6-8
「久しぶりね、武蔵くん」
石炭自動車の前で姿勢よく待っていた足柄妙子に、武蔵は第一声をかけた。
「好きです結婚して下さい」
「……ふざけているの?」
「三笠に聞いています、俺達の現状はほぼ把握しているのですよね?」
頷く妙子。
今回は万事を尽くす為にも情報共有を徹底しており、武蔵達がループしていることも事前に教えられていると聞いていた。
だからこその武蔵の順序ガン無視なファーストコンタクトである。
「俺は馬鹿でした。貴女の気持ちが既に俺から離れていると、勝手に考えてしまった。ですがそれは間違いだった。貴女はずっと俺を想っていて、それを俺は受け止めなければならなかった。だから俺は何度でも貴女と結婚します。少しでも貴女の心にいられるように」
嘘は真実の中にさらりと混ぜるものである。
まるで武蔵が毎度妙子と結婚しているかのような物言いだが、そのような事実はない。
妙子は困ったような顔をして、武蔵に訊ねた。
「貴方だけ何度もやり直すなんて、フェアじゃないわ」
「確かにフェアではない。ですが俺は貴女の敵ではありません。必ず貴女を幸せにする」
「……どうせ、毎回私は最終的に口説き落とされてるんでしょうね」
「だからといって目の前の貴女を軽んじたりするつもりはありません。新婚です」
やれやれと妙子は頭を横に振り、手を差し出す。
「あまりいい妻にはなれないわよ?」
「不器用なのはお互い様です」
妙子の手を取り、手の甲にキスをする武蔵。
再会一分で女性を口説き落とすロクデナシであった。
妙子の運転で4人はとりあえず自宅へ向かう。
武蔵は前回には居て今回はいない人物について訊ねた。
「ところでアリアはいないのか? 前回は最初から俺の護衛としてついてたろ」
「「アリアちゃんなら地下室に閉じ込められてますよぉ?」」
大和家の地下室といえばSMルームである。
武蔵は生唾を飲んだ。
「……調教中なのか?」
ちょっとドキドキしつつ訊ねる武蔵。
神無月は同人誌即売会に溢れるオタク達を見る目で武蔵を見た。
「「うわぁキンモー……」」
「ならなんで地下にいるんだよ。あそこはSMプレイの他には籠城設備くらいしかないぞ」
むしろそちらが本命の機能である。
如月姉妹は頭を手のひらで隠す奇妙なジェスチャーで答えた。
「「一応、電波から隔離してるんですよぉ」」
なるほど、と武蔵は思い出した。
アリアのプライベートは携帯端末の通信網越しに抜かれているのだ。
それさえ判っているのなら、いっそ電波暗室に放り込んだ方が情報は漏洩しない。
「そこまでするということは、ループのことは話したのか?」
「「ですです」」
頷く双子。
毎度のことであるが、武蔵の目覚めるタイミングが微妙に遅いせいで、勝手に物事が進んでいるのは考えものだった。
「どんな調子だった?」
「うーん。やっぱり、腑に落ちた部分はあるみたいでしたよぉ?」」
前周のアリアも勘付いていたのだから、今回のアリアも気付いていても不思議ではない。
というか、どうやらだいぶ前の周回からアリアは自分が記憶の欠落をしていることに気付いていた。
アリアについては本人を前にして話をしてみて、それからさてどうしようかと考える武蔵。
「とりあえず前回と同じように大化作戦を実行する為の根回しをして、作戦も練り直して。あとは……」
「武蔵くん、あの子のこと忘れてない?」
妙子の指摘に、どの子かと武蔵は視線で問う。
「鈴さんよ。あの、なんというか、頭の悪い話し方をする女の子」
さて誰のことだったかと悩んで、すぐに思い出した。
「ああ、鈴谷か。頭の悪い話し方ってなんだ?」
「鈴さんも武蔵くん……殿下のご自宅に住んでいるわ。状況はあまり飲み込めていないようだけれど」
どういう意味かと訝しむ武蔵。
その答えは、直接対面してすぐに理解した。
「やっほーでーっす! いやーお久です大和殿!」
大和宅にて出会った少女。
誰だこいつ、と武蔵は現実の認識が数瞬滞るのを感じた。
「誰だこいつ」
結局口にした。
「やや。そのリアクションどうなんです? 人としてアレですよアレ。割とアレ」
「「むさしん、まさか本当に誰か判ってないわけじゃないですよねぇ?」」
双子に不審がられる武蔵。
性格は激変しても外見が変わったわけではないので、勿論武蔵とて彼女が誰かよく判っている。
「鈴谷……なんだよな?」
「それ以外の誰に見えるとでも? いっちゃなんですが失礼ですよマジで」
この慇懃無礼さは武蔵もよく覚えている。
最上鈴谷。過去世界において何度か絡んだこともある、鋼輪工業の一年生だ。
「俺より双子の方が判断がつくだろう。彼女に施した措置は、結局成功したのか?」
如月姉妹に視線を向けると、彼女達はどこか曖昧に頷いた。
「「こんな感じ……だったような?」」
「なんで曖昧なんだよ」
「「未来世界の記憶が鮮烈過ぎるといいますかぁ。すずちゃんのことも、記憶の彼方の出来事みたいにしか思えないっていうか?」」
その言いように、鈴谷がぷんすかと憤慨した。
「えーっ。それ酷くないですか。スズヤ達は同じ窯の飯食った仲でしょうに。窯なんて使ったことないけど」
ずずずっ、とコーヒーを啜る鈴谷。
武蔵はその行為に訝しむも、質問を再開する。
「説明はされたんだよな? 今がお前の生きてた時代より100年後ってことも聞いたな?」
「聞きました聞きました。ついでに世界がループしてて、私がストレスマッハでヤバイから精神を巻き戻したんですよねぇ。私そんなにヤバみだったんですか?」
「そうそう、マジヤバだった。チョベリでヤバ味が奥ゆかしかった」
「「ムサシんまで変な話し方になってる……」」
そういう如月姉妹とて、大概日本語が乱れている勢である。
「なんとなく幼くなった気がする。見た目は変わらないはずなのに」
「ちょ、そんなじっとガン見しないで下さい……人として恥ずかしいですよおっ」
「恥じらいみたいな口調だが、実は俺の方を否定してやがる」
武蔵が鈴谷を観察していると、横からぬるりとよく知る美少女顔が現れた。
「お兄ちゃん100年ぶりの妹だよ」
「ステイ」
「100年ぶりの妹に犬プレイとか流石過ぎるよお兄ちゃん……!」
スカートだというのに躊躇わずチンチンの構えをする信濃を武蔵はスルー。
ちょこんとソファーに座っている鈴谷に語りかける。
「……最近どうだ?」
「いやなんですかその娘話しかける話題に困った父親みたいな会話の切り口。大和殿ならもっと鋭利な切り口で話題切り出せるでしょう。はいトライアゲイン」
やり直しを要求され、武蔵はもっと冴えた会話の切り口を探った。
「……最近の腹の具合はどうだ?」
鈴谷はゴクゴクとコーヒーを半分まで飲み、数瞬の瞑目の後に訊ねる。
「びっくりしすぎてびっくりですよ。なんですか私の体調気になるんですかそりゃ女の子だし人並みに生理的な悩みはありますけどそれ男の人におおまっぴろげに公開するわけないじゃないですかいい加減にしろ」
「この繰り返し続ける世界。美少女達と一緒に生活して、俺はあることを学んだ」
「何をです?」
「美少女もトイレに行くんだな、って」
「はあ?」
「ちょっとドキドキした」
「そっち方面で新境地行かないでくれません?」
武蔵はニヒルに笑う。
「さて鈴谷さん。貴女が実のところ、未来世界で目覚めてからそう日数が経過していないことは靴の汚れからも明らかですが」
「急にシャーロック・ホームズ風になった!?」
「この家に来たのが昨日今日であることは、象徴的に明白ですな」
「まあそうですけどぉ。なんか融合したっぽい秋姫と霜姫がスズヤの下宿してた食堂に来たのは、確かに昨日なんですが。でも、どうして靴の汚れからそれが判るんですかね?」
「ノンノン。貴女は私の推理手法について、未だに理解が及んでいないようですな。いつだって過去は明白であり、そのヒントは全て現在に残っている。それらを繋ぎ合わせれば、唯一にして必然の過去は手に取るように明らかなのです」
「いつまでその名探偵ムーブするんですか。正直ホームズ風の答えを出し惜しみする態度、面倒くさいだけですから」
「やれやれ。では一つお教えしましょう。靴は関係ない」
「なんだったんですさっきまでの茶番!?」
「お教えしましょう、鈴谷さん。この時代のコーヒーは代用コーヒーといって、実はコーヒー豆を焙煎したものではありません」
「へえ、そうなんですか? 普通にコーヒーっぽいですけどね」
鈴谷は更にずずいとコーヒーを飲んだ。
「製法は色々ありますが、おおよそは本物のコーヒーより品質に若干劣り、カフェインが入っておらず、そして体への負荷が小さい。ただ、何事も世の中例外はあるのです」
「例外? なんのことです?」
「以前、ループしていた貴女は言っていました。未来世界の代用コーヒーは体に合わないと。そして今の貴女はそれを知らないご様子。つまり、最近までコーヒーを飲めない環境にいたのは明らかです」
鈴谷のほっそりしたお腹から、ぎゅるるるる、と実に生物的な音がした。
青ざめる鈴谷。武蔵は片手を廊下に向ける。
「どうぞ、トイレはあちらです」
よろよろと立ち上がり、廊下に消えゆく鈴谷。
武蔵は神無月姉妹に振り返り、肩を竦める。
「今回の事件は実に象徴的だった。人とはいつまでも無知であり、経験すらも学習することが覚束ない。せめて我々はそうではないと願いたいね。今から戻ればターナー婦人の朝食を食べられる。いますぐベイカー街に戻ろうじゃないか、ワトスンくん」
「「いや、文学はちょっと判らないのです……」」
「お兄ちゃんウザい」
その頃、名探偵は孤独だった。親愛なる鈴谷がトイレと3度目の結婚をしてしまったのだ。




