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2-11


『2143年12月10日』







「飛行機が一機もいない……」


「マジで諸行無常ってカンジですぅ」


 愕然とする如月姉妹。

 その閑散とした埋立地は、多くの民間機で賑わっていたかつての栄光を知っている彼女達には衝撃であった。


「むさしん、ここに居た飛行機ってみんなどこに行っちゃったんですか?」


「草原のペガサスは見送られることもなく誰も覚えていないぞ」


 は? と訝しむ姉妹に、武蔵は世代の差を感じた。


「作戦機として徴用されたんじゃないか? 猫の手も借りたい状況だったろうし、UNACT相手なら飛べるだけでも使い道はあったんだろう」


 大苫宇宙港。海上に建設されたセルフ・アーク最大の民間空港だが、この時代となってはその巨大設備はかなり持て余し気味であった。

 狭いコロニー、そんなに急いでどこに行く。

 宇宙への渡航ゲートを利用するのはほとんど自衛隊のみ。化石燃料の調達が困難なので、民間人で飛行機に乗る者は皆無。

 コロニー内の土地面積など県より小さいのだ。地上を走る移動手段でどうとでもなるのである。

 よって、現在この空港を利用するのは一部の民間企業、空撮などの際に使われるだけだった。


「というわけでほら、操縦よろ」


「この人、デートで女の子に操縦させて恥ずかしくないんですかねぇ……」


「はっ。俺がどれだけ信濃にお世話されていると思っている。むしろ信濃ママァってオギャれるレベルだ」


 歴代最高峰にキショい、と双子は思った。

 気を取り直し、管制塔を呼び出す霜月。


「……Ootoma Delivery JA3496GW.」


「《こちら管制塔、すいません日本語でお願いします。それと、昔のようなデリバリーやタワーといった役割分担はしていません。こちらの対応はすべて私が受け持っています》」


「ええぇ……」


 操縦席に収まった霜月が、大幅に簡略化された管制指示に絶句した。

 ノタノタと滑走路に侵入し、どうせ誰もいないからとスクランブルのようにそのまま加速していく輸送機。

 戦闘機に慣れている霜月にとって、巨大な輸送機の加速は慣れないものだった。


「この飛行機、なんだかふわふわしてて落ち着かないですぅ」


「空荷だからな、そりゃ軽いさ」


 輸送機や旅客機は鈍重というイメージがあるが、それは貨物を満載している場合だ。

 当たり前だが、空っぽの輸送機は軽い。それこそ、戦闘機並と称されるほどに軽快と評価される機種すらある。

 とはいえ彼女達の愛機である3式戦闘機や5式戦闘機とは随分と性格が違う。


「どうしてこんなの持ってきたんですかぁ。もっと普通のやつにして下さいよぉ」


「いや、俺は由良にリクエストしただけだ。見晴らしが良くて双子っぽい飛行機を貸してくれ、って」


「「双子っぽい飛行機って何」」


 由良が用意したのは、C-119フライング・ボックスカーという双発双胴輸送機であった。

 『双』の字が2つも入るという字面は、確かに双子っぽいかもしれない。


「砂漠に不時着しても、構造を組み直して再生できる優秀な輸送機なんだぞ」


「なんですかそれぇ?」


「そういう映画があったんだ」


 技術的に可能不可能というより、そもそも映画として何かズレている感があったと武蔵は述懐する。

 あくまで個人的な感想である。


「―――VR(機首引き上げ開始)……V2(安全速度到達)


「Positive Climb(上昇確認)


Gear Up(脚上げ).―――まあ輸送機っていうだけあって、居住性は良さそうですよね」


 本来は60人以上の兵士を輸送可能な機体だ。3人で乗る分には武蔵はのびのびと足を伸ばせる。


「操縦はマジ気楽そうってカンジー」


 副操縦席で懸命にエンジンを調節する霜月からすれば、手応えが違うにしても慣れ親しんだ作業である操縦の方が気楽そうに見えた。


「なんですかぁ、このすーぐにおこおこしちゃうエンジンはぁっ」


 霜月はC―119に搭載されたエンジンの気難しさに四苦八苦していた。

 そもそも彼女はレシプロエンジンの扱いに慣れていない。まして、これほど大馬力のエンジンなど初体験であった。


「プラット・アンド・ホイットニーRシリーズのラストダンサー、R―4360。空冷4重星型28気筒というモンスター、量産された航空機用レシプロエンジンとしては文字通り世界最強の、究極の変態エンジンだからな」


 ここまできたら普通にジェットエンジン積みなさい、というレベル。

 まさしく人類が生み出した到達点の1つである究極のパワーユニットであり、歴史に残る狂気の工芸品である。


「壊すなよ、修理が大変で泣くぞ、由良ちゃんが」


「あの子忙しそうじゃないですか、むさしんが直すべきですー」


「気が向いたらな」


 ハコフグのような不格好な飛行機がのそのそと空を駆け上る。


「フライング・ボックスカーじゃなくてフライング・ボックスフィッシュで良くね?」


「良く」


「ないです」


 双子で連携してダメ出しされた。


「フライング・ボックスティッシュ」


 武蔵の呟きは無視された。

 見るからに古ぼけた骨董飛行機だが、意外と挙動に不安感はない。


「で、わざわざ飛行機動かしてどこに行くんだ?」


「……やだなあ、むさしんと遊覧飛行したかったんですよー」


「可愛い女の子達と密室に3人きり……ナニも起こらないわけもないっていうかぁ」


「離陸直後のパイロットに性的悪戯とか、ほとんど自殺じゃねーか」


 失速速度は超えているとはいえ、未だ機体は不安定な状態にある。

 ちょっとした戦闘機染じみた上昇力を披露するC-119。その身軽さは、流石に名も知られぬ名機といったところか。


Angel(高度3000) 10(メートル). Heading 2-8-0」


 グルリと旋回したC-119。法規制が曖昧なことをいいことに、総胴機は堂々と市街地上空へと侵入する。

 大きくバンクして、地上を3人並んで眺める。

 せいぜい45度程度の傾斜だが、足場のない空ではほとんど垂直のように錯覚する。

 だが、そんなものは彼らにとって慣れきった感覚だった。


「―――本当に」


 町並みそのものに、大きな変化はない。

 地震のないコロニー内だ。建築物の寿命は長く、また建て替える余裕もないので大半は100年前からずっと使用され続けている。

 ただ、それでも判るものなのだ。

 閑散とした車道、逆に増えた自転車の影。

 整備不足のアスファルトは割れ、建物の外壁は色褪せ放置されている。

 空に栄華を誇っていた空中バスの姿はなく、だがとても広くなった空を喜ぶ気にはなれない。

 街が朽ちている。新たな活力が交わるわけでもなく、ただ加齢と共に老衰している。

 そう、感じてしまった。

 眼下を見つめ、少女の声がポツリと呟いた。


「本当に、ここって私達の時代じゃないんだ……」


 そう呟く少女達の目に浮かぶ焦燥を目撃し、武蔵は困り果てた末に視線を逸らした。







 地上に戻り、昼食。

 武蔵は若者のテンプレよろしく、彼女達を食事に誘うことにした。


「学生のデートではファストフードが定番だよな」


 ラーメン屋台の前で、如月姉妹に挟まれた武蔵は豪快にズルズルとラーメンを啜る。


「ラーメンってファーストフードですかー?」


「もっとオシャレな喫茶店が良かったですぅ」


 ラーメンはファストフードである。

 注文してから短時間で提供される手軽な食事というのがファストフードの条件。

 21世紀当時においてはラーメンは多様化複雑化の一途を辿り、確かに一概にファストフードとは呼べなくなっていた。

 かつてはワンコイン(500円)以下であることが一般的だった値段も、高級志向が強くなるに従って夏目漱石さん(1000円以上)以上のものも珍しくはなくなっている。

 だがその原典は、安い材料で安価に調理出来る、簡素で低価格なお手軽料理。

 その簡素さは全国的に屋台で販売営業されていたことからも判る。極めて小規模とはいえ、ワンマン営業で調理から会計まで済ませることが可能なほどにマンパワーを必要としない営業形態であったのだ。

 古いラーメンといえば醤油ベースのイメージが強い。だが、さすがに22世紀においては味は複数用意されており、味噌や塩といったレパートリーが完備されていた。

 スープベースを複数用意するのは難しいものの、元ダレ次第で味の変化を演出出来るラーメンはまさにファストフードに高い適正があると言えよう。


「というわけで、ラーメンはファストフードだ」


「なんか急にラーメンについて語りだしたしぃ」


「ちょ、マジ怖いんですけどー」


 ドン引きする姉妹。

 このラーメンに関する記述が、今後の展開に影響を及ぼすことはないことは明記しておこう。

 さて、そんな彼女達曰く、デートにおいては下記のような店が所望であったらしい。


「もっとこう、パンケーキとか紅茶とか楽しめるシャレオツなお店に行きたいですー」


「はっはっは、日本の気候に合わせたこのコロニー内で、紅茶の葉を作れるはずがないだろう」


「騙されないしー! 日本でも紅茶作ってますから、っていうか緑茶と紅茶同じ葉っぱですから!」


「ラーメンの次はお茶の葉について語れと?」


「「うざ」」


 双子の辛辣な意見は武蔵の胸にグサリと刺さった。







 ファストフード店での、女の子との和やかな昼食。

 そういえば聞こえはいいが、なかなかにヘビーな食後感に3人はウトウトしていた。


「帰るか」


「えーっ……」


「この人ハーレム志望のくせに、デートスキルひくーい」


「だって君ら口説く予定ないし……」


 ぶーぶーと文句を垂れる双子に、武蔵はどうしたものかと思案する。


「じゃあどこか遊べる場所に行くか? 俺達の共通項となると……空戦?」


「いや吐きますから」


 如何に訓練されたパイロットであっても、腹に汁物を収めた状態での空戦起動など御免被る。


「そもそも今日は午後からは飛行禁止らしいですしぃ」


 午前に遊覧飛行を急ぎ決行したのは、午後から全面的な民間機の飛行禁止が通達されていたからである。


「なんでですかぁ? この時代……って、航空管制適当なんでしょう?」


「そうそう、そもそも誰も空飛んでないしー、別に規制するまでもないんじゃないかなぁってー?」


「確か、パレードがあるとかないとか」


 パレードという微妙に馴染みのない単語に、双子は思わず首をかしげていた。

 21世紀の日本でパレードといえば、地元のスポーツチームが優勝した際の優勝パレードくらいしか思い浮かばないものだ。

 公式なものでは皇室が絡むパレードや、主義主張を声たからかに叫ぶ為の思想パレードもある。……これは正しくはデモ行進だが。

 とにもかくにも、どうにも日本の文化では自衛隊や軍事力を誇示する軍事パレードというのは馴染みがない。

 自衛隊とてやっていることはやっているのだが、お国柄か、どうにも周知されていない感がある。

 だが22世紀は違う。自衛隊の動向がレアメタルの供給、つまり生活レベルに直接関わる為に市民の関心は高い。

 故に未来における自衛隊のパレードは、マスメディアも積極的に喧伝するような大掛かりなものとなっていた。

 有り体に言えば、プロパガンダである。


「行く?」


 「どうせ具体的なデートプランもないのだし」と提案した武蔵の問いは、「どうせコイツはこれ以上のまともなデートプランは出てこないのだろうな」という諦観から了承されたのだった。







 軍事パレードと聞いて武蔵が思い浮かべるのは戦車や自走砲、そして自走ロケット砲といった猛々しい自走兵器の徐行行進であった。

 とはいえ戦う相手がUNACTに限定される昨今、そのような陸上兵器の出番はない。

 よって、パレードの主役は歩兵の行進であった。


「なんだか寂しいパレードだなぁ」


 装軌車両(キャタピラ)とはいわずとも、ジープに類似したオフロード車両くらいは出てくると武蔵は予想していた。

 だが現れるのはやたら小さな車輪の中型トラックか、いかにも偵察用なバイクのみ。

 あとは見栄えを重視してか、騎乗兵、ようするに軍馬もいた。


「馬なんて自衛隊で使ってるんですかぁ」


「ほら、アレでしょー。吹奏楽隊とか、儀式隊みたいなー?」


「……音楽隊と儀仗隊か? いやたぶん違う、今の自衛隊は馬どころかロバや牛だって使ってる」


 つまるところ、あの馬は実用品なのである。

 コロニー内では、切実に化石燃料がないのだ。

 飼い葉を与えれば動く動物は、彼らにとって持続可能な『重機』であった。


「にしても、急だったなこのパレードは」


 不意に、そんな噂話が聞こえた。


「昨日今日で道路封鎖されても困るってーの」


「ったくよ、無駄使いしてねえで減税しろや」


「馬の糞放置してくなよクソ野郎共」


 どうにも、市民の自衛隊パレードに対する風当たりは強いらしい。

 民衆へのアピールになっていない時点でパレードとして失敗ではないかと考える武蔵だが、双子はそれ以上に目の前の馬糞が気になるらしかった。


「く……その、排泄物ってぇ……」


「そこはほら、動物なんだしー……」


 武蔵が指差す先では、馬が道路上にモリモリとしていた。

 馬の尻は見事にでかい。そのでかい尻、尻尾の影からボロボロと落ちてくる糞。

 その巨体に相応しく量も多い糞、なにより草食動物である馬の糞は規模が凄まじい。

 いうなれば土。そう、それを初見で糞と認識するのは難しく、美少女姉妹の目にはただ土が零れ落ちているようにしか見えなかった。


「うっわぁー……」


「何見てるんだろわたしぃ……」


 姉妹はドン引きするが、動物に排泄のタイミングを要求するのが間違いなのである。


「お前らだってするだろ糞、生きてるんだから糞くらいする。健康な証拠だ」


 如月姉妹は糞を見る目で武蔵を見た。

 その極寒の瞳が割とサマになっていて、武蔵は武者震いを禁じ得なかった。

 それが何らかの引き金となったのか―――民衆の間に、波が引くように静けさが広まっていく。

 何かしらの予感を誰もが察した。これまでの茶番とは異なる、本物が来る―――と。

 そして、それは現れた。


「馬車―――?」


 この世界においてもあまりに時代錯誤な、童話に出てくるようなノスタルジックな馬車だった。

 スポークと呼ばれる放射状の、ようするに自転車のそれに近い木製タイヤ。

 あまりに原始的な車輪を支持する木材は、よくよく見れば自動車のラダーフレームに通ずる基礎構造であることが見て取れる。

 フレームの前後から吊るされる形で設置された乗員室は、なるほど見れば見るほどに原始的な手法でサスペンションを実現していた。


「ムサシン、なんでしゃがんでるんですー?」


「馬車じゃなくて中に乗ってる人見ましょうよぉー」


「そりゃそうだ」


 技術的な部分の方が気になってしまう武蔵だが、馬車のテクノロジーより乗員の方が間違いなく重要である。

 軍事パレードの場において、このような馬車に乗っている人物。

 さて誰だろうとやたら高い車高を見上げれば、その人物は大衆に向けて手首だけを振って応えていた。


「……は?」


「え、え?」


 困惑の声を漏らす双子。

 対して民衆は、その人物の人形のような美貌に感嘆するばかり。


「これは、意外な顔が出てきたな」


 どこからか万歳三唱される『彼女』の肩書。

 この国の『生きた象徴』にして、1000年間続いた世界最古の王室の1つ。

 怜悧な美貌にはこのパレードに対する熱など微塵も感じられず、だがその神の生き写しと言われても信じかねない容貌が全てを許容させていた。

 武蔵は、秋月は、霜月はその少女を知っていた。

 武蔵は見知っていた程度だが、双子にとってはかなり親しい人物と言えよう。

 写真の価値が高い22世紀だからこそ、そして実権がないお飾りであったからこそ故に、今まで彼女がその地位にあることに武蔵は気付けなかった。




 天皇陛下。




 その称号を背負い、馬車上から民を文字通りに見下ろす人物。


「敷島、三笠」


 鋼輪工業高等学校の1年生にして、謎ばかりの少女。

 100年ぶりの再会は、あまりに唐突で、意外な形であった。




あとがき


『茶葉』

 お湯で成分を抽出して嗜まれる飲料の原材料、その総称。

 カロリーはないので基本的には嗜好品。眠気覚ましなど薬効を期待しての飲用も珍しくはない。

 緑茶、烏龍茶、紅茶、麦茶、蕎麦茶、珈琲……などなど様々な種類があるが、実はその原材料はカメリアシネンシスという一種類の植物の加工方法の派系でしかないのは有名な話。


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