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2-12


 敷島 三笠。

 西洋人形を思わせる人間離れした容貌を持つ、小学生にしか見えない背丈の少女である。

 時雨のチームメイトとして度々顔を合わせていたが、正直武蔵としては罵られた記憶しかない。

 未だに困惑するばかりの双子に、武蔵はそれとなく訊ねる。


「なあ、あれって敷島 三笠だよな? 俺はよく知らないんだが、彼女はどういう人物なんだ?」


「え、えっと、正直罵られた経験しかないっていうかぁ」


「黄色い豚とか極東の猿とか隠れ巨乳とか言われてましたー」


「なんで俺と認識一緒なの。君ら友達じゃなかったの」


 如月姉妹は隠れ巨乳。

 ぶっちゃけ気付いていたが、 改めて武蔵は双子の胸部を見る。

 如月姉妹は隠れ巨乳。

 主人公はこの言葉を深く胸に刻み込んだ。


「いや、だってあの子そんなに社交的って感じじゃないですし」


「遊びに誘っても黙って着いてきて皮肉言ってるような子でしたよぉ」


「着いてはいくんだな」


 陽キャグループに便乗する陰キャ感を感じる武蔵であった。

 顔はいいので下手にナンパされて、口先で相手の心を粉砕するのが目に浮かぶようである。


「待って待って、むさしんよく考えて下さい。アレは子孫じゃないですか? 三笠っちの子孫!」


「高校生にもなって小学生くらいの背しかなかった三笠が子供産めるわけないだろ!」


「ムサシン駄目ですって、その発言は炎上案件ですからぁ!」


 まさかの誤算であった。

 総理大臣の朝雲 花純にコンタクトを取るつもりが、名分上はその上に位置する天皇陛下が知り合いだったのだ。

 いっそこの場で声をかけるべきかと考えるも、自重する。

 霜月の言う通り子孫である可能性があるし、そうでなくとも武蔵の知る敷島 三笠という人物が手順を踏まない接触を良しとするとは思えない。

 むしろ、手順を踏んでも「なぜ私が家畜の鳴き声に耳を貸さねばならない?」と切り捨てられるイメージしかない。

 敷島 三笠に対するカードといえば幼馴染み疑惑のあるアリアだが、子孫パターンであればこれも通用しない。

 とにもかくにも、このパレードで思い付きの行動をする余地などないのだ。


「とはいえ、千載一遇のチャンスであることは事実だ」


 武蔵は1つだけ、試してみることにした。

 無理矢理人垣をかき分け、最前列でわざとらしく声を上げる。


「うわぁああのほほぉーう、転んじゃったぁあ!?」


 ステーン、と豪快に柵を超えて顔面から地面に突っ伏す武蔵。

 それでも行進の列には距離がある為、隊員達はぎょっとしつつも歩みを止めない。

 馬車周囲の警備隊が武蔵を牽制するも、それ以上のことはしてこなかった。

 武蔵は愛想笑いをしつつ、柵の外側へと戻る。

 勿論警備の有無を確認したかったのではない。

 武蔵が注視していたのは馬車の乗客だ。


「――――――。」


 敷島 三笠と思われる人物は、武蔵をしっかりと認識した。

 目と目が合う。

 そして、呆れたように鼻で笑った。







「あのリアクション、どう思う?」


「あれだけだと誰に対してもやりそう、としか言えませんよぉ」


「ミカミカは潰れたハエを見ても鼻で笑う人ですしぃ」


 武蔵の行為は、結局実を結んだとは言い難い結末に終わった。

 「げっ、まさか! なぜアイツが!?」みたいな解りやすいリアクションを望んでいたのだが、そもそも三笠という少女はそんなタイプではない。

 判ったことといえば、彼女が武蔵達の知る敷島 三笠に近いメンタリティを持っていることくらい。それとて所詮、ただの推測なのだが。


「なあ、ところで」


「なんです、お手洗いですかぁ?」


「なんです、おトイレですかー?」


 子供か! とツッコみつつ武蔵は訊ねる。


「俺達は今、どこに向かっているんだ?」


 解釈によってはえらく哲学的に聞こえる問いだが、勿論そのような意図はない。

 パレードを見た後、武蔵は双子に先導されて歩いていた。


「わたし達のおうちですよぉ。あっ、勘違いしないで下さいね。簡単に家に男を連れ込むような安い女じゃないので」


「現状お前らが男の家に連れ込まれてるけどな」


「違いますーあたし達はシナノン(信濃)の家に泊まってるんですームサシンはおまけですー」


 パレードから離脱し、徒歩で移動する3人。

 武蔵は考える。先程の軍事パレードは、『前回』でも行われていたのだろうか、と。


「今日は12月10日。秋津洲の出港まで、1週間」


 この時点ではまだ、第542号大海令 第二次布哇(ハワイ)作戦は発令されていない。

 とはいえ情報はだだ漏れだった。むしろ隠してなどいなかった。

 ハワイに上陸し、都市鉱山というレアメタルの山を得る大作戦。大規模だからこそ、その実施には多くの不安の声があったはずだった。

 おそらく先のパレードは、財閥や有力企業経営者、政治家など有力者達へのアピールだろう。

 不確定要素の多い作戦だった。失敗を危惧する声を宥める意図だったのだ。


「市民向けじゃないからこそ、広報(プロパガンダ)がいい加減だったのかな」


 結果論だが実際、1周目ではこの作戦は失敗した雰囲気がある。

 その分人類の延命は絶たれたわけだが、実のところ武蔵にとっての問題はそこではない。

 1周目においての軍事パレードの有無ではなく、日付が問題なのだ。


「万全を期してギリギリまで準備してきたが、あと1週間以内に目的を達さなければ全て無駄になる」


 前回のループはアリアの死で巻き戻った。

 故に、根本的かつ確実な回避手段として、アリアを秋津洲から降ろす。

 その為に、これまで迂遠とすら言えるほどに大々的な作戦を練ってきたのだ。


「着きましたよぉー」


「……あはは、はは、うん、そりゃそうですよねぇ」


 如月姉妹は空き地の前に立ち、ぎゅっと互いの手を握っていた。


「ここが、私の家、です」


 瞳を揺らし、声だけで泣いていた。







「ここがわたしの部屋でぇ、こっちがお風呂なんですよぉー」


「ちょ、霜月、狭い狭い。廊下のスペースなくなってるから」


「あれ、ズレた? それじゃあ秋月の部屋から削ろっと」


「えーっ」


 きゃっきゃと姉妹は空き地に枝で線を引き、間取り図を描く。

 武蔵はぼんやりとそれを眺め、不意に呟いた。


「この間取り図があれば、過去に戻っても不法侵入し放題だな」


「こらそこ」


「お巡りさん、この人です」


 冗談だ、と手を上げる武蔵。


「いや、この間取りを覚えて過去のお前らに見せれば、俺がループしているって信じてもらえるかなって」


「普通に不審者として通報されるだけだと思います」


「マジで止めて下さい怖いです」


 声が間延びしていないのが、マジっぽいニュアンスであった。

 双子はしばし黙考し、顔を見合わせ、頷き合った。


「今の何。どういうアイコンタクト」


「むさしん、今まで言わなかったけど―――私達、気付いてたことが、あるんです」


「ちょっと人体実験されてて朦朧としてたけど、たぶん、夢じゃないから」


 何を言いたいのかと訝しむ武蔵。

 如月姉妹は言い淀むように声を濁し、そして言葉にした。


「たぶん、私達もループしてる、と思います」


「……そうか」


 武蔵とて、可能性としては考慮していたのだ。

 如月姉妹もまた、武蔵と同じく時間を超えて22世紀に現れた。

 ならば、ループしているという事情もまた共通であると。

 それを強く確認出来なかったのは、ループが始まって以来の彼女達の境遇が悲惨だったからに他ならない。

 試合中に未来へ飛び、人体実験をされ、過去に戻り、困惑のままに再び未来へ飛んで人体実験を受けた。

 これでは記憶の信憑性も甚だ怪しい。


「だから、だから」


 秋月と霜月は武蔵の手を取り、乞う。


「次も、助けて。その代わり、何でもします」


「エッチなこととかじゃないですからね」


 先手を打たれてしまった。


「別に頼まれなくても、3周目が生じれば最短ルートで救助するつもりではいた。けど、何でもするって?」


 思わずゴクリと生唾を飲んでしまう。

 双子は無言で武蔵の手を離し、一歩引いた。


「ムサシン、何かやってますよねぇ?」


「きっと、この世界に関わること。だから、それに協力しますよー」


「つまり、手駒になってくれる、と?」


 部下はいれど恐怖や金で縛っている武蔵にとっては、自らの意思で積極的に協力してくれる人員とは得難い。

 とはいえ、やっていることはテロリストや汚れ仕事だ。若い娘にやらせるには抵抗のある作業が多かった。

 そんな武蔵の躊躇いを感じてか、双子は苦笑して上着を脱ぎ始める。


「いや、駄目だぞこらこらエッチなのはいけないそういうのは結婚してからああいや今のなしいただきます」


「見て下さい、むさしん」


「こんな身体にさせられて、わたし達も怒ってるんですよぉ」


 2人は普段、服で隠され露出しない腕や腹を日の下に晒した。

 多くの傷跡や縫い跡、変色した肌。

 痛ましい人体実験の結果が、そこにはあった。


「妹ちゃんがお医者さんを呼んで診てくれたんですけどー、この身体、もう駄目みたいなんですよー」


「3周目があって最速で助けられたとしてもぉ、それでもわたし達が未来の世界で天寿を全う出来る保証なんてないんですぅ」


 それが、彼女達の22世紀において与えられた運命であった。

 武蔵がまずは謎の大型クルーザーから脱出せねばならないように、彼女達は未来に迷い込み早々に人類涅槃開放軍の囚われの身となってしまう。


「むさしんだって、この世界を良しとなんてしてませんよねぇ?」


「私達は同志ですー。過去に戻って、イケメンの玉の輿に乗りたいですー。こんなわけの判らない死に方嫌ですよー」


 武蔵は深々と溜息を吐いた。

 アリアを助けるという、自分で掲げた目標。

 信濃との、世界を救うという約束。

 そして如月姉妹の、助けてという訴え。

 身一つで迷い込んだ22世紀の世界、だがしがらみは増えていくものらしかった。


「精々こき使うからな、覚悟しておけ」


 同志というのならば、武蔵は遠慮しないことにした。

 残り1週間。核兵器によるテロをするにしても、まだ足りないピースは残っている。

 やる気があるというのならば、使わない手はなかった。


「なあ、目下の問題は置いといて、あるかも判らない3周目の話をしていいか?」


「なんですぅ?」


「次に関する計画が、もうあるんですかぁ?」


 武蔵は首を横に振る。

 まったくノープランというわけではないが、具体的な行動は未定のままだ。


「3周目は何があるのか判ってるんだから、人類涅槃開放軍から逃げることは出来ないのか?」


 姉妹は苦笑した。


「目を醒ました点で、銃を向けられてましたよぉ」


「身体も禄に動かない状態でしたからー、そこはもう、諦めるべきかとー」


 だが、と続けようとして、2人の青い顔を見て武蔵は言葉を止めた。

 記憶を洗い出し、脱出のチャンスがなかったかを誰よりも確認したのは彼女達本人に他ならない。

 その上で目覚めた瞬間の自分達にはどうしようもないと割り切り、人体実験を甘んじて受ける行程を選んだのだ。

 ならば、武蔵にすべきことは1つだけ。


「最速で、助けに行く」


「「あはっ」」


 如月姉妹は、屈託なく笑った。


「「お願いします、ねっ」」


 パチコーン、と。

 美人の双子は、洗練されすぎて胡散臭いウインクで武蔵を誑かしにかかっていた。







『2143年12月14日』







 核兵器は完成した。

 その重量、実に10トン。


「たぶん航空爆弾としては史上最大だな」


「最大『級』―――です」


 計画のみで終わった20トン地中貫通爆弾や、実戦使用された10トン級の大型爆弾もまた実在する。

 とはいえ、とある旅客機の機内全域をそのまま筐体として利用しているので、航空爆弾の体積としてはまさしく史上最大であった。

 純粋核融合爆弾。最低限の放射性物質しか拡散しないことから、綺麗な核爆弾と揶揄されることもある核兵器の最終形態と言うべき姿。

 核融合炉という純粋水爆を安定させ反応させ続ける既存技術があったとはいえ、この短期間でそれを形にしたのは尋常なことではない。


「由良ちゃん頑張った。えらいえらい」


「えへへ―――頑張りました。もっと褒めて下さい――ー」


「えらい。超えらい。えらいえろい由良ちゃん世界一えらい!」


「あっ、らめ―――そこは撫でちゃだめ、あっ、ああ」


 由良を抱きかかえて色々とこちょこちょ弄る武蔵。

 ふと、背後に視線を感じ武蔵は振り返る。

 如月姉妹が核廃棄物を見る目で見ていた。


「地下深くに閉じ込めたいっていうヤンデレ風味を感じる」


「地下数百メートルに10万年閉じ込められたいんですかぁ?」


「っていうか最後の方では宇宙処分されてましたよぉ?」


 20世紀では大問題であった核廃棄物問題も、宇宙開拓時代となってはどうとでも処分出来るのである。

 宇宙にポイである。


「とにかく無難に作ったので、起爆はする、ふわぁ、はず、です―――あっ」


「問題は輸送手段だな……」


「飛空艇は全て接収されています―――航空機も、大型の輸送機はジェットエンジンなのでもう使えません」


 核兵器の重さを10トンとしたのは、それが技術的に小型化する限界だったというのもある。

 それと同時に、最大の輸送手段である古い旅客機の積載量が、10トン程度だったというだけの話だ。

 無理して飛空艇を調達するという案もあったが、自衛隊のレーダーや追跡を避けて飛ぶのなら、やはり飛行機で運びたい。

 その注文を満たす為にも、由良は核兵器をとある旅客機の内部に組み立てていた。

 旅客機そのものを、飛行爆弾として改造したのだ。

 理屈としては説明を理解した武蔵だが、かといって眼前の航空機が飛べるとはどうにも思えなかった。


「なんですかぁ、この飛行機ぃ?」


「暗くてよく見えないですー」


 工場内の照明は旅客機の胴体部分のみを照らしていた為、如月姉妹はその機体の正体を見極められなかった。


「大きさ的にはぁ、普通の旅客機に見えますけどぉ」


 何を以てして『普通』かは判断の別れるところだが、なんとなく中型の旅客機であることは双子にも判った。

 『中型機』と一言でいっても、その基準は最大離陸重量7トンから136トンの範疇と、とても曖昧だ。

 この場にいる者達にとってもまた、目の前のおおよそ全長30メートルほどの旅客機は割と標準的なサイズに思える。

 情報化や航空技術の発展により、21世紀では大型旅客機というジャンル自体が衰退していた。

 大きな飛行機は効率はいいが使い勝手は悪い。かつて大洋を跨いで運行していた海上旅客船が衰退したように、鉄道という地上最強の旅客輸送手段が赤字化したように、成熟した旅客航空技術は大型旅客機から小型高速旅客機へとシフトしたのだ。

 例えるならば、大型旅客機は新幹線、小型旅客機は気軽な深夜バスのようなものか。

 小型の方が客への細かなオーダーにも応え易く、まして深夜バスの方が速いという逆転現象が起きてしまっては、今更大型旅客機の需要はなかった。


「ターボプロップ機ですかぁ、これぇ?」


 闇の中に浮かぶプロペラブレードと吸気口から、エンジンの種類を特定する霜月。

 由良がスイッチを上げると、バチンと工場全体の照明に電気が通電する。

 じわじわと広がる水銀灯の明かり。そうしてようやく、如月姉妹は旅客機の全貌を知った。


「……古っ」


 サイズ的には彼女等のイメージの旅客機そのものであっても、形状は随分と古めかしさを禁じ得ない機体であった。

 0系新幹線のような機首、お手本のように伸びた真っ直ぐなテーパー翼。

 特徴がなさすぎて、かえって機種の特定が困難であった。


「YS―11―――です」


「あっ。ああ、これが」


 流石に聞き覚えのある名前に、双子も首肯する。

 第二次世界大戦後に製造された、日本航空史において必ず語られる機体。

 その評価は賛否両論。だが、確かに飛び、業務に従事したという点においては変えようのない業績。

 多くの人に強い印象を与えてきた、純白の翼がそこにはあった。


「これぇ、100年前の飛行機ですよねぇ?」


「いや、170年くらい前だ」


 秋月の言葉を武蔵は訂正する。

 170年。それは、航空機の楮材にとって完全に寿命であった。

 軽さと強度を両立すべく開発された航空機用の特殊な素材や合金は、古い素材と比べて変質しやすい傾向にある。

 修繕すれば意外なほど長命を維持出来る船舶と違い、航空機にとって、170年の経年劣化というのは基本致命的な数字だ。


「この機体は―――完全に死んだ、化石となっています」


 その点においては、由良も否定するつもりはなかった。

 そんな機体をどうしようというのか、と双子が視線で問えば、由良はなぜかぽっと頬を染めて応えた。


「1週間で修理は不可能、です。ただ、軍用機の設計者が作った旅客機なので―――無駄に頑丈です」


「無駄って」


「民生品なのにミルスペ(軍用規格)意識しちゃった的なー?」


「はい、非破壊検査を一通り行いましたが―――機体のフレームは、現在の基準を合格しています」


「マ?」


「マジ、です」


 コンピューターを使用しない時代の航空機の設計において度々生じる事態なのだが、逆算によってギリギリの強度を導き出せない為に、とりあえず過剰に頑丈に作ってしまう場合があるのだ。

 それが100年間に渡って運用可能な傑作機となるか、無駄に重いだけの短命な駄作機となるかはその時代のニーズに左右されるとしか言いようがない。

 何にせよ、YS―11は製造から170年経った現在においても修理可能な劣化しか受けていなかった。


「でもフレームが無事だったとして、それだけで飛べないでしょ。電子装置とか、エンジンとかは流石に」


 双子の声が間延びしなくなっていた。

 彼女達の甘ったるい話し方が処世術だとは見抜いていた武蔵だが、マジ声で話されても違和感が強いと困惑させられる。


「あー、なんというかな。この飛行機、ろくな電子装置なんて積んでないんだ」


 双子はぎょっと驚いた。


「え、いや第二次世界大戦後の機体ですよね? 電子装置を積んでないってことはないでしょう?」


「勿論細々とした物は積んでます、レーダーも無線機も搭載してます―――ですが、航空機として直接動作する範疇では、ほぼ完全な機械式です」


 なにそれ怖い、と如月姉妹は思った。

 電子式と機械式、どちらの信頼性が高いと思うかで世代は分かれる。

 初期の電子式は信頼性が低く、機械式の方が確実に動作すると思われていた時代があるのだ。

 だが機械式は可動部品がある以上どうしても消耗する。いつしか信頼性は電子式に逆転され、むしろ機械式は信頼性のない代名詞のような扱いとなった。

 如月姉妹はそんな、電子式万歳な世代である。

 見えないところで疲労を蓄え、ある日突然壊れる機械式の操縦系など恐怖でしかないのだ。

 ちなみに、機械式が普及する前は「機械なんて信用できない、人間の感覚が一番正確安全だ」と思われていた時代もある。

 速度計が信用出来ないからと風防を外した飛行機が存在するのは、界隈では有名な話だ。


「操縦系は油圧も電気アシストもありません―――動翼と操縦桿がダイレクトにワイヤーで繋がった、パイロット1人の人力操作です」


「この大きな機体を人力で動かすんですか」


 帆船の舵輪がそうであるように、補助のない人力であってもしっかりと設計されていれば大きな舵は動かせる。

 だが、それでも当然操縦のしやすさと大型化はトレードオフだ。

 小さな自動車のハンドルでさえパワーアシストがないとやってられないのだ。この巨大機にアシストなしなど、双子にとっては悪い冗談にしか思えなかった。


「はい―――ワイヤーは多少劣化していますが、腐って切れたりはしていません。ラストフライトには、耐えるでしょう」


「あっ」


 由良の言いたいことが見えてきて、秋月は渋顔を隠せなかった。


「つまりあれですかぁ、この飛行機から爆弾を投下するんじゃなくて、YS―11ごと自爆させてしまう、とぉ?」


 由良は頷き、武蔵が続く。


「輸送機に爆弾倉を追加する改造は意外と難しいって聞くしな」


「爆弾投下機構は、なんだかんだでノウハウですから―――」


 蓋を開けて積荷を落とせばいい、というほど単純ではない。


「ご存知の通り、飛行機の構造はモノコックなので、爆弾投下口の大穴を開けるということは卵に大穴を開けるようなものです―――大幅な設計変更が、必要になります」


 胴体に大きな穴を開ければ、どのような力学的副作用が出るか判らない。

 巨大な爆弾を迅速確実に投下するには信頼性の高い投下機構を組み込む必要がある。

 母機の重量バランスも崩れるし、衝撃で信管が作動すれば汚い花火の出来上がりだ。


「一発勝負となると、下手に切り離すより機体ごと爆破すべき、と考えました―――」


 武蔵としては疑問が残るプランであった。

 双子の存在意義が見えてきたが、とても現実的なプランとは思えない。


「お兄さんなら―――やれます」


「お、おう任せろバッチコイ」


 武蔵はへろへろとサムズアップした。

 由良がやれると信じているのなら、やるしかないのである。


「いやいや、流石に無理じゃないですかー?」


「170年前のターボプロップエンジンが、回るとは思えないのですけどぉ」


 すかさず割り込んだ双子の意見は、由良の考えを読み切ってないからこそだ。

 由良の考えを理解する武蔵は、双子の考えを否定した。


「1週間でこの大型エンジンを取り替えてマッチングさせるなんて無理だよ。無動力で飛ばすしかない、だろうな」


 飛行機を無動力で飛ばす。

 その意味を噛み砕き、理解した双子は頭を抱えた。


「凧と同じ―――引っ張って飛ばせばいい」


「無茶を仰りますー」


 つまりは、由良はこう言っているのだ。

 この爆薬を満載した鉄の塊のような重い飛行機を、別の飛行機で引っ張って飛べ、と。


「無茶な注文をしたのはお兄さん―――私は、それに最大限懸命に答えただけです―――」


 そう言われると武蔵は弱い。

 不服そうな由良の目に、武蔵は平身低頭で感謝の念を示すしかなかった。


「じゃあ、なんですかぁ。わたしぃ達の役割って、このとってええぇも重そうなギムリー・グライダーを曳航すること、ですかぁ」


 げんなりとした面持ちで双子が項垂れる。

 彼女達も軽い遊戯用グライダーの曳航ならばともかく、旅客機の曳航などしたことがなかった。

 というか出来るかどうかすら怪しいものだ。船舶の曳航は速度の低下に目を瞑ればある程度は無理が効くのだが、飛行機は最低限失速速度を超えて飛ばねばならないのだ。

 無理無茶無謀、それでもやらねばならない。

 武蔵と由良がやる気なのを見て、双子もまた覚悟を決めた。


「やりますよ、やりますから!命がけでがんばりますよ、もうっ」


 人体実験のループから脱出するには、能動的に動くしかない。

 当然ある程度の危険は覚悟していたが、オーダーは彼女達の想像を軽く超えていたのであった。






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