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『2144年1月19日』







 20時間後に確定した死闘。

 それに備えて誰もが無理矢理にでも休息を得ようとする中、武蔵は1人とてもありがたい指導を賜っていた。


「おい、判るか? お前は俺の休息の時間を浪費させてるんだぞ? 悪いと思わないか? お前生きてる価値あるか?」


「めっそうもありません!」


「何食って臭いクソいびり出してたんだ? おい、ふざけるなよクソ男。いや、クソ!」


「はい! 自分はクソです!」


 猛省しているフリをしているが、武蔵は内心ほっとしていた。

 石川飛行長は今回は精神注入棒を持ち出す気はないらしい。


「この船の貴重な物資をクソに変換する作業は楽しいか? おら、止まんじゃねえよ10回追加な」


「レンジャー!」


「なんで陸自式なんだよ10回追加な」


「了解であります!」


「なんで陸軍式なんだよ10回追加な」


「イエッサー!」


「なんで米軍式なんだよ10回追加な」


 ひっこらほっこらと尺取り虫のように腕立て伏せをする武蔵。

 精神注入棒を使わないのは航空機の操縦に差し支えのないようにという配慮であることは察していた武蔵だが、これはこれで操縦桿をちゃんと握れるか不安になるのであった。


「ら、らめぇ、もう腕が乳酸でパンパンなのぉ」


「気色の悪い声を出すな。もういい、自室に戻り待機していろ」


「了解」


 シュババっと身支度を済ませ、ビシリと敬礼して撤退する武蔵。

 石川飛行長は口元をひくつかせた。こいつ手を抜いてやがった。







 戦闘艦に余計なスペースなどない。

 故に廊下の片隅や椅子の下などといった、些細な空間も貨物スペースとなっているのが常だ。

 つまり食料庫もまた一箇所ではなく色々な場所に分散しており、給養員の厳格な監視があれど、腹を空かせた隊員からの防衛は困難と言わざるを得ない。

 平時なら厳罰ものだが、戦時が長い昨今においてはこういったギンバエ(ちょろまかし)行為は常態化していた。


「何を優雅にティータイムしているのです?」


「これは空尉。君の瞳にチンチン(乾杯)


「それは対岸のクソ半島国家の言葉なのです」


 武蔵の部屋を訪れたアリアは、そこでふかし芋をアテにしつつ紅茶を啜る彼に出くわすのであった。


「チンチンは貴女の祖国の隣国のみならず、パスタの国と闘牛の国でも言うらしいですが」


「どっちもクソ半島国家という条件を満たしているので問題ないのです」


「貴女ってほんと、日の沈まない帝国の民ですね」


 軽口もそこそこに、生真面目なアリアは武蔵を告発することにした。

 割と同輩にも容赦のない女である。


「とりあえず報告します。窃盗は厳罰なのです」


「オラァ!」


「うぐっ!?」


 武蔵はアリアの口に芋を押し込み、紅茶で無理矢理飲み込ませる。

 同輩に容赦がないのは武蔵も同じであった。


「これでお前も同罪な」


 口をモゴモゴさせているアリアを写真に取りつつ、武蔵は宣う。


「この人、行動に躊躇がなかったで……」


 上官を平気で貶める武蔵に、扶桑野もドン引きである。


「くっ、何をするのです……初めての出撃で心配してきたというのに、とんでもない仕打ちを受けました」


「アリア先任愛してます」


「私もですよ武蔵、なれば誠実に罰を受けてきて下さい」


「愛って有限なんですね」


「あれ、今のって失恋したのでしょうか、私」


 アリアはちょいちょいと武蔵を手招きして、甲板に誘う。


「ちょっと一服したいので、付いてきて下さい」


「自分は吸わないのですが」


「上官が誘った時はヨロコンデーって言って着いていくものですよ」


「そういうのは流行りませんよ今時」


 いいから付いてこい、とアリアは武蔵を連行して甲板に出る。

 秋津洲の最大戦速はたった40キロ。この程度の速度ならば、造波も大したことはない。

 隆線を乗り越えるように船首を上下させる秋津洲の甲板は、なんとも言えないそれなりの揺れに晒されていた。


「どうしたんだ、本気で俺のメンタルケアをする為に呼んだのか?」


 紫煙を曇らせるアリア。柵に腰を預け、武蔵は空を見上げる。

 宇宙コロニーのそれとは違う、本当の意味での無限の空。

 物理的には立体映像の空と違いはないはずだが、やはり感慨はあった。


「ええ、最期になるかもしれませんから」


 あっさりと告げる武蔵に、武蔵も鼻白む。


「そういう時は、『お前は死なない、俺が保証する』とか言うもんじゃないか?」


「保証なんてないのです。サイコロ振って奇数で死亡、みたいな戦場なのです」


 サイコロで偶数を出し続けている女は、そう気負いもなく言った。


「武蔵、私のことをどう思ってるのです?」


「うーん……」


 改めて聞かれると困る質問であった。


「隣に引っ越してきた欧州系妹系美少女ヒロイン」


「キモい」


 割とマジなイントネーションで引かれた。


 ふむ、と武蔵は改めて自分にとってのアリアがどんな存在かを考え直す。


「散々セクハラしてきたし、ハーレムに入ってくれるって言うならウエルカムだ。けど、恋愛感情かと言われると困るな。なんだお前?」


「色々言いたいことはありますが、貴方は愛がなくとも容姿が優れていれば嫁にするのですか?」


「形から入る愛もあるだろう。なにお前、世の中のお見合い結婚夫婦を全否定すんの?」


「顔から入る恋愛は全否定します」


「失礼な、妙子先輩は身体から入った恋愛だ」


 武蔵は手の平で胸を象ったジェスチャーをして、アリアを見て、そっと目を逸らした。


「まあなんだ、確かに妹分ってイメージが強いかもな」


「信濃がいるではないですか」


「妹が1人限定ってことはないだろう」


 そういう武蔵だが、油断してはいけない。

 この男は妹と普通に肉体関係を持てる奴である。


「でも急にどうしたんだ、俺のハーレムに入会希望か」


「会員制なんですか?」


 アリアは吸いかけのタバコを海に放り投げる。

 海風に煽られたタバコは甲板上に戻り、アリアのパイロットスーツ上に落ちた。


「あわわわっ」


「何やってんのお前」


 伸縮性と強靭性、更に薬物耐性や防火性まで兼ね備えた素材技術の結晶たるパイロットスーツは簡単に着火したりはしない。

 火種はアリアの肌を熱したが、スーツを破りはしなかった。


「環境破壊をしようとした人間への、地球の怒りだな」


「その怒りは目下地球を蹂躙しているUNACTに向けてほしいのです」


「軍事心理学のアレだろ、ストレスを受けていると遠くの敵より手近な味方を糾弾してしまうってやつ」


 圧倒的な敵を前にしている状況で、「後方は何をしているんだっ! クソッ!」とか言っちゃう心理である。

 まず恨めしく思うべきは眼前の敵なのだ。


「人間の心理学が惑星というガイア理論的な意識にも当てはまるとは思えないのですが」


「収斂進化ってやつだ。自我すら有する生物ならば、必然『内』と『外』がある。物理的な演算に限界がある以上は概算に頼らざるを得ず、許容限界に達した時、視野狭窄に陥るのは必然だ」


「何を言っているのか判らないのです」


「気にするな、俺もワカラン」


 アリアの糾弾の視線から逃げていると、彼女はふと疑問を抱く。


「その心理学は、UNACTにも通じるのでしょうか?」


「あれだけの巨体を自我もなく動かせるとは思えないから、まったく通じないってことはないと思う。ただ、俺達の認識するUNACTっていう怪物が敵にとっての何なのかが判らない以上、それを感じさせているかは疑問だ」


「何、って何なのです?」


「あの怪物が敵にとっての指先ならば、多少の痛覚は感じさせているかもしれない。彼等がUNACT国にとっての国民ならば、これまでの撃破数を鑑みても上々の成果だ。だが、アレが敵にとっての銃弾だったら? 使い捨ての攻撃兵器だったら? 敵は一切の痛痒を感じず、第二第三の矢をつがえるだけだ」


「銃弾なのか矢なのかはっきりしてほしいのです」


「そこかよ」


「まあなんです、確かにタバコのポイ捨てはいけませんね。21世紀の感覚が薄れてしまっています」


 武蔵の我流ガイア理論を真に受けたはずもないが、アリアはタバコの吸い殻を携帯灰皿へと落とした。


「灰皿持ってたのかよ」


「喫煙者の嗜みなのです」


「え、え……ええっ?」


 つい先程ポイ捨てをしたように見えた武蔵だが、また話が逸れてしまうと思い直してタバコのことは忘れることとする。


「それで、身寄りのないお前がこの22世紀で孤独感を感じてて辛いって話だっけ?」


「私のことをどう思ってるのか、って話だったはずですが」


「同じだろ。同じ時間漂流者でも、俺は信濃がいる。嫁も複数人連絡を取れた。対して、お前は1人だ。そういう話だろ?」


 武蔵の問いに、アリアは言葉を詰まらせるしかなかった。

 アリアがこの時代に迷い込んで3年間。武蔵と過ごした高校生活より長い時間だ。

 まったく新しい人間関係を構築して、武蔵と距離を取っても不思議ではないほどの時間が開いていながら―――アリアは、武蔵に律儀に接触してきている。

 むしろ、アリアが武蔵に執着しているのだ。


「懐くなら信濃でも良かっただろう、こんな状況だ、信濃だって拒みはしまい」


「信濃にはお世話になっているのです。一時は大和家に住んでいたこともあるのです」


 それでもアリアが武蔵に付き纏う理由。

 それを『こいつ俺に気があるんじゃね?』と考えるほど、武蔵は純情ではない。


「信濃の家族になりたいならそうすればいい。だが、俺の嫁にはせんぞ」


「……何を」


「そんな代償行為の為に俺のハーレムには入れてやらん。辛いなら聞いてやる。困ってるなら手伝ってやる。でも、俺の愛はそんなに安くない」


 その時、アリアは泣きそうな顔をしていた。

 涙など流さない。そんな無駄なことはしない。

 それでも、心の鳴き声を武蔵は確かに聞いてしまった。


「酷い、人なのです。武蔵の癖にっ」


「女の子を沢山侍らせようなんて企む最低男だからな、そもそも」


「知ってるのです。貴方の側にいたって、私は幸せになれないだろう、って」


 そう、彼女は純情過ぎるのだ。

 誰かと適当に恋して適当にヤッていれば、心の隙間など埋めようはいくらでもあった。

 だが彼女はそうしなかった。100年前の3ヶ月間でも、未来世界での共に過ごした2ヶ月間でも。

 ここで武蔵とアリアが安直にくっつくなら、そもそも21世紀の時点でくっついていたのである。


「こういうのは焦っちゃ駄目な奴だ。のんびり変化を待つべき問題だ。まあお前は3年たっても変わってないみたいだが」


「まるで成長していない、みたいな言い方やめてください」


「家族にはなれないが友人にはなってやろう。だからあまり思いつめるな」


 アリアは深々とため息を吐いた。


「武蔵はやっぱり平和な時代の人間です」


「ほう、その心は?」


「この時代の人って、次があるか分からないからこそ時間を大切にするんです。今やれることは今やるんです」


 武蔵はふと思い出した。

 お前が無駄に過ごした今日は、昨日死んだ誰かが死ぬほど生きたかった明日だ。

 どこかの誰かが考えたフレーズ。何かの引用か、大学の標語だったか。


「いやその場での足踏みは進歩とは言わんぞ、進んでる気になってるだけだ。むしろコストの無駄だ」


「人生をコストで換算しないで下さい……」


「明日への投資の為に、今日を蔑ろにするなよ。本末転倒だ」


「ああ言えばこう言う人ですね、本当」


 バリバリと頭をかき、武蔵は溜め息を吐く。


「進むべき道すら定まってないのに何を頑張れっていうんだ。迷うなら全力で迷えばいい。逃げたければ全力で敵前逃亡だ。それを後から後悔することはあれど、誰かに恥呼ばわりされる筋合いはない。というかお前はいつからそんな意識高い系になったんだ。きんもー☆」


「うぜぇ……」


 武蔵がアリアの気を軽くする為に反論していることは彼女も理解しているが、1を言えば10で返してくる武蔵はなかなかにうざキャラであった。


「ま、どうでもいいですけど」


 苦笑して、タバコをもう一本取り出すアリア。

 なんとなしに少しだけ、楽になったような気がしたアリアであった。







 20時間後、飛行隊に出撃命令が降りる。

 UNACTは3体中、2体は進路を逸れて消えていった。

 残る1体は沈める。

 沈めるしかない。そう判断された。


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