこの世界で数十トンの爆弾を空輸し、核兵器を炸裂させるなど日本国臨時政府以外には果たせない軍事行動である。

 それを、彼らが預かり知らぬところで民間人が成してみせた。

 この一撃は、国家の上層部を恐慌させるのに充分足り得る一発だったのだ。

 半径300メートルの海に大穴を開け、偽の太陽は人工の大地を鮮烈に照らす。

 音より疾く駆け抜ける衝撃波。距離を稼いでいたはずのC―119を轟々と揺るがし、乗員達に空間識失調をもたらす。


「こんの、おぉっ!」


 既に人体の三半規管など信用出来ない。

 秋月は計器を元に機体姿勢を立て直そうとしたが、ふと思い至る。

 核兵器の余波を受けたC―119の計器を信用していいものか、と。

 だが考えを振り払い、彼女は直感より数字を信じることにした。

 空間識失調の最大の恐怖はここにある。

 計器の数字を信じておけば間違いはない、人間の曖昧な感覚より無機質な計器の方が信じるに値する。

 そんなパイロットの常識が、前後不覚となった空間識失調中は非常識となってしまうのだ。

 咄嗟のことだからこそ、本能を人は信じてしまう。

 その点秋月は有能であった。武蔵が認め、危険な作戦の片棒を担がせる程度には優秀であった。

 しっかりと、機体姿勢を回復させてみせた。

 終わることのなき大気の脈動。

 一度きりの電圧によって強制的に融合した原子は、止むことのない世界の咆哮となり空を、海を照らす。

 人類が100年ぶりに見た悪魔の炎は、多くの民間人にも確かに観測された。

 当然、機内の武蔵と双子にも被害は及ぶ。応急措置ながら厳重にシールドされたコックピット内であっても彼らは盛大に転がり、ぶつかり、スカートに顔を突っ込んで頬を引っ叩かれた。

 C―119は全力で距離を取っていたので見えない厄災たる中性子束は健康被害を及ぼす距離からは脱している。それでも尚、この機体は脱出後にそのまま廃棄することが決定していた。

 核の衝撃波はコロニー中を伝播し、反響を繰り返し三度地震となって人工の大地を揺るがした。

 セルフ・アークという頑強な物体を危ぶむほどのものではない。だが、普通に生きていてまず見る機会のない地上の太陽は、間違いなくコロニーに住む最後の人類を恐怖させた。

 人類に最後の一撃を与えかねない、許されざる一撃。

 そのインパクトは、確かに総理大臣を動かしたのだ。



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