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『2143年12月3日』






 ループしている可能性のあるこの世界において将来について真剣に考えることに意味があるのかは疑問だが、あるいは一度目の世界もまた平行世界としてこの瞬間も継続しているのかもしれない。

 そうである以上は、あまりいい加減な対応など出来ない。好き勝手やっているように見える武蔵だが、それでも信濃や由良に迷惑が及ばないようには気を遣っているのだ。

 そんな武蔵だからこそ、如月姉妹についても長期的な視野から考えることを放棄してはいなかった。


「工業高校に入学しているんだ、この時代の無学な奴よりは色々とやれることは多い」


 彼女達の学力について詳しいわけではないが、電卓もないこの時代では計算作業をマンパワーで突破するのは珍しいことではない。

 21世紀に生きる人間には想像し難いが、昔の『事務仕事』とは計算との戦いであった。

 表計算ソフトも電卓もない頃は、ありとあらゆる計算をそろばんで行っていたのだ。マクロを組んでおけばクリック1つで終わる計算も、例外なくそろばんや計算尺を駆使して計算していたのである。

 『数学なんて社会で使わない』なんて言葉は、数学の集大成である電子計算機があってこそ言える戯言だ。


「そうでなくても、そもそもパイロットライセンスは持ってるんだ。戸籍さえなんとかなれば、自衛隊でも民間でも引く手あまただろう」


 完全にデジタル管理されていたありし日の戸籍謄本ならばともかく、未来世界においての戸籍管理は割とガバガバだ。

 武蔵もまたテロリストの飼育などやっていればフリーの戸籍を幾つか確保しており、それを充てがうことで彼女達を就職させること自体は難しくない。

 ならばやはり、問題は彼女達のメンタル面であると言えよう。


「こんにちわーっ」


「ハロハローですぅ」


 双子が近所の老人に明るく挨拶する。

 礼儀もへったくれもないが、元気で美人となればおおよそのことは許されてしまうものだ。


「印象操作なんて詐欺と変わらんな。詐欺師ほど身なりが整っている、とはよく言ったもんだ」


 もう自宅は掃除し尽くされてしまったので、今日は町内会に手回ししての神社境内の掃除である。

 巫女服を身に纏い、竹箒を揺らす美人姉妹はなかなかに絵になると武蔵は感慨深げに意味もなく頷く。


「わざわざ着替える必要はないだろうに」


 着替えた後で言うのが武蔵である。


「これぇ、シナノンが用意した服ですよぉ」


「妹ちゃん、あたし達はあんまり関わる機会なかったけど変わった子だったんですねー」


 霜月は信濃をシナノンと呼んでいる。

 秋月曰く、このネーミングセンスは誰に対しても等しく残念であるらしかった。

 信濃が巫女服をなぜ持っているかは疑問符が尽きない武蔵だったが、同時にミニスカだったりリボンがあしらわれていないあたり、『わかっている』とも評価していた。


「変に媚びた巫女服など邪道。清純正統だからこそ、脱がせた時エロいのだ」


「キモいです」


「きしょいです」


 ワタを抜いたイカの目のような、冷たい視線を武蔵に向ける双子。

 彼女達は知らない。柔軟な性癖を持つ武蔵にとって、それもまたご褒美であることを。

 やがて、武蔵の相手も飽きたのかぱたぱたと掃除を続ける如月姉妹。

 武蔵は近所で買ったサイダーをチビチビと飲み、巫女装束の美少女達を眺める余暇を過ごす。


「悪くない」


 きっと戦前のお硬い軍人さん達も、こうやって美少女を愛でてホッコリしていたのだろうなと武蔵は想いを馳せる。

 戦前の軍人が聞いたら怒りそうな妄想だが、あながち的外れな空想ではないとも武蔵は確信していた。

 たかだか100年200年で人という生物は変わらない。

 現代を生きる若者がエロトークで盛り上がったように、当時もまた猥談で熱狂したのだ。

 エロは時代を越える。それは、1つの真理であろう。


「うっわぁ……」


「これはアウトですねー……」


 しょうもないことを考えてニヤニヤしていた武蔵を、如月姉妹が眉間を貫かれ息絶えたタコのような目で見ていた。

 ケホケホと咳払いを1つ。武蔵は気を取り直し、彼女達に訊ねる。


「掃除、終わったのか?」


「はい、終わりましたぁ」


「ムサシーン、私ちょー疲れたんですけどー」


 そう言って擦り寄ってくる姉妹に、武蔵は察する。


「はっはっは俺がそんなにイケメンだからってアピールしてくるなよ」


「ハァ?」


「いや何か飲み物奢って下さいって言ってるんですけど」


 察していたがあえて曲解を試みた武蔵の言葉は、絶対零度の半目でバッサリ否定されてしまった。

 武蔵はチャリンチャリンと小銭を2人に渡す。

 バイト代とは別のお駄賃だが、これくらいはいいだろうと武蔵は自分で稼いだ金でもないのに気前良く2人に奢ることにした。


「その男に媚びる立ち振る舞い、嫌いじゃないから今後ともよろしく」


「貢がせる為だって判っててやらせるんですかぁ……」


「ちょっと初めて見るタイプですねぇ……」


 呆れつつ、2人はサイダーを買ってくるのであった。


「ただいまでーす」


「もどりましたぁー」


「てっきりそのまま直帰されて俺は1人寂しく放置されるかと」


 如月姉妹は感情的なように見えて、割と利己的な人種だと武蔵は分析していた。

 だからこそ、わざわざ武蔵の元に戻ってきたのは意外だった。


「ほらあ、やっぱりジュースの代金分はいい思いさせてあげなきゃっていいますかぁ?」


「やっぱりー、こういうところをきっちりしとかないとストーカーとか怖いですしー?」


「扱いを間違えたら俺がストーカー化しかねないという想定はやめなさい」


 流石に変質者一歩手前扱いは武蔵としても不服であった。


「というかジュース一本でキャバクラみたいなことしてくれるのか、お前ら安い女だなおい」


「えーっ、そんなに安くないですよぉ」


「残りはツケておくのでー、死ぬ物狂いで返して下さいねー」


「ええっー……てこの借りって命賭けで返さなきゃいけないレベル?」


 なんとなく間が空いたので、3人でサイダーをグビッと飲む。

 くぴっ、はふっ、げぶぅー、っと三者三様のおくびを漏らす。


「「汚いです」」


「お前らだってゲップしただろ……」


 理不尽を感じざるを得ない武蔵であった。







「むさしんってベーコン巻きロールキャベツ系男子ですよねぇ」


「何言ってんだこいつ」


 急に意味不明なことを言ってきた秋月に、武蔵は素直に心情を表した。

 「わかるー!」と同調する霜月。


「肉食系とか草食系ってあったじゃないですかぁ」


「ああ、異性にガツガツしてる奴とガツガツしていない奴、みたいな区分だな」


「ロールキャベツ系は一見草食系でも内面は肉食系、ベーコン巻き系はその逆ですぅ」


 理屈としては理解した武蔵だが、それでもベーコン巻きロールキャベツという珍妙な料理は想像が付かない。


「なんで肉にベーコン巻いちゃうんだ。そんな料理ねえよ」


「いえベーコン巻きロールキャベツってぇ、ロールキャベツの一種として割と普通ですよぉ」


「マジで!?」


 ちょっと肉肉しすぎはないかと危惧する武蔵。


「いや、だってそれじゃあ肉、野菜、肉で巻くことになるぞ! 犯罪だろ!」


「なら肉肉肉肉肉お肉なドネルケバブは大罪ですねー」


「トルコアイスの国やばいですぅ。さすがは大帝国の残りカスっていうかぁ」


「残りカスって言い方やめろ。かつての偉大な文化を伝える立派な国だぞ」


 そう弁護しつつ、武蔵は思い出す。

 そういえばトルコアイスの国、滅んでた。

 ついでに地上全て滅んでた。

 ふう、と武蔵は息を吐いて空を見上げる。


「世界って広いんだな」


「もうちょっと違うところで世界の広さは実感するべきだと思いますぅ」


「ちょー、もう話脱線してますってー」


 プンスカと怒る霜月。

 武蔵は適当にそれを宥め、話の続きを促す。


「それで、どうして俺がベーコン巻きロールキャベツ系イケメン男子なんだ?」


「だってぇ、むさしんってこの国の法律を悪用してハーレムとか作ろうとしてたんでしょ?」


 悪用という動詞に思うところはあるが、とにかく武蔵は首を横に振って否定した。


「作ろうとしてたんじゃない。―――作るんだ」


「あー、そういうのいいんでー」


「決めたんだ―――もう、二度と諦めないって」


「ムサシンのこれまでに詳しいわけじゃないですけどぉ、貴方絶対一度も諦めずにここまで来ましたよねぇ?」


「あの子の手を離さないって、決めたんだ―――!」


「誰」


「それが、それがアイツとの最期の約束だから―――!!」


「だから誰」


 どうしてこうも話が脱線するのか。

 3人は自分達の相性が良くないのだと確信した。


「むしろゴキブリホイホイ系男子っていうカンジー?」


 霜月の呟きは地味に武蔵を傷付けた。







『2143年12月8日』







 由良に頼まれるがままに人類涅槃開放軍を強制労働よろしく酷使して、テロ計画の準備をする日常系物語。

 それはあるいは、不思議な高揚感を感じるものだった。


「なんかワクワクするよな。あれだ、文化祭の準備期間みたいな?」


「こんな物騒な文化祭―――嫌です」


 キコキコとモンキーレンチを回し、自分の指を挟んで遊ぶ武蔵。


「ぎゃー、かまれたー」


「やだ、この人かわいい―――」


 そんな彼を見てときめく由良。

 まるで恋する乙女のような風貌だが、手元で作っているのは核兵器である。


「お兄さん好き―――重水素、大盛りにしちゃう」


 頬を赤らめつつ、核燃料をドバドバと詰めていく由良。

 その様はまさに新妻の愛妻お料理。名の通りずっしりと重い重水素は彼の愛の重みである。


「ところで結局どうやって重水素を調達したんだ? 水蒸気改質?」


 化石燃料の中のメタンと水蒸気を反応させると、余った水素が得られる。

 最も簡単で大量に水素を得られる方式であり、近代において主流となっている水素精製技術だ。

 次世代の車両として研究されていた水素自動車が時に批判の対象となっていたのは、この技術では結局水素を作る段階で化石燃料を使っているから。

 無論、反論もある。化石燃料を使わない水素調達方法を用意すればいい。

 その手段は、それこそ誰もが科学の実験で行った手法に過ぎない。


「電気分解です―――ただ水素を作るだけなら化石燃料からの方が楽なのですが、燃料自体が手に入りませんし―――重水素となると、電気の方が手っ取り早いです。ただ、素人作業なので―――濃縮する為に分別蒸留もしています」


「なんというか、マジで学校で習った実験って感じだな。そんな簡単に核燃料って作れるのか?」


「簡単大量に燃料を得られるから―――かつては夢のエネルギーと言われたのです」


 なるほどと頷く武蔵。

 核燃料もピンキリ。ウランやプロトニウムなどといった核分裂炉の燃料は調達が難しいが、比して核融合炉の燃料である水素やヘリウムはずっと入手が容易だ。


「でも、普通は重水素を核燃料にはしません―――もっと反応しやすいリチウムやトリチウムとなると、難易度が跳ね上がります―――」


「作れないのか、いや責めてるわけじゃないぞ」


「はい―――重水素で核融合、それも純粋水爆とすると、どうしても装置が大型化してしまいます―――」


「それで、このサイズか」


 それが、2人の目の前にある巨大な装置一群であった。

 古今東西様々な爆弾があれど、これほど大掛かりな爆弾は、少なくとも爆撃用としては存在しない。

 如何な由良といえど、初めての核兵器開発とあってはこのサイズが限界であった。


「こんだけ大きいと鶏も飼えるな」


「保温用に飼わないで下さい―――別に冷え込む土の下に埋めるわけではないんです」


「なーんの話ですかー?」


「鶏とかカワイクないじゃないですかぁ、もっとカワイイの飼いましょうよぉ」


 双子がやってきた。

 最近は彼女達の行動範囲も広がり、付き添いなしで買い物に行ったりふらふらと散歩することも多い。

 発言は未だに現状を解しているのか否か曖昧なラインを疾走しているが、それでも生活能力に関しては安定しているので武蔵としても安心していた。

 彼女達がこれからどうするにしても、変なことにはならない。そう安堵出来る程度には、この世界に馴染んでいると武蔵は考えていた。


「まあ今は双子のカワイイ女の子を飼ってるからな。それで我慢しとこう」


「うわー……」


「キモっ……」


 身を寄せ合い、これみよがしに震え上がる如月姉妹。

 「げへへ」と笑い、如月姉妹を追いかける武蔵。

 無邪気なじゃれ合いだが、背景は核兵器である。

 黄色い扇風機の羽のようなマークがチャームポイントだ。


「って、核マーク?」


「なんですかこれぇ?」


 正確にはハザードシンボル。放射能マークである。

 物騒なイメージがあるが、実は21世紀においても色々な場所で見かけたりする。

 さすがに自家用核発電機なんてものはないが、町工場で見かけても驚かない程度には認知されていた。


「発電機―――です」


「というかなんで律儀に核マーク付けてるんだ」


 咄嗟に誤魔化す由良と、そもそもな点にツッコむ武蔵。

 訝しむ双子に、武蔵は億劫そうに話を逸らす。


「今日はどうしたんだ? 何か用事?」


「あ、そうですそうですー」


「ちょっとお願いがあるっていうかぁ」


 2人揃って拝むように手の平を合わせ、パチンとウインクする双子。

 見事に左右対称なその動作に、武蔵は察した。

 とても可愛らしい。

 とても可愛らしいのだが、これは練習した仕草だな、と。


「おでかけしましょ?」


「デートしましょー?」


 きゃるん、と笑う2人に、武蔵は警戒を禁じ得ないのであった。






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